表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
201/263

第四章【84】「私の肩入れ」

 


 目前で膨れ上がる闘気と殺意。

 衝突した二者の鬼から発せられるそれらが、一層研ぎ澄まされモノであることを感じ取る。


 決死と、相応する覚悟。肌を撫で息を呑ませる張り詰めた緊張は、まさしく、決着への最終局面。

 いつかに見せられた、夜闇を照らす必殺の灯のように。アレに匹敵する程でなくとも、この重圧は、紛れもない。




 間もなく終わるのだと、そう確信する。




「……真白っ」


 そして、その決着は。

 この場に居合わせる私たちによっても、大きく左右されてしまう。


「加減なしのデカいのお願い! 私が、――前に出て入り込むからッ!」


「うんっ、任されたよっ!」


 不釣り合いな明るい返事と、不謹慎にも歯を見せて頬を吊り上げ。

 けれども言葉に偽りはない。真白は容赦も躊躇いもなく、背面より巨大な骨腕を夜空へと掲げ、振り下ろした。

 それが大地を叩くと同時に、私も走り出し、爆心地へと詰め寄る。




 そこで縺れ合い、命を削り合い。

 殺し殺され続ける鬼たちの狂乱へと、混ざり入る――ッ!


「ア――アアッ!」


 両手の刀剣を左右へ広げ、後退する鬼へ。追い縋る片桐裕馬よりも、一手先んじて。

 懐へ、飛び込み。


 私は右手に取り出した深黒のナイフを、標的の心臓目掛けて突き出した。




「ヅ、――ザケッ!!!」


 当然、真っ向勝負は通されない。

 すぐさま振るわれた右刀が、その右腕を手首から断ち切った。


 だけど、出血はない。痛みも、赤みを帯びた刃から伝わる熱さも感じられない。

 落とされた腕の先からこぼされるのは、黒く腐食した肉の塊たちで。


 その奥から、私は。

 研ぎ澄まされた一突の骨棘を、刺し撃ち出した。




「――ゴ!!?」


 だが不意打ちは、命中に届かず。寸前、ぐるりと身体が捻じられ、刺突は彼の左肩を穿った。

 肉を沈ませ骨を砕き割り、貫通せしめたその先端が、向こう側から覗かれて。


 直後には、逸らされた棘が返す刃で折り弾かれる。

 だけでなく、瞬く間に振るわれた左右の刀剣は、私の喉元へと伸ばされ、複数の斬撃が骨身から肩口へと駆け上がり――。


「――っ」


 右腕の外皮を、完全に斬り剥がされた。血も通わずに神経も潰れ、ドチャリと落ちるだけの死肉が、一帯へと散らされた。

 恐らくは、立ち込めた腐乱臭に男が顔を顰める。けれど生憎、私にはそれすらも感じ取ることが出来ない。変わらず肉を削がれた痛みも、その刀捌きへの驚きすらも、どこか緩慢で目を見張る程には感じられなかった。


 ただ淡々と、肘まで落とされ亀裂だらけの右腕を、骨身のままに持ち上げて。その断面から黒い塵が撒かれ、巻き戻しに腕の骨が再生されていって。

 重ねて私は左手に、虚空より一丁の銃を取り出し、――引き金を弾いた。


 合計六発。連続する発砲音が、瞬きに遅れて轟かされる。もっとも重なる低い衝突の響きが、それらの弾丸が阻まれたことを明らかにするが。

 威力や速度が増され、小爆発すら施された強弾は、彼を僅かに退かせる。ソレそのものが必殺でなくとも、必殺へと繋がる一手となる。


 次手、私は形を取り戻した右の骨腕を突き出し。

 同時に、私の左へ隣り立った片桐裕馬もまた、黒塗りに覆われた右腕を振り抜いた。




 切り返す斬破が私たちを斬り刻み、それでも。

 二つの拳は勢いのままに、標的を強打し弾き飛ばす――ッ!




「――ゴ、■ボド!!?」


 バキリと胸部や腹部に亀裂を入れ、内側へと沈ませるが、この程度では駄目だ。

 私たちは更に、殴り飛ばした鬼人へと詰め寄り――。




 同時に、私たちを大跨ぎに伸ばされた巨大な骨腕までもが、振り落とされて地面を叩いた。


 地割れを起こし、土草を巻き上げる程の一打。

 大樹を諸共に圧し潰す強撃を、転がり躱し切る。即座の反撃はなく、彼はそのまま木々の残る場所へと身を引く。




 未だ紫電の明滅が続くその状態を、この機会を、決して逃しはしない。


「まだ――ッ!」


 再度飛び出す私へ、続く片桐裕馬へ。

 鬼人は前のめりのままに、血反吐をこぼしながら、――喚き、訴える。


「なン■■■! なン■、■ンデ、な■デ、なン■■■■■――――ッヅヅヅ!!!」


 なんで、こうなるんだ。

 こんなのは、赦される筈がない、と。


「■■■!!! ――人喰いのクソ鬼がァ、ソレも、死体ノ女に助けら■やがッてェ!!!」


「貴方がそれを言う? 私を殺した、貴方が、ッツ!」


「■■、あァ? テメェ、――――ハッ、そうかよ! よく見りャあテメェ、あの図書館ノ時■、面倒臭ェ肩代わりノ女かよォ!」


「そうよ。あの時殺された、その女よ――ッ!」


「だッたらそのまま死ンで■がレよ! 生気もナニも感じられねェ、気持ちの悪ィ屍がァァァ■アアア!!!」


 獣のような四つ這いから、弾丸のように跳躍する。

 瞬く間に左右の木々へと走り入り、月を遮る大葉らの下、夜闇に紛れ。


 気付けば斬撃が左腕を駆け上がる。肩口を大きく削り取る。

 脚部や腹部や、首元までもを開かれ肉がこぼれる。


 先程までとは打って変わった、繊細で鋭利な連撃。

 そしてその刃らには、叫びが乗せられている。


「なンで出て来やがッた! ソレも、ソイツを助けるッてかァ!? テロリストなンてつくづく頭のめでたい女ダと思ッていたがァ、いよいよイカレてやがる! 人殺しと人喰いの共存なンざ、吐き気がする!!!」


「ッ、――なに、をヅ!」


「それともアレかァ? テメェの獲物だから手を出すなッてかァ? そうだよなァ、テメェのテロを妨害した組織の男だァ! それも直接ぶつかり殺し合ッたッて情報も入ッてる! 認め合う、生かし合うなンざ、有り得ねェよなァ! アァ!!?」


「――生憎と、その有り得ない、よッ!」


 背面より、不意打ちに骨腕を振るい、その右拳と二剣を打ち合わせる。

 私もまた喉を晒し、声を上げながら。


「言ってしまえば役割で、条件で、命令よ! 私は片桐裕馬を助けることで、報酬を得ようとしている! 物やお金や、信用や立場! 私は私の為に、彼に肩入れしているだけ!!!」


「ンな訳ねェだろうがァ!!! テロなンてやり方で離反を形にするような女がァ、見え透いた仮初の利益なンてモンに飛びつくかよォ!!!」


「……ハッ。もっとも過ぎる指摘、ねっ!」


 鋭敏な剣捌きや、身を削りながらも最小の傷で攻撃を切り抜ける選択。

 暴れ回る狂気とは裏腹に、真っ当以上に見えているし、分かられている。




 厄介極まる。果たしてこの身体でなかったなら、何度終わらされていたか。

 一度敗れているから余計に、勝てる気がしない。


 これまで相対してきた誰よりも、手強い。

 難敵だ。




「オオオオオオアアアアアアアアア!!!」


 雄叫び、割り入る片桐裕馬が、その拳を振るう。

 弾かれた骨腕の下を潜って、そのまま肉薄して殴り付ける一打。鈍く重い削音が鳴らされ、けれどまたしても、続く刹那の金属音が腕を絶つ。


 それでも、血肉と紫電を散らして、目を見開き牙を剥いて。

 二角を生やした鬼人が、標的へと追い縋る。




 鬼狩りはその突進を斬り弾き、蹴り飛ばして退かせ、――そのまま距離を詰めていた私へも、再び向き直り対応してみせた。

 拾い上げ握り直していた右手のナイフを、またしても、骨の細腕ごと斬り伏せられる。


「――ッ!?」


「連携もナニもなッちャいねェ! テメェは雑魚で、アイツはただの化物一歩手前だ! このオレ様が、劣るワケがねェだろうがァアアア!!!」


「く、っそ!」


「だッてのに、なンでまだ腕を直しやガる! 拳を握りヤがる! 鬼を、コノ成れの果てを、ソレの為に命を張るのかよ!!! それ程のモンが貰えンのかよ、アァ!!?」


「言ってるでしょ、死んでるのよ! 貴方に殺された所為でね!」


「それデも身体を張る意味はねェだろうガ!!! そンな価値はねェだろうが!!!」


 彼は、叫んだ。


「そんな、人喰いの人殺しの化物なンかによォ!!!」


「――――」




 何度も言っていたことだ。

 人喰い。――人殺し。


 それはきっと、鬼を形容しているだけの侮蔑じゃない。

 そんなのはこの男の叫びを、怒りを見れば明らかだ。




「なンとか言エよ、テロリストがァ! なァ、黒薔薇ァアアア!!!」


 彼は。


「コノ化物は、もう何人も殺してンだよ!!! 鬼狩りを、子どもモ大人モ関係ナく、最初ッから手にかけてンだよ!!!」


「――――」


「そうダ! 最初の時点で、コイツが本土で一度暴れたアノ時点で、人殺しになッた時点で処分しておくべきだッたんだ!!! そうだろうが、アァ!!?」


「――――最、初」




 それは、つまり。

 私の知っている、――あの時に。




「答えろ! テメェが反発して暴力にまで訴えた正しさは、テメェの望む世界ッて夢物語には、――コイツの存在は必要なノかよ!!!」


「――――――――」


 僅かな逡巡の間。

 交差し振り上げられた二刀が、胸部を暴き死肉を散らせる。


「――――あ」


 パックリと、内側の骨が晒される程に開かれて。

 真っ黒に固くなった心臓や他の臓器が、バツンて弾けて宙へ飛ばされて。


 それでも、なにも痛くなくて。

 なにも感じられなくて。




 ――同様に。




「――――それだけ?」




「あァ!?」


「それ以外にはないのかって、言ってるのよ」


 私は、この戦意を欠片たりとも取りこぼすことなく。

 冷たい思考を、熱された感情を、そのままに。






「殺人鬼を相手に殺人の善悪を問うことが、間違ってるわ」


 私は背後より巨腕を繰り出し、振り抜いた。






 直後、轟かされる鈍い金属音。

 応じる二刀が打突を軽減し、――だけど威力を殺し切るには至れない。


「ッ、ガアアアアアアアアアア!!?」


 大きく退く彼は血塗れに、両腕は手首や肘が折れ曲がる。踏ん張りをきかせた脚部も震え、額や頬を伝う血の筋は、止まることを知らない。


「――――ま、づ」


 まだだ、と。そう次手へと踏み出させるのは、何度目か。

 互いに不死身と等しい化物。生を望み終わりを嫌う人喰いの鬼と、既に死に絶え尚も残り続ける怨讐の屍。繰り返される崩壊と回帰は、未だ終わりを見せはしない。


 だから、まだ。

 あの鬼狩りが朽ちるまでは、私が果てるまでは。




 そして、それは。

 先行して躍り出る彼も、同じだ。


「魁島ァァァアアアアアアアアアア!!!」




「ヅ、――ツツツ!!!」


 それへと遅れないように。先にある終わりへ至る為に。

 私もまた、この死に体を向かわせる。


「――勝手に、私の正義を語らないでよ」


 接近に巨腕は邪魔だと消し去り、来たる次の隙へと温存し。

 右も左も肉を剥がされた、骨身に黒い瘴気を宿らせた、この腕で。


「私の正しさは、――私だけのモノよ!!!」


 例え歪んでいたって。

 例え間違えていたって。




 それらを認めて変えていけるのは、全部、私だけだ!

 寄り添うでもなく否定するだけの言葉なんて、聞き入れてやる訳がない!!!




 だから私も叫び、訴える。

 私の言葉を、突き付ける。




「片桐裕馬は、誰かを殺しただけじゃない! それで、――救われたものがある!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ