第四章【81】「未だ手を伸ばして」
「オオオオオ■オオオオオ■■■オオオ■オ■■■オオオオオオ!!!」
振り下ろされる斬撃の嵐。
ひと振りにして二斬。魁島鍛治は四腕を以って、より苛烈さを増した連撃を打ち下ろす。
数の倍増。単純にして強力な、力尽くの一手。
真っ向から迎え撃つことは、まさしく手数が足りずに圧し潰される。
「ヅ、ガァ!!!」
だから後退し、転がり込んで回避を。
打ち合うことは得策ではないと、隙を窺い距離を取る。
しかし、その隙がない。
現状では、攻めの起点を作ることが出来なかった。
「オオオオ■オオオオ■□オオオオオオアア■アア■■アアア□アアアアア■■■アアアアア■■■ア!!!」
完全な暴走状態でありながら、魁島の攻撃には粗さがない。
荒れ狂い撒き散らされる大振りの乱打は、けれどもその破壊力によって、容易な接近を許しはしない。
暴力の嵐は容赦なく、回避に専念し退くこの身をも。
擦れた切っ先や旋風だけで、外皮を千切り骨を軋ませる程だ。
攻勢に移るとなっては、決死か。
いや、増幅された斬波を前に、特攻なんて選択は愚行が過ぎる。瞬く間に手足を奪われて、されるがように殺され続けるのがオチだ。
「ヅ、……ヅヅヅ」
だから歯を食い縛り、ただ後退を。
殺したいなら尚更に従えと、噛み潰し抑え込む。
アレは脅威に違いないが。
全てを投げ出し暴れ回る程には、無理難題じゃない。
「ヅ、ッツツ!!!」
滑り込み、振り下ろされた二刀を躱し切る。
それでも髪先に触れて、頭部に微かな亀裂が奔る。視界の隅で飛び散る赤い流線を見送り、下ろされた腕の軌道を反芻すれば、光明は自ずと明らかだ。
四腕、左右それぞれに二腕。
それらは一本一本が、自律的に動いている訳ではない。
今の二撃は、別れながらにして同一。
まったく同じ挙動によって振り下ろされていた。
「アアア■■■アアアアア■■アアア■■アアア■■■■アア■ア!!!」
続く斬撃も、同じだ。
地面を叩く右腕の二刀も、横薙ぎに振るわれた左腕の二刀も。転がり立ち上がった俺を射抜かんとする刺突や、邪魔する樹木を斬り伏せ払い除ける刃も、全部。
右腕は右腕のままに、左腕は左腕のままに。
ただ隣接して追随する刃が増えただけに、留まっている。
「――ハ、ッ」
飛び下がり、後退り、呼吸に合わせて笑い捨てる。
考えれば納得だ。
ヤツは腕を増やしただけ。手先を刃と同化した、元の自身の腕とまったく同じものを作り出したに過ぎない。
内包する破壊力や硬度はそのままに、――つまりは、それまで。それ以上の機能は備えられていない。
恐らくは、腕の内部の構造も。
芯となる骨や周囲の筋肉や、血管から神経に至るまでもが、全て同じだ。
「だから、ッ」
だから動きが重なる。
脳から発せられる命令は個々に独立することなく、左右の腕へと別たれるだけに終わる。
アレは、鬼の特異性によって生み出されただけの。
異様な形を模しただけの、ただの脅威だ。
悲観することはあっても、絶望するようなシロモノじゃないッ!
だから。
だから、だかラ、だかラッ!!!
だからだからだかラだかラダからだカらダかラヅヅヅヅヅヅ!!!!!
「――まダ、だロうガ!!!」
まダだ! ソレが分かッたトコロで、まダ、ナニもッ!
そレで、終わりじャねェンだよ!
「――死にタくねェなら、暴れンじャねェよ!!!」
考えろ。
思考を乱すな、理性を手放すな。
面倒でも、遠回りでも、厄介でも、邪魔でも、らしくなくても。
嫌でも、苦しくても、辛くても、悔いても、逃げられなくても。
全部忘れて放り投げて、暴れ回って、それで勝てる程に。
甘いモノなんて、ねェんだよ!!!
「戦うンだロうがァ!!!」
向き合う化物は、尚も牙を剥き、四刀を振りかざす。
それを俺は、土草を踏み締め、右方へと転がり込もうとして――。
――不意に。
「――な」
ズチャリ、と。
水気を帯びた足場が、歪み僅かにズレ動き。
反射的に、踏み止まる。
態勢を崩すまいと、堪えてしまう。
回避に、失敗した。
「な――」
先刻の、炎を抑え込むために撒かれた水が、足場をぬかるんだものへと乱し。
それによって、足を取られてしまった。
分かっていた筈だった。
理解していたことだったのに、ッ!
「が――」
目を見開く。
振り下ろされる四刀を目前に、崩れた態勢を立て直すことが間に合わない。
届かされる。
これまでを遥かに上回る、破壊の奔流を、下される。
「死死死■■■■■!!!!!」
狂乱に堕ちた鬼人に、躊躇いなどある筈もなく。
俺は、成す術もなく――――。
寸前。
「――あ」
魁島の、右側面より。
――薄汚れた白い物体が、割り入り。
ソレは骨張った、――いや、骨そのもので形作られた。
皮膚も肉も血の巡りも、全てが取り払われた、無骨で巨大な拳が。
目前に、黒ずんだ鬼を押し出し吹き飛ばし。
視界をその白で塗り潰した。
「な、――ん」
なんで。
知っている。
ソレがなんなのかを、俺は。
だけど、ソレを彼女が、――彼女らが持っていることは、知らなかった。
「手出し無用かと思ってたけど、流石に今のは見過ごせなかったわ」
「真白も同感~。死んじゃったら元も子もないもんねぇ~♪」
骨手が振り上げられ、そしてその場へと躍り出る。
変わって、体面に現れたのは――。
「少し頭を冷やした方がいいんじゃない?」
黒い髪と銀色の髪。
対照的な色合いを纏わせた、双子の姉妹。
神守黒音と神守真白が。
その背面より巨大な骨手を持ち上げ、この戦闘へと加わった。