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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
番外編「小さな欠片たち」
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番外編【01】「前日譚Ⅺ」

番外過去編です。

時系列としては、前日譚Ⅹから一ヶ月後となっております。

 


 この世界は酷く窮屈だ。

 どこに行ってもどこに住んでも自由なんてものはない。


 どこで生きても誰かの存在があって、多くの誰かは規則を強いる。

 外れることは許されない。乱すことは悪になる。犯すことは死に直結する。


 私たち妖怪は強くそれに縛られる。

 乱すな犯すな。その実、存在すらも許容されない。

 私たちは生まれながらに外れ過ぎてしまっているから。


「――――」


 私たちは居ない。

 許されないから居ないことにされている。

 自己主張なんて以ての外で、影を潜めて息を殺すばかり。

 どころか、それらを怠った()()()()()()をも()()()()()()()にしなければならない。


 自由を剝奪されながら、なお自由を剥奪することすら義務付けられる。

 島を出ても結局は――。



 なんて、物思いに耽りながら。




「――よ、っと」


 私は群がってきた三人を、()()()()()()()()




 藤ヶ丘から離れ、人里からも遠く隠された山の奥。

 背高い木々に囲まれた中で唯一、切り開かれた小さな空間にある学園。


 その校庭で私は決闘を受けた。


 一人はオーク。

 私と変わらない十代前後ながら、既に身の丈百七十を大きく上回る大男。

 隆起する筋肉や握り締められた拳は、まるで岩のようだった。


 一人は河童。

 オークに比べれば体躯は劣るも、ガッシリとした身体付きは申し分なし。

 なるほど身のこなしも、相撲を得意とする逸話に沿った中々のものだった。


 そして最後に、リザードマン。

 緑の鱗に覆われたその身は、しなやかで素早い動きを繰り出し――って。

 今更ながら緑ばかりの寄り合わせだったけれど。


 ともあれ私はそんな三者から決闘を申し込まれ、受諾し。

 この校庭で、すべからくを投げ飛ばしてやったのだった。


「ふぅ」


 決闘なんて大仰だ。

 単なる格付け。転校生の私を推し量ってやろう、なんなら痛めつけて分からせてやろうって魂胆。

 新人にでかい顔はさせられないとか、力の差を見せつけて雑用を押し付けてやろうとか、きっとそういう類のやつ。

 小さな集団の中で、上下関係を決定付ける儀式。


「やだやだ」


 予想していたことではあったけれど、改めて思わされる。

 この世界は本当に窮屈だ。この上なく面倒だ。



 なんて、言葉なく愚痴捨てていると――。



「っザ、けンなァァァアアアアアアア!!!」


 放り投げた内の一人、リザードマンが身体を飛び起こし立ち直った。

 再び私に飛びかかろうと、擦り傷だらけの身体を上気させ態勢を低く構えている。


 爛々と開かれた瞳に有るのは、怒りだろうか。

 果たして私には焦燥を含んでいるようにも感じられた。

 リザードマンが吼える。


「ふざけンな! このオレがまた新人に下さレる訳がねェだロウガ! しかもこンな女によォ!!!」

「……そういうのって女性蔑視っていうんだよ。外の世界では知らないけど、この国では控えた方がいい」

「うるせェ! あのクソキザ男と同じようナ御託を並べンじャねェ!!!」


 クソキザ男とは初耳だった。

 察するにどうやら彼は以前、私と同じような転校生に打ちのめされているみたい。

 思った通り、横たわる残りの二者が彼に呼びかけた。


「やめとけアッくん! コイツ、ヴァンの野郎と同じタイプだ!」

「おでの身体、持ち上げた! コノ女、危険!」

「黙ッてろ! あのキザ男には遥かニ及ばねェよ!」

「でもアッくん!」

「黙ッてろッツってンダロ!!! 限界なラ寝てろ! そうじャねェならオレに並べ!」


 制止を振り切り、ギロリと双眸が私を捉える。

 退く気はないと。


「アイツ以下のコノ女に、負ける訳がねェ!!!」

「……そう」


 心底面倒極まりないけれど。

 こちらが退くつもりも、ない。


「どこの誰と比べているのかは知らないけど、来るなら来い。――言っておくけど、さっき見せた程度の速さなら手こずるくらいだよ!」

「言ッてヤがれ女ァ!!!」




 そうして私は真正面から、このアッくんと呼ばれるリザードマンと正面対峙し。

 問答無用、力技で叩き伏せた。




 ◇     ◇     ◇




「片桐乙女! 転校早々なにをやっとるんだお前は!」


 職員室に野太い怒声が響く。

 私はそれを正面から叩き付けられ、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい」


 実直な謝罪。言い訳もしない。

 勝手に付けられた因縁だった。とはいえ、乗ってしまった私の行動は問題だ。

 良くないと分かりながら「いっそ話が早い」と、むしろ彼らを煽ったところもあった。

 面倒な連中を叩きのめして問題行動だと叱責されて、悪目立ちをした浮ついたデビュー。

 大人しく通過する予定の学園生活だったけれど、変に舐められるくらいならこっちの方がマシだ。


 そう分かった上での決闘だった。

 だから悪いことには素直に頭を下げて、謝罪を口にして――。


「……片桐ぃ」

「あれ?」


 けれど頭を上げれば、余計に眉をしかめた仏頂面が。

 私はなにかを間違えたらしい。


 くたびれたシャツにグレーのスラックス。

 首元の緩んだ紺色のネクタイは、丸々膨れた腹部にペタリと載っている。

 ガリガリと掻く頭は白髪に染まって、ギロリと私を覗く瞳は薄暗く淀んで。

 苛立ちを隠さない人相は酷く疲弊しているようにも見えた。

 けれども低い声はよく通り、小さな愚痴すらもしっかりと届かせる。


 山田重文。

 この学園の教員の一人で、ごくごく一般的な初老の人間だった。


「まったく次から次へと面倒なヤツばかり」

「……ごめんなさい」

「やめろやめろ。そんな取って付けたような謝罪はするな。気持ちが悪い」

「気持ちが悪い?」

「なんだそういうところまでは頭が回らんか。ならまだ幾らかマシだな」


 彼は、――山田先生は続けた。

 下手に知恵を付けた妖怪は、ただ本能がままの問題児よりも一層性質が悪いと。


「片桐乙女。鬼餓島出身の鬼と人間との混血。島を出て一ヶ月程、藤ヶ丘の百鬼夜行拠点にて基本的教育を終えている。素行も良好、喫茶店にて給仕業務にも励む。随分な優等生じゃあないか」

「……」

「だがその結果がコレだ。転校初日から在校生との揉め事を起こす。それも暴力沙汰」


 先生が大きく肩を落とす。

 色濃く広がる煙草の臭いに、私は思わず眉を寄せた。


「百鬼夜行といえば女狐のところだ。適当な過大評価か、或いはオマエが上手に立ち回ったか。どちらにしろ、親元を離れて早速本性が出たな」

「……」

「なんとか言ったらどうだ。……クソっ。どうせあの三馬鹿から持ち掛けた喧嘩だろう。だったらそう言えばいいんだ。それをお利口に頭を下げて、潔く見栄えをよく見せる。気に食わん」

「……慎ましいのはダメですか?」

「浅ましいと言っておるのだ。魂胆が透けて見える」


 上手く立ち回ろうなどとは、大人の真似事も甚だしい。

 身の程を弁えろとまで吐き捨て、先生は私を叱咤した。


「迫害や拒絶、正体を隠れ潜まなければならない生まれ。それ故に幼少から思慮深さを身に付ける。そうしなければ生きられぬと、そうすれば生きられると。――傲慢極まる。浅はかなガキの下手クソな処世術だ」

「……」

「オマエは可愛げを学ぶべきだな。被害者振る舞いを覚えろ。プライドなどというハリボテが邪魔するならば、勝手にしろ。まあ、大人になれって話だ」

「…………」

「返事は?」

「はい」


 頷き返す。そこまで言われて首を振る程、私は幼稚ではないつもりだ。

 ……握る手に力がこもってしまう現状、腹立たしくも図星な訳だけれど。


 ああ、本当に。

 なんて生きにくいんだ。




 ◇     ◇     ◇




 職員室の扉を閉める。

 私は一人、木目を踏み鳴らして廊下を進んだ。


 続く廊下の先にも後ろにも誰の姿もない。

 放課後という時間帯だが、そもそも職員室でさえあの先生だけだった。

 まだ薄ら明るい中、校舎には私たちしか残されていないのかもしれない。


 さざ波のない空気はあまりに澄んでいる。

 島ならば深夜であっても、草木の騒めきや動物たちの気配があった。

 本土へ来て夜の街を歩いた時も、静寂に落ちながら活気の名残を感じられた。


 ここはもっと静かだ。

 私の呼吸、足音、息を殺せば胸の内の鼓動さえも感じられる。

 私以外にはなにもない。

 奇妙で落ち着かない。でも不思議と不快ではなかった。

 深く息を吐く。


 初日早々の呼び出しだったけれど、終わってみれば簡単な説教だけだった。

 調子に乗るな、下手に大人ぶるな、問題を起こすな。

 これといった罰則を与えられた訳でもなくて。

 ただ叱咤されて「そういう生徒」だと烙印を押された。


 リザードマンたちの言動から、彼らが同じようなことを起こしたのも今回が初めてではない筈。

 なのにあれだけ勢いのままに吹っ掛けてきた。

 なにかに怯える様子や気を遣うような動きもなかった。


 多分この学園は、問題を起こしても大きく罰せられることがない。

 注意とかお説教とか、それから嫌味を聞かされるくらいなんだろう。

 ただ流石に、内申点のようなものには響いていると思うけど。


 いや、或いは。

 もっと深刻な、境界線のようなものがはっきりと定められているのかもしれない。

 問題行動くらいならお咎めなしだけど、一定ラインを越えてしまったら……みたいな。


「…………」


 だとしても、なにも変わらない。

 私は教育された通りにルールを守って、それでも譲れないモノは譲れない。

 譲らなかった結果が減点だというなら甘んじて受け入れるしかない。

 あの状況で殴られっぱなしなんて御免だし、喧嘩を買わずに舐めた格付けをされるのも許容出来ない。

 ここが私を問う場所であるなら、私は私のままに答えるだけだ。


 その私が許されなければ、――それで終わり。

 単純明快それだけのことだ。




 と、不意に。




「どうもぉ、こんにちはぁ~」




 耳をくすぐる甘ったるい声。

 遅れてカラリと、乾いた木の音が背後に足を下ろした。


「――ッ」


 即座に振り返る。

 尾を引く髪が振り乱されることも気にせず、声の主へと向き合う。


 すれば、まさしく目と鼻の先に――彼女は立っていた。



「いやぁ、違うかなぁ? 時間的には、こんばんはかなぁ? おおきにぃ~」



 独特の口調はどこかの方言だろうか。

 真黒の長髪に、真っ赤な着物姿。

 太く締められた帯や鮮やかな紅葉模様は、目を惹く金色を咲かせている。

 軽く腰を折り私を見下ろす彼女はかなりの長身で、にこりとはにかんだ顔付きも大人びていた。


 先生ではないと思う。多分、私と同じ学生。

 だけど歳は五つくらい離れて見えて――。


寧羅(ねら)(あずさ)いいます」


 一体誰なのか。

 尋ねる前に彼女はそう名乗った。


「どうぞよろしゅうお願いします、百鬼夜行のお姫様」



本日より連載を再開いたします!

今のところ週1投稿の予定です。


次章第五章で最終になるのですが、少し番外編を挟みます。

諸々の小話や関係性を掘っておきたいので、どうぞお付き合い下さい。


次週土曜日に次話投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


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