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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
番外編「小さな欠片たち」
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番外編【05】「前日譚ⅩⅤ」

 


 気付けばたったの一時間程度。

 私は三日振りに藤ヶ丘の街へと足を下ろした。


 果たして田舎道から街道までピョンピョンと飛んだり、特に目隠し等もなかったからあの学園の大体の方向や経路が分かってしまったり。

 色々と大丈夫なのか心配だけど、ともあれ私は九里七尾から身体を離した。


 予想していたよりずっと早い帰着。

 すぐにまた戻されるけど、それでも――。


「…………」


 学生集まる東地区の外れ。

 学区から少し逸れたところにある、レストランや喫茶店が多く並ぶ飲食店街。

 昼を過ぎた今は人通りも落ち着き――とはいえ少ないけれども確かに行き交う人たちは、突如空から降りて来た私たちに見向きもしない。


 誰もが素通りする中、ただ一人。

 すぐ正面、煉瓦造りの喫茶店から出て来た彼女だけが私たちを咎めた。


「考えなしめ。妾が認識をいじっていなければ大騒ぎになっているぞ」


 真っ黒な長い髪と、真っ黒な着物。

 生気を感じられない白過ぎる肌。

 私と同じくらいの小さな背丈の少女は――東雲八代子は心底面倒臭そうに大きく息を吐いた。

 九里七尾はそれを笑い飛ばす。


「なあに言ってるサね。かの女郎蜘蛛の拠点、そんなザルなことはないサ」

「お主のような蛮族がいるから余計な配慮が必要になるのだが」

「配慮があるなら使わないと勿体ないサね。それよりわざわざ届けてやったんだ、文句の前に礼の一つくらいあったらどうだい?」

「急遽予定を変えたのはお主であろうが。そもそも、百鬼夜行の子をわざわざ育ててやっているというのに」


 呆れた様子で再度溜息。

 遅れて視線を向けられたので、とっさに頭を下げた。バツが悪い。

 というか、「わざわざ届けて」って。


「もしかして私の用事って東雲さんですか?」

「あれ? 言ってなかったかネ?」

「もしかして九里さんはもう帰るんですか?」

「へ? アタシが残ってどうするサね?」


 まさかの九里七尾は迎えに来て届けるだけだった。

 私を呼んだのは、私に用があるのは東雲八代子だった。


 勿論ありがたいことなんだけど。

 ……いや、急遽の予定変更とかが全部この人の休養の都合だと考えると、素直に感謝しにくいんだけど。

 それにしても、まさか、ちょっと予想外だった。


「私はてっきりその。……喫茶店の方とか百鬼夜行は大丈夫なんですか?」

「乙女にしてもらうことはなかった筈だけど。なにか言ってたり任せてたかネ?」

「……いえ、そういう訳ではないです」


 なにも言われていない。任されていない。

 いない、けど……。


「お主も呆れておけ、片桐乙女。こやつはそういうヤツよ」


 東雲八代子が言葉を挟む。

 九里七尾は変わらず首を傾げた。


「なにサね、アタシなにか間違えてるかい?」

「間違えてはおらぬが、こう、手心というやつがのう」

「なんだいそりゃ。ま、とにかく後は任せるサね。――ウチの子を大切に扱うんだよ」


 それだけ言い残して。

 九里七尾はまた大きく跳躍して、遠く街の向こうへと降りて行った。

 言われたばかりの配慮についても、やっぱりまるで気にしていないみたいで……。


「安心せい。大きく気遣いの足りぬヤツじゃが、最後の言葉に嘘偽りはないじゃろうよ」

「……はい」


 なんとなくは分かっているんだけれど。

 それでもやっぱり悔しさのような、寂しさのような。

 どうにも呑み込み切れないしこりのようなものが、胸の内に残ってしまった。




 ◇     ◇     ◇




 喫茶店『八ツ茶屋』。

 煉瓦造りのレトロな外観ながら、白黒メイド服の従業員が給仕をする正真正銘メイド喫茶。

 だけど決して浮付いていたり騒がしい訳ではなくて、どちらかといえば静かで落ち着いた雰囲気のお店だった。


 同時に、東雲八代子がオーナーに座る怪異渦巻く拠点であり。

 その二階にある一室で、私は彼女から教育を受けていた。


 内容は様々。

 教科書や文献を使った授業形式のものから、将棋やチェスといった戦略ゲームまで。

 なににしても、教養・知識・知略。

 それらを身に付けさせる為だと言われていた。


「……」


 畳敷きのこじんまりとした和室。

 隅には大きな本棚が三つ並び、古びた本がところ狭しと並べられている。

 それから部屋の中心に背の低いテーブルが置かれて、今日はそこにチェス盤を広げていた。


 ここに有ったのは、たったそれらだけ。

 それ以外には向き合う私たちと、……東雲八代子から手渡され持ち込んだソレしかない。

 私の左手の傍に横たわった、――()()()()()()しか。


「学園に武具の持ち込みが禁止されていなければ、帯刀させるつもりじゃった」


 駒を進めながら東雲八代子が静かにこぼした。

 この刀は私にと、わざわざ用意させたものだったと。


「爪で引き裂き、牙を立てて喰らう。鬼の在り方とは獣に近しい。それ故に鬼狩りは若き鬼子らに武具を与え、武具を扱う思考と習慣を植え付ける。人に近しい癖付けをな」

「……」

「先日お主が起こした暴力沙汰とやらに関しても、互いに帯刀や武具の備えがあれば迂闊に起こらなかった筈じゃ。吹っ掛ける側は勿論、受ける側とて易々とは容認し難い」

「…………」


 知られていた。

 でも驚きはしなかった。

 やっぱり知ってたんだって、そのくらいに流した。

 それよりも、今は、……この盤上が――。


「乙女。集中し過ぎじゃ」

「……はい、でも、……えっと」

「一つの盤に囚われるな。常に複数の物事を考えよ。会話とゲームの並行などは初歩の初歩であるぞ」


 でなければもしもの事態に対応出来ない。

 なんらかの危機的状況であっても、会話や行動の中に活路があるかもしれない。

 でなくとも、逆に会話に持ち込み相手の集中を乱すことも出来る。


「多くを考えよ、多くを聞け、多くを見よ」

「……そうは、言いますけど」

「そういえば乙女、昼は食べたのか? なにを食べた?」

「……今日の昼は、スープとパンと――」


 と、私はコトリと駒を動かして。

 遅れて間違ってしまったと気付いた。

 東雲八代子がニタリと口元を緩める。

 見逃してはくれない、か。


「チェックメイトじゃな。すぐに詰む。挽回は不可能じゃ」

「……やり直しは」

「なしじゃ、やるなら最初からよ。ミスの取り返しは付かぬ。……或いは妾をミスさせてみせよと言いたいが、この程度の手順をここから間違えることはないじゃろうな」

「……」


 正直に、この手の読み合いは苦手だった。

 限られた同様の駒で互いに策略を練り、同時に互いに相手の策を読みそれを上回る。

 瓦解させ、切り開き、勝利を掴み取る。

 瓦解を防ぎ、切られようとも立ち回り練り直し、敗北を回避する。


 その場その場での先見や臨機応変さ。

 最適解を導き出し、手繰り寄せる為の知識や経験。

 問われるものも、用意しなければいけないものも多様に難解だ。


 いつだって頭がぐちゃぐちゃになる。

 なにもかもが自分の手から離れていってしまう。

 ダメになってから手遅れだって分かる。


「……難しいよ」

「フフ、そりゃあそうじゃろう」


 頭を抱える私に、東雲八代子は笑みを浮かべたままだ。

 それでいいと、それでこそだと。


「不器用で下手くそで失敗と後悔ばかり。伸びしろじゃのう」

「伸びしろ、って」

「なんじゃ不服か? だとすれば自惚れが過ぎるのう。件の決闘といい、やはり子どもっぽさは隠し切れぬか」

「…………」

「そうムッとするな。年相応な部分もあるというだけの当たり前の話じゃ。お主は十分に優れておるし、――当然の不足もある」


 だからこうして時間を取っている。

 素直な姿勢で精進しろと、彼女は続けた。


「お主などまだ卵から産まれたばかりのヒヨコに等しい。結果を出すなど時期尚早。身の丈に合わぬ自己評価で自尊心を煽り過ぎるでないぞ」


 けれど、同時に。

 その不満感こそが光るものだと、彼女はそう言った。


「まったくなんとも厄介で面倒なヤツじゃが、故に磨き甲斐があるというもの。感謝するのじゃぞ、この妾が直々に磨いてやろうというのじゃから」

「……それ、は」


 それは、どうして。

 喉元まできていた疑問は、結局呑み込んでしまった。


 どうしてこの人は。

 どうしてそうまでして、私を。


「…………」

「さて。では二回戦目の前に、何度か触れた学園生活について聞いておこうかのう」

「……はい」


 続けざまに、なかなか痛いところを突かれて。

 私は早々に辟易しながらも、学園のことを話した。




 ◇     ◇     ◇




「リザードマンのアッドにその取り巻き、京の都へ行くという寧羅梓。山田重文も元気そうでなによりじゃな」


 一通り、とはいってもたった三日間の出来事だけれど。

 十分ほどで話し終えると、東雲八代子は頬を緩めた。


 多分、全部知っていたと思う。

 なにか特別な方法を使ったか、もしくは単純に定期的な連絡が入っているか。

 それでも彼女は楽しそうに、私の報告を頷きながら聞いていた。

 実に面白いとこぼす程に。


「やはりこの手の報告は当の本人から主観で聞くのが一番じゃな。淡々とした語り部であったことは残念じゃが、それでも口数から透ける感情もある。不平不満が漏れ出しておった」

「不満そうでしたか?」

「山田の指導がよっぽど残っておる。浅ましい、下手くそな処世術、可愛げ。しっかり細かく残っておるではないか」

「それは……」

「図星を突かれながら、更には気に留めていなかった部分まで見抜かれ掘り出された。まあ、あやつは目敏く意地が悪いからのう」

「……でもそれだけじゃない、ですよね」


 九里七尾への尻込みしない激昂。対する彼女からの評価。

 そして東雲八代子の語り口からも。

 それら全てが、あの人が『ただの意地の悪い先生』ではないことを裏付けている。


 だから余計な説得力を以って植え付けられている。

 彼の不機嫌な声が、指導が、――私の未熟さが。


「分かっておるなら上出来じゃ。ま、感情に振り切った極端な意見でもある。話半分に大事なところだけ拾っておけばよい」

「なる、ほど?」

「それからもう一つの懸案事項は、寧羅梓についてじゃな。しかしコレに関しては集団生活の醍醐味じゃ。存分に堪能すればよい」


 気の置けぬ隣人というのはゾクゾクするだろう。

 言って、東雲八代子は歯を見せた。……他人事だと思って。


「ゾクゾクというか、ゾクゾクすらしないのが不気味というか」

「ふむ。ではこれも一つの勉強じゃ。その()()()()()()について考えを聞かせてみよ」

「正体?」


 突然の提案に首を傾げる。

 彼女の正体、か。


「なんじゃ考えておらんかったのか? 鬼餓島で教わらなかったのか? 敵の正体を探るのは基本じゃろう」

「敵って。……まだ訓練の段階だったから、詳しく教わったことはないですよ。模擬的な実践とかも、鬼狩り同士のものばかりだったし」


 別の妖怪や異形との戦いなんて。

 それこそあの時の、九里七尾と戦ったのが初めてくらいで――。


「アッドやらとの決闘はどうだったのじゃ?」


 ああ、思えばそれも含まれるんだ。

 リザードマンと、オークと、河童。


「決闘は、……特になにも考えずに真正面から投げ飛ばしたから」


 でもなんとなく、相手の種族については考えていたか。

 オークの力技や河童の身のこなし、リザードマンの素早い動き。

 スムーズに対応できたのは、それらに対しての心構えがあったからだ。


 見るからに明らかな相手だったから。

 加えて彼らに対する知識も、この一ヶ月にこの街で学んでいたから。

 これがもし知識にない相手だったなら、容易くことを終わらせられたかどうか……。


「さてでは寧羅梓と決闘になった場合、なにも考えずに投げ飛ばせるかのう? ――お主は勝てるかのう?」

「……」


 分からない。

 少なくとも見た目からは、一体なんなのか判別が出来ない。

 あの学園に居ることを除いて考えれば、一見人間にしか思えない風貌だし。


 分からない。知らない。

 私は彼女を、なにも知ってはいない。


「気配をも悟らせぬ相手なのだろう? ある日突然にまったく気が付かぬ間に、寝首を掻かれるかもしれぬぞ?」


 或いはもう、なんらかの干渉を受けているのかもしれない。

 不気味に思いながら、気の置けない相手だと分かっていながら、こうして今までその正体を考えていなかったのだから。


 隣人に気を許すな。隣人を疑い探れ。

 仲良しこよしは構わないが、誰これ構わずは違う。

 警戒を強めろと、そう言い付けられた。


「して、ではヤツの正体はなんだと考える?」

「…………」


 考えろ。

 考えなければ、突然に対応できない。

 全てが向こうの策に呑まれて、なんの抵抗も敵わなくなる。


「……一つ。名前の響きとか気配を感じないとかで考えると、()()()()()()とか?」

「素直過ぎるが悪くはない。九尾の狐で九里七尾や、八足蜘蛛の妾は東雲八代子、雪女の涼山千雪を身近に考えれば妥当な考えじゃ」


 気配を感じない。気付かない内に忍び込まれる。

 ぬらりと滑り込み居座り違和感を覚えさせることもない。

 寧羅という名字もどこか、その正体を思わせる。

 だから、ぬらりひょん。


 でも言い切ることは出来ない。

 気配を消す別の方法も多くあるし、名は体を表すとも言い切れない。

 私自身がそうなのだから。


「ただ名前と特性だけでは判断できない。だって私の片桐乙女って名前は鬼に関係ないし。単純な身体能力の強化とか再生能力だって、他の妖怪にも備わってること多いし」

「そうじゃな。その観点でいけばお主は分かりにくい部類じゃ。逆に女狐や雪女は分かりやすい。力を発現すれば見るからに耳や尾、氷の結晶が現れる」

「じゃあこっちから攻撃して力を使わせれば、確定させられるかも」

「それなら力を使わせぬ間に殺してしまった方が早いじゃろう」


 殺す。

 一瞬驚いたけれど、敵対しているならそうなるんだ。

 そういう世界なんだ。


「まあじゃが、それはやめておいた方がよいじゃろう。正体不明を相手に先手必勝はかなりの力を求められる。攻撃して煽るにしても、上手い具合にじゃ。それこそさっき教えたように、会話の運びで煽るもよかろう」

「そう、ですね」


 それはつい先日に思ったことでもあった。

 先手必勝。手の内を使わせず、使わせないままに制してしまう。

 あまりに困難。明確な実力差があって初めて成立する荒業だ。


 容易な攻めは特攻に等しく、まんまと返されてしまう。

 ――返してしまえた。


「そうじゃのう。では今のところは、寧羅梓の正体は『ぬらりひょん』ではないかという前提で――」


 と。

 東雲八代子が話を区切ろうとして。

 次は授業かもう一度チェスをするだろうかと考えて。







 ――不意に。

 ゴトリと、重たい音と振動が感じられた。







「――?」


 それは部屋の外から、……部屋の下からか。

 一階の喫茶店から響いたように思えた。


 遅れて耳を澄ませるも、続く音はない。

 微かな賑わいも、物音一つ聞こえてはこない。


「――――――――」


 静けさが鳴らされている。

 明らかな異様だ。


「――ふむ」


 東雲八代子もまた耳を傾ける。

 或いはなにか別のものを感じ取っているのかもしれない。


 そして、少しの静寂の後。

 彼女の呟きが事態を決定付けた。


「異常事態じゃな」



読了ありがとうございました。

次話は土曜日投稿予定です。


どうぞよろしくお願いいたします。



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