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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【61】「闇に」

 


 頭上、爆発に拉げた屋敷から下ろされる明かり。

 それ以外には一切の光が用意されていない、真暗に包まれた巨大な穴。


 あたしは魔法で浮力を操り、合わせて全身から発せられる魔法式の細光によって、薄らと辺りを確かめながら深みへ落ちていく。




 階段もなければ、なんらかの昇降機も備わっていない。

 粗削りされた岩肌は到底、手や足を掛けて張り付くことも現実的ではないだろう。……こうして落ちていくことを、更には底から浮遊することを想定している。


 明らかに、通常の運用は不可能。

 意地の悪い造りだ。




「こーんな大きな穴を開いておきながら、鬼狩りたちの干渉は一切許さないってワケ――ッツ!」


 言って、魔力を解放し、先導し落ちていくもう一つの光源へと五つの黒雷を撃ち下ろす。


 一撃一撃が、まさしく必殺。触れればたちまち人体は消し飛び、並の障害や抵抗は無為に貫通される。

 かつて戦時には多くの敵国に振るい、人も物も容赦なく削り散らせた。この世界においても、立ち並ぶビル群を壊滅せしめた絶大な威力を誇る。


 けれどもその全てを、ネネは長方形の魔法壁で、今度はしっかり防ぎ切る。真っ向から受け止め無効化し、そうでなくとも弾いて側面の岩肌を抉らせる。

 展開された五つの障壁は、亀裂が入るも、砕けるに届かない。


 同じく全身に薄らと、光を帯びた線を纏う彼女は。

 あたしに追随して、その能力値を殊更大きく高めている。




 遅れ、ネネはあたしの言葉へ答えた。


「ん~っ。そのつもりなんだけどぉ、アリョウさんだけはぁ、平気で昇り降りするのよねぇ~。気付いたら音もなく背後に居たりしてぇ、ほんとに埒外って感じぃ」


「笑える。だけどあの人だって、そっち側じゃない」


 恐らくこの地下で、鬼狩りたちの目を盗んでコソコソ暗躍する、ネネやレイナ先生と同じ。後ろめたい狙いがある、暗躍者たちだ。

 ネネも今更、それを隠しはしない。


「まぁねぇ~。だから別に居てもぉ、聞かれて困る話もないっていうかぁ。ビックリするだけ。……それが嫌なんだけどさぁ」


「最高じゃん」


「ぶ~っ。レイナ先生もそういうこと言うしぃ。こっちは気が気じゃないってのにぃ!」


 それは分かる気がする。

 あんなの、味方でも末恐ろしい。あんな死そのものみたいな、ほんの一息で命を刈り取るような凶器、傍に置いておきたくなんてない。

 あの薄ら寒い緊張感と隣り合わせなんて、絶対にごめんだ。


「嫌ならやめなよ。自分の置き場所を間違ってるんじゃない? 手を切っちゃえば?」


「あははっ。それぇ、リリーシャちゃんが言うのぉ?」


 変わらず続け様、放ったあたしの攻撃を退けながら。

 ネネがぱっくりと、口元を緩めるのが見えた。




 いつかの記憶のように。

 狂って捻じれた感覚で、踏み込んできたあの時のように。


「ネネ、不思議なのよねぇ。ど~してリリーシャちゃんは、ネネたちと敵対してるんだろ~?」


 ネネはあたしへと、そう尋ねた。




 勿論それは、その不思議は、敵対そのものにではなく。

 彼女らと敵対し、彼女らの狙いを遮るということは、すなわち。


「そっち側ってことはぁ、サリュちゃんの味方ってことになるよぉ? リリーシャちゃんがあの子の方に肩入れするのってぇ、なんだかしっくりこないんだよねぇ~。解釈違いっていうかぁ」


「…………」


 答えはしないが、……同感だ。

 我ながらどうして、あの子の側に肩入れしているのか。


 勿論、それに得があるからだから、冷静になにもおかしいことはないのだけれど。

 まあ確かに、しっくりこないと言われれば、まったくその通りだ。


 重ねて、ネネは。


「でもでもぉ。それを言うならぁ、お国でず~っと仲良さそうにしてたのもぉ、不思議なんだよねぇ?」


 言って、人差し指を口元へ当て、首を傾げる。――あざとい仕草とは裏腹に、左右より幾重もの光線を撃ち上げ放ちながら。

 向こうも、防戦一方では済ませない。盾を展開するさなか、隙間を縫って魔攻が襲い来る。


 より苛烈さを増していく魔法戦。

 絶え間なく続かれる、必殺の応酬。


 その中にありながら、尚も。

 ネネは独り言を、あたしへと喚き続けた。


「取り入る為に近付いてたとかぁ、友達として上手い事使うつもりだったとかぁ、利用して叶えたい願望があった、とかぁ。色々と想像は出来るんだけどぉ、――ん~。だとしてもぉ、好きじゃない相手とず~っと友達で居るのって、そう演じるのってしんど過ぎない~?」


 割に合わない。我慢が過ぎる。

 本当に気が合わず、好きでもない相手であったなら、何年も一緒になんていられない。


「ど~なんだろぉ。それともぉ、案外好きだったのかなぁ? サリュちゃんが転移で逃げた時に激昂してたのもぉ、裏切られたショックが大きかったとかぁ? そんな友情愛情的な風には見えなかったんだけどなぁ~」




 ネネは言った。

 見る限りでは、あたしの行動が矛盾している、と。


 サリーユの傍に居るあたしは、取り繕ったものだと気付いていて。一緒に居るのに負の感情を抱いていることも、見抜いていて。だからあの子が逃げた時に見せた怒りや殺意が、友情の類の裏返しではないことも、当然のように分かっていて。

 なのに、ずっと一緒に居ることが出来た。ずっと仲良さそうに、ネネのいう()()()()って状況に自分を置き続けた。




 それがネネには、納得出来ないらしい。

 あたしとネネの感覚が違うからとか、そういう性格の違いみたいなの以上に、あたしという個人で切り取って考えても噛み合わない行動と感情が、理解出来ないらしい。


 重ねて、その先の今も。


 あたしがサリーユの側に立っていることが。あの子にとって望ましい方向へ物事を運ばせる為に、あの子の仲間と一緒に、あの子の大切な人を助けていることが。

 ネネには、不思議で仕方がないみたいだ。


「ねえ。どうしてなのぉ、リリーシャちゃん?」


 好きじゃないのに、どうしてあの子と一緒に居られたの?

 自分や先生と敵対してまで、どうしてあの子の側に立てるの?


「嫌ならやめなよぉ。自分の置き場所を間違ってるんじゃないのぉ? 手を切っちゃえばぁ?」


 なのに、そうしないのは。

 逆に、そうまでする必要は、――狙いは、なんなの?


「リリーシャちゃんにとってのサリュちゃんって、なぁに?」


「――――――――」


 ――まったく。


 この子は、ネネは、本当に。

 頭空っぽに見えて、トロそうな口調で間抜けそうで、……その癖、色々と見えてて、抜け目なくて、今だって容赦なく、あたしを殺そうとしてる。


 気が抜けない。油断ならない。

 それでいて、あの時も、今も、まるで変わらないままで。




 どうにも、折り合いの悪いことに。

 あたしのことは、分からないんだなぁ。




「……ッハ、安心してネネ」


「安心~?」


「うん。ネネはよく見えてるし、言ってることは、――言ってることだけは全部、間違ってないよ」


 つくづく気が合わない、考えが交わらない、分かり合えないだけだ。

 面白いくらいに、違っているだけだ。


「えぇ~? 意味分かんないんだけどぉ~」


「分からないままでいいよ。どうせその疑問も全部、――もう、失くなるんだから」


「む~っ! それが一番不満なんだけどぉ!」


 今一度、撃ち放った黒雷を盾で弾き逸らして。

 見上げるネネは、キッと、眉を寄せてあたしを睨み付けた。




「よぉく分からない理由で殺されそうなのがぁ、ほんと、一番納得出来ないんだよねぇ」


 なんて、言いながらも。

 頬はずっと緩んでいて、愉しげに歯を見せ続けている癖に。




「ッハハ。殺し合いなんて、そんなモンじゃん」


 ここにまで来て、人道を説いたり、情けを掛けたりするワケじゃないけど。


「ネネもあたしも、よく分からないままの人たちを、よく分からないままに殺して来たんだからさ」


 だからネネだって、例外なく。

 そうでなければ、あたしが。


 ここで終わるんだ。




「――――ッ」


 再度、右手を突き出し、手のひらを広げる。

 指先から手の甲へ、そこから手首へ腕へと駆け上がっていく傷痕へと、続く全身の魔法式へと、魔力を注ぎ光を強める。


 その煌々とした光を、全身を包んでいた明かりを、――黒へと、反転させた。

 あたしはこの身に、黒を纏わせる。


 暗穴の奥底にも比例する漆黒は、この地下を震わせる程の圧と、禍々しさを発して。

 至る次の一撃の重さを、対象へと知らしめる。


「悪いけど、底まで付き合うつもりはないわ」


 あの夜のモノと同じ、――いいえ、それ以上。


 何故ならあの時は左腕を失い、欠けていた式による全力でしかなかった。

 今は、それを覆いはためく黒布に、欠落を補い余りある魔法式が刻み込まれている。撃ち合い押し負けたサリーユの焔を上回れるようにと、より強力に束ねられた闇を解き放つ、その魔法式が。


 あたしの持ち得る、全力全開。

 小細工全てを押し潰す、これまで以上に圧倒的な力技だ。




 その闇を、前に。

 死の宣告にも等しい、この状況下で。


「……そっか」


 対面する、ネネは。


「リリーシャちゃんは結局、ネネになにも聞かないんだね」


 変わらず底へと落ちていきながら、そんな風に、笑った。

 ここにきて、ほんの少しだけ、寂しそうに。




 だから。


「聞かないよ。理解出来ないだろうし」


 それは拒絶だ。


 彼女がなにを思い、ここに居るのか。

 なんの為に、あたしと敵対するのか。

 そんなの分からないだろうし、分かろうとも思わないし、――興味すら、湧かない。


 リリーシャ・ユークリニドは、ネネ・クラーナが分からない。

 ネネ・クラーナは、リリーシャ・ユークリニドが分からない。

 それでいい。それ以上は、なくていい。




 対する、ネネの返答は。


「そっか。それじゃあ寂しいけどぉ、仕方ないよねぇ」


 そう、言って。




「よく分からないリリーシャちゃんは、よく分からなかったリリーシャちゃんってことで、覚えておくよ~♪」




 途端。


 あたしの視界は、プツリ、と。

 本当に全ての明かりが落とされて、暗闇へと陥った。






 景色の全てを、黒一色へと閉じられてしまった。






「――ッ!?」


 標的を、見失う。

 恐らくはなんらかの魔法――の、筈だ。


 あたしは咄嗟に、感知によって周囲の状況を把握して――。


「――え」




 それすらも、出来ないのだと。

 感知の魔法が正常に働かず、あらゆる魔力や生命力の気配が乱立して理解が及ばないのだと、不協和を押し付けられた。




 なにかが、噛み合わない。

 おかしい、ズレている、違っている。


「なん、で」


 どころか、肌をなでる空気の感触が強さを増す。それはこの身に宿していた浮遊の魔法が、少しずつ弱まっているということで。

 それに、痛みや、手足を伝う湿った感覚も。魔法によって塞いでいた戦いの余波が、直撃はなくとも裂かれていた傷たちが、開かれていく。


 その全てを、視認出来ない。

 なにも、見えない。




 このままでは、――いえ、それとも。

 もう、既に……。




「ねぇえ~、リリーシャちゃあん」


 闇に囚われた中で。

 あの子の声だけが、耳へこだまする。


「プラシーボってぇ、知識にあるぅ?」


「……なに、を」


「プラシボ、プラセボ。なんだか色々と呼び方が思い浮かぶんだけどぉ、端的に言えばぁ、錯覚とか、思い込みとか、刷り込みみたいなものなのよねぇ~」


 生憎だが、それはあたしの知識にない言葉だった。あたしが縁で繋がれ与えられたこの国の知識には、含まれていないモノだった。

 それが、関係しているのか。この状況下で単なる雑談やブラフの可能性は、限りなく低い筈。


 錯覚、刷り込み。

 それが、この現象の……。


「生き物はぁ、視覚や聴覚、言葉や温かさでぇ、簡単に物事を取り違えたりぃ、強く取り得ることが出来たりするんだよねぇ。ネネたち魔法使いも同じようにぃ、イメージを強く持つために、自分を律したりするよねぇ」


「…………」


「じゃあ~、殊更に感度の強い人やぁ、感度を強化しちゃった魔法使いがぁ、この錯覚を受けちゃう状況に取り込まれたらぁ、どうなると思う~?」


「――――――――」


 それは。

 ……それ、は。


「しかもその錯覚による干渉を、魔法で増強して影響力を強めたらぁ、――どうなっちゃうんだろうねぇ~」


 与える側が、より強力に干渉し。

 受け取る側が、より深みまで詳細に汲み取ってしまったなら。


 そんなのは、――最悪な。






「つまりコレは、ネネとリリーシャちゃんで作った、最高傑作っ! 思わぬ共同作業になっちゃったねぇ~!」






「ッツツツ!!! ネネぇええエエエ!!!」


 声を上げる。


 だけどこの目には、なにも映らない。

 まぶたは開いているのに、眉を寄せて力強く、真正面へと睨みを利かせているのに。見張ることによって目が乾いて、瞬きする感覚まで、痛みさえ覚えるくらいに、当たり前に見ている筈なのに!


「深い穴に落ちちゃったんだもん。暗いのは当然の感覚でぇ、その上でリリーシャちゃん自身が闇を纏ったら、そりゃあ真っ黒になっちゃうよねぇ。うんうん、その認識は、そう捉えてしまうのは、――間違ってないよ」


 だから錯覚した。錯覚させられた。

 そうあるべきなんだと、なにも見えないのが道理だと、誤認させられた。


「しかも数百数千の魔法が入り乱れて、ネネの仕掛けた魔法も、微弱なモノを含めたら数万に届く総数でぇ。そりゃあ魔法の感知も、滅茶苦茶にこんがらがっちゃうよねぇ」


 だから、感知が困難に陥った。


 全てを把握しことごとくの繋がりを解明出来ていた筈なのに、今はもう、どれがどの糸と繋がっているのか。その魔法があたしのモノであるのか、ネネのモノであるのかすら、判別が付かない。

 なんとか炎のように感じ取ることが出来たソレも、炎だと認識させられている可能性を否定出来ない。視認すら許されず、確証が得られない。


 そうやって余計にこんがらがって、なにも、出来なくされる。


「それにぃ、炎も氷も雷も風も光線もぉ、破壊で飛び散る石とかも一杯あってぇ。熱いね寒いね痺れるね吹かれるね眩しいね、硬いね柔らかいね痛いね治るね。もうさぁ、ほんと、よく分からなくなっちゃうよねぇ」


「……やめな、さい」


「だからぁ、ほらっ♪」


 パアンと、轟かされた拍手の音。

 それを合図に、あたしは。


「――――あ」


 この空間を肌で感じることすらも、奪われてしまった。

 熱いも寒いも、痛いも、浮遊していたって感覚すら、失くなってしまった。




 意味が分からない。

 なにかに埋め込まれ固められてしまったような、そんな様な。


 見えない感じられない、音だけが鼓膜を震わせる、だけで。


「……あ……ぁ」


 口の動きすら、分からなくなって。

 もう、言葉を発することすらも……。




 錯覚だ、勘違いの感知違いだ。

 乱されている。これは全部思わされているんだって、分かっているのに。


 その理解をも、危ぶみ呑み込めない。

 分かっているのは分からされているからで、本当は分かっていないことを分かっていて、だから正常に分かっていなくて分かっている?


「――――あ、が」


 自分の足場を、崩し壊してしまう自分が居る。

 感覚にしがみつく片方の手を、もう片方の手が自ら解いてしまう。


 その自己否定の渦に、抗うことが出来ない。




 これは、なに?

 こんな、意味の分からない、理解の出来ない現象は――。


 魔法?


「――――――――――――――――は?」


 こんなのが?

 こんなことまでもが、あたしの法則?




 知らない、分からない、なにも。

 もうなにも、全部全部、抗えない及ばない届かせれない。


 手遅れ。




 そして、最後には。


「音だけ聞こえてるっていうのも、変だよねぇ?」


「――――」


 ああ、確かに。




 言われてみると、変だ。

 こんなに奪われているのに、それだけが綺麗に残されたまま、なんて。




「じゃあ、お終いにしよっか。安心して、殺しはしないから、さぁ」


 それで――。




「――闇の回廊」


 その言葉を合図に、あたしは。




 ブツリと、残されていた感覚を断たれて。

 音すらをも、失わされてしまった。




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