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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第五章「終わりへ向かう物語」
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第五章【02】「年の瀬」



 十二月の末週。

 年の瀬の休館日に入った図書館は、けれども大勢の従業員がバタバタと行き交っていた。

 仕事納めや業務の引き継ぎ、休館中の転移者の居住や動向管理など。

 例年通りの業務多忙が、日が沈んでからも続いている。


 いや、今年は例年以上か。

 なにしろ営業を再開したのが、つい今月の頭で。

 勤めが長く慣れ親しんだ面々が、大勢入れ替わりになってしまったんだから。


「…………」


 三階通路から、吹き抜けの大ホールを見下ろす。

 右へ左へと大忙しの従業員は、往来ながら人と異形とが半分ずつだ。

 休館日には珍しくない光景だが、……見知った例年とは違っている。


 人の従業員が、物珍しそうに赤鬼を凝視していたり。

 向こうでは別の人が、スライムとぶつかりそうになって悲鳴を上げてしまったり。

 他にも、発声が苦手な獣人との意思疎通に苦戦している人がいたり。

 明らかに、嚙み合わせが悪くなっていた。


「行った方がいい、よな」


 たかだか姉貴の手伝いって立場だけど、ここで過ごした時間は短くない。

 なにか出来るかもしれないと、一階へ飛び降りようと手摺りへ手をかけて――。




 カタリ、と。

 腰元に携えた『鞘入りの刀』が、微かな音でその存在を訴えた。




「――っ、と」


 踏み止まる。

 視線を下ろせば、黒鞘に納められた刀は静かに在るだけだ。

 ただ、それで十分だった。


「……そうだよな」

 

 それは俺のするべきことじゃない。

 どちらかといえば、してはいけないことだ。


 今日は非番で、なにより『姉貴の手伝い』なんてのは胸を張って出て行ける立場じゃない。

 物を持つ拾うくらいの親切はさておき、過干渉は余計なお世話だ。

 口出ししたって責任は取れないし、今後も常にそれが出来る訳でもない。


 あの人たちには各々頼るべき相手が居る。

 決められた役割の中で解決するのが正しい手順だ。


「…………」


 肩を下ろす。

 身体を引いて手摺りから距離を取る。

 ここに居てもまた要らない心配をしてハラハラするだけだ。

 時間を潰すなら別の、もう少し落ち着けそうな場所にしよう。

 そう思い直して――不意に。







「やあ。久し振りだね、ユウマ」







 聞き覚えのある声。

 呼ばれてすぐに振り返る。


「――――――――」


 そこに立つのは、予想通りの人物で。

 その立ち姿は、――分かっていた筈の現実で。

 だけど思わず目を見開いて、息を呑んだ。




 白一色のスーツに身を包んだ金色髪の聖騎士。

 初対面から俺の命を狙って、翌日には共通の敵を前に共闘して。

 戦いの中で関わり顔を突き合わせただけの、気に入らないながらもまた会うかもなんて軽口を交わしただけの。

 たった、それだけの相手だった。

 ……たった、それだけだったのに。


「――――」


 先刻、俺の個人的な事情に付き合わせた。

 鬼餓島の戦いに巻き込んだ。




 挙句、そこで。

 その戦いの中で――右腕を失って……。




 そんな彼が。

 ヴァン・レオンハートが。

 俺を呼んで、そこに立っていた。




「…………っ」


 彼は気さくに頬を緩めて、左手を上げている。

 そして逆手の下ろされた右腕は、……垂れ下がっている。

 長い袖の肘から先がペタリと閉じて、力なくへたり落ちている。

 袖先に通るものがないのだと、それが戦いの痕なのだと分かってしまう。


 奥歯を噛み締めて、俯きそうになる顎を引き留める。

 これは俺が向き合わなきゃいけないものだと、踏み止まった。


「……よお」


 無言でいる訳にもいかず、応える。

 けれど俺は、果たしてどんな表情を作っていたのか。

 ヴァンは左手で口元を抑え、眉を寄せて笑った。


「酷い顔だ。出会い頭に失礼なものだな」

「……あー」

「いやまあ、満面の笑みで再会を祝われても複雑な訳だが。お互い難しいところだ」

「……その節は、本当に。……その、えっと」

「その?」


 ヴァンはわざとらしく首を傾げ、俺の言葉を待った。

 苦い笑みを潜めて、しかし口角は少し上げたまま――穏やかな表情を浮かべたままに、俺を待ってくれていた。


「……ヴァン」


 だから俺も、真っ直ぐ両手を下ろして背筋を伸ばした。

 それから頭を下げ、伝えるべきことを言葉にする。

 申し訳なさも、謝罪も、感謝も、全部だ。




「ごめんなさい。それから、――助かりました。ありがとうございました」




 誤魔化しもなにもない本心。

 伝えれば、ヴァンは――。


「ああ。こちらこそ礼を言おう。失ったものもあったが、自分勝手な大望には指を届かせることが出来た。その機会に感謝だ」


 笑顔のままに、そう返した。

 腕のことは気にするな、勝手の中で捨てたものだと、そうまで言った。

 加えて。


「それより、今のやりとりで諸々の引っ掛かりが清算できたなら、少し時間を貰えるだろうか?」


 予想外にも、そんな提案してきた。

 時間がほしい、と。


「え、っと?」

「なにそう構えないでくれ。今後の話がしたい――というのも固いか。単に話し相手が欲しいという感じなんだが、忙しいだろうか?」

「あー、いや。……全然、大丈夫だけど」

「では付き合って貰おう。出来れば夕食も取りたいのだが、それも一緒で構わないかな?」

「お、おう。構わないぜ」


 なるほど。つまるところ、話に付き合え飯に付き合えってことか。

 分かったところで動揺は続くが、どうやらヴァンの言う通り構える必要はなさそうだ。


 念のためにスマホを確認すれば、時刻は十九時を回ったところ。

 サリュや姉貴が遅くなることも事前に聞いている。

 それなりに空腹感もあるし、まったく問題なしだ。


「分かった。付き合わせてくれ」


 言い直して頷く。

 それからすぐに、「来てくれ」と先導するヴァンの後に続いた。







 ◇     ◇     ◇







 遡って、十月初週。

 俺たちを取り巻く状況は、大きく変化した。


 一つは、俺が大きく関わった案件。

 どころか俺を中心に大勢を巻き込んでしまった、――鬼餓島での戦いだ。

 被害はヴァンの右腕だけじゃない。あの島に居た鬼狩りらは全滅し、仲間も深く傷付いた。

 千雪は未だ本調子に戻らず、神守姉妹もなにかの後遺症があるって聞いた。


 でも、極めて自分本位ながら、得られたものはあった。

 自身との決着をつけ、迫っていた脅威を退け、――サリュとも心を通わせられた。

 傷付き奪い、失ったものは多い。

 けれども片桐裕馬個人においては、命を賭した甲斐があった。


 それとリリーシャもか。

 リリーシャ・ユークリニドもまた、サリュとの決着をつけて旅立った。

 彼女も納得した上で、次に進み出したと思っている。




 一件落着というにはまだ吞み切れていないけど。

 それでも自分の中にあるわだかまりも、少しずつ解けてはきた。


 戦ってくれたみんなには、それぞれの信念があって。

 ヴァンにも千雪にも譲れないものがあって。

 彼らは自分たちの戦いに命を賭けていたんだ。

 ヴァンの話を聞いて、今一度それを消化することも出来た。


 だから俺の中でも、みんなにとっても。

 鬼餓島の戦いは『既に終わったこと』になっている。




 なにしろ、鬼餓島とは別のもう一つが。

 そっちの問題が、あまりに大きすぎるから。

 それに比べれば俺たちの戦いなんて、小さな島のほんの小競り合いだ。







 世界を揺るがす大事件。

 異世界を管理し統括する、ヴァンたちの故郷が。

 アヴァロン国が陥落し、乗っ取られた。







「転移者らによる東地区への攻撃や、図書館に対する襲撃。愚弟の誘拐タイミングもまた、アヴァロン国やサリュの気を逸らす為の誘導だったと考えるべきだろうな」


 事件が落ち着いてから姉貴は、俺とサリュにそう話した。

 度重なった事柄は全て、この事態を見越しての罠だったのだと。




 それから二ヶ月が経ったけど、状況は変わらない。

 鬼餓島同様に――いや、あの時以上か。

 厳重になった転移封じによって、転移及び情報を掴むことすら許されていない。


 なに一つ分からないままに、なに一つ進展しないままに。

 俺たちはいずれ来たるその時の為に、ただ待機を命じられていた。




 もっとも俺たち日本国は、その()()()()()()()()()の被害を大きく受けており。

 ただ待機ともいかない状況下で、俺たちは街の復興と並行して用意を進めていた。




 ◇     ◇     ◇




 そんな訳で。

 俺たちは慌ただしい図書館から出ることなく、行き交う人混みを横目に堂々と突っ切り。

 金龍輝く赤い門を抜けた、その先――。


「……お、おう」


 ヴァンに連れられたのは、図書館二階の中華街に在るラーメン店。

 俺とサリュの行きつけの、――『雷雷麺』だった。



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