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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【71】「盤外Ⅷ」



 連れ去られ囚われたユーマの奪還。

 鬼狩りへの追及、敵対であれば無力化。

 暗躍者の正体を確定し、捕縛か撃退を狙い。

 島へと転移した第一皇子を、確実に保護する。


 それらが主目的となり、加えてチユやヴァンと無事合流を果たしたり、……先行したリリとも、鉢合わせることになって。


「…………」


 とても簡単ではない。

 なにしろどれも、決しては避けることは出来ず、取りこぼすことも許されない。なにも欠けてほしくないし、欠けさせたりなんてしたくない。


 恐ろしいのは、この瞬間にもすでに。

 なにかしらが落ちてしまっている可能性だって、十分にあるってことで。




 だってこれは、今から始まるんじゃない。

 とっくに始まっている。わたしたちは、ずっと遅れてしまっているんだから。




『そうと決まりャあ、とッとと最終段階を進めるぜェ!』


 声高らかに宣言し、ガシャリと両手を左右へ広げて。

 機械の老爺は顎を上げ、左の赤い眼光で宙を睨む。


 途端、足元が――建物全体が震えだし。

 この屋上階の中央部、白い煉瓦の個々の部位が、自律的に隆起し変動する。凹凸様々に平坦を崩したそこは、もはや立つことさえ困難に思える程だった。




 そして、不安定になり尚もその場所に君臨し続ける、グァーラを起点に。

 更に周囲の地面が持ち上がり、草花を突き破って、――()()()()()()()()が現れた。




「――っ!?」


 それは、獣の角のような。

 湾曲し先端を尖らせた、表面全体を銀色が覆う()()()()()()


 果たして、わたしにはそれが異様に思え、後ろからも息を呑むのが聞こえる。つまりはシロやクロにとっても異物であり、この世界のモノとは言い難いってことだ。

 外装は本体だけ。付属品や、グァーラ本人のように配線が見えていることもない。無骨ながらも洗練された様相は、いわゆる芸術品って感じに整えられていて。……けれども見えない内側は、きっと複雑難解だ。


 なにしろ、この四つ角からは。

 ユーマやオトメたち妖怪独特の感じや、ヴァンやヒカリたちアヴァロン国の法則。それに、わたしたちの魔力の気配までもを、感知することが出来た。


「……コレは」


 いいえ、考えを改める。難解なんて、どころの騒ぎじゃない。

 こんなの完全に、わたしの理解の範疇を超えている。




 コレは、複数の異世界の法則を掛け合わせた。

 多世界を複合した代物だ。




『百鬼夜行ら御一行は、島近海の小型船へ飛ばす。皇子様らは急遽、アヴァロン国へ戻るッてことでいいんだよなァ』


「……凄い」


『ガララ。相変わらず、素直で悪くねェ反応だ。そういうところが儂は好きじャねェが』


「ほっといてよ。……コレ、魔法も使ってるのね」


『あァ。お嬢ちャんの戦闘記録や、例の回収した人形共も参考になァ。手の内が知られているようで不快だッてのは我慢しなァ。そういうモンを解析して活用するのが儂の役割で、儂の有用な価値だ』


 生まれ持った力もない。自分という個体には、なんの戦闘力も持ち合わせてはいない。

 だから作り出して、継ぎ足して、用意した。自分の力を遥かに逸脱した領域へと、知識と技術によって至った。


 そういう世界に生まれ、そのように生きてきた。

 これは処世術であり、決して変えられないものであり、――それ故に、特級。


『前にも言ったがァ、儂はお前さんを認めていない。今この時は最後まで義理を通すが、それより先に同じ場所に立ッているとは限らねェ。この意味が分かるな?』


「……ええ」


『まァ、()()()()()()()()()()()()()を明かしたんだ。よォく覚えておくんだなァ』


 またしても、ギシギシと歯を鳴らして。

 忠告のような、ある種、宣告のような。彼の言い分通り、覚えておかなければいけないだろう。グァーラとは、そういう人なんだって。




 それから、その四つ角が囲う屋上階の中央部へと。

 向こう側から皇子たちが歩み寄り、わたしたちも先導したオトメに続いて合流していく。




 道中、続けてオトメがグァーラに尋ねた。


「グァーラ」


『あァ?』


「本土を離れるに当たっての確認だが。現在、この日本国に異世界から訪れた転移者の全員を捕捉しており、現在地を知ることの出来るシステムがあったな」


『あァ、違いねェな。公表している、いわゆる防衛システムの一つッてヤツだ』


 現在も変わらず稼働を続けていると、オトメの問いに頷く。

 それを聞いて、重ねて尋ねた。


「では、アヴァロン国から転移し訪れている騎士たちも?」


『当然、例外なく。例の襲撃以降、増員されて倍々になッたが、その全員の居所を掴んでるぜェ。なにしろ内通者や裏切り者が出るッて可能性もあるからなァ』


「流石は特級様様、手を抜かない。……そして増員は未だに続いている、か」


『そりャあ、近日マシにはなッてきたが、相当キツい状況だッたじャねェか。標的にされている可能性も考えられていた。同盟国からの増員は必然、この状況で気にかけるのは、なにか思うところでもあるのかァ?』


「そうだな。――アレックス皇子」


 オトメは、向こうのアレックスへと呼びかけた。

 彼は驚いたように、「はて」と首を傾げた。肩を潜めて、どうかしたかなと眉を寄せる。


「片桐乙女。話の流れからすると、もしや我々の増員に不服が?」


「まさか、そうではありません。援軍に感謝しております。……ですが、この状況」




 アヴァロン国は果たして、日本国へ援軍を送っていて大丈夫なのか。

 自国が手薄になっているのではと、オトメはそう進言した。




「ほう」


「決して侮っている訳ではありません。ですが、私どもの日本国が標的である可能性と同等に、皇子が狙われたという話も耳に入っております。アヴァロン国への宣戦布告が行われたのではないか、と」


「確かに、それは俺の耳にも入っている。俺自身は的外れな憶測だと考えているが、――口振りからするに、杞憂ではないと?」


「恐れながら、可能性がある以上は警戒するべきかと」


 なにしろ連中は、この日本国への攻撃の際。

 派手に破壊的な陽動を行い、その隙に、別の場所へと同時攻撃を仕掛けたのだから。


「続けて同じ手は、とも思えますが、単純ながら有効打です。……どの道その可能性を考えたところで、この国も救援を頂かなければいけない状況でしたが」


「なるほど、もっともだな。どう足掻いても我が国が手薄になる以上、そこを突いてくることは正道である、と」


「はい。勿論、それを逆手に取っての別の手も考えられますが」


 余計な搦め手など、必要がない程に。

 誰もが思い付くような正道でも十分な力を、相手は持ち合わせている。


 だから用心しなければならない。


「お国に戻られるようですので、警戒を、と」


「忠告感謝する。だがまあ、安心しろ。俺はこうして外をほっつき歩き、緊急時にようやくとんぼ返りするような軽率な馬鹿者だが、国の者たちは優秀だ。頭のお固い連中が、しっかり防衛を強めているとも。……おっと。これは逆に、全力の援軍を出してはいないと取られる失言か」


 そんな軽い冗談も交えた皇子の言い分に、――オトメは首を横に振るった。


 まさかと苦い笑顔を浮かべているが、わたしが見るにその横顔は、未だに冷たいままだ。

 オトメは、更に踏み込んで言う。




 それは、不味いかもしれない、と。




「ほう。不味い、とは」


「この情勢です。恐らくですが、日本国への救援以外にも、原因究明の為に部隊を送っているのでは?」


「違いない。ではやはり、防衛が手薄であると?」


「そう、ですね。戦力的には十分であっても、数としてはどうしても。そうなれば、ほぼ間違いなく、『防衛の強化』が偏る」


 国全体ではなく、重要拠点。

 例えば王族が居住する、王宮などに。


「そういうことか」


 そこで、皇子もまた笑顔を潜めた。

 言葉を呑み込み、思案するように右手を口元へ寄せる。


 遅れて、わたしにも分かった。

 オトメが一体、なにを示唆しているのか。


「そうか。宣戦布告や、俺が標的であるという可能性がある以上、戦力は自然と王宮に注がれる。そして同盟各国や調査にも、少なくない人員が割かれている現状」




「はい、そうです。――重要拠点を除く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えられてしまう」




 そして、その隙をこのまま許してしまえば。

 知らぬ間に敵に侵入を許し、或いは気付いた時には、すでに囲い込まれてしまうことも。


「……それがブラフである可能性は」


「十分に有り得ます。それで防衛範囲を広げれば、今度は手薄になった拠点を直接狙われることも」


「とはいえ日本国の騎士を下げれば、まんまと疲弊したところを叩くことも出来る、か」


「そうなります」


「なるほどな。どうやら連中は余程に狡猾で、我々は大きく後手に回っているらしい」


 だけど、それがわたしたちの現状。

 わたしたちは、圧倒的な不利に立たされている。


「ごめんなさい。打開は難しく、ただ考えることを増やしただけとは思いますが」


「いや、必要なことだ。帰還しすぐさま対策を練ろう。頭に入れておくだけでも話は違ってくる」


「お願いします」




 そして、そのやり取りが終わると同時に。

 わたしたちは足を止め、その場所へと集った。


 草花から、白の煉瓦を踏み締めて。

 四つ角らに囲われた、その内側へと。


『ギシシ。現状を前にしながら、同時に随分先を見据えている。案外余裕があるのかねェ』


「余裕がなくなるからこそ、先んじて手を打っておきたいんだよ。グァーラだって、そういう用意は幾つもあるだろう?」


『違いねェな』


 そんな風に、二人は言い合って。






 最後に、もう一度。

 不意にグァーラが、ギョロリと赤眼をわたしへ向けた。


『おッと。忘れるところだッたぜ』


「え?」


『コイツは片桐乙女と、それから女狐からも頼まれてた代物だァ。解析が間に合ッちまッたんで、渡しておいてやるよォ』


 言って、グァーラはその、鉄色の右手を差し出して。

 広げられた手のひらに、なんの挙動もなく。




 唐突に、――本が。

 一冊の()()()()が、取り出された。




 黒い外面で、細い書体の金色文字が表紙を彩る。意味は、■■■■……わたしの知識では判別の出来ない、恐らくこの世界のものではない言葉。

 現れた瞬間、彼の右手が軽く沈んだことから、分厚さに比例した重さがあるようだ。図鑑や辞典の類か、それともなんらかの原本を思わせた。


 一歩、踏み寄り。

 グァーラの手から、両手でそれを受け取る。




 と。


「――――あ」


 重さは予想の通り、肘にまでずっしりと力が入るくらいで。

 だけれど、それ以上に驚いたのは。


 判別出来ない文字と同様に。

 正体不明の不思議な力が、微弱ながらも纏わされていた。




「……これ、は」


『さァな』


「さあ、な?」


『分からねェ。例の図書館の地下室で見つかッたらしい。儂が女狐に調査を頼まれたのは、二年三年前くらいだ。当時もよく分からなかッたし、改めて依頼されて先日調べたが、やッぱり分からねェ。……中、開いてみなァ』


「……ええ」


 表紙をめくれば、また驚かされた。


 一ページ目。

 それから二ページ目、三ページ目。

 ぱらぱらと真ん中の辺りまで、それから最後までめくっても。




 ただ、少し茶色がかった、白紙ばかりが。

 なにも描かれていない四角が、綺麗に留められているだけだった。




「……ええ?」


『な? よく分からねェだろ?』


「そう、ね」


『だがどういう訳か、火で炙ッても燃えねェし、水につけても湿らねェ。叩いても凹まねェし、刃物を使ッても切れやしねェ。おまけに解析すら通らないッてんだからなァ。そういう外傷や干渉の一切を、受け付けないように出来てやがるんだよ』


 出来たのはただ、文字を書くこと、絵を描くこと。

 それからその頁を、破り捨てること。


 それだけ。


『切り離したページはただの紙切れだ。切るも焼くも処分は自由に、解析しても古い紙としか分からねェ。機械舌の味覚だが、食べても紙の味しかしなかッたぜェ』


 そしてどれだけページを切り離しても、本の厚みが変わることはなく。

 恐らくは無限に、新たな白紙が生産される。


『この国の筆記用具は全部いける。修正も可能。削りで文字を消すタイプも同様。驚くことに、文字や絵を入れるという行為においては、焼き焦がすことも出来た。まッたく、どうなッてんだかなァ』


「不思議ね」


『あァ。……だが、用途は明らかだ』


「そうね」




 考えるまでもない。

 これは本として、作られる為に存在しているんだ。




「この本を、わたしに?」


『そう頼まれた。問題がなければ、渡してやッてほしいッてなァ』


 ちらりと、赤眼が視線を逸らせば。

 オトメがわたしに向き直り、それについて話してくれた。


 単純な話。

 プレゼントであり、武器に成り得るのでは、と。


「サリュの魔法は、魔法式を構築して魔法を発動させる。予めその本に刻んでおけば、幾つか省略が出来るのではないかってね」


「それは、そうね」


 頷けば、後ろ。

 控えていたシロとクロが、提案した。


「はいはーい! でもでも、ページが分からなくなるって、真白は忠告しますっ!」


「いきなり大きな声を出さないでよ。それに、じゃあ好きな時に好きなページを検索して開ける魔法とか、そういう方法もあるでしょ」


「ええっ? そんな便利なこと、出来るの?」


「さあ、実際はどうかしらね」


 二人の視線に、わたしの回答は。


 頷き、肯定だ。

 そういう風にすることは、出来る。


「ちょっと複雑な式にはなると思うけど、難しくはないと思う。慣れも必要かもしれないけど、きっと、現実的に運用出来る」


「ならよかったよ」


 言って、オトメは小さく息を吐いた。


 あの夜リリとの戦いで、あの子が全身に魔法式を刻んでいたのを見て、思い付いたのだという。

 ああいう方法があるなら、身体でなくとも、別の媒体に魔法式を保存しておくことが出来るのではないか、って。


 自身を痛めつけることをしなくとも。

 同じような状態へと、至ることが出来るのではないか、と。


「どうやら宛は外れていなかったらしい」


「ええ、ええっ!」


「ただ、どうだ? 干渉も難しいらしいが、ページを開いたり検索というのは」


「それは、大丈夫そう」


 試しに、本そのものの重力をゼロに。

 それからわたしの手を離れて浮遊するように魔法をかけて、風魔法の応用で、ぱらぱらと触れることなくページをめくってみせた。


 グァーラの言っていたとおり、内部の構造や力の解析なんかは、一切受け付けてくれないみたいだけれど。

 傷付けたり暴く意図がなければ、扱うことは許してくれるようだ。




「ありがとう」


 自由に書き入れ記して、加えて不思議な力によって、外からの破壊や干渉を拒絶して。

 魔法式の保存と、そこから簡易的に発動へと繋げることが出来る。




 いわば、わたしがこれから創り上げていく。

 一冊の『魔法辞典』のような。




 これは確かに言う通り。

 一つの武器に成り得る、とんでもないプレゼントだ。


「本当に、ありがとう」


 そしてわたしは、重力を戻したその本を、もう一度両手で抱えた。




 上手く扱えるかは分からないけれど、それでも。

 今より先に踏み出せる、新しい力だ。






『さァ、急ぎだ。じきに日も出てくる。とッとと遅らせてもらうぜェ』


 改めて、グァーラの号令に身を引き締める。


 そうだ、これからだ。

 待っているだけでも、なにも知らないままでもない。




 わたしはこれから、戦いに行くんだ。




『なあに、安心しなァ。痛みなんてねェ。多少は気持ちが悪いだろうがァ、それもあッという間の出来事よォ』


 アレックスたちは転移を。わたしたちは少し違った、世界内部の転送を行うらしいけれど、どちらも似たようなもの。

 目的地へと、瞬時に移動するだけだ。


『皇子様らは国のごたごたやらァ、今の話を。百鬼夜行一同は、鬼餓島の問題解決を。儂は影響の外から、ゆッくり吉報を待たせてもらうぜェ』


「……勿論よ」


 間に合ったなら、今度こそ手遅れになんてさせない。




 帰って来るんだ。

 チユも、ヴァンも、その第一皇子様も、……リリも。


 ユーマも、絶対に。

 みんなでこの街に、帰って来る。




「……そうしたら」


 そうした先にも、待っているのは、次の戦いかもしれないけれど。

 もっと苛烈で過酷な、師であるレイナとの戦いがあるのかもしれないけれど。


 それでも、みんなが居てくれるなら。

 ユーマが帰って来てくれるなら。


「わたしは――」


 ぎゅっと、この新しい力を両腕で抱きしめて。






 やがてわたしは、わたしたちは。

 音もなく、ただ眩い光に、この身体が包まれて。




 微かな浮遊感の後。

 わたしの耳には、賑やかな波の音が聞こえた。




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