第一章【19】「黒雷」
「ご親切にどうもありがと。そっか、戻って来るなら」
少女、リリーシャは言った。
「あなたには――ここで死んでもらうね」
今までとはまるで違う、一層強まった語気で。
「あなたの首を、サリーユへのお土産にするよ!」
そう宣言した。
瞬間、
「あ?」
黒い稲妻が、一閃に撃ち放たれた。
彼女から一直線。
それはまんまと、立ち尽くしていたこちらの右腕を吹き飛ばした。
「――が」
噴き出す熱。炎が肩口で燃え上がり、焼けつくような感覚。
沸騰した真っ赤な飛沫が勢いよく撒き散らされて、どんどん過熱されているような。
熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い!
「っ、ぐ!」
駄目だ!
叫ぶより早く意識を切り替えろ!
「鬼血!」
全身を赤黒く硬化し、同時に右腕の再生を開始する。肩口から走る紫電を横目に、視線を少女から背けない。
絶対に目を離すな。
遅れて押し寄せてきた痛みを、なんとか噛み締めた。駄目だ叫ぶな、今サリュを呼んではいけない。
こいつは、なにかがおかしい。
話に聞いている少女とは違い過ぎる。
「へー、流石は異なる世界。不思議な人型が居るんだねー」
少女は言った。
「さて、サリーユは気付いたかな?」
サリーユ、と。
何故だ。さっきまでサリュって呼んでたのに、こいつ。
「ッ……お前、リリーシャって子じゃねぇのか!」
恐らく違うのだろう。
リリーシャ・ユークリニドを語る何者か。姿形を装った偽者。
そうに違いない。そうあるべきだ。
そうじゃなきゃおかしい。
なのに、こいつは。
「リリーシャだよー。サリュちゃんの大切なお友達のリリ。人違いでもなりすましでもない。なーんて、あなたには関係ないけど」
「関係、ッ!」
「ないよ。どーせすぐに死ぬんだから」
口元を歪ませる。
その右手に、黒い輝きを纏わせながら。
「くそっ!」
すぐさま走り出す。
黒色の雷撃が放たれたのは同時だ。今度は三発、一斉に打ち放たれた。
迫りくる速度こそ先程に比べれば遅いが、威力は恐らく変わらない。一撃で生身を吹き飛ばすに至るだろう。
駆け抜け、しゃがみ、転がり込む。二転三転して三撃全てを躱し切る。
しかし続け様、更に五発の雷が放たれていた。帯状に連なり、避けきれない。
だったら!
「ッア!」
回復した右腕を鬼血で硬化し、両腕を突き出して構える。
迫る黒雷を、正面から受け止め打ち合った――!
響く振動と重すぎる衝撃。
踏ん張る両足が屋上を削り、大きく後退させられる。バキバキと掌が甲までヒビ割れ、血が噴き出す。
それでも尚、抗い。
「がああああああッ!」
バツンと、雷が消滅した。
両腕共にボロボロの状態だが、なんとか抵抗し凌ぐことが出来た。
すると少女は、口元を緩め、拍手まで始める。
「すごーい。朝方に片付けたゴテゴテしい騎士たちに比べて、全然抵抗してくるじゃん。流石はサリーユの近くに居るだけあるね」
「……そいつはどうも」
なんなんだよ、こいつは。
分からない。だが確かにこの女が言っていた通り、それを知る必要はないのかもしれない。
今の攻撃と爆発だ。サリュたちが気付き、間もなく駆け付けてくれるだろう。そうすれば全て明らかになる。
だからもう少し凌げば、それで。
そんな考えも見透かされる。
フードの下、隠し切れない笑みに、少女は歯を見せた。
「っはは、ハハハハハ! もうダメ、我慢出来ない! もしかしなくても助けを期待してる? 本ッ当に平和ボケした民族だねー、この国の人たちって!」
「っ。なにを」
「今日一日街を歩いていたから分かるよ。ここはとても平和な世界。争いが無く、死に対する恐怖が欠如してる。誰もが近くを歩く隣人の正体に気付かず、脅威に晒されていることなんて考えてもいない」
彼女は言った。
その気であったなら、一体何人の死体が積み上げられていただろうかと。
「あたしの世界は違うよ。皆が脅威を自覚してる。危ぶみながら、守られた幸福を享受している。むしろ自主的に守ろうとするくらい。見慣れない余所者を見かけたら、とりあえず警戒して声をかけたりするでしょ」
だから、そんな世界だから。
サリュは決してここへ辿り着けないと、少女は断言する。
「サリーユは来ないよ。どころか、きっと他のお仲間さんたちも。ま、あなたや騎士程度なら、何人集まったところで戦力にはならないけど」
「馬鹿な!」
すぐに誰かが駆け付ける。来ない筈がないと、叫ぶ。
その声に重なり、瞬間。
叫びを掻き消すほどの、一際大きな爆音が響き渡った。
花火の音じゃ、ない。
それに紛れて別の、幾つもの低い轟音が炸裂した。
地響きを起こし、足元のビルを大きく震わせるほどの衝撃が広がっている。
今のは、一体。
「ハハハハハハハハハハハ!」
笑う少女、リリーシャ。
このタイミングだ。無関係であるわけがない。
「……なに、を」
「建物を十ヶ所程爆破したんだよ。時限式の爆発魔法とでも言えば伝わるかな?」
「ッッッ!?」
「突如の爆発と降り注ぐ瓦礫の山。危機意識の低い民衆たちは果たして、自力で避難し生き延びることが出来るかな?」
「テメェェエエ!」
「無理、だよねえ。だから今頃大慌てで対応してるんじゃないかな? サリーユも、あたしを捕らえる為に配置していた人員も、全員が必死で!」
空を割る笑い声がこだまする。
たった一人の少女が全てを見下し、嘲笑い、破壊していく。
「サリーユ! サリュちゃん、サリュちゃん! ッハハハ、ざまぁみやがれェ!」
もはや紛れもない。
この女は、敵だ。
「リリーシャァァアアア!」
「そうせっかちに声を上げなくても大丈夫だよぉ。すぐに殺してあげるからッ!」
それを合図に、再び幾重もの黒雷が放たれた。