第四章【64】「恵まれている」
ヴァン・レオンハートは恵まれている。
僕を知る人物らに聞けば、誰もがそう言うだろう。
何度か任務を共にした戦友や、遠い関係で僕の名や語り草に触れた者など、遠い関係性の者たちは当然。周囲の友人や面識の深い騎士たちであってもほとんどが、大凡誰しもが、僕をそう認識している筈だ。
運がいい。生まれがいい。家柄がいい。世界に愛されている。妖精の寵愛を受けている。光の道を歩み進める、王道の騎士。
光栄にも、そういった輝かしい評価が多い。
僕自身、自己評価でそのように思っている。
ヴァン・レオンハートは、とても恵まれている、と。
けれども、近い友人であり、加えて僕の深みに触れた者らは。或いはよく見えている者たちは、手放しにそう言ってはくれなかった。
彼ら彼女らは他人でありながら、しみじみと頷きをこぼすなどして言う。
ヴァン・レオンハートのこれまでの歩みは、決して恵まれたものではなかった。
僕自身、これまでを振り返ればそのように思う。
ヴァン・レオンハートの歩んできた道のりは、険しく歩み難い荒地であった、と。
◇ ◇ ◇
レオンハート家は、古くより騎士の家系であった。
騎士。
日本国や他の国でも珍しいとされ、高い位の戦士に与えられる称号である。そんなイメージを持たれている様子だが、それは決して間違いではないが、……果たして実状がそうなのかといえば、話は違ってくる。
国を護る盾となり、領土を広げる剣となる。王や民に豊かさと発展を約束する為に、身を粉にして心血を注ぐ。その為に武具を与えられ、戦士の栄誉を授かり、相応の賃金と名声を我が物とする。
実に誇り高く、表立っては前述した通り、高潔な文言を謳ってはいるが。
近年の騎士とは、人員の増加に伴い実に一般的となった、――騎士とは名が変わらないだけの、ただの雇われの戦闘部隊でしかなかった。
憂いてはいるが、当然であると納得もしている。
なにしろ自国や同一世界の他国だけでなく、異世界をも管理するのが我々アヴァロン国だ。生まれる前より数十を捕捉し、今では優に数百の世界を観測している。中でも公的な同盟関係にあり、定期的に代表同士が顔を合わせる近しい距離の国も、間もなく百に届こうという程。
同盟国への協力は勿論、日々開かれていく新世界の調査。交渉の決裂や敵対による武力的な介入までもあっては、戦力の増強は避けられない。
本来求められていた水準を下げてでも、全体の数として多くの騎士を確保しなければならない。
そうして搔き集められた有象無象の兵隊たちが、所属するアヴァロン騎士団の現状だった。
そんな中であっても。
レオンハート家は古くより続いていただけあり、厳格にして厳粛な騎士の排出を続けており、まさしく騎士らしい騎士として褒められる立ち位置の家系であり。
例に違わず僕も、それなりの期待を受けて育てられ。
加えて、一族でも突出して、優れた妖精との契約を結ぶこととなった。
それが、セーラ・ティータニム。
種族の中でも突出した、貴族とされる上位の妖精だった。
『初めまして、小さな騎士見習いさん。棒振りは順調?』
幼少の頃。家先の野原で一人、父から貰った木剣を振るい稽古の真似事をする僕へ。
彼女の側から、声をかけてくれた。
手のひら程の小さな人型で、背中に身体程の薄羽を広げる。
淡い輝きを纏わせながら、彼女は僕へ言った。
長く契約関係にあった相手が息を引き取った。
独りはぐれた妖精としての自由も惜しいが、立場上よく思われない。相手をコロコロ変えるつもりはなく、むしろ面倒故に、出来れば長く関係を結びたい。
だから子どもを探していた。――それで、僕を見つけてしまった。
一心不乱に楽しげに、ここではないどこか遠くを見ていた、寂しい瞳の僕を。
『とても真っ直ぐで純粋。だけど、奥底に抱えた炎みたいな熱は、とても頑固で面倒臭くて、きっと誰にも手が付けられないワ』
他者は当然に、自分自身にも。
首を傾げた当時の僕へ、大人になれば分かると頷いた彼女は。
『うん。だからこそ、ワタシ、アナタが気に入ったワ』
契約を結びましょう、と。
なにも分からない僕は、差し出されたその小さな手へ、迷わず自分の手のひらを差し出して――。
彼女との出会いこそが、言ってしまえば、僕のこれまでにおける最大の幸福であり。
最大の、不運でもあったのだと思う。
なにしろ僕は、格好や心情を評価された、家柄だけの騎士であり。
セーラはなによりも、力の部分で突出した『本物の選ばれし存在』だったのだから。
◇ ◇ ◇
アヴァロン国は、妖精と共生する世界だ。
我々は妖精らに衣食住を提供し、隣人として彼女らを傍に置く。加えて契約という形のない繋がりを結ぶことで、負荷や後遺症のない、普段の生活下で自己治癒できる範疇での生命力を供給する。
それらは妖精らに決して必須ではなく、個々で生きることも十分に可能ではあるが、それによって彼女らは大きな安定と、十分以上の力を得ることが出来る。
我々へのその見返りが、妖精の力による日々の助けと、――戦闘行為における強化だ。
セーラはこの強化を施す輝きが、一般的平均の妖精の数十倍に相当する。
それこそ、その小さな身体を以ってして、単独で外敵を屠ることが出来る程に。
そしてそれ程の力を持つ貴族の妖精らは、言語を発声することも可能であった。
『言葉を話せる妖精って、数えるくらいしか居ないのよ。まあそれが口うるさくて困りものだって意見も、不服ながらもっともだけどね』
皮肉も含めて、そんな風にこぼしていたが。
妖精という種族は例外なく、知性や感情を持っている。それ故に他の生命体との意思疎通が可能であり、契約と共生が出来ており、――しかし、言語によるやり取りが出来るのは、貴族と呼ばれる上位妖精だけ。
本来、言語を発生させる器官が備わっていない中で。
セーラらティータニムのような貴族――古くより他種族との交流を先んじて行い、今へと繋がる関係性を築いてきた極少数だけが、そう進化した。
『そんなだから、力も特注でお話まで出来る。ワタシとの契約ってとっても幸運で、恵まれたモノなのだワ』
まったくもってその通りだ。彼女のその言い分には、今も反論の余地がない。
本当に幸運で、恵まれていて。
それ故に、身の丈以上の宿命に、この身を焦がしている。
◇ ◇ ◇
生まれによって、元より一定以上を求められながら。家柄故に出自も近しく、歳も近かった皇子のアレックスとも親しくなり、一目を置かれ。
ひょんなことから上位妖精との契約を結び、想定以上の期待を背負わされることとなり。更にはセーラの力を最大限に振るえるべく、彼女の力に耐え得る、国宝級の聖剣などをも与えられる栄誉を授かった。
ヴァン・レオンハートは、度重なる幸運と恵まれた環境によって、高い地位と大きな力を与えられていき。
本人もまた奢ることなく、弛まぬ献身によって自力を伸ばし高みへと登り詰め。
結果、この身は今、第一級戦士にしてアヴァロン騎士団の騎士団長へと至った。
与えられた全てを我が物とし、かけられてきた全ての期待へ応えて来た。
だが、――それまでだった。
ヴァン・レオンハートとは、第一級戦力の戦士であり。
どれだけの物を与えられたところで。
どれだけ継ぎ接ぎに足し続けて、取り繕われたところで――。
この身は特級の領域へと、踏み出すことが出来なかった。
「凄まじい動きでした。見えていなければ、正直避けられなかった。是非、自分の動きにも取り入れたいです」
ある時、木剣による立ち合いで、ヒカリを相手に手も足も出なかったように。
「大層立派なお家なのかしら。けれど残念ながら、あなたではわたしに勝てないわ」
「確かに問答は無用だね。強者が全ての権利を保有するんだから」
あの夜、サリュやリリーシャと相対し、全てを賭しても討ち果たせなかったように。
今、この場所でも。
「未だ客人故、なにより宣戦布告の聞き届け人として。貴方には皇子様と共に無事、生きて帰っていただきますよ」
僕は魁島鍛治を抑えることが出来ても、鴉魎を相手に立ち回ることすら、出来ない。
決して、届かない。
それが僕という個体の限界だった。
だが、――それが。
それが、どうしたというのか。