番外編【12】「前日譚ⅩⅩⅡ」
寧羅梓との対面を前に、私はアッドに伝えた。
宣言の通りに隠すことなく、リスクもリターンも、失うものも得るものも。
私とアッド、双方の損得も全てを話した。
それは私からの最低限の礼儀だ。
アッドの拒絶を解く為の必要条件だ。
歩み寄りではなく、歩み寄らせる為の提示だ。
「アッド。私に力を貸しなさい」
説得ではない。
対等な協力でもない。
頼みや願いでもない。
これは半ば強制的な――契約だ。
「私に命を賭けなさい」
いいえ。
全てを隠さず伝えるならこう言うべきだ。
「お前は、私に命を賭ける以外に――ない」
私の宣告にアッドは押し黙る。
考え込むように、迷っているかのようにさえ。
けれどアッドは――私から視線を外すことだけはなかった。
だから私も逸らさない。
真っ直ぐに、隠さずに、ありのままを叩き付ける。
「お前は学校を脱走した。店の事態を見過ごした。私を襲った」
騙されていたとしても事実は変わらない。
アッドは寧羅梓と共謀している。
実行犯ですらある。
「お前の意志に反していようとも関係ない。お前は騙され利用される馬鹿者であり、それで悪事にまで手を染めてしまう危険因子。それが事実よ」
「……ソレで」
「でも私に力を貸すならば、少なくともこの後に、私と一緒に戦ったっていう事実が出来る。そうなればお前の評価は、善悪どちらにも転びやすい馬鹿者になる。そうでしょ?」
「どッちにしろ、馬鹿ッてか」
「隠さずそのまま言ったつもりだけど?」
「ハッ。……で、従ッたら口添えするッて話かァ?」
「まさか。私は事実を伝えるだけよ。嘘も擁護もなにもしないわ」
だから、そういう事実にする。
それ以外に出来ることはない。
「勘違いしないで。私がアッドの味方につくことはない。つくことが出来ないと言ってもいい。私の言葉に力なんてないし、そんな勝手も許されてない」
「…………」
「アッドが、私につくのよ」
媚びてもいい。
従順なのも好ましい。
でもそれ以上に、行動と結果を示すこと。
それがなによりも互いの為になる。
寧羅梓をここで倒す。
絶対に逃がさない。最悪殺してでもここで終わらせる。
それが互いにとっての、必要条件だ。
でも――。
「……オレが断ッたら、どうすンだ」
「逃げるわね。もしくは時間を稼ぐに留める」
即答した。
アッドが私につかないというなら、私は寧羅梓との戦いを捨てる。
勝つという考えは持たない。絶対に勝てないと判断する。
例え時間稼ぎを選んだ中、勝機を見出したとしても切り捨てる。
その勝機すら相手の誘いだと決め付ける。
「私一人では無理よ」
「言い切る、カ」
「ええ。勿論だけど、アッド一人でも絶対に無理」
「ハッ。言ッてくれヤがる」
「でも分かってる筈よ」
「…………チッ。ソレで? じャあオレが協力して、確実に勝てルのかよ」
「確実ではないわね。良くて半々」
嘘は吐かない。
それが現実だ。
「半分は失敗するわ。失敗したら――――アッドは死んでると思う」
「……………………」
「そうなっても私は逃げるわ」
「……………………ハッ、ハハッ」
アッドは小さく笑った。
けれど、これが本当だ。
私の策が上手くいく可能性はよく見積もっても七割前後。
七割を越えて策の通りに運んだとしても、決め手になるかはまた分からない。
そしてその決め手を担うのが、アッドだ。
「私たち二人の協力は必須よ。だけど、事の勝敗を別つのはアッドになる。当然そこには、決死で臨んでもらうことになる」
私も命を賭ける。
治癒力の高い身体とはいえ死のリスクはあるし、喰われれば多分治癒は関係ない。
でもそのリスクが、アッドの方が遥かに高いって話だ。
その上で、飲んで貰わなければならない。
覚悟を決めて貰わなければならない。
そうまでしなければ、私たちでヤツには勝てない。
「あ、ちなみにだけど。アッドが協力してくれないなら、当然、私はアッドを捕まえて逃げるから」
「あァ?」
「下手な逃げ方されたらアイツに喰われるかもしれないし。それにただ逃げ帰っただけじゃなくて、『共謀者を捕らえた』って私の成果に出来るでしょ」
「……クソが、結局は逃げ場なしッて話じャねェか」
「ずっとそう言ってるでしょ。選択肢はないの」
「……あークソ、クソックソッ、あー、ああああああアアアアアーーーー!」
それから、アッドは声を上げて。
立ち上がり、両手を上げた。
「わーッた! ああ、わーッた、わーッたよ!!!」
降参だ、従う。
協力すると、そう宣言した。
「あの化物に喰われルよりはマシだ! 使え使え! 従ッてやらァ!」
そこにどれだけの葛藤があっただろうか。
その一歩をどれ程に踏みあぐねていただろうか。
小さなリザードマンの、ほんの僅かな前進に――。
「言い方」
「あァ!?」
「降参させて下さい。従わせて下さい。使って下さい、でしょ」
「アアーーーーーーー!!!」
私は立場を分からせてやった。
きっちり最後まで教えてやった。
――残念だけど、これも現実よ。
「降参さセて下さい! 従わセて下さい! 使ッて下さい! これでいいか!? あァ!?」
「ええ。じゃあ、早速だけど――」
私はアッドに、まずは。
なにより言うべき彼の間違いを。
「アッド。真正面から飛びかかる戦法、やめなさい」
それを、言い付けた。
◇ ◇ ◇
それで蓋を開ければ。
やっぱり狙った通りに、まんまと。
「■■■――」
触手を振り乱し、私の身体を削り続ける寧羅梓。
そうまでしながら僅かに身を退いた、その向こう側。
彼女の背後に動いた影は、――アッドだ。
そういう策だった。
そうなるように命じていた。
正面突破ではなく、隙を窺い背後から襲い掛かれ。
状況を見極めろ、チャンスを待て。
一瞬の好機を見逃さず、けれどもその時を絶対に取りこぼすな。
そうするだけで、お前は私や寧羅梓にもっと善戦出来る。
それが出来れば、お前はこの戦いを決する切り札に成り得る。
そしてその機会は――私が作り出してみせる、と。
「ア■ツ、クソっ」
思わず吐き捨てた。
ああ、やってくれた。見事にやってくれた。
私はアッドの動きに気付くことが出来なかった。
私の後ろに隠れ控えていた筈のアッドが、寧羅梓の背後に現れる今まで。
その動きを、まったく気にも留められなかった。
恐らくは、寧羅梓にさえも。
道中、叩き付けられる幾重もの触手が降り注ぎ荒れ狂う中を。
それらを殴り付け、斬り付け、血の斬撃さえ飛び散る中を。
策の通りに、私が取りこぼした刀剣をもしっかり拾い上げて。
アッドは全てを躱して、掻い潜って。
誰にも気付かれることすらなく、その先の向こうへと辿り着いたんだ。
「フ■ケんナよ」
馬鹿げている。冗談みたいだ。
そんな動きが出来ることを、つい今まで本人が思いもしていなかったなんて。
アッド以外が知っていた。
寧羅梓がアッドを騙し利用したのは何故か。
学園で先に喰らうこともなく、どうしてこの街まで連れて来て私を襲わせたのか。
今まさに、この瞬間にも。
私が彼を決め手としたのは、そうすれば勝てると言えたのは、なんでなのか。
単純な話。
アッドはそれ程の力を持っている。
彼の素早さが、身体能力が。
何度でも立ち上がり噛み付いてくる、その意地が。
彼を構成する全てが、「危険因子」と評するに相応しい領域に至っている。
動くというなら、その未熟さを御せるなら。
アッドは、十分過ぎる程の戦力なんだ。
そして今、音もなく背後より。
アッドの白刃が、――――寧羅梓を穿った。
「――――ッ!」
「――――――――あ、…………え、あ」
両手で握られ穿たれた一閃。
擦れた視界で思考を熱に浮かされていても、それが届いたのだと理解した。
背後の翅に阻まれることなく、真っ赤な着物を易々と裂いて。
寧羅梓の胸部からは、――突き貫く刀身が見えていた。
それで終わりだ。
私たちに出来ることは、――終わった。
「あー。あらぁ~。これは、予想外やわぁ、アッド君」
寧羅梓の声が響く。
甘ったるい口調は、その抑揚を落とさない。
「正面突破が信条やと思てたわぁ。それにいつの間に、どこから後ろに回ったん?」
「……な、ッ」
突き刺された刃が、更に。
ズブリ、と、寧羅梓の身体へ深く沈み込む。
刀剣が貫いた彼女の傷口は――液体のようにドロリと溶けていた。
それは先程の、糸によって斬り別けた時のように。
果たして突き刺した白刃は、彼女にダメージを与えているようには思えなかった。
「ま、ええか。その辺りは――食べてから覗かせて貰いましょ」
そして彼女が、大きく震えて――。
彼女の形が、大きく崩れて――。
その全身が、流れ蠢く液体へと変容して――。
刀剣を刺されたままに、どころか意にも介さずに――。
その溢れ広がる流液を、周囲へ大きく展開して――。
上下左右から、アッドを、全てを以って覆い潰そうとして――。
「……ア、ァ」
「それじゃあ、いただきます」
私は間に合わない。
間に合ったとしても時間稼ぎが関の山だ。
私は寧羅梓への決め手には成り得ない。
アッドにももう成す術はない。
速さを以って一矢報いた。それで十分過ぎる戦果だ。
期待通り。いや、期待以上の働きだ。
私たちには、ここまでだ。
私に出来ることは果たされた。
アッドが成せる最大も達成された。
後はそれが、私の想定通りなら。
それが、――――決め手に成り得るなら……っ!
「――コレが、■解、でしょ……」
擦れた視界でヤツを見る。
未だその身を貫いたままに、真っ直ぐ伸ばされた刀身を睨む。
ガラガラの声で、――私は縋った。
「――コレ以上は、無理、だ■ら……っ!」
どうか、未熟な私に。
この下手くそで、それでも一つ辿り着いた愚策に。
――温情を、下さい。
「お願い――――東雲八代子……っツツツ!!!」
それで、私は――。
私たちは――――――――。
その変容を目にした。
「――――ナ」
「――――っ」
私たちは目を見開き言葉を失う。
引き起こされた光景に、呆気に取られる。
けれど同時に私は、恐らくアッドも確信した筈だ。
私たちの策は、間違っていなかった、と。
目前。
流体化した寧羅梓に突き刺さった刀剣は――。
その刀身を、突如として解かれて。
束ねられていた刃は、――数千、数万に及ぶ幾つもの『糸』へと別たれた。
読了ありがとうございました。
次話は19日(木)に投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




