第五章【06】「子どもたちとの」
人間関係。
それも知らない人が増えた、ときたか。
「僕らもまだ、お仕事全部知らない。だけど新しい人も、お仕事のこと、分からない。聞かれても、困る」
「……毎週新しい人が来て、その度にビックリされたりして」
獣人の子に続いて、竜人の子と天使の子が話す。
具体的で想像に難くない、なるほど共感しかない困りごとだ。
人間に見える俺でも、本当は違うのではとよく観察される。
転移者ではないけど妖怪だと話せば、訝しげに眉を寄せられたりする。
当然それはこの国の関係者だけじゃなくて、新たにここへ来た転移者からも同様だ。
そして責任を取れないからと関わらないようにしながらも、時折声をかけられ応えようとしても。
役に立てるのは道案内くらいで、仕事や専門的なことを聞かれても……。
「困る、よなぁ」
話を聞くと言ったが、これは本当に聞くだけになりかねないぞ。
これは俺も誰かに相談したい案件だ。
なにより明らかに、俺の役割的にもあまり口出ししない方がよさそうな感じだし。
どうにもこの話は他の相手に、それこそ得意そうなサリュに聞いてもらうべきだろう。
あとはアッドとかも似たような立場にある先輩だ。人当たりもいいし面倒も見てくれる筈だ。
だから俺は力になれないと、思ったのだが……。
「どうすればいいかな」
呟きうつむく子どもたちを前に、取り合いもせず跳ね除けることは出来なかった。
「…………そうだな」
果たして役に立てるかは怪しいが、少なくとも同じ問題意識は持っている。
一緒に考えて、一緒に悩んで、そうやって話を聞くことは出来るだろう。
最低限になってしまうかもしれないけれど、それでも無下にするよりはずっといい筈だ。
そう決め改めて彼らに向き直る。
話を聞こう、話をしようと。
「あー、えっと。聞きたいんだけど」
さて、どういう類の悩みかは分かった。
だけどもう少し掘り下げたい。今の話では漠然としか伝わってこない。
そもそも俺はこの子たちの環境を知らない。どういう仕事をしていて、どういう付き合いがあって、どう上手くいってないのかが分からない。
なにから考えていいのか、って感じだ。
――いや、ならもっと、その前に。
本題から入るべきじゃないな。
「悪い。まずは名前を教えて貰っていいか?」
「名前――自己紹介?」
「そうそう」
首を傾げる獣人の子に答える。
子どもたちは互いを見合って、それから納得したように頷き合った。
そうだ、まずはこの子たちを知らないと。
話はそれからだ。
「じゃあ俺から。俺は片桐裕馬――ってのは、サリュから聞いてるか」
「聞いてる! ユウマさん! サリュちゃんの旦那さん!」
「…………そうだ」
少し考えて再度頷く。
正確には違うのだが、これは否定しない方がいいと思った。
お付き合いをどう表現するべきか分からないし、そういう文化が別の国で通るとも限らない。
なにより最初にプロポーズをして、おまけに深く結ばれ合って。今更そんなつもりじゃないとはまるで思えない。
むず痒さはあるけどそれだけだ。
続けて。
獣人の子が元気のままに右手を挙げた。
「ぼくはアイク! 出身はアニマって国で、種族は獣人族! この国ではオオカミに近いって聞いたよ!」
「アイク。狼か」
てっきり犬と思っていたが。
彼――アイクはそのまま右手を下ろして、隣の竜人の子へとかざした。
それで次はと、竜人の子が名乗る。
「僕は、ドラコ。出身は、竜砦島っていう、島国。見ての通り、竜族。火も噴けるよ」
言って、口をすぼめて小さく火を噴く。
ボッと一瞬明滅して、それから熱気と微かなガスの臭いが残った。
最後に名乗ったのは、ソソラ。
彼は自分をエンジェル族だと言った。
「……よく天使って言われるけど、エンジェル族です。よろしくお願いします」
「オッケー任せてくれ。気を付けるよ」
こちらが大差ないと思っていても、相手にとっては大事な部分だ。
身近にそういうのを気にするやつが居る。頭に入れておこう。
獣人族のアイク、竜族のドラコ、エンジェル族のソソラ。
自己紹介を経て、各々少しだけ表情が緩まったように思う。
俺も少しだけ緊張が解けた。
「ありがとな。――でもそれにしても、凄いな」
思わずこぼす。
三人は種族がまるで違うどころか出身国さえ別々だ。
加えて誰一人としてこの国で生まれ育っていない。
今この部屋に居る四人の内、日本国出身は俺だけだ。
それがまたなんとも不思議な感じがして、同時に――。
「全員職場体験、みたいなので来てるんだよな。小さいのに遥々異世界まで」
俺よりずっと小さな子どもたちが、転移してここに居る。
それも右も左も分からずって感じではない。しっかり集団の中で過ごしている。
悩み考えこうして相談に来る程に、自立している。
「ほんとに凄ぇ。正直、適わねぇよ」
心底そう思い、そのままを口にする。
すればアイクがブンブンと、突き出した両手のひらと首を振った。
「そんなことないよ! ぼくの世界では結構あることだし! ――でも一生懸命勉強はした、かな」
「アイクは、凄い。僕は、全然。引き篭もって、本ばっか、読んでたから、出てけって、無理やり選ばれた。面倒だった。――今は、楽しい」
「……僕もなにもしてないです。空を飛んでて、気付いたらこの国に居ました。……最初は焦ったけど、今はそれなりに」
当然、経緯もそれぞれか。
前者二人は異世界交流の一環。ソソラは知らない間に転移に巻き込まれて――いわゆる転移孤児ってやつだったのか。
だけどそのまま聞けば、今は無事元居た世界と連絡が取れているらしい。それで正式に手続きをした上で図書館に通っていると。
各々そういった経緯の下、この世界へ来て。
今日まで悪戦苦闘ながら、一生懸命頑張っていたみたいだ。
「初めて来たときはほんとにビックリしたんだ! ビルとか凄くて、夜でもピカピカしてて!」
「車とか、電車も凄い。飛ばなくていい、楽」
「……ご飯も美味しいです」
「分かるよソソラ! みんなと一緒で、ぼくもラーメンとか大好きだし!」
「ラーメンも、いい。でも僕は、カレーが一番好き。辛いのが、いい」
「……僕はハンバーガーとか、……それからデザートだけど、アイスとかも好きです」
「あー、ハンバーガーもいいよねぇ。って、夜にご飯の話はしないようにてサリュちゃんに言われてたんだ」
「そうだな、お腹が空く」
「……他にも僕は、ゲームに凄くビックリしました。……あんなの僕の世界にはないし、他の国の人に聞いてても、全然ないみたいで」
「ゲーム! ほんと凄いよね! 簡単操作で面白くて、あんなの作れるなんて――」
「――――はは」
なんて、気付けば転移した頃の話で盛り上がり始めていた。
かと思えば続けてゲームの話だ。あれが楽しかったとか、あれが難しかったとか。一緒にやってるゲームのステージで、ここで止まっているとか。
よく分からないが、今はなにやらRPGが流行っているらしい。
なかなか本題に入れそうにないけれど、これはこれでいいかと止めないでおく。
このまま盛り上がったままの方がずっと話しやすいだろう。
それにいざ本題にって言われても、まだ全然どうすればいいのか分からないし。
さて、じゃあ尚更に今の内だと。
件の人間関係について、少し考えておこうと思って――。
不意に。
「それで、ぼくは■■■で、■■だから――」
「ん?」
なんだ?
今、声が?
「■■■■で、――それで、ユウマさんも」
「あー。ごめんアイク、もう一回言ってくれるか?」
申し訳ないながら、一度話の腰を折って貰って。
と、頼んだのに。
「勿論みんながぼくたちを■■てくれてる■は、分かって■■だけど」
「あれ?」
「あの時のドラコとソ■ラ、凄く慌て■、■■■■■で」
「アイク?」
「それ■■、■■■ちは■■■■――」
「……アイク?」
声が聞こえづらい。
音が乱れて震えている。
「■■、■■が■■。■■■――」
「……■■です■。■■に■■■が■るので――」
ドラコやソソラの声もそうだ。
言葉がノイズだらけで、潰れてしまっている。
……だけじゃない。
呼びかけても反応が変わらない。
「アイク? ドラコ、ソソラ?」
何度名前を呼んでも、他の子たちを呼んでも、示し合わせたように素通りされる。
まるで俺の声が聞こえてないかのように。
「……なんだ?」
違う。
だって会話が続いている。
俺なんてここには居ないかのように……。
いや。
それも違うのか。
「そう■■ね、ユウマさん!」
「■■、言う通り。流石は、■■■■■」
「……ありが■■ご■い■■」
なにも言っていないのに、彼らがこちらを見て話す。
俺の混乱をまるで分からないままに、平然と話しかけてくる。
満面の笑顔を向けてくれる。
まるで俺が、――正しい受け答えをしているみたいに。
「■■■、■■■■■■。■■――」
「■■■■、■■、■■■」
「……■■■■■」
「……なに、が? ……なん、で?」
それに、どういう訳か。
本当になにも聞こえないのに。ノイズが鳴り立て言葉が潰されているのに。
「……サリュの話を、してる?」
彼らはサリュとの出会いの話をしている。
サリュから気さくに話しかけてくれて、そこから始まったと。
最初から笑顔いっぱいで、色んな話を聞かせてくれたと。
次第に俺の話が多くなっていって、時々恥ずかしくなるくらいだったと。
それを聞いて、苦笑してしまう自分も含めて。
なにも聞こえず、なにも分からない筈なのに。
何故かこの場の全てを、判っていた。
「……これ、は?」
立ち上がる。
だけど子どもたちは、顔を上げたりはしない。
変わらない高さの目線のままに、笑顔で話を続けていく。
明らか過ぎる異常だ。
怖ろしさを覚える異様だ。
絶対になにかがおかしい。
そして、畳みかけるように――。
『――どうやら、この日にはなにもないようですね』
そう、耳元で声が囁かれ。
次の瞬間――。
「――――――――」
視界がプツリと、暗闇に落ちた。




