第五章【03】「情報交換」
ヴァンに連れられ、中華街の『雷雷麺』へ。
頃合いの時間帯なので、閉館後ながらそれなりに客入りがあった。
年内最後の仕事を終えた後の一息だったり、未だ納まらず休憩兼夜食だったり。
ラーメンをすする面々には、どこか落ち着いた哀愁があった。
そんな中、二人カウンター席へ座る。
こうしてヴァンと腰を落ち着けるのは初めてだったが、左に見上げる彼は正面から見るより大きく感じた。
「ん? どうしたユウマ」
「あー、いや」
「ふむ。もしや近日ここを利用したばかりか? だとしたら申し訳ない」
「そういう訳じゃない。大丈夫だ」
「よかった。もっとも、そうであっても付き合って貰おう。今晩はここだと決めていた」
「そんなにか。正直こういう店のイメージってなかった」
果たしてとんでもない店に連れていかれるのではと、財布の覚悟を決めていた。
図書館内なら一階の喫茶店とか。今ならバータイムでお洒落な感じだし、てっきりそっちかと。
言えば、ヴァンは歯を見せて笑った。
確かにそういった店を選ぶようにはしていた、と。
「僕は騎士だ。この正装も汚れが目立つ。落ち着きと気品があり、敷居の高い場所を選ぶのは自然だろう」
「じゃあなんでここを?」
「行き着け、というヤツでね。とは言っても半年に一度来れるかどうか。上手く一人になれた時は、ここへ来ると決めているんだ」
なんでも数年前、姉貴を含む百鬼夜行の面々と会合を行った際、ここで昼食を取ったらしい。
その際いたく気に入り、こうして度々お忍びで訪れているとか。
「この国で時折口にする、味濃く食べ応えと食べやすさを兼ね備えた料理。曰く健康的ではないとされるが、こうして稀な楽しみとして嗜むには最高の食べ物だ」
「めちゃくちゃ好評じゃねぇか」
思えばサリュも同じような理由でここを好んでいた。
濃い味とか食べ応えとか、ハンバーガーも気に入っていた覚えがある。
実際他の従業員にも大人気だし、転移者らにはそういうのが好まれるのか。
聞けば、彼らの国の主食はこの世界でいう果物に近い物らしい。
家畜の肉などもあるらしいが高級品で、ほとんどは森の果実と山菜が占めるとか。
大地で育まれた物を取り入れることで力を貯め込むとか、そういう理由もあるらしいが。
だからラーメンやハンバーガーは珍しく、せっかく日本国へ来たのだからと、そんな気持ちになるという。
まさかそんな観光地の名店みたいな扱いとは。
なかなか理解し難い感覚だけど、美味しく行き着けになるというのは同感だった。
「さて、僕はもう決まっているがユウマはどうだ?」
「あー。俺もいつものがあるから大丈夫だ」
「では呼ぶとしよう。話はそれからだ」
俺もヴァンも手早く注文を済ませる。
勿論二人ともスタンダードな雷雷麺だ。
それで話を始めたが、すぐ本題に入る訳ではなかった。
本筋には近いが、あくまで現状の確認というか、情報の擦り合わせだ。
鬼餓島の戦いの後、アヴァロン国が乗っ取られた。
未だ転移封じによる転移は不可能で、内情も不明なまま。
状況としては、俺が知るものから進展はなしだ。
ただ聞いていくと、知り得なかったヴァンらの動きが語られた。
元々警戒態勢にあった日本国には、鬼餓島の件より前に百人近くの騎士が滞在していたこと。
その為十分ではないにしろ、国への転移さえ出来れば『奪還作戦』が行われる手筈になっていること。
加えて、そこに百鬼夜行ら妖怪や他の転移者らの力を借りられれば。
奪還作戦の勝機は、十分に高い。
今はそういう話が、騎士団と俺たちとの間で進んでいるらしい。
そして幸運にも、鬼餓島での戦いの中。
島に転移し現れたアヴァロン国の第一皇子が、未だこの国に健在している。
それがなによりもの幸運だとヴァンは強く語った。
それこそ、かの皇子こそが必勝の証であると。
「シュタイン皇子は常勝を約束されたお方だ。なればあの島に訪れていたのも、この展開の切り札となるべくしてだろう」
「そんなに凄い人なのか」
島で居合わせた時と、それから全てが終わった後。二度会っている。
……失礼ながら印象は良くない。くたびれた金髪や隈の濃い不健康な顔色は心配になるくらいで、見る限りではとても『必勝』とか『切り札』って言葉に縁遠く思える。
言い淀みながらもそのままに伝えれば、ヴァンも苦笑し肯定した。確かに身体が弱いお方だと。
しかし必勝や切り札というのは、嘘でも冗談でもないらしい。
「生憎と詳しい説明は省かせてもらうが。少なくとも、かの皇子がこちらに居て下さるからこそ『奪還』という体裁も保てる。魔女らが国を手中に収めている以上、アヴァロン国は現在彼女らのものということになるのでね」
「体裁、か」
「必要だ。もっとも国盗りにあった時点で面目も潰れているが」
でも、だから取り繕わなければならない。
必ず取り返し、汚名返上を完遂させなければならない。
なにも出来ない、軍門に下る、負けて終わる。
それでは、話にならないのだから。
それから次は俺がヴァンへと情報を伝えた。
いっても完全な主観ばかり。知っていることも公なものばかりだろう。
現在俺たちは街や施設の復旧に努めている。
アヴァロン国の状況も聞かされてこそいるが、特別な動きや用意はしていない。
俺個人にしても、図書館の手伝いと幾つかの任務へ参加したくらいだ。
「ユウマ、任務とは?」
「言われた場所に行って、危険因子とか犯罪者ってヤツを捕まえる感じだ」
「自治任務ということだね。そちらは変わらず?」
「いや、ちょっと忙しい。……というよりは、ハードになった」
そうだ。ここ最近ハードな任務が増えている。
明らかに治安が悪くなっている。
「前は週に一回くらいの手伝いだったのに、最近は二日に一回ペースって感じなんだ」
「大きな事件の後は、その修繕に人員や時間を取られる。必然その隙を突く輩は増える。僕も幾つかの個人や集団と戦ったよ」
「戦った、のか?」
「勿論」
頷き、ヴァンは左手を胸の辺りへ上げた。
この手が残っているだろうと。
「片腕の身とはいえ雑多な相手に遅れは取らないさ」
「……凄いな。でも、わざわざうちの街の事情に?」
「協力を要請している身だ。それに皇子を安全な場所へ匿って貰ってもいる。そのくらいは使われて当然だとも」
いわゆるギブアンドテイク。
手を取り合う仲間であったとしても、違う組織である以上は通すべき筋がある。
殊更国のトップが居るとなっては、一層受けるばかりではいけないらしい。
「それでユウマはどういう相手と戦った?」
「あー、えっと。そうだな」
思い返しながら話す。
昨日は泥棒狸だった。
人や物に変身するから厄介で、動きも素早くかなり苦労した。
とは言っても逃げる一方、怪我なく済んだから簡単な部類だろうけど。
一昨日はなしで、その前だと動物妖怪の小規模組織だった。
ボスが七尾さんと同じ狐の妖怪で、まさしくこの機会に七尾さんを引き摺り下ろしてやろうって感じで暗躍していた。
こっちに関しては鬼血も刀もフル解放だった。
百鬼夜行の仲間とも協力して、最後に七尾さんが飛び込んできて収まったって感じだ。
それより前も、ちらほら難しい任務が多く思い出される。
本気で追い込まれる程のことはなかったけれど、一歩間違えれば手足が吹き飛ぶくらいはあった。というか何回か吹き飛ばされた。
順当に鬼の血をいいように使われたというか。
ここ数週はかなり危ない場面に立たされた。
「ははっ、よく戦っている」
「まったくな。お陰で場数だけは増えてるよ」
「いいじゃないか、経験は力になる。君も戦士らしくなってきたということだ」
「戦士ってガラじゃねぇんだけどな」
「しっかり階級を貰っているだろう? 何級だったか?」
「一応はついこの前、第三級になったけど」
「ならば上級戦士だ、十分に戦力だとも。――果たして第三級が妥当なのかは怪しいところだが、昇級の手続きもままならぬ状況か」
「そうなのかねえ」
戦力、か。
駆り出されるのは人員不足だからって感じもするが。
それに鬼は硬くて治癒力が高いのが取り柄だ。荒っぽい任務にはピッタリだから、よくよく呼び出されるんだろう。
言うと、ヴァンは首を横に振った。
それは違うと。
不足を補って余りあるだろうと。
「その話でいくなら、君は下手な戦士十人分は働けるんじゃないか? それも単なる数合わせではなく、戦いの主役に添えられるレベルだ」
「そうか?」
「任務が増えているのもハードになっているのも、君にそれだけの力があるからだ」
それからヴァンは、真っ直ぐに俺を見て。
柔らかい表情のままに、けれどもはっきりと言い切った。
「ユウマが忙しいのは、これまでより宛てにされているからだよ」
「――――――――」
「鬼餓島の戦いを終えて一皮剥けただろう? 僕自身その片鱗を目にしているし、事実第一級相当の鬼狩りに打ち勝っている。十分過ぎる戦力だよ」
「…………買い被りすぎじゃないか?」
「戦果に基づいているつもりだが、まあ僕個人の主観は否定出来ないか。それでも個人的には、君の力は第二級――いや、第一級にも匹敵していると思っているよ」
「…………お、おう」
「そして恐らくは百鬼夜行も同意見だろう。期待されているんだよ、ユウマ」
いいことだと、ヴァンは大口を開けて笑う。
それを伝えられて、俺は――。
「…………そういう、ことなのか?」
言葉に詰まった。
なにしろそういう発想がなかったから。
驚いたのと、――それから照れた。




