第四章【101】「何処かで始まる今日を」
夜が明ける。
遠く地平線から顔を覗かせた日の眩さが、空一面を照らし出し、暗がりを薄らと青く塗り替えていく。
夜の終わりで、今日の始まり。
高く連なるビルの一端、黒衣を揺らされながら。
あたしは一人、大きく肩を落とした。
「……ああ」
またしても、雲一つない。
なにものにも阻まれない晴天が、未だ物静かな街に覆い被さる。
やっぱり、あたしはついてない。
「……………………」
静寂に浸る。澄んだ冷たい空気が心地良い。
雨に打たれて纏わり付かれることもなければ、湿気や騒音に害されることもない。
心底気分が良くて、……だからやっぱり、最悪な気分だ。
雨が降って欲しかったのに。
「……ま、天気なんてどうだっていいんだけど」
呟く。
どうでもいいと、愚痴捨てる。
なんにしたって、今日は変わらない。
今日の決行を、雨に合わせて後回しになんてしない。
今日、あたしはこの国を、この世界を去る。
ここではない別の場所で、次を始める。
「……ふぅ」
もう一度、大きく息を吐く。
ふと、チクリと痛みに左肩を見れば、はためく黒衣から微かに赤い雫がこぼれた。しっかり手当をしたつもりだったが、少々目測を誤ったらしい。
すぐに治癒をかけ直して、痛み止めは、……まあ、いいか。これくらいの不快感があった方が、あたしには丁度いい。
余計なことをするから、余計な手間が増えた。誰も頼んでいないのに、一体誰が気を利かせたつもりなのか。
しかも人の寝込みに、なんの承諾もなしに一方的に。
まー勿論、施しは要らないし、なにより気持ちが悪いので――切り落とした。
その上、落としたソレも真っ赤な惨状もそのままに捨て置いてやったから、ちょっとした騒ぎになるだろう。ザマーミロ。
不快なままに暴れなかっただけマシだ。真っ赤なシーツもベッドも、イタズラ程度で済んだと思ってほしい。
そんな訳で、ちょっと体調は全快じゃないけど。
むしろそれくらいが丁度良い。
事が事で、経緯が経緯。
なにもかもが万全な晴れ晴れとした旅立ちなんて、ゴメンだから。
「だからまあ、こういう展開も、――予想通りで期待通りなんだけど」
あたしは、思わず笑ってしまった。
苦笑、失笑、嘲笑。眉を寄せて、バカだなーって、笑い捨てる。
「ほんと、バカばっかり」
こぼせば、丁度のタイミング。
ふわりと視界の端に、幾つかの影が躍り出る。
一定の距離を保って、取り囲むように、一人、また一人と数を増やしていく。
あたしやサリーユと同じ、――黒衣を纏った少女たちが。
『――――――――』
頭のフードを深く被って、こんな晴天には目立って似つかわしくない。表情を悟らせず、誰かも判別を許さず、ただ所属とその目的だけを示唆させる。
このタイミング、この数、意味するところは明白に――。
「なーんでかなぁ? 放っておいてくれてもいいと思うんだけど」
示しが付かないからかとか? 離脱者は許さない的な?
それともレイナ先生的にはどうでもよかったけど、誰かが声を上げたのかな? 案外ネネとかが、思い付きの嫌がらせを実行まで広げたのかもしれない。
「見せしめとしてもアリで、サリーユにもまあ、そこそこの動揺は与えられそうだし。先生としても、別に悪くない感じなのかなー」
果たしてどこまで織り込み済みなのか。
ここまで来ると、まるで分からないけれど。
まあ、あたしには関係のないことだ。
あたしには、通り過ぎることだ。
『―――――――――!』
魔法使いらが、それぞれ力を強めていく。
纏わせる魔力を膨れ上がらせ、晒された手足やフードから覗く頬に、光の細線を浮かび上がらせる。
当然の備え。
敵地への殴り込みだ、増強は然るべきだ。
総数、二十前後。
サリーユには匹敵せずとも、あたしには十分か。
ついでに街を軽くブチ壊して退散って感じで、引っ掻き回すだけ引っ掻き回すことも容易そうで――。
なるほど、それを思い付くと。
やっぱりあたしは、ついでなのかもしれないなって、考えられないこともなくて。
「あーあ、嫌だ嫌だ」
せっかくの門出だっていうのに、……どいつもこいつも、邪魔ばっかり。
うんざりする、辟易する。
まったく、さぁ。
「――――わざわざ来なくたって、いいのにさぁ」
あたしは、取り囲む彼女らにではなく。
彼女ら、彼らに、――そう、呟いた。
すれば、あたしがなにかを起こすよりも、早く。
「――――焔よッ!!!」
響かされる号令と、重ねて轟く、燃え盛る劫火の奔流。
途端に、周囲を取り巻く空は、真っ赤な焔が揺らめき包み込んだ。
『!?』
『な――んで!?』
『そん、な!?』
動揺する魔法使いらは、あたしを、――その後ろを注視し、声を上げる。
なんで、どうして、そんな予定はなかった、みたいに。
馬鹿げている。
あたし一人ならまだしも、あの子が同じ世界の、しかも同じ街に居る状況下で。
あの子が余計な手出しをしない筈が、ないのに。
「――――――――」
振り返る必要もない。なにもする必要がない。
あたしはなにも関与していない。勝手にやったことだ。なにもしなくたって、勝手に全部、始末を付けるんだから。
加えて。
「さて、――片腕の身で、どこまで出来る、か――ッ!!!」
白の装束をはためかせ、宙を駆け斬り込む金髪の男が。
左手に輝く大剣を握り携えた、キザったらしく憎らしい白騎士が――。
「悪いが、しっかり転移を見送らせて貰う。後で難癖を付けられるのはご免だからね――ッ!」
通り過ぎる際に、そうこぼして。
同じく宙の、金箔の足場を蹴り、長い髪をたなびかせる気に食わない女が――。
「くっそ、めちゃくちゃ怖ぇんだけど! なんでアイツらそんなピョンピョン飛べるんだよ!」
『どうせ落ちても死なないでしょ! ビクビクするんじゃないワ!』
場に似つかわしくない、慌てふためく声と、それを叱責するなにか。
遅れて彼女らへ追随して、空を駆ける赤髪の男が――。
そこで、少しだけ驚いた。
たった今通り過ぎて、背を向ける彼が、その手に携えているのは――。
見覚えのある、これまた苦々しい覚えのある。
刃に赤黒い血を纏わせた、――長刀だった。
「――――ッ、ハ」
なんていうか。
こう、なるようになったっていうか、出来過ぎって、いうか。
あーあ。
ほとほと、見たくないモノを見せられちゃって、まぁ。
それから――。
「ねぇ、リリ。こういうお節介は、――凄く嫌な気分?」
「…………」
耳元で囁かれた、あの子の言葉にも。
してやったりみたいに上擦った声にも、――あたしは、なにも返すことなく。
ただ静かに、右手を突き出し、光を灯し。
お陰様でゆっくり用意して、入念に完成させられた魔法式を、発動して。
発動、させて――――。
「……バーカ」
悔しいけど、――悔しいから。
それだけ、言い残して。
あたしは、この世界から転移した。
ここではない、なにも知らない、――遥か遠くの何処かへと。
◇ ◇ ◇
「――――――――」
怖くはなかった。
どんな世界でも、最悪、辿り着いてすぐに終わっちゃっても、それまでだったってだけの話。
むしろ、生きていけるというなら。
本当に、新しく始められるというなら、そっちの方が――。
「――面倒、くさいなぁー」
どこでもない中間地点で、そんなことを呟いて。
あたしは、行き着く。
あの子の知らない、あの子と交わりのない。
あたし一人で歩み始める、――異なる世界へ。
読了ありがとうございました!
これにて第四章、終章となります!
前編、第零章、そして後編。
合計百十一話にして、実時間でも一年半を費やしてしまいました汗
重暗い雰囲気を長々とお届けし、にも関わらずここまでお付き合いいただき、大変恐縮です。本当に、ありがとうございます。
続く最終第五章は一ヶ月程お休みをいただき、十月末~十一月前半頃に開始の予定です!
本編はいよいよ、物語としての終わりへ向かいます!
拙い作品ではありますが、最後までしっかり頑張らせていただきます!
今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします!




