表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
210/263

第四章【93】「また同じに」

 


 奇しくも、ネネ・クラーナに色々とほじくり返されたから。

 あたしはサリーユへの感情を、見たくないと目を逸らしていたところまで、思い出し自覚させられてしまった。

 恨みも辛みも、劣等感や拒絶感も、……大切に思っていたってことも、全部。


 だからあたしはこの時に、清濁の全てを叩き付けることが出来た。


 都合の良い悪感情だけじゃない。都合の悪い、あの子に対する尊敬や執着も。

 一方的な否定だけでなく、肯定をした上で、……それでもやっぱり許せないから、って。


 お陰様で、この闇は、濁りなき真っ直ぐな悪意を孕んだ――。




 ……でも、そんなだから。


 真っ直ぐさだけでは。感情だけでは。

 濁りも淀みもない、力と力のぶつかり合いでは――。




「――――――――」





 指先から、痛みや恨みを剥がされていく。

 撃ち出した黒渦が、あたしの手から失われていく。




 合わせて、視界が焔に覆われていく。

 あたしの闇は拮抗するも、やがては呑み込まれて、焼き尽くされて、掻き消された。




 そのまま焔は収まることなく、広がり、被さり。

 この身体へと、包み込むように火の手を伸ばして――。











「――――」


 死を、覚悟する。

 










 だけど、その向こうから。

 焔の奥から、火の手を払い除けて。




「――――リ、リ」




 あの子の声が。

 あの子の、手のひらが。




「――リ、リっ!」




「…………」




 目前。開かれた指先が、淡い光を帯びる。

 それを起点に焔が収まり、高熱が取り除かれていく。


 不意に訪れた微かな浮遊感も、同じく彼女からの恩恵で。

 遅れてようやく、自分の身体がもう、落ち始めていたことにも気付いて。




 空から離れていく、そのさなか。

 伸ばされた小さな手が、あたしを助けようとしているんだって、分かって。






 だか、ら。




「……………………っ」




 だからっ。











「――――ッ!」


 あたしはサリーユの右手を、弾いて、払い除けて。











 もはや手の届くそこに居る、サリーユを。

 差し出された、目を見開いたその間抜け面の、()()()()――。


「――あ、あああッツツ!!!」











 引き戻した右手の拳で、()()()()()()()()()()()()()











 ゴツリ、って。

 音にならない感触が、閉じた指の甲から感じられた。


 柔らかいようで、だけど脆くはなくて。

 確かな手応えがあった。




「――づ、あぁ!?」


 目をつむり、声を上げて。

 軽く身体を仰け反らせ、サリーユは引き下がる。




 その直後、浮遊の終わり。

 あたしたちはほとんど同時に、爪先を地面へと届かせた。


「づ!?」


 途端にのしかかった重圧に、思わず膝を折り低く縮こまる。

 突き出した右手を下ろして土草を握り締め、なんとか倒れないようにと踏み止まった。


 見上げればサリーユの方は立ち凌いで、あたしが拒絶した右手のひらで鼻を抑えている。

 涙ぐんだ瞳やポタリと零れた血を見れば、直撃は明らかだ。


「リ、リ……っ!?」


「……ッ、……ハ」


 素っ頓狂な声に、その様相に、思わず笑えた。

 だけどそれ以上に、痛くて、意識ももう、朦朧と揺蕩っていて……。




「づ、……ぐ」


 それでも。


 困惑して、フラつくサリーユに。

 立ち続けながらも不安定な、それを崩す為に。


「……ザ、……サ、リ」


 自分をなんとか繋ぎ止める。

 これで最後だと、これだけでいいんだと奮い立たせる。




 あたしの負けだった。完敗だった、手も足も出なかった。

 誰がどう見ても明らかに、あの子が迷わず助けの手を伸ばした程に、情けを施される程に、絶対的な敗北だった。


 ああ、認めてる。

 あたしは負けた。虚像などではない、本当のサリーユに敗北した。




 勝敗は決した。

 戦いは、終わったんだ。








 ……だから、これは。

 本当に意味のない、正真正銘、最後の――。








「サリュ、ちゃん――ッツツヅヅヅ!!!」




 ぬかるんだ地面を蹴り付け、立ち上がり、前のめりに倒れ込む。

 たったの一歩を、それだけで、ピシリと身体中で嫌な音が鳴り響いた。


 土を握り締めたままに、固く閉じた右拳を持ち上げて。

 黒布はためく奥では、もう失くなってしまったのに、左の肩にも力が入った。




 これ以上の魔法は使えない。

 だけどあたしには、まだ、残っているから。






 満身創痍で、それでも動いてくれる、この身体と。

 言ってない文句と、問い質したい本心と、叩き付けたい罵倒と。




「お前は、お前、なんて――っ!」




 この最後に、伝えたいことが、残っているから!








「――お前なんて、友達じゃ、ないッヅ!!!」








「ッ!!?」


 目を見開くサリーユの、その動揺の横っ面を殴り付けた。

 打たれ僅かに退き、振られた彼女の左の頬は、すぐに赤みを帯びる。


 そうして右手を離された鼻は、同じように赤く、微かに腫れてさえいる。

 拭われても残った血痕や、止めどなく続いた赤い筋は、――滑稽で、不格好で、無様で。


「ッハ! ッハハ!」


 思わず、大口を開けて笑った。

 初めて「やってやった」なんて、下卑た実感に破顔してしまった。




 当然、それで終わりになんてしてやらない。

 あたしはまた右手を持ち上げて、振りかざして――。


「お前なんて大嫌いだ! 自分勝手で、お調子者で、裏切り者ッ!!!」


 再度、殴り付ける。

 今度は咄嗟に組まれた両腕が遮り、阻まれ、その腕を殴るに終わるけれど。




「友達だって、思ってたのに!!!」


「ッ――――!!?」




 だけど続く一打は、また見事に彼女の額を叩いて。

 二発、三発、四発って、続けざまに殴り付けてやった。




「嫌い! 嫌い嫌い嫌い! 大嫌い!!! 気に入らなかった、いけ好かなかった、邪魔だった鬱陶しかった気分を害した! だけど、今更だけど――対等な関係だって、歪んでいても仲間で友達だって、そんな風に思えていたのに!!!」


「づ、……リ、リ」


「なにが運命の人だ! なにが異世界だ! 一人で勝手に逃げて、一人だけで幸せになろうだなんて!」




 不意に、サリーユの身体がガクリと下がった。

 膝を付き、座り込み、やっぱり向こうだって息も絶え絶えになって、――だからあたしは尚更に、彼女へ飛び込み覆い被さった。


 あたしも立っていられないから、諸共に。

 襲い掛かって、押し倒して、馬乗りになって見下ろして。


 あたしは一方的に、サリーユを、殴り付けた。






「世界を見捨てて、罪から逃げて、あたしを放っておいて、それも、――あんな男と!!!」






 でも、今度こそ、その振り下ろしたあたしの右の拳を。

 サリーユは、対する右手のひらで受け止め、握り掴んだ。


「づ!!?」


 力なんてないに等しい。

 受け止めたサリーユの手は本当に弱々しくて、振り解くのなんて簡単だって、その筈なのに。


 なのに、掴まれたままに振り払えない。どころか掴みかかる弱々しい握力に、骨を砕かれたかのような痛みさえ与えられる。

 それを言うなら、何度も殴り付けているのに、ほんのり赤みを帯びるばかりで。本気で殴ってるんだから、もっと、青くなったり砕けたり、酷い有様だっていいのに。


 サリーユ以上に、あたしの力がない。

 引き剥がすことも、いっそ押し伏せることも、出来ない。

 ただ組み敷いて、見下ろし睨み付けることしか出来なくなって――。




 おまけに、この子は。








「あんな男じゃ、ないっ!!!」








 そんな、心底どーでもいいところに。

 歯を剥くくらいに声を上げて、力を入れて、抵抗してきやがって。




「ユーマは、あんな男じゃ、ないっつつツ!!!」




 なんで、コイツはいつだって――っ!!!


「こ、のッ!!!」


 ムカつく!

 ムカつくムカつくムカつく!

 ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!




「フザけんなッツツツヅヅヅヅヅ!!!」




 あたしはのしかかったままに、見下ろしたままに、叫びを打ち付けた。


「あんな男よ! あんな男の、どこがいいっていうのよ!」


 あんな男の、どこが、なにが!

 なにを、なにも、なんで!!!


「半妖の人外! それも暴走なんて危険が付き纏う不良品で、だってのに、あたしたちにしてみれば強くもなんともない! アレの正体は、暴れ回って実害を振り撒くだけの化物よ!」


「化物じゃない! それに、ユーマは強いわ! 暴走だって、前も、今回も、なんとか出来た!」


「なんとか? ッハ、どーせ運が良かっただけよ! これからだって何度も起こる! いつか大失敗して、取り返しがつかなくなる!」


「何度だってなんとかするわ! なんとか出来るわ!」


「ッハ! そりゃそうかもね! お前の方が強いんだもん、断言も出来るよねぇ! ……だったらそうやって、ずっと愛玩して面倒見てやりなさいよ!!!」


「っ、そんな言い方!」


「なにも違ってないでしょうが!!!」


 事実だ。

 この子にとっては、あの男も、……あたしも。




 ただ、大切にされているだけ。

 目かけて貰っているだけに過ぎない。




 本人に自覚がなかろうが、悪気がなかろうが、どっちにしたって。

 あたしたちは、この子に囲われているだけだ!!!


「あの夜に、あたしの前でユウマを受け止めた時もそう! サリュちゃんは自分の都合を押し付けただけで、拒絶を受け入れずに踏み荒らして、強引に手に入れただけだ! なにも解決しないのに目を逸らさせて、――だからこうなったのに!!!」


「……それ、は」


「どうせ今だって、聞き心地のいい能書きを並べただけに決まってる! 一緒に居て欲しいだとか、受け入れたいだとか、希望をチラつかせてその場凌ぎに依存させたに決まってる! どこに行ってもリリ、リリって、ちょろちょろ掻き回して来た時みたいに!!!」


「っ、そんなの、違う!」


「お前にとっては違うだけだ!!!」




 だって、あたしは。

 少なくとも、あたしが。




「あたしは、サリュちゃんより勝っていたかった! お前みたいな能天気で偽善者な魔法使いに、劣っているのなんて嫌だった!」


 その上で、傍に居て欲しかった。

 そういう友達で居たいって、そんな風に思っていた。


 劣等感に苛まれ続けるのも。

 綺麗ごとを聞かされて『気付かずにいたいモノ』に傷付けられるのも。

 羨んで、だけど認めて、誇らしくすらあって、――けれど憎くて仕方がないのも。




 そんなの、嫌だった。




「傍に居てくれるだけでいい? どんなあなたでも受け入れる? ッハ、ッハハハ! それを本気で言ってるんだったら、()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」


 あたしはそうじゃない!

 だから、だからッツツツ!!!






「自分が相手を好きならそれでいいって、その押し付けが一番嫌いなんだよ!!!」






 そんなだから、お前だけが。

 今だって、あんな男に、一方的に――ッ。











「ユウマは、お前を好きじゃない」




 今度こそ、逃がさない。

 今度こそ、その間違いから目を逸らさせない。




「絆されているだけ。依存しているだけ。サリュちゃんの力に、甘言に、それがなければ生きられないって、サリュちゃん自身の言葉で勘違いさせられている」




 だから、そんな歪な糸で繋がれた運命なんて。

 形ばかりのハリボテの関係なんて、……絶対に。




()()()()()()()()




 今度はきっと、ユウマが。

 あたしではなく、彼までもが。




()()()()()()()()()()()()()()()()()




 ねえ、答えてよ。




 それでもお前は、「それでも」って言うの?

 それでも、なんて言ってみせるの?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ