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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【66】「終わりの始まりを」

 


 光束が、視界を埋め尽くす。

 己の右腕より放たれた輝きが、目前全てを塗り潰し、炎以上の熱量を以って焼き払う。

 視界が遮られるは当然に、音が遠ざかり、他の感覚も曖昧になっていく。現実感が手放されていく、とでもいおうか。


 ならば、突き出したこの手のひらがないことも。

 現実でなかったなら、どれ程に……。


「――ッ」


 しかし、現実は非情にも。




 けれども輝きは、暗雲を撃ち貫いた。




 迫り来る血の刃らも諸共に、退かせることも、間に合わせはしない。

 鴉魎は一撃を正面から浴びせられ、その身を光に侵された。


 ならば必殺に相違なく。

 聖剣は名に恥じぬ、束ねた力の奔流で対象を削り飛ばす。




 ヴァン・レオンハートは、この瞬間。

 特級戦力に等しい絶望へと追い縋り、自らの攻撃を届かせたのだ。




 やがて、収束して霧散する輝き。

 黒ずみ霞む視界はぼんやりと、それでも違えようのない事実を視認する。


 抉り抜かれた木壁を向こう背に、立ち塞がる鴉魎は――。




 その左上半身を、大きく抉られ掻き消されていた。




「……ご、ぼ」


 血をこぼす頭部は、胸部に等しく大きな欠損を。

 ギリギリで身じろぎ躱してみせたか、右半分だけは残されている。だが頭頂から脇腹の辺りまでを円形に繰り抜かれ、致命傷どころか、即死に至らしめる壊滅的な深傷。常人でなくとも、大凡抗いようのない死を刻み開かれた。


 こうまでして、まだトドメではない。

 鬼の生命力とは、それ程のモノだ。


 一呼吸の後。

 かの剣士は残された半身から、奪われた部位を覆い埋めるかのごとく、激しい紫電を迸らせ、その血の力を以ってして、すぐさまに自己再生を試み――。




 だが、知っている。

 その治癒が困難を孕み、瞬間的なモノではないことを。骨肉の巻き戻しが時間を要し、ヤツの身の動きそのものまでもが、緩慢に落ちてしまうことを。


 既に公に知らされ、僕自身この目で何度か目撃している。

 鬼とは心臓部を欠かれると、その血の力が弱まるのだと。核を潰されてはたちまちに、その驚異的な力を十全には振るえず、大幅に制限されてしまうのだと。




 故に、この剣この手だけでは及ばずとも。

 僕は充分以上に、自らの役割を全うした。


「――我々の、勝利だ」


 そして、呟きに呼応されるように。




 ヤツの左右背後より、幾重もの氷撃が振り下ろされた。




 大粒の氷塊が、更にヤツの身を削る。

 氷樹の長枝が、纏わり付いて部位を凍えさせる。

 羽交い締めにする氷像らが、容赦なく包み込み零度を遥かに落としこむ。


 一転攻勢でありながら、一方的ではなかった。

 鴉魎もまた残る右手と血の刃を振るい、幾つもの攻撃を弾き逸らし、氷像らを幾体も砕き割るも、……やはり、弱まった力では足り得ない。

 次第に彼は氷に侵され、やがては携えた刃さえもを、氷塊に包まれ無力化され。


「――っ、ぐ」


 さなか、不意打ちに。

 目前に飛び入った一体の氷像が、右足でこの身を蹴り飛ばしたが、――それが必要不可欠な足蹴であったことは、見るに明白だ。

 押し出され退いた後、もう一歩、距離を開く為に引き下がり。


 それを最後に、僕が範囲外へと足を着いたのを合図に。




 涼山千雪は、鴉魎の周囲全てを凍え閉ざした。




 欠け穿たれた半身の全てを、ゆらりと下げた刀剣を、黒衣や長髪の先に至るまで、構成する全ての要素を取り込まれ凍結する。

 氷の檻に囚われた肉体は活動を停止し、奔り明滅していた治癒の紫電も必然、経過を断たれ無効とされた。




 死に体のままに、抵抗の力を取り戻すこともなく。

 まさしく彼は、氷像へと成り果てた。




「……これ、で」




 これでようやく、真に。

 終わったのだ、……と。




「……が、ヅっ」


 呻きをこぼし、膝を落とす。

 勝利の愉悦が相応に湧き出るも、それ以上の代償が押し寄せてくる。


 自ら焼き切り蒸発した右腕は勿論、最後の強行時に受け入れたダメージが深刻だ。血の刃による斬傷や打撃痕、重ねて涼山千雪の領域による凍傷も少なくはないか。

 満身創痍と、そういってしまっても過言ではないだろう。


『ヴァンっ!』


 慌ててセーラが声を上げ、全身を淡い光が包み込む。ありがたいことに、治癒の力を施してくれているようだが、それでも止血が限界だろう。

 元々治療は得手ではないし、なにより彼女も大きく消耗している。


「……無理はするな。悔しいが、致命傷はない」


 結局は最後まで、ヤツの宣言通りに。

 手の一本くらいは断たれるも、殺されることはなかったワケだ。


 でも、ヤツの言葉以上に。

 痛々しいながらも、特級相手に一矢報いたという功績は得たぞ。




 そうして朦朧としていれば、遠く。

 氷像となった鬼将の向こう側、未だ天井に届く氷樹の、その根元で。


「……あ、ぐ」


 彼女もまた、呻きをこぼした。

 未だそこに在ることを、示した。


 見れば、床板を覆う氷面からゆらりと、一体の氷像が立ち上がり。ソレがゆっくりと手足を、頭髪を、着物を繊細に形作り、本来の姿に相応して変容し……。

 やがてガシャリと音を立てて、両手両膝を着いた彼女は、大きな呼吸と共に全身を上下させ震わせた。


 髪先やのぞく腕らは半透明に、何度か亀裂が入り、それを修復しながら、……よく窺えば指先なども、長さが曖昧になっていながら。

 それでも彼女は、涼山千雪は、元の状態へと回帰していることが見て取れた。




 互いにまったく、無事とは言い難い有様だが。


 辛勝。

 我々は、あの剣士へと勝ち得たのだ。


「感謝する」


 彼女の協力なくしては、有り得なかった。

 リリーシャ共々の介入がなければどうしようもなく、彼女一人であっても不可能だった筈だ。雪女の力、それも、情報を遥かに上回った彼女の無茶がなければ。


 お陰で僕らは、特級を制した。

 決して適うはずのない頂へと、届かせることが出来た。


「なるほど、思えば」


 腕の一本でそれに至ったと考えれば、随分と安上がりなのかもしれないな。




 そんなことを思いながらも、未だに安定しない平衡感覚の中で。

 なんとか膝をつくに、意識を繋ぎ止める。


 この状況を収めはしたが、まだ全てが終わった訳ではない。遠くより微かに感じられる地響きや、轟く爆音は、まさしくその証明だ。

 戦いは続いている。片桐裕馬やリリーシャ・ユークリニドが相手取り、他にも鬼狩りが残されている。目的を達成しこの島を脱するには、少なくとも、裕馬のところへ加勢にいかなければ。


 鴉魎を閉じ込めた氷像の傍ら、取りこぼし置き去りにしてしまった聖剣。大刃の半身が氷の浸食を受けてはいるが、あの程度であれば引き抜けば問題なかろう。

 生憎と両腕で支えることは出来ないが、腕力を強化すればそれなりには振るえる。……半端ではあるが、それでも、僕はまだ、っ。


「ぐ……!」


 軋む身体を半ば引きずりながら、なんとか立ち上がり歩みを進める。

 治癒のお陰で大分マシになった。止血され、肩を穿たれ力が入らなかった左腕も、拳を握り持ち上げることが出来る。




 まだ戦える。

 だから、この足を踏み出して――。








 だが、その行く先を。

 真正面を、割り入る黒い影が現れた。




「――っ」


 驚くも、驚愕ではない。

 十分に有り得た展開に、それでも息を呑む。




 目前、立ち塞がったのは、黒衣を纏い抜き身の白刃を携えた。

 その面貌を赤い狐の面で覆った、――鬼狩りだ。




『――見事』


 赤い狐面は、低い声でそうこぼした。

 見事、称賛に価する、と。


『鬼将、鴉魎の生命活動の停止を感知した。命令により、指示あるまで屋敷外にて待機し、鬼将敗れし時はその場へ介入せよ、と。よって、この場へ踏み入る』


「……当然だな」


 彼程の力、味方の存在は邪魔になると、そういった考えだったのか。なんにしろ、自身が戦う際は単騎であっても、敗れたとなれば話は別だ。

 任務は別の者へと引き継がれる。他の鬼狩りたちが、事態に当たることとなる。

 我々の前に立ち塞がることとなる。


 見れば向こう側、涼山千雪の傍らにも、三者の黒い影が立ち。

 重ねて僕を取り囲むように、五者六者と、現れる人数が増えていく。


 誰もが形様々な和面を被り、白刃を携えて。

 冷たい殺意を、抜き身にしている。


『異国の皇子は丁重に、傍付きや客人にも不要な手出しは許されておりません。鬼将自らの命令につき、厳守とされております』


「…………」


『ですが、鬼将亡き今、その強制力は薄れております。故に、抵抗はなさらぬようにお願い致します。――未熟ながら我々とて、長くを共にした彼の死に、心を乱されぬ訳ではありませんので』


「……もっともだな」


 こくりと、顎を下ろす。


 十を上回る人数、それも異形の討伐を生業とした組織の者たちだ。右手を失い左手も徒手となっては、敵いはしない。もっとも聖剣がこの手にあったとしても、果たして切り抜けられるかどうか。

 涼山千雪も這いばいに彼らを睨んではいるが、抵抗は困難か。未だ氷の壁に隔てられてはいるが、向こうにはシュタイン皇子も居る。下手に刺激すれば今度こそ、皇子を守ることは出来ないだろう。


 俗にいう潮時。

 悔しくも、僕らの健闘はここまでらしい。


「……従おう」


 これまでだ、と。

 止むを得ない、と。

 緊張は緩めぬままに、それでも奮い立たせていた闘気は、今一度奥深くへと呑み込み――。




 この場での戦いに、降伏を。

 そう、宣言しようとした。








 ――その時、だった。




「――――――――――――――――」




 ゾクリ、と、悪寒が襲い来る。

 連なり取り囲む鬼狩りたちの、ただ研ぎ澄まされただけの殺意とは、まるで違った冷たさ。先刻浴びせられ続けていた鴉魎のモノに匹敵しながらも、更に異質な――恐怖。


 死ぬ、殺される、どころではない。

 これは、それらとはまるで別種の――。




 呑まれる。


 喰われる、だ。




 そして、最悪にも。

 その感覚に狂いはなく、違えることもなく。




「――――は」


 瞬間、視界にパッと広げられたのは。

 行く先を遮っていた筈の鬼狩りの、真っ赤な血の飛沫で。






 今度こそ、驚愕する。


 突如鬼狩りは、その身の左肩口を、胸部に届くまで大きく抉り奪われたのだ。

 背後から現れた、()()()()()()()()()の、()()()()()()()()によって。






「な――――」


 疑問を言葉にする猶予もなく。


 ソレは向こうの、閉じられた筈の鴉魎の氷像から、――その欠け落ち凍えた身体から続けざまに三つ四つと、内側より外氷を貫き躍り出て。




 牙を剝き出しにした口部を開く、()()()()()()()()()は。

 またしてもこの場に居合わせた、周囲の鬼狩りたちへと伸ばされ、その対象を喰い千切った。




『ッ』


 遅れて、当然に。

 鬼狩りたちが、叫びを上げる。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?』


 苦痛が、怒号が、驚愕が、……だがそれ以上の疑念を鳴らして。

 だがその訴えは無情にも、同じく牙によって奪われる。




 赤い口は叫ぶ鬼狩りらの頭部を丸呑みに、後退る者は脚部を奪い、刀を構える者らは腕部や肩に喰らいついた。その数もまた収まることを知らず、伸縮自在の管らは喰い散らかす程に十数へと増殖し、更なる血を求めた。


 起点は変わらず、()()()()()()

 ここに来て広間の鬼狩り全員に牙を立てながら、僕と涼山千雪にだけは、一切の関心を示すこともなく素通りする。


「…………なんという」


 恐ろしくも、仲間を咀嚼するこの管らは。

 容赦なく捕食し、この場を真っ赤な血に塗れさせた、ソレの正体は。




 形を問わずに、自由自在に。

 刃へ成り、打突を行使し、――極めつけに牙にまで変容してみせた、ソレは。


 紛れもなく……ッ。




「――――ふぅ」


 間もなく、全ての鬼狩りらを、余すことなく喰い尽くし。

 氷に閉ざされながらも、その覆い尽くした氷結を優に貫通せしめて、眩しい程の激しい紫電を奔らせて。




 ガシャリと幾つもの欠片を取りこぼして、――今、再び。


 下げられていた一刀が、ゆらりと持ち上げられていく。




「……ああ」


 恐ろしく、悍ましいことこの上ない。

 人喰いの鬼に相違なく、……人を喰らいて、その身を取り戻したというのか。




 吐息の後、氷面を剥がされ、欠けていた左の部位をも巻き直された彼は。

 開口一番に、目が合う僕へと言った。


 見覚えのある、飄々とした表情を張り付かせて。

 口の端を僅かに釣り上げた、その冷たい笑みを以ってして。




「――見事、称賛に価します」




 などと。








 だが。

 その言葉に応えた、声が。




「――いや、本当に見事だ。まさかここまで追い込んでみせるとは、流石は騎士様だね」




 僕や、涼山千雪ではない。シュタイン皇子でも、ない。

 けれども聞き覚えのある、低い女性の声は――。


「っ」


 遅れて、思い当たる。

 考えれば、すぐに行き当たった。




 この状況でこの場所に現れるということは、ここでの事態を知り得ており。

 この有様を流石だなどと称えてみせるのは、ここに至る困難を正しく理解しており。

 果たして転移封じとやらによって干渉は拒絶されていた筈だが、それが取り除かれたというなら、すぐさまに駆け付けて来るであろう、人物ら。

 ごく少数の候補に絞られてしまえば、声色での判別など、容易い。


 間違いなく。




 返答の後、背後に鳴らされる小さな足音。

 近付く歩みに振り向けば、そこに居るのは――。




「随分と、出遅れたね」




 見慣れた仕事着のスーツを、見慣れた様子で解かせる。首元胸元などのボタンは億劫だと、だらしがなく思える程に緩めてしまって。振り乱される長髪もまた、大きく広がり纏まりを失う。


 それらをまったく気にすることなく、――いや、普段も相応に、この状況下。気に留めることなど、有り得はしないか。




 眼鏡の奥。

 開かれた瞳は真っ直ぐに、ただこの時だけを見据えて。或いはこの先の終わりを見通した上で、ここでの役目を果たすために――。




「二人とも、――ありがとう」




 片桐乙女が、この戦いへと踏み入った。




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