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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【72】「この手が届く近くで」

 


 瞬きに等しい暗転と、微かな浮遊感。

 足元の感覚が失われて、ふわりと、ここではない別の場所へと飛ばされる。


 それは言われていた通り、わたしがこの国へ訪れた時の転移に似た感覚。

 事の大きさに反して、特別驚くようなこともない。ほんの少し、慣れない不快感に気持ちの悪さを覚えるだけ。


「――――」


 あっという間の転送の先。

 海に惑う、一隻の小舟の上に下り立ち。


 ソレが目に付くや否や、わたしはすぐさま甲板を飛び出した。


 船の行く先。

 なにもない海原に、わたしには見える。




 島を覆う魔法。

 分厚く張られた、結界の魔法が。




「――ああ」


 疑ってはいなかった。

 それでも、こうして目にするまで確証に至れなかった。本土から遠いこの場所の魔力を、察知することが出来ていなかったから。


 目前にすれば、なにも疑念は残らない。

 未だコレの全てを、理解はしていないけれど。転移に対する妨害の詳細は、やっぱり知らない法則が組み込まれていて、なかなかに難解だけれど。

 根本的な部分は、リリが使っていた球状の防壁に似た、外界からの干渉を遮断する魔法で。その式の構築や組み合わせや、――なによりも、流れている魔力が、明らかに。




 コレは、レイナが。

 わたしたちの魔法の先生が作り出した、世界の外側へと至り生み出した、新しい魔法だ。




「凄い式と、それよりも魔力。多分、一人で担っていない」


 恐らくは十数人がかり。或いは、その十数人から魔力を与えられることで束ねて運用されている。どういう手法かは分からないけれど、いくらレイナでも一人では無理だ。

 複数人でようやくの、それ程の規模と複雑さ。正直に、驚きと羨望が抑えられない。こんなのわたしでは絶対に作れない。




 けれど、それ故に。

 どうやらコレは、真っ向からの力勝負に脆い。


「……いける」


 決して弱い訳ではない。

 この結界は硬さもまた、大きく優れていると言えるだろう。並みの攻撃では傷付けることは出来ず、なにより受け流される。外界からの攻撃を流して逸らすような、衝撃を分散させるような防御式が含まれている。

 それなりの威力を用意しぶつけたとしても、ヒビを入れるどころか、ダメージを与えることすら簡単ではない。


 でも、わたしの全力なら。

 流し切れない破壊をぶつけることが出来るなら、コレは複雑な作りを保ち切ることが敵わず、瓦解し打ち破られることとなる。




 わたしの、全力の一撃なら。


「――焔の大剣っ!」


 右手を掲げ、号令し、煌々と燃え盛る焔を。

 揺らめき空間を歪める程の、夜空を焦がす高熱の大剣を作り出す。




 全力全開。

 なるほどここで渾身を使わせることが、レイナたちの狙いなら……。


「……っ!」


 いいや、他に方法はない。

 なにが待ち受けていても、わたしは、ここを乗り越えた先に行き着くんだ。




 そして、わたしは。


「行け――ッツツツ!!!」


 正面突破。

 わたしは遮る結界へと、焔の大刃を突き立てた。






 その一撃で、十分過ぎる。

 数秒の抵抗を強引に突破する、確かな手応えを覚えて。


 バキリと、目に映らない亀裂を知覚した後に。

 わたしはこの障壁を圧し入り貫き、爆ぜさせ焼き切った。






「――――フ」


 微かに息を吐いて、――だけど、すぐに呑み込んだ。

 達成感に浸るよりも先に、続けざまに展開した、捜索の魔法が。


 結界を破壊した、その向こう側。

 なにもなかった海域へと、忽然と姿を現したその島に――。


「――――あ」




 わたしは、ユーマの気配を見つけられた。

 彼が生きてくれていることを、知ることが出来た。




「……ユー、マ」


 多くの木々に覆われた大地の、その一角に。

 緑の傘に覆われて、未だ見ることは出来ないけれど、確かにその場所に。


 自然と、わたしは彼へと右手を伸ばして。

 ――かざし開かれた指を、ぎゅっと閉じて握り締めた。


「……っ」


 思わず、堪えて歯噛みする。

 その衝動を、なんとか押しとどめる。




 今は。

 この状況では、彼の気配以上に……っ。




「――居る」


 魔法の気配が。

 ぶつかり合う、二人の魔法使いの存在が感知された。




 オトメとの取り決めであり、ユーマを助ける為に必要な約束だ。


 島へと到着した際、もしも魔法使いが居ることが分かったなら。

 なによりも優先して、その魔法使いのところへ向かうこと。――その魔法使いの動きを、なんとしても制すること。




 無事島へ辿り着けたとしても、幾つもの脅威が待ち受けている。先行したチユたちで全てを解決出来ている可能性は、かなり低いと考えられる。

 鬼狩り組織や、そのトップである鬼将と続く准鬼将。他でもない、転移の阻害を行った魔法使いの存在も。

 その全員が一ヶ所に集合しているというなら、こちらも全員で強襲を仕掛ける。わたしとオトメとシロとクロ。四人が全力を以って、事を終わらせにかかればいい。


 ただ、それらの脅威が別々になっていたなら。

 重ねて別個の状態で、それぞれがまさに戦いを行っているなら。


 わたしたちもまた、正しく別れることで、戦いに介入しなければならない。




 わたしは当然に、魔法の気配を感じる戦いへと。

 オトメは妖怪の類の、中でも最も多勢であるか、強力な気配の場所へと。

 姉妹は状況に応じて、出来ればユーマやチユたち仲間を最優先に。


 適材適所というには、恐らく、容易に運ぶことなく。

 それでも、少しでも有利に運ばせられるように。




 だから、わたしが向かうべき場所は。


「――リリ」


 彼女の気配と。

 それから。


「……ネネ」


 魔力の流れに、覚えがある。

 記憶以上に膨れ上がって強化されているようだけれど、間違いなくネネだ。恐らくはリリと同じように、レイナによって魔法式を刻まれている。


 対するリリは、あの夜程の魔力を感じられなくて。

 どころか少し減退して、明らかに、ネネに劣ってしまっているようで。


「――行く」


 あの人の、――レイナの魔力は感じられるけれど、多分本人は居ない。

 潜んでいる可能性は捨てられないけれど、それでも今、わたしが向かうべき場所は一つだ。




 大きな妖怪の気配と戦うユーマも。

 同じく膨れ上がった妖怪の傍で、消耗したチユやヴァンと、それから覚えのない誰かのところにも。


 わたしではない、三人が行ってくれるから。

 わたしはわたしのやるべきことを、絶対に、やり遂げるんだ。




 そしてわたしは、チユたちの上を跨いで。

 日本屋敷に隠されていた、地下へと通じる穴へ潜り込んだ。


 その穴の最奥へと、焔を解き放ち。

 わたしは二人の戦いへと、介入した。




 ◇     ◇     ◇




 撃ち下ろした焔によって、開かれた二人の合間へ。

 この爪先を地面に触れさせ、続けてゆっくりと、その場を踏み締め踵を下ろす。


 浮遊を解除し、自重もありのままに。いつでも動けるようにと、魔法式そのものは組み立てた状態で保有して。加えて幾つか守りの式も構築し、周囲に光を纏った陣を展開させる。

 油断も慢心もしない。ここは敵地で、同じ魔法使いが相手となっては、どれ程の力量なのかも容易に想定出来る。

 その上、かつての仲間なんだから、特性も脅威も明白だ。


 だからわたしは、万全を構えて。


「――久し振りね、リリ」


 そう、後ろに控えた彼女へと、声をかけた。




 見れば、黒い髪は大きく乱れて。頬や、黒衣から覗く手足の肌も、傷や汚れの跡が出来ている。口元にだって血の跡が残っていて、――当然、その左腕も失われたままに、はためく黒いマントによって覆い隠されていた。

 遠くより感知していた魔力も、やっぱり大幅に減衰している。あの夜に劣るは勿論、ずっと一緒に居た頃にだって、ここまで消耗したことはなかった筈だ。


 見るからに、感じるままに、内外ともに満身創痍。

 膝を落として両手を地面に着き、わたしを見上げる姿勢は、本当に、今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうで。




 だけど、その瞳は欠片も揺らがない。

 真っ直ぐ、強く、色濃い感情を視線に、わたしを射抜いている。


 再会を喜んだり、助けに入ったことへの感謝なんて、そんなものは有り得ない。

 わたしを睨むリリの目は、あの夜から、なにも変わりはしない。




「……」


 分かってる。

 悲しくても、寂しくても、嫌でも、それが本当のリリなんだって、知ったから。




 それよりも。

 視線を前へと戻せば、――途端。


 正面全体を、眩い色とりどりの光が覆い被さった。


「――――ッ!」


 咄嗟に右手を突き出し、手のひらを広げ防御を展開する。

 淡い焔の盾は揺らめく熱波によって、十数の魔攻を真っ向から受け退けた。


 ああ、違う。違うように出来るんだ、って。

 左手で抱えたままの、分厚い本をぎゅっと握りながら。




 そして攻撃の終わりに、開かれた視界の向こうには。


 全身から魔法式の輝きを発し、対立して前を塞ぐ。

 同じ人のところで高め合った、またしても仲間や友達だった筈の、彼女が。




 ネネ・クラーナが。

 眉を寄せて苦く笑って、わたしへ右手をかざしていた。




「あぁ~。今のを片手で楽々と、かぁ。最初からお得意の焔全開なんてぇ、大人げなくないぃ?」


 長い桃色の髪を乱して、肩を大きく上下させる。治癒されながらも火傷の残る右手は、わたしの魔法によるものだけれど、それを除いても、ネネも相当には消耗しているみたいだ。

 道中屋敷の有様や、この穴の最下層の削れた土壁や地面を見ても、二人がどれだけ苛烈にぶつかり合っていたのかが分かる。


 それでも尚、ネネは立ち塞がって魔法を構える。

 だったら微塵も油断は出来ない。この子もリリと同じ凄い魔法使いで、知っている以上に、多くの新しい力を持っている筈なのだから。


「もぉ~、最悪ぅ。リリーシャちゃんが想定以上過ぎるから、必死になって気付けなかったよぉ。結界も突破されて、おまけにその様子だと錯覚の魔法も看破したって感じぃ?」


「錯覚の、魔法? そんなの仕掛けてたのね」


 屋敷や降りてくる土壁に刻まれていた魔法だろう。よくない気がしたから全部削りながら来たけれど、正解だったみたいだ。


 相変わらずの用意周到さ。

 口癖みたいに面倒くさいってこぼすのに、いつだって、こういう準備は抜け目がなかった。


「ネネも久し振り。こういう再会は願ってなかったわ」


「あはは~。ネネも出来れば、こんな状態で向かい合うのは嫌だったなぁ。今のリリーシャちゃんみたいに息も絶え絶えでぇ、後は潰すだけって感じで出て来て欲しかったぁ」


 言い分からも、隠そうともせず。

 全身から力を発したままに、ネネは暗い笑みを絶やさない。




「……そう」


 どうして、なんで、こんなの違う。

 嫌だって叫び出したくなる気持ちを抑えることは、出来ないけれど。


 それが届かないと、知ってしまったから。

 何度も何度も、戦うしかないって分からされてきたから。


「……全部終わったら、聞かせてね」


 感情を呑み込んで。

 わたしはネネを見据え、揺るがない対峙を示した。




 魔力を熱く。

 巻き起こす旋風に髪を煽られ、それでもしっかりとその場を踏み締める。


 リリとネネだけじゃない。

 わたしだって、二人の知るわたしと同じじゃないんだからっ!




「本を――っ!」


 わたしは左腕を緩め、抱えていたそれを開放した。

 合わせて重力をゼロにし、浮力を与え、突き出したままの右手のひらのすぐ隣へと制止させる。それから更に微弱な風を発生させ、ページの制御を。傍らには小粒の火種を作り出し、続く記載への用意を。


 これで触れる必要はない。

 捲られる白紙の一頁目に、すぐさま焼き入れ描き記すは――。




「よく分かんないけどぉ、させないっ!」


 直後、またしても。

 真正面より瞬く光の奔流が、今度は二十や三十を上回り、ネネの背後には追撃の魔法陣までもが構えられ。

 立て続けに、六十に匹敵する魔法攻撃の乱れ撃ちが襲い来る。




 それらをわたしは、完成された一つ目の魔法式によって。

 魔力を流し起動するだけの工程を、ただ繰り返すことで。


 わたしは瞬時に、焔の防壁を四重に展開させた。




 間もなく巻き起こされた爆発の渦は、けれども。

 この場を震わせ暴風を巻き起こす以上に、何一つとして、盾よりこちらに届かせることはしない。


 そしてその隙にも、わたしは片手間に、思考の隅で記入を続ける。

 視覚と感覚で状況を把握しながら、続く展開を予測し、思い付くままの魔法式を魔法書へと焼き入れ、記していく。


 二頁、三頁、四頁と。

 細かな線で簡易的な魔法陣を描き、完成すればほぼ同時に、魔力を流して発動させた。

 すれば浮遊する本の左右より、構えるわたしの背後より、その発動に比例した魔攻の用意が、一瞬にして完了されていく。


 それら全てを解き放てば。

 優に百へと追従する連撃が、標的へと一斉に襲い掛かった。




「っ~つつつ!!!」


 応対するネネも全身の式へと魔力を送り、複数の攻撃と防御を以って迎え撃つ。

 炎と雷と氷。たった三種の用意しか出来なかったわたしに対し、ネネの魔法は実に多彩だ。同様三種に水流や衝撃波、眩い閃光に濃い黒色の一閃。四角の防壁も高い硬度で作られ、一撃では到底突破出来ない。


 わたしの百は撃ち合い、防がれ、同時多発的な爆発の連鎖によって掻き消され無力化された。

 ネネにもまた、簡単には攻撃を届かせられない。




 ならわたしは、更に上回るだけだ。

 記入が二十頁へと差し掛かる中、今なら攻撃だけでも、優に十数種は用意出来る。


 加えて先程以上に魔力を込めれば、総数もまた、三百へと届かせることが出来るだろう。

 このまま撃ち合いを続ければ、わたしが押し勝てる。




 でもきっと、そう上手くはいかない。

 だから向こうが次の手を打つよりも先に、こちらが切り込む――っ!




「っ~! 魔法のぉ――」


「――紅焔、」


 ネネが、なんらかの号令を発するその前に。




「一閃」




 わたしは開かれた頁から、一筋。


 直進し射抜く紅い細線を、ネネへと目掛けて撃ち放った。




 その一閃は、光速に匹敵し、全ての攻撃と防御を突破して。


「っっっつつつつつ!!?」


 一秒すらも、満ちることなく。

 少女の左肩を、難なく焼き切り貫通した。






 そして生まれた、その隙を。


「――ごめん」


 わたしは構えていた、百を上回る魔法式を開放して――。






 彼女の姿が破壊へ沈んでいくのを、見送った。

 



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