第四章【79】「討ち合い」
遠くで。
ここではない場所で、幾つもの戦いが感じられた。
悍ましい気配が、強過ぎる力がぶつかり合い、この島全体を震わせている。
気掛かりではあったが、気に掛ける余裕はなかった。
ただ、俺には。
この瞬間が、なによりも。
「――ガ」
過酷だ。
「――」
身体が重い。
泥の中を押し進んでいるみたいだ。
立っているだけで息が上がる。踏み出すごとに崩れ落ちそうになる。一時でも気を抜けば、糸が切れて落ちてしまいそうだ。
いっそのこと、そのまま落ちて動かなくなってしまうのも……。
なのに、調子は悪くないと。
重たい足は、踏み締めるだけで大地を鳴らす。
振るわれる腕は、旋風と衝撃を散らし破壊を巻き起こす。
こんなにも、限界なのに。
過剰が過ぎる。
「――――」
視界が黒ずみ霞む。
意識も曖昧に、景色はノイズだらけ。
自分が今何処に居るのか、なにをしているのか、意識し確かめることをしなければ、分からなくなってしまう。今だって気付かずに、大樹へ身体を打ち付けた。足先が、横たわった幹に躓きそうになった。
もっとも全部払い除けるし、踏み潰してしまうから、なんの関係もないのだが。
景色なんて、なんだっていい。どうせこの場所に綺麗なモノなんてない。
関係のない物事にだって、構う必要はない。この命を脅かす以外には、意識を取られるな。
「――ガ、■」
状態なんて、動くならそれでいい。
視界なんて、ヤツが見えていればいい。
この薄闇の中で、はっきりと赤く熱を帯びて映る。
膨れ上がった、大熊のような体躯を振るうヤツが。
あの標的の鬼さえ、捉え続けていられるなら。
今は、それだけで――――ッツツツ!!!
「魁島ァァァァァアアアアアア■■□アアアアア■■アアア■ア!!!!!」
叫び、再び飛び出し距離を詰める。鬼血によって膨れ上がったこの身体を、真正面からぶつけ、圧し潰しにかかる。
突き出した右腕は、ボコボコと岩のように隆起し。握り締めた拳は、大槌の如き破壊を内包して。
瞬きの間もなく、零距離に縮まり。
打突を撃たれた標的の人型は、同じく膨れ上がった胸部を弾けさせた。
飛び散る骨肉と噴き出す鮮血の中、致命傷に等しく身を削られた、魁島は。
――しかし。
「ガ――アアアアア■■アアアッッヅヅヅ■ヅヅヅヅヅ!!!」
上回り覆い尽くす紫電を迸らせ、開かれたその身の空洞を塞ぎ。
一瞬にして、返す刃を俺へと叩き込んだ。
「ヅ、ゴォ!!? ――あ、アアアア■ヅヅヅヅヅ!!?」
魁島の、両腕と同化した巨大な黒刃が、左の肩口から胸部へと侵入する。
ガギガギと硬化を削り捻じ切って、力尽くを以って、心臓へと斬撃を通しにかかる。
だが、核への守りは、その一斬をそう簡単には突破を許さない。
より強靭に繋がり合わさった肉や骨の壁が、刃を繋ぎ止め制止を与える。
そして右腕を振り上げ、黒刃を打ち上げ体外へと弾き出せば、――こちらも同じだ。
奔る紫電が傷口を覆い、完全に塞がる。
一切の問題も抵抗もなく、再度この腕を振るい、叩き付けることが出来るッツツ!!!
「オオオオオオオオ■オオオアアアアアアア■■アアアア■■■アアアアア!!!」
「ガガガガァアアアア■■アアアアア■アアアアアアア■■アアアアアアア!!!」
獣と獣のぶつかり合い。
いや、それより醜く凄惨か。
血も肉も骨も散らせて、ただ喉を晒して雄叫びを上げ、破壊し破壊される。
果ての見えない無様極まる、堂々巡りの殺し合いだ。
「アアアアア■アアアア■■アアアアアアア■□□アアアア!!!」
だが、そんな中で。
今この時に、これが、どういう訳なのか。
思考が、回る。
状況を把握し、過去を顧み、行く先に思いを馳せる。
暴力渦巻く戦場を、内側から、どこか他人事のように。
俯瞰している自分が、残されている。
殺せ、殺セ、コロセ。
でも、このままじゃ殺し切れはしない、――と。
「ゴ、オ、オオオオオア!!?」
大刃が肩を、腹部を抉る。頭部の隅にも擦れただけで、パックリ開かれ中身が丸出しだ。
だけどこっちの拳だって、顔面を潰れさせ、腕を肘から反対に折り曲げ、喉元も半分を引き千切って捨ててやる。
「ア、ガヅヅヅアアアアアアアアアア!!?」
でも倒れない。
互いに無尽蔵に、血が暴れ踊り、この殺し合いを終わらせない。
殺したい。
殺されない。
その鬩ぎが、どちらも昂ぶりを納めさせない。
「――――」
それが、駄目だと。
打開しなければならないと、思考を回す。
ここを乗り越えたいなら、暴れるだけでは駄目だ。
生き残る為には、――殺す為には。
と。
その考えを、遮るように。
「アアアアアア■■アアア■ア!!! 死ネ死ネ死■死ネ死ネ■■、死ネよ!!! なンで生き続けンだよォ!!! 生き汚ェンだよォ!!! あァア!!?」
魁島鍛治が、吼える。
その両腕を、同化した黒刃を繰り出し続けながら。
「終わレよ! 終わッち■エよ!!! どうせオレ様も、テメェも、こノ先には地獄しか待ッてねェ■だよ!!!」
「――ヅ!!?」
「オレ様もテメェも、行き着くトコロは同■ダ!!! 鬼畜生の血を流す有害なバケモノ、未来なンて、ねェ■だよォオオオ!!!」
斬撃と同様に、言葉が、現実が。
この身を貫き、傷を開く。
「テメェ以外だと? 希望だと? この先のナニカだと? クソふざけんじャねェ!!! テメェの行く先に、ナニカが待ッているワケがねェ!!!」
何故なら。
それは他でもない、――俺だからだ、と。
「テメェは鬼でしかねェだよ、片桐の鬼がァアアアアアア!!!」
この世に生まれ落ちた、その瞬間から。
害敵でしか、ないのだと。
「運良く人間が含まれてイただけの悪鬼、それがテメェだ!!! その所為でのうのうと生き延びやがッて、タダ飯を喰らッて、見張りなンてモノで俺たちまで縛りやがッて! テメェの存在は、害でしかなかッた!!!」
「ッツツ」
「言ッたよなァ。そんな生まれを同情する、哀れンでやるッてよォ。……でもだからッてよォ、勝手は許してやらねェだろ! そんなテメェが、――なんでオレ様たちより報われちまうンだァ? アァ!!!」
鬼に人間が混ざった失敗作で。
暴走を御しきれずに、人を傷付け命を奪った、悪鬼で。
哀れむ程の存在である、――片桐の鬼が。
「なンで、オレ様たちよりも!!!」
それは決して、見下しているのではなく。
それこそが彼らの、理不尽だった。
「ただ囚われ、生かされてキただけの鬼が、――オレ様たち鬼狩りよりも、報われるンだよ!!!」
赦されない。
認められない。
そんな道理は、通さない。
「なァ、なンでだァ!!? なンで、――なンでッツツツツヅヅヅヅヅ!!!」
刃が穿たれる。
俺もまた、拳を叩き込む。
その魁島の、叫びに震わされながら。
どうして、お前だけが。
どうして、お前なんだ。
「ナンでテメェがこの島を出るンだよ!!! 本土へ渡ッて、広々とした街で、――色んなヤツらが夢見て求めたモンの、一番近くに行きやがッた!!!」
「――――」
「生まれながらに失敗作のテメェが、落ちこぼれどころかクソ以下のテメェが、なンで!!! ――どうして全てが勝っていたオレ様たちが、この島から出ることを許されなかッたのによォ!!!」
鬼将であるならば納得出来た。この島一番の実力者であるならば、行き来の自由は当然だ。与えられるべき特権だと頷けた。
時折、島の大人連中が出ていくのだって、仕方のないことだって吞み込んでいた。自分たちが大人になれば、そのままに引き継がれ、任務等で出て行ける筈だと。
でも、俺は、……片桐の鬼とされる俺だけは。
それだけは、許容出来なかった。
「ナニが希望だァ! ナニがテメェ以外の仲間だァ! フザけンな!!! そんなモンがナンで、テメェに与えられてンだよ!!!」
「ヅヅ!!?」
「簡単じャなかッただァ? タダで貰えたモンでもねェ? ンなフザけたコトを抜かすんじゃねェぞ!!! だッたらその苦難もまとめて、寄越しやがれッてンだよ!!!」
「――ァ」
その叫びの本当の意味を。
含まれる感情の要因を、俺は正しく理解はしていないだろう。
だが、それが理解出来たところで。
――俺は。
「赦されねェ! 赦されねェだロうガァァァァアアアアア■■アアアア■■■アア■ア!!!」
そして。
絶叫を、皮切りに――。
「アア■アアア■■アアアアアア■アアアア■■■アアアアアア■■■■■■■■□□■■□■■■■!!!!!」
魁島は、より苛烈に、暴力を発揮し。
その身を、変容させ――。
「■ス■■■ス■■殺■殺■■ス■ス■□■■■■殺殺殺■コロ■殺■■■!!!」
背面より、ゾブリ、と。
両腕同様に、先端に大刃を尖れ纏わせた、――更なる二本の腕を生み出した。
四腕四刀。
常軌を逸し、殊更脱した、狂い昇華した翻る斬刃を。
「殺■■■■■ヅヅ■■――――!!!!!」
真正面より、俺へと振りかざした。
それら、四つの斬撃へと。
「――魁島ァ」
叫びを返し、拳を放つ。
殴り向かう、抉り、穿ちを届かせる。
俺には、叫びを散らすしか出来なかった。
反論なんて、ある筈がなかった。
だってコイツの言葉を、否定することなんて。
俺には到底、許されないのだから。
それでも。
コイツの言い分の全てを、肯定して呑み込んだところで。
「魁、島ァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」
だから死んでやるなんてことには、ならねぇんだよ!!!