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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
番外編「小さな欠片たち」
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番外編【10】「前日譚ⅩⅩ」



 固い地面を蹴り付け進む。

 視界の端を流れていく岩肌は、進んでも進んでも変わらない。


 どれだけ走っているんだろう。

 きっと一分二分くらい。でももしかすると数秒かも、或いは数時間かもしれない。

 分からない、不安になる、自信がなくなる。

 そんな思考への陰りを、歯噛みし磨り潰した。


 暗闇の中を駆けながら、情報を整理する。

 考える、考える、考える。考えてばかりだ。

 億劫だ。疲れた。もう嫌だ。

 それでも考えることを止めてはいけないと、頭を回した。




 寧羅(ねら)(あずさ)は転移生物だった。

 恐らくは、その()()()()()()()()()()()()をも取り込んだ、人間外の存在。

 それがヤツの正体だ。


 対象を捕食することで姿形を始め、記憶や思考までも全てを取り入れる。

 どころか本来備わっていなかった知性や感情も会得した。

 現状その成長――吸収と言うべきだろうか。それに際限があるようには思えない。

 ヤツは喰らえば喰らう程に、自らに新たな力を増やしていくのだろう。


 加えて身体を四つに斬り別けられても生存し、再生する。

 去り際に見えた真っ青な断面、伸縮する粘液から、内側はスライムのようになっているのかもしれない。

 或いは、それが本来の姿だったのか。


「……」

「――! ――イ!」


 そんなヤツの狙いはこの地下のなにか。

 確か寧羅梓の興味に惹かれた、とか言ってたか?

 だとすれば、取り込んだ寧羅梓本人になにか狙いがあったということになる。

 もしくは彼女が向かう予定だと言っていた、京の都とやらに関係するなにかかもしれない。

 例えば組織ぐるみの作戦のような。


 ……いや、そもそもそれを考えるなら。

 寧羅梓の仲間や所属は、彼女の状態について知っているのか?

 彼女が謎の転移生物に取り込まれ、本人ではなくなっていることを分かっているのか?

 学園は? 東雲八代子たちは?

 私が今まで見抜けていなかっただけで、みんな気付いていたのか?


 それとも寧羅梓を語るヤツは、全てを騙し切っているのか?

 記憶を全て取り込んでいる彼女ならば、隠し通すことも不可能じゃない。

 それに気配がないのだから、気付くことすらも……。


「…………」

「――イ! ――メェ!」


 それから、目に見えて現れていた特徴。

 蝶の翅、蟷螂の鎌、無数の触手。

 口内の牙や長い舌、後は後頭部から生えた猫の耳か。


 外見以外なら、気配をまったく感じられないこと。

 背後を取られる際には音もなかった。足音がない、音消しのなにかも有り得る。

 それらは寧羅梓の――とも、断言出来ない。

 誰からなにを取り込んだかなんて、分かる筈がない。

 アレがなにをどう食べたかなんて……。




 ああ、なら。

 今分かっているものが全てとも限らない。




 彼女はこの暗闇の中、私やアッドを正確に捉えていた。

 寸分狂わず私の首を絶ち、振り下ろされた触手も避けなければ直撃だった。

 喫茶店でも、従業員ら複数人全員の首を的確に狙い昏睡させていた。

 目が優れている、もしくは空間を正確に把握出来ている。

 そういう類の能力を持ち合わせている可能性が高い。


 他にも高い背丈や甘い声、整った顔立ちまで。

 なにかの要素かもしれない。

 なにかを取り込んで現れたものかもしれない。

 それともなんでもない、ただの身体的な特徴かもしれない。

 寧羅梓を使っているのだって、単に容姿が好みだからって可能性も……。


 分からない。

 どれが力の発現なんだ。

 どれが彼女を測る為に必要なものなんだ。


 考れば考える程に、どんどんこんがらがっていって。

 けれど私には、考える以外がなくて――――。




「――オイ! 離せッてンだよォ!」

「っ!」




 突如、耳に届いた声に思わず。

 私は右手に引き摺り回していたアッドを、正面へと投げ捨ててしまった。


「グオ、おおおおおおお!?」

「……クソっ」


 受け身も取れず、地面を転がり苦悶を叫ぶリザードマン。

 そんな情けない有様に呆れ、合わせて立ち止まった。

 相当離れた筈だ。すぐに詰められる距離ではない。

 後ろを追われているような感じもしなかったし――。


 と、すぐさま背後へ振り返る。

 目を強化し暗闇を睨み付け、その奥から迫り来る影がないことを視認した。

 気配を当てにするな。必ずこの目で確かめろ。


「…………」

「…………チッ」


 そうして、静寂の後。

 少なくとも近くにヤツが居ないと断定して、息を吐き。

 すればアッドが座り込んだまま俯き、声を上げた。


「……クソッ」


 呟きを皮切りに。

 感情を発散させた。


「クソッ! クソクソクソクソクソクソッ! クソが、クソがァツツツ!!!」

「騒がないで。距離を測られる」

「勝手に測らせとケやァ! 来るなら来やがれッてンだ! ブッ殺してやる!!!」

「……お前は」


 ダメらしい。完全に熱くなっている。

 これではどうにも、戦力にはカウント出来なさそうだ。


 それに大袈裟に吼えてはいるけれど、アッドは変わらず座り込んだままだ。

 かかって来いって、相手になるって叫んではいるけれど、呼吸は喉を鳴らす程だ。

 口を開いて牙を晒して、肩も胸部も大きく上下させて。

 満身創痍だ。

 ……なんて、その大半は私が削ったものなんだけど。


 なんにしろ無理だと思った。

 外傷的な面でも、体力的な面でも。

 それ以上に、彼のその叫びは――。


「……虚勢だ」

「あァ!? ンだとォ!?」

「なんでもないって」


 使()()()()()()()()、なんて。

 東雲八代子や九里七尾なら、そんな風に判断するんだろうか。

 頭を過ぎったその表現は、あまり口に良いとは思えず呑み込んだ。


 それに完全に戦力にならないとも言い切れない。

 虚勢でも意地でも、まだ走れるなら彼は強い。

 なによりさっきの刀の斬撃。切っ先から伸びた蜘蛛の糸。

 嫌な予想が当たった場合は、彼に頼らざるを得ない。


 それから、そんなに吼えられるなら。

 その口を便利に使わないは、勿体ないだろう。


「アッド。元気なら聞きたいことがあるんだけど」

「あン? テメェに聞かれて答えるコトなンざ……」

「お前、――()()()()()()()()()()?」


 私の問いにアッドは。

 息を呑み、それでも答えた。


「……あの女ッてのは、寧羅梓か」

「そうよ。変な意地張ってる場合じゃないのは分かってるでしょ? 答えて」

「……チッ」

「アッド」

「……あークソッ。……決闘してねェよ」


 寧羅梓とは決闘していない。

 断られた、逃げられたのだと言った。


「勝てねェだろうから負けでいい。アイツはそう言いやがッたンだ」

「それで、そのまま終わりでよかったの?」

「逃げる格下相手に詰め寄る程、オレは落ちぶれてねェよ。……なンて、バカみてェに思ッてたなァ。滑稽だろ?」


 アッドは続けた。

 まさしく今日、学園を脱走すると誘われた時も同じだった。

 力のない自分に、アッドの力を貸してほしいと乞われた、と。


「学園から逃げるコトは出来る。でもソノ先で生きるには力が足りねェ。加えて先に出て行ッたテメェらを追えば、特別なモンが手に入るッてなァ」

「それで、協力してほしいって?」

「あァ。その特別なモンを奪う為と、後も協力し合ッて生きていくッてなァ。そうすりャあ、テメェに一矢報いる機会も来るだろうッて具合によォ」

「そう」

「しかも上手く行けば、異世界へ転移出来るお宝も手に入るかもしれねェッて話だッたンだぜ。好きな世界に思いのままに、……帰れるッてなァ」


 それでまんまと乗せられたのか。

 私への報復のチャンスも、元の世界へ戻る手段もあるかもしれない。

 欲しい物が全て手に入るかもしれないから。


 そして、そんなアッドを焚き付けたヤツの目的は。

 ――()()()()()


「フザけやがッて。終わッた後の算段もあるッて言ッてたンだ。逃げる方法も、隠れる場所も、特別なモンさえ手に入れば組織に戻れるとも言ッてやがッた。……あンな場所で閉じ込められてるなンて、御免だろう、ッてよォ」

「それで話に乗って、この体たらく?」

「……あァ、そうだよ。そうなンだよッツツツ!」


 始まってみれば、ただ私に襲い掛かるだけの注目逸らし。

 多分あそこで私が首を飛ばされ終わっていたら、アッドの役目もそれまでだっただろう。

 奇襲が成功しても失敗しても、今この状況と同じように。

 アッドは彼女に喰われ、取り込まれる算段だったんだろう。


 蓋を開ければ最初から嘘ばかりだった。

 力を持たないなんて、だから協力してほしいなんて、全ては騙されていた。

 アッドはヤツの手の上で転がされていたんだ。


「クソがッ! クソがッツツツツツ!!!」


 歯噛みし肩を震わせる。

 怒りや悔しさ、それらも相手にだけ向けられたものではないと思う。

 この状況に、恐怖や理不尽さだって感じている筈だ。


 転移孤児で、なにも知らないままに自由を奪われて。

 騙されて、使われて、裏切られて、その相手から殺されそうにまでなって。




 同情の余地はある。

 そう思った。


「…………」


 純粋で考えなしで無鉄砲で、善悪どちらにでも転ぶこのリザードマンを。

 私は、ほんの少しだけ……。




「……いや」


 それは早計だ。

 そんな不安定な相手、ただ戦力として扱うにもリスクがある。

 加えてこいつにはこいつの罪があり、相応の罰を与えなければならない。

 総じて手放しに歩み寄ってやるなんてことは、私には出来なかった。


 それにアッドだってそうだ。

 この状況で私の手を取ることはないだろう。

 言いくるめられる可能性もあるが、拒絶されれば敵が増えるだけだ。


「……だけど」


 だけど恐らく今の私には、私だけでは駄目だ。

 あの転移生物との戦いには、アッドの力が必要になる。

 でなければきっと、私はここで負ける。




 同時に、アッドの力を借りるのであれば。

 彼の未熟さを、()()()()()()()()()にまで昇華させる必要がある。




 ならばどうするのか。

 私はどう動くべきなのか。


「……………………」


 私は。

 私は――。




「――アッド」

「あン?」

「……私は」




 思い至ったのは。

 考え付いたのは。




「――私は、――――私に、っ」




 まったく冴えたやり方ではない。

 本当に、馬鹿馬鹿しくて仕方がない。




「私に、力を貸してほしい」




 結局は、直球勝負の。

 ソレ以外にはなかった。




「全てを話す。全てのリスクも、全てのリターンも。お前が失うものも、お前が得るものも、全てを提示する」

「……なンだと」

()()()()()()()()()()()()




 これは説得じゃない。

 対等な協力でもない。

 縋るようなお願いでもない。

 仲間になってくれなんていう歩み寄りでもない。




「私はアッドより強い。私はアッドより賢い。私はアッドより、――アイツに勝てる」




 これは。

 私から持ち掛ける、――――()()だ。




「アッド。私に力を貸して――」




 いや、違う。

 全てを話すというなら、言葉は正しく使うべきだ。

 だから言い直した。







「アッド。私に力を貸しなさい」







 そうすれば、私が勝たせるから。

 私たち二人を、勝たせてみせるから。







「私に命を賭けなさい」





 読了ありがとうございました!


 次話は来週水曜日に投稿予定です!

 引き続き来年も執筆を続けていきます!


 まだまだ未熟な作品ですが、今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします!


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