番外編【17】「前日譚ⅩⅩⅦ」
「あー、クソっ。なんだキサマら。なんだってこんな朝早くから、こんな面倒な」
「やっほー山ちゃん! 昨日振りサね!」
頭を抱えて重い息を吐く、山田重文先生と。
それが面白くて仕方がないと笑う、九里七尾。
なるほど昨日や今朝の来訪を思い出すと、先生の頭痛に共感出来た。
だけど今回のは、九里七尾の案件ではない。
もっと面倒かもしれない、私の我儘だ。
「それで、山ちゃんどうしたサね? こんな早朝から件のリザードマンを連れてサ。わざわざアタシらを出迎えに来てくれたのかい?」
「騎士団の連中がコイツを迎えに来た、……と思って慌てて出て来たんだがな。どうやらお礼参りが先だったらしい」
「ちょっとちょっと、危ない勘違いサね。アタシらが敵対組織とかだったらどうするんだい」
「……キサマが結界を壊した所為で、まだ感知しか出来ぬ状態だ。来訪者の判別も付かぬし迎撃態勢もままならぬ。ダメ出しではなく、他に言うことがあるんじゃないか?」
「よし。アタシが責任を持って、一週間ここで防衛を務めるサね」
「要らん! 帰れ! 結界だけ修復してとっとと消えろ!」
なんて、二人は昨日のように言い合って。
仲が悪いような、それでいてお互いが丁度良い距離感で交流しているようにも思えて。
そんな山田先生の隣で、――アッドは静かに私を見る。
私もまたその視線に応え、目を逸らさずに向き合う。
誰が誰に用事があるのかなんて、この場に居る全員が分かっている。
「それで? キサマらは結局お礼参りに来たってことでいいのか?」
「だとしたらどうするサね。教師の立場として看過出来ないとか?」
「生徒間での衝突であれば当然。……だがアッドはもうこの学園で預かる生徒ではなくなった。口出しはするが、身を投げて止める相手ではないな」
彼は続けた。
アッドは今回の件で除名となり、手続きは済んでいる。
問題を起こした転移者が所属を失った場合、必然、異世界管理を謳う騎士団の手に渡されることになる。
だからアッドとはここで終わり。
それが後始末を委ねられた、この学園の決定だった。
加えて、予想外にも。
「どうやら話を聞くに、アッドは元の世界に返されるらしい」
「えっ」
私は思わず目を見開いた。
それって、つまり。
「悪運の強いヤツだ。丁度数日前に異世界で、リザードマンらが運営する小さな集落を見つけたらしい。そして集落には行方不明者のリストがあり、そこにはアッドの名前もあったと」
「なにサね。ソイツ、転移孤児ってヤツだったのかい?」
「……別段キサマが知らんでも驚きはしないが。まあとにかく、アッドは強制送還だ」
「子どもだからお咎めもなし、って感じサね」
「そういうことだ。本当ならキツめの指導やトイレ掃除などを科したいところだったが。……まあだから、なんだ。キサマらが多少痛い目を見せてやりたいというなら、目をつぶってやらんこともない」
言って、山田先生は鼻を鳴らす。
……どうやら本当に、私たちがお礼参りに来たと思っているみたいだ。
いや、大きくズレている訳じゃないけど。
でも、それだけじゃないから。
私は一歩踏み出し、九里七尾の前へ出た。
「山田先生」
「なんだ片桐乙女」
「お願いがあります」
「……………………お願いだと?」
明らかに。
彼の眉が殊更寄せられた。
やっぱり勘がいい。
「……なぜ『お願い』という言葉が出てくる。いや待て。なにか違うな」
「山田先生、聞いて下さい」
「待てと言っている片桐。嫌な感じがする。なんだその目は」
果たして私はどんな目をしているんだろうか。
どんな目で、――アッドを見ているんだろうか。
「おい片桐、ワシを見ろ。ワシの話を聞け!」
「山田先生にお願いがあります」
「聞けと言っているのが分からんのか! 片桐ィ!!!」
私はそれを聞き流して。
先生に訴えた。
「アッドのことを、許してほしい」
「――――」
立ち尽くし、ただ呆然と私を見るアッドへも。
真っ直ぐにそれを伝えた。
「処遇が決まっているなら、それを変えてとは言わない。元居た世界へ帰ることも、きっとアッドが望んでいたことだから止めない」
道筋を歪めろと言うつもりはない。
ただその上で私が先生に、――この学園に求めることは。
「でもその際に、学園の記録に今回の件を悪く残さないでほしい。ただの出来事として処理してほしい。除名じゃなくて、ただ帰ったってことにしてほしい」
「……片桐ぃ。それに一体、なんの意味が――」
「そう処理した後で、もしも」
全ては。
後に繋がる、その為に。
「もしもアッドがもう一度この学園へ来たいと言ったなら、受け入れてほしい」
ただ出戻りした生徒として。
素行に不安があるだけの転移者として。
記録上ではなく、ただの認識としての危険因子で。
当たり前の生徒として、再びこの学園に受け入れてほしい。
それが私のお願いだった。
「バカが! そんな勝手を!」
「学園だけで無理なら、九里さんにもお願いする。もしアッドが元の世界に戻った後、もう一度この世界に来るなら、――百鬼夜行に所属させてほしい」
「なっ!?」
「それならアッドは、百鬼夜行の所属としてこの学園へ通う生徒になる。学園の負担はただ受け入れるだけになる」
「待て待て待て! そんな話、通る筈が――!」
「――残念。そこについては許可したサね」
すかさず、九里七尾が口を挟んでくれた。
私が彼女にお願いして、了承してくれたことを証明してくれた。
「あのリザードマンが次にこの国で活動する時、所属はアタシの下になる。長であるアタシが許可し、なんなら直々に申請する。だから前段階については解決サね」
「っ!? キサマ、なにを考えてこのガキに!」
「面白そうだから。それに子どもの我儘の一つや二つ、聞いてやってもいいかなって気まぐれサね」
「わ、我儘だと……っ!」
「山田先生!」
呼んで、もう一度私に集中させる。
私も今度は先生を向いて、真っ直ぐに言った。
「今回のアッドの失態を、全部なかったことにしてほしい!」
それが私の我儘だ。
自分勝手な私の、お願いだ。
それが通るなら、私は。
……いいえ。ここから先は、――たとえ通らなくても。
「……片桐、っ。キサマ……っ」
「そういう訳なので、先生。私が戻ってくるまでに考えておいてください」
「……は?」
その先は、先生の返答を待つこともせずに。
私は有無も言わせないままに、――地面を蹴って飛び出して。
「安心して下さい。お礼参りです」
ほんの一瞬。
肉薄した先生の耳元で、そう言い残して。
その隣。
立ち尽くしていたアッドを抱え込み、再度その場で勢いを付け。
「よっ――と!」
「ア――――」
私は大きく跳躍し、そのまま学校を飛び越えて先へと。
取り囲む森の中へと、アッドを連れ去った。
◇ ◇ ◇
我ながら、とんでもない自分勝手だ。
得よりもリスクや面倒の方がずっと多い、採算が釣り合わない我儘だ。
だけど、――だから訴えるしかないんだ。
呆れて貰う以外ない。諦めて貰わなければならない。
許して貰えるように願わなければいけない。諸々協力して貰うしかない。
他でもない、私の為に。
敷かれた道筋を進んでいく、私の歩みをぐらつかせない為に。
私は、アッドを――――。
そうしてそのアッドを連れ去り、跳躍し、森へと着地する。
鬼血で強化し硬化した足で、木々を踏み砕き地面を踏み鳴らした。
足元にはクレーターが出来上がり、周囲には土煙や木の破片が散り乱れる。
耳にはキンと甲高い残響があって、もしかすると物凄い爆音を轟かせたのかもしれない。
九里七尾の言っていた通りだ。
どうやら私にも、誰かを抱えて跳び回ることが出来るらしい。
そんな風に感心して、私は抱えていたアッドを正面へと放り投げた。
すれば、すぐに。
アッドは転がり私と距離を取って、すぐさま立ち直った。
「なンなンだテメェ! ナニ考えてやがル!!?」
開口一番。
アッドは右手で耳元を抑えたままに、声を上げた。
そのまま大口を開けて、喉の奥まで晒して、私へと吼える。
「学園まで追ッて来やがッて、山田の野郎に許セだとか言い出しやがッて、かと思えば結局はお礼参りだァ!? テメェ狂ッてンのか!? イカれてンのか!?」
「酷い言い様ね。別に、変なことはしてないでしょ」
「ドコがだ!? 変でしかねェだロうが!?」
「理解してもらおうとは思わないけど。――お前は役に立つから助けてやる。でもそれはそれとして腹が立つから今から痛め付ける。おっけー?」
「自分勝手な感情しかねェ!? オレが言うのもアレだけどよォ! 山田の野郎も意味分かンねーッてなるだロ!!!」
「当たり前でしょ。私の勝手な我儘なんだから」
周りに合わせる訳がない。
私に合わせろと駄々をこねているんだ。
理解されないのも当然。
意味不明だと言われても致し方がない。
私は私のやりたい事の為に、周囲の全てを振り回してやるんだ。
「そういう訳だから、アッド。お前も私の我儘に付き合ってよ」
「付き合うもナニもネェよ! オレは自分の世界に帰るンだよ!!!」
「その後、またこの世界に戻ってきなさい。――私のところで働きなさい」
「はァ!!?」
「分かった。もう少し分かりやすく言うわ」
単刀直入に。
私はアッドへと、それを叩き付けた。
「決闘よ。私が勝ったら、――私の配下になりなさい」
と。
読了ありがとうございました。
次話は来週土曜日に投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




