第一章【24】「魔法戦」
魔法使いの闘いは、ほとんどが一方的な攻勢で終わる。
剣や槍など武器が届かない距離から、矢や砲弾を退けながら、盾や鎧をいとも簡単に貫通する威力を放つ。高位の使い手ともなれば、魔法一つで並みの城壁を吹き飛ばすことも出来る。
発動を許せば、それだけで全てを呑み込む。
魔法使いとは、まさしく兵器だった。
じゃあ、魔法使い同士の闘いはどうなるのか?
それもまた同じだった。より優れた使い手が、圧倒的な力で圧し潰す。
知力や戦術によって返せることなど稀だ。苦手や相性の差などは、全て実力によって上書きされてしまうから。
炎と水がぶつかり合えば、水が強ければ炎を掻き消すことが出来るだろう。しかし炎が強ければ、水はことごとくを蒸発させられ消え失せる。光も闇も、より僅かにでも勝る側が全てを塗り潰す。
魔法使いは、完全な上下関係によって構成されている。
元来の素養や教え、扱える魔法の種類によって、実力差が拮抗することなどほぼ有り得ないのだから。
でももし、同じ環境で育ち、同じ師の下で学びを得ているのなら。方向性は違えど、飛び抜けた才能を持ち合わせているなら。更には互いに相手の戦術を熟知しているなら。
ここに初めて、魔法戦が勃発する。
「あああアアアアアアアアア!!!」
リリの絶叫に呼応し、彼女の後方から黒雷が放たれる。
リリが最も得意とし、圧倒的な破壊力を持つ魔法だ。放たれた十数の雷は、全てが一撃必殺を誇っている。
それらを、わたしは正面から迎え撃つ。
「炎よ! 雷よ!」
かざした右手に魔力を宿し、爪先に刻まれた魔法式を発動させる。
力は光となり、そして命じた攻撃へと変化する。そうしてわたしもまた、手のひらから火柱と雷を撃ち出した。
それらの攻撃がリリの黒雷と衝突し、大きな爆発を起こす。
巻き上がる火花と硝煙。遅れて届いた爆風に煽られ、浮遊した身体が僅かにふらつく。即座に風の魔法を強く発動させ、浮遊の安定を測った。
けれど、その僅かな立て直しの隙も見逃されない。
未だ視界を遮る煙を貫き、今度は二十を上回る黒雷が一斉に迫る。
「っ、こんなに!」
予想以上の手数。
身体中に魔法式が刻まれているが故の瞬間連射だ。今のあの子は念じるだけで、全身の砲台から魔法を撃ち出せる。
現状のわたしには、同じ威力、同等の物量を撃ち返せる準備が無い。先程のように全てを弾き無効化することは不可能だ。
だから、
「風よ! 加速せよ!」
身に纏った風の魔法を、更に強化させる。宙を浮遊するだけでなく、飛び回る程の速度を付与する。それにより迫る黒雷を、匹敵するスピードで左右へ回避してみせた。
突然の対応に身体が振り回され、内臓が重たく暴れ回る。だから続けて重心の制御を。加速による負担を、これもまた魔法の力でゼロにする。
合わせて迎撃の魔法も忘れない。炎を、雷を、閃光を撃ち放ち、躱した先に迫る攻撃を相殺して活路を開く。
それを繰り返すだけだ。二十を越えた先の三十、続け様の四十。より数を増していく魔法攻撃の全てを、わたしは退けてみせた。
躱す、躱し切る。それらを見せつけられ、リリは痺れを切らした。
「くそっ、ちょこちょこ飛び回ってッ!」
魔法を撃ち続けながら、リリが空を蹴り一気に距離を詰めてくる。
発射からの到達距離が縮まれば、それだけ対応は困難になる。より苛烈な攻撃を選んだのだろう。
けれど、それの条件はどちらにも同じだ。
「光よ!」
黒雷の応酬の中。迎撃の合間に、リリへと閃光を撃ち放つ。全部で六つ、一直線に夜空を貫く光の槍だ。
リリは咄嗟に制止し避ける体制に入るが、遅い。躱し切れず、二本の光が彼女の左肩と右の脇腹を掠めた。
パッと散らされる鮮血。そしてその攻撃には、治癒の阻害がかけられている。この二撃は最後まで、彼女を苦しめる枷となる。
「っぐ、グググッ!」
それでも、リリは引かない。ひたすらに黒雷を撃ち続け、距離を詰めてくる。
わたしから攻撃を受けるリスクよりも、自身の攻撃を届かせる為に。手数による優位を、より確かな物へと昇華させる為に。
――どうして。
「どうして、そこまでっ!」
分かっている。けれど叫んでしまった。
リリが捨て身で特攻してくるのは、そうするしかないからだ。そうしなければ、わたしには匹敵出来ないからだ。
「無駄よ、リリっ!」
「なにがッ、無駄なのよ!」
接近する彼女の全身が、黒い光に包まれる。
直後、放たれたのは無数の黒い光線だ。直進するモノ、弧を描くモノ、何度も屈折し撹乱するモノ。
昨夜わたしが騎士たちに使った、蛇のような魔法攻撃。一撃必殺の黒蛇の群れが、あらゆる方向から襲い来る。
でも、無駄だ。その攻撃は知っているし、読めていた。
右手を空へとかざす。それが合図だ。
「それでは、わたしを倒せない!」
わたしの背後に、複数の魔法式が展開する。真白の線で描かれた、迎撃の光魔法だ。
今までの簡易魔法とは訳が違う。数も、威力も、彼女の黒蛇たちを相殺して余りある。
その全てを、一斉に撃ち放った。降り注ぐ光の飛礫が、黒蛇を貫き夜空を埋め尽くす。
「ヅァアア!」
光線が肉薄する直前、リリの全身が一際輝きを増した。
直後、彼女の周囲に半透明の薄い膜が発生する。――魔法壁だ。魔法によって作られた、全てを阻む堅牢な盾。
けれどその防御力も、衝突する魔法の威力によって勝敗は左右される。
そして、わたしの光が防壁へと衝突し、激しい爆発を引き起こした。
「無理よ、絶対に」
同じ環境で育ち、同じ師の下で学び、共に相手の攻撃を熟知していたとしても。同じように天才と讃えられ、上位の力を保持していても。それが、魔法戦を勃発させられる程であっても。
わたしたちの間には、決して埋められない差がある。
わたしが嘆き、あなたが憎んだ、兵器としての圧倒的な力量の差が!
「……リリ」
爆発の後、現れた彼女の身体は、血濡れで満身創痍だった。
ヴァンによって左腕は失われ、全身に魔法式の痣が刻み付けられ、その上先程の光の飛沫。防壁を破壊され、幾つかの光が突き立てられた筈だ。傷だらけで、大きく肩を上下させ、浮遊する身体も頼りなさげに揺れている。
それでも、あの子を後退させないものは。
「サリーユ! あなたが、お前がァァァアアアアア!」
「なんで、なんでっ」
なんで、あなたはそこまでわたしのことを憎んでいるの?
わたしのやってきたことは、それ程までに許されないことなの?
「お願い止めて、話を聞いてリリっ!」
「アアアアアア! ァァァァァァアアアアアアアアアア!」
リリが叫び、今一度、魔法式を輝かせる。先程同様のドス黒い闇にその身を包ませ、わたしを睨む。
今までとは比べ物にならない程の圧力が、周囲に放たれる。
その殺意は、決してわたしを逃がさない。
だから、わたしも。
「……そうね。手数を増やしたところで、わたしは倒せない。時間さえあれば対応出来るし、その時間を稼ぐことも困難じゃない」
右手をかざす。
全身の魔力を活性化させ、手のひらへ集めていく。
「だけど一撃の威力で勝負をするというのなら、わたしはアレを使う。――どの道あなたでは、わたしには敵わない!」
恐らくこれから撃ち放たれるのは、リリの最後の一撃。出来得る限り渾身の破壊が、夜空を諸共にわたしを呑み込むだろう。
雑多な攻撃じゃ対抗できない。僅かな油断で滅ぼされる。
だから破滅の一撃を。
わたしも高出力の魔法で、迎え撃つしかない。
「……っ、焔よ!」
そして現れるのは、真っ赤な光だ。
高熱を発し揺れ動く、まさしく焔。
小さな一弾に力を流し、更に大きく成長・変動させる。……加減は、出来ない。
「――わたしの、全て!」
形を成すのは、――焔の大剣。
熱動し、猛る、必殺の一斬!
「……お願い。降伏して、リリ」
「ッハ、誰が! 降伏するのはあなたよ! あなたがあたしに、殺される!」
叫びと笑い。それらに同調するように、彼女へ黒い闇が密集していく。
大きさを増していく漆黒は、やがてリリの姿を隠すほどに膨張した。
禍々しい力の奔流に、大気が震えているのが分かる。
引くことは死を意味する。
だから、わたしは、リリにこの一撃を。
……この、必殺を。
「……あ、ああ」
「躊躇えばあたしの勝ちよ!」
「……っ、ああああ、ああああああああ!」
「さあ来なさいよ! やりなさいよ、サリーユッツツツ!!!」
「あああああああああああああああああ!」
放たれる闇。
わたしに選べる手段は一つしかなく。
紅い一閃が夜空を駆け、より深い黒へと突き立てられた。