第一章【18】「作戦開始」
真暗な空を見上げて、改めて考える。
聖剣騎士と互角に戦えるサリュの友人。魔法という圧倒的な力を持った、異なる世界からの転移者。
果たしてそれを相手に、俺に出来ることはあるのか?
疑問を拭うこともなく、俺はここに立っている。話の流れでサリュや千雪とチームを組み、捜索に加わっている。
到底敵う力もなく、戦士として与えられた階級も第五級。最下位でしかない。
なにも出来ないかもしれない。終わってみれば混ざっていただけで、なんの役にも立たっていないかもしれない。
「でも」
思い留まる。
ビルから見下ろす、街並みを歩く沢山の人たち。彼らにはないものを俺は持っている。
人を傷つける力。彼らから見れば圧倒的な、『戦う力』を。
だから第五級。
最下位でありながら、異世界法の下で定められた戦闘員だ。
それを拒むことはしない。ここに居るから、ここに居たいから。
だったら戦うことは定めなんだろうと、納得させた。
「っと、そういえばうちのチームの動きを決めてなかったな」
気付き、サリュと千雪を確認する。合図があれば捜索を開始する手筈だが、どのように動くべきか。
尋ねると、サリュが難しそうな表情で左手の小指を顎に当てた。
気付けば薄っすらと、爪先が淡い光を帯びている。
「んー。実はねユウマ。さっきから魔力感知の魔法を使ってるのよ」
「と、いうと?」
「文字通り、魔力を感知するの。わたしたちの世界では敵がどこに潜んでいるか、魔法の準備をしているかを割り出すことが出来るものよ。だけどここは日本国。そもそも魔法使いは居ない国よね」
「正確にゼロとは言い難いが、少なくともこの辺には居ないんじゃないか?」
「だとしたら、割り出される魔力は転移者であるリリだけの筈。でも、違うの。複数の魔力が感知されてる」
一体どういうことなのか。
分からない俺に対し、千雪が首を傾げながらも答えた。
「サリュちゃんの国における魔力と同じ反応の力が、この世界にもあるんじゃないかな」
「チユ、それってどういうこと?」
「たとえば私たち妖怪は純粋に体力を使って自分たちの力を行使するわ。私たちは妖怪という種類の生物だから、そういう構造になっているの。だけど日本国には、人間でありながら異能とされる力を振るう人たちが少なからず確認されてる」
例を挙げれば超能力者や陰陽師。他にも巫女や神官といった役職の者たちも、当てはまるだろうか。
加えて転移者も受け入れているのだから、特殊な存在が複数点在していることになる。
「中には魔法と同じ原理の力を、別の名前で呼称しているものがあるかもしれない」
「名前は違うけれど、同じもの。それなら確かに、魔力として感知されても不思議じゃないわね」
そうなれば魔力感知はまともに機能しないことになる。
サリュもまた俺たちやアヴァロンの連中と同じように、目測で発見しなければ。
そしてサリュは言っていた。
件の少女は、探査索敵に優れた魔法使いだと。ならば恐らく向こうもこの状況を把握しているだろう。
「じゃあ目で探すとして、どうやって見つける? とりあえずこの辺りを見て回るか?」
提案してみる。無難な手だが、それが一番だろう。
二人も納得し、頷いてくれた。
が、しかし。
「そうねユーマ。空から見ればすぐだろうし」
「私もそれでいいと思う」
「え?」
なんだって?
それを突っ込む暇もなく、その時は来てしまった。
ヒューと間の抜けた音が響き渡り、遅れて一発、花開く。
続けて二発三発と、夜空に光が咲き乱れていく。
目を眩ませるゲリラの花火。
それが合図だ。
「行くわよ!」
「行こう!」
瞬間、二人の少女が走り出し。
「風よ!」
サリュは右手を振るい、そのまま足を屋上の向こうへと踏み出した。
そして唱えた通り、彼女の身体がまるで風のように宙を舞う。海中を揺らめく魚のように、自由自在に縦横無尽だ。
対する千雪もまた、右手を向こうの空へとかざした。
「架かれ、氷の橋!」
声を上げる。それを合図に、彼女の青い髪色が、一瞬にして白雪のように銀へと剥がれた。
着物の色合いに重なり、純白の雪女へと変容する。
それから建物から建物へと、氷の橋が作り出された。
彼女はそのまま半透明な足場に着地し、高速で滑り空を駆け抜けていく。
宣言通り、空からの捜索。
二人揃って簡単にやってのけやがる。
「ついて行けねぇよ畜生」
流石はサリュと、第三級の雪女様だ。
「ユーマ! 花火凄い! 凄いー!」
「いいから早く行って来い!」
辺りの空を舞いながら、サリュがこちらに手を振る。
ったく、相変わらず緊張感の無い。
「大丈夫よー! リリは悪い子じゃないからー!」
それだけ言い残し、向こうへと飛んで行った。
悪い子じゃない、か。こちらに攻撃は仕掛けてきているのだから、楽観視も出来ないだろうに。
それを分かった上であの笑顔だ。
きっとサリュが最初に見つけるのが一番良い。その子も色々と動揺しているだけだ。事情が分かるサリュなら、穏便に済ませられる。
その為に、俺も出来ることを。
「捜索だ」
ビルの上から見下ろす。
道路には人、人、人が並び、花火に釘付けになっている。そんな中で空中捜索というのはバレやしないか不安だが、考えても仕方がない。
薄暗く、花火の点滅で色も判別し辛い。人の顔など見れたものではなく、ここから探すのは通常不可能だ。
だから力を使う。鬼血を活性化させ視力を強化する。
鬼の血は、身体を硬化させるだけではない。運動能力を上げる、視力や聴力といった感覚を強化することも可能だ。
そうして強化させた視力を持ってすれば、ビルの上から個人の顔を判別することも出来る。
目的のフードの少女はどこに居るのか。それともこの辺りには居ないのか。
自分に出来る範囲を、とりあえずはビルの周辺をぐるりと見て回る。
「居るのか、居ないのか」
集中し、人混みの中を捜索する。
と、その最中だった。
「え?」
キィ……と、扉の開く音。
そして続く、小さな足音。
「誰だ!」
慌てて屋上に視線を戻し、昇降口を窺う。
考えたのは警備員等。俺たちの所属とは違う一般人が紛れ込んだ可能性だった。
このビルは百鬼夜行の妖怪が所有する建物だ。関係者との連携は取れている筈だが、一般の使用者が残っていないとは聞いてない。あくまでこちらが隠密に使う許可だけ貰っていたなら、その可能性は十分にあり得る。
しかし、違った。
そこに立っているのは『一人の少女』だ。
花火に照らされたその表情を、頭に被ったフードで隠した。
紛れもない、例の少女だ。
「……おいおい、冗談だろ」
灯台下暗しとはよくいったもんだ。
フードを被った、サリュと同じ黒のワンピースを着た少女。
ギロリと覗いた視線が、真っ直ぐにこちらを見据えて離さない。
身構える。
すぐさま鬼血を活性化させようとしたが、サリュの言葉を思い出した。
大丈夫だと、悪い子ではないと。
だが、
「っ」
話が、まったく違っている。
少女はその場所に立ち尽くし、動きを見せない。一見敵対の意思はないように思える。
じゃあどうしてだ。
「お前は、」
なんだってこんなにも、強い緊張を感じるんだ。
「お前は、なんだ」
「サリュちゃんの知り合い?」
やがて、少女が口を開いた。あまりに低く、重い声。
けれど確かに言った。サリュと。
「リリーシャ・ユークリニド?」
「っは、やっぱり正解だ」
「正、解?」
それよりも。
……何故、笑う?
「はは、凄く強いサリュちゃんの魔力を感じたんだ。ここだよ、ここに居るよって。向こうはあたしに気付けてないみたいだけど」
「そう、だな」
そういえば探査や索敵が得意とも言っていたか。
サリュよりも向こうが先に見つけてくれたわけだ。
じゃあ早い話だ。すぐに合流出来る。……出来る、筈だ。
なのにどうして、この子は俺の前に現れた?
「サリュちゃんは遠くに行っちゃったみたいだね。残念」
「ああ、そうなんだ。待ってれば直に戻ってくると思うぜ」
だってサリュはこの子を探しているし、この子もサリュを探しているんだ。自然な流れとして顔を合わせることになる。
色々と問題になってはいるが、話し合えば解決出来る筈だ。それを円滑に進める為にも、一秒でも早い合流を、話はそれからだろう。
そう、提案しようとしたのだが。
「ご親切にどうもありがと。そっか、戻って来るなら」
少女、リリーシャは言った。
「あなたには――ここで死んでもらうね」
今までとはまるで違う、一層強まった語気で。
「あなたの首を、サリーユへのお土産にするよ!」
そう宣言した。




