表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
177/263

第四章【60】「追駆の魔法戦」

 


 前後左右、上下天地。視界内外に関わらず、あらゆる方向で光が瞬き、様々な形で魔法が発現される。

 炎、雷、氷、水や風、障害を塗り潰す闇や、ことごとくを押し除ける光。千差万別の現象らが、この行く道、長く背高い廊下に乱立していた。


 勿論、それらは相手からの一方的なモノではない。

 あたしが撃ち放った破壊を含む、互いに一歩も譲ることのない、苛烈な攻防だ。




「っ、っつつ~~~!!!」


 向かう先、こちらへ振り向きふわりと桃色の髪を乱れさせ、浮遊し後退しながら構えるネネ。

 突き出し広げられた両手のひらからは、複数の魔法陣が展開され、合わせてその小さな身体の背後にも、幾つもの式が開かれる。


 間もなく、一斉に放たれた閃光らは、優に百を上回り前面を埋め尽くして。




「――ふ」


 同じく、あたしも。

 むしろ僅かに先んじる形で、数百の魔攻魔防を解き放った。


 そしてそれらは真正面からぶつかり合い、激しく爆発を巻き起こす。

 叩き付けられる旋風は、周囲の木壁や仕切りを軽々と砕き割り、飛び散る爆炎は床板も屋根も消失させる。

 覗いた隣接する別部屋や外側の夜闇は、微かに視界の端に収める程度。元より感知によって確定していた周囲を、視認し改めるだけに終わる。

 度重なる被害損害などに、気を取られてはいられない。


 もう何度目になるか。

 力と力の衝突。相性の有利不利や秘められた効力なんてまるで関係のない、それらの付与要素なんて物ともしない、強く色濃い魔法の応酬。

 結局はこれが単純明快にして、一方がそれを選択する限り、もう一方もまた応じるしかなくなる。小細工無用の押し付け合いだ。




 そして、たった今の爆発が落ち着くのも待たず、あたしは旋風の根元へと踏み進める。

 かざした右手から、より強く風を巻き起こして。体表に淡く纏わせた、魔法の防壁を強固に重ね塗りして。

 標的との距離を、一歩でも縮めてみせる。


 余波の先で、変わらず後退を続けるネネへと。

 必ずこの攻撃の手を、届かせる為に。




「あ~、もうっ! さっきから本気も本気じゃないですかっ! リリーシャちゃん!」


 続けて稲妻の連打を放ちながら、ネネが声を上げる。

 それらをこちらは同数の光線によって弾き逸らし、舌打ちの後に返答した。


「……本気って、この程度で言ってるの? こんなの挨拶代わりでしょ」


 勘違いも甚だしい。先程の焔の方が、よっぽど全力だった。……それともそれを分かった上での、お得意の挑発なのか。

 けれども、どうやら言葉遊びなどでもなく。


「だからこそ、じゃないですかぁ! 様子見ばっかりでぇ、着実に近付いて来てぇ! ――本気でその時を見計らって、絶対に殺す動きじゃないですかぁ!」


「……ったく。変わらないんだから」


 ご名答だ。

 相変わらずズレた物言いの癖に、芯だけは喰っている。


 まったくその通りに、仕掛け時を見計らっている。

 正確には、向こうの手札を推し量っている。


 ここは鬼狩りの拠点であり、あの子の支配下にある領域。敵地にして、魔法使いの側面でも優位を取られたこの状況下で、勝ちを得るのは相当に難しい。

 おまけにさっきの、大広間での衝突。魔法や妖怪たちの特異全てを無効化した結界式に、加えてあたしの渾身の焔も退けられた。とてもあたしの知るネネではなく、想像を遥かに上回る魔法使いだと認識を改めた。




 あの夜、サリーユへ匹敵したあたしと同じ様に。

 ネネもまた、あたしやサリーユへ、――最悪、レイナ先生へも匹敵している。


 そのくらいに底上げされていると、考えなければならない。




「……って、言っても」


 様子見ばかりでは、どうにも手を進められない。

 どころか現状、逃げる彼女を追うことで、誘導されていると考えるべきだ。向こうがあたしの様子見に合わせていることも、今はそれ以上がなく、勝機へと絶え凌がれている可能性が高い。だったら余計に、先んじて攻撃へ転じたいが……。


 先手を打つにも、カウンターが恐ろしく。

 やっぱり後手に回るも、最悪手遅れに。


「……ッハ。どの道、ね」


 思案に無為を悟った。

 最初から、いわゆる相手の腹の中。この島に誘われた時点で、あたしはネネや鬼狩りや、レイナ先生の手の内に捕らわれている。最悪、なんていうなら、それこそ最悪は、なにをしたところで思い通りの可能性だって……。


 だったら、考えるべきはそんなところじゃなくて。

 どう攻めるか。返すネネの策謀に、どう対応するか。それだけに注力しろ。




 見えない手札に尻込みして、踊らされるのではなく。

 開示の先で、出し抜いてやれ――!!!




「――っ!?」


 瞬間、向かいで、ネネの苦笑いが消える。

 目を見開き、口元も硬く結んで、咄嗟に浮遊すら解き、その場にカツンと足を下ろす。


 臨戦態勢。

 まったく本当に、聡くて嫌な相手だ。


 まあ見抜かれたところで、関係ない。

 真っ向から打ち勝つだけだ。


「――やってやるわよ、本気の本気」


 暫し、あたしもその場へ足を下ろして、踏み止まり。

 ゆっくりと右手を上げ、その手のひらを彼女へかざし、目いっぱい広げて指を伸ばして。




 今、この時に。

 その爪先から腕へと、この全身へと、光の細線が張り巡らされた。


「アア――――ッ!」


 いいえ。

 元より刻まれていた身体中の魔法式へと、魔力を奔らせ光を纏わせた。




 あの夜と同じように。

 あれから数月を経ても、傷が塞がっても消えることのなかった、深く身体の内に刻み込まれた、――()()()()()()()()()変貌する、魔法式を。




 もっとも。

 それが思い通りにいく相手でも、ないんだけれど。


「させない――――――っっつつつつつ!!!」


 突如、ネネの声に、重なり遅れて響き渡る異音。硝子が落ち割れ砕けるような、甲高い炸裂音だ。

 そして、その反響音が轟かされるに合わせて。


「ッツツ!!?」


 さっきと同じように、この身体へと重く負荷がのしかかり。

 合わせて全身で光を発していた、細く幾重にも刻まれていた傷痕が、力を剥がされていく。




 またしても、力を減衰させる無力化の陣。

 だけど彼女の領域深くへ踏み込む以上、――このくらいは想定内だ!




「あア――あアアアッ!!!」


 一声。身体の奥から息を吐き出すに、導きなぞらせる。

 あたしは自らの内側に備えていた魔法式によって、外部からの干渉を払い除けた。




 ネネの減衰の魔法を、吹き飛ばしてみせた。




「通じないって、言ってるでしょ!!!」


 巻き起こす豪風と、再び輝きが灯される身体。

 あたしは確かな魔力の感触に右手を握り締め、左肩のマントをはためかせ、続け様に、背後へと十数の魔法陣を展開させて――。


「くうっ! もう一度、無効化を――」


「無駄だって言ってる!!!」


 往生際が悪く、再度展開される同様の式へ。

 今度は欠片の光すら掻き消されることなく、そのまま勢いを殺さず、あたしは黒の稲妻を一斉に撃ち放った。




 無効化の無効化。

 ある種の矛盾を感じるそれは、別段、これといって特別な手法を使っても、複雑な段取りもしていない。簡単な用意があっただけ。

 あたしが発動させたのは、ただ単純に、外部からの魔法の干渉を弾く魔法式。それを身体の内側で起動させることで、無効化が浸透する前に振り払っているだけだ。




 ここへ来る事前に、カタギリオトメから聞き及んでいた。彼女らがあたしへ使った陣は、外から内へと侵食し、対象の機能を封じ込めるモノであると。

 ならば内側から侵入を押し返すことが出来れば、発動後に対応することも可能であると。


 容易ではなく、現実的な対抗策ではないと、発動されないことが最善策だと、彼女は首を振るっていたが。

 あたしの魔法ならばそれが、この身に既に侵食していても、物ともせずに退けることが出来る。無効化される前に用意していた式を起爆するだけで、振り払うことが出来る。




 一秒未満の刹那の遅れで、なにもかもを奪われる寸前で。

 それでもあたしは、一度目をギリギリに、二度目を難なく、三度目はもはや抵抗すらなく。


 力尽くに、干渉を断ってみせている!

 それが、あたしの魔法だ!




「これで――ッツツツ!!!」

「防壁を――っつつつ!!!」




 対するネネは、両手を前面へ。

 恐らくは用意されていたであろう、四角く半透明な防壁を展開し、それらの黒雷を防ぎ切ってみせる。


 だが当然、いとも簡単にとはいかない。

 ざっと見て十以上。折り重ねて束ねられていた盾の全てを、完全に粉砕し、――攻撃本体を掻き消されるも、その衝撃によって彼女の身体を大きく退けさせた。




 それも、パアンと音が鳴らされ、小さな少女の身体が、軽く宙へと放り出される程の勢い。

 桃色の髪は大きく広げられ、多くはないけれど、鮮血が散らされる。


「ご――ぼ、」


 遅れ、天井を仰ぐ彼女の口元にも、一筋の赤が伝う。




 ようやく届いた一撃。

 でも直撃には到底及ばず、余波による掠り傷程度ってところ。


 だから容赦なく、僅かに崩れさせた態勢が整うよりも先に、続く攻撃を叩き付けようとして――。




「あ、――はぁっ☆」


 直後。

 ネネの目が、再びの笑顔と一緒に、爛々と開かれて。




 これまた、当然か。

 あの子の小さな身体が、黒衣からのぞく手足が、――その、全身が。


 細く刻み込まれた傷痕の線らを、輝かせた。




「……ッ、は」


 そりゃあ、そうだ。

 予想通りで、読み通りで、至極当然真っ当な、想定された事象で。




 ああ、くそっ。

 だけど、どうしようもなく、――悔しい。


 道を違えていながら、失敗しておきながら、もはやあの人とは敵味方さえ違うところに、相争う場所に居ながら。

 それでも、その力があたし以外にも与えられていることが。その当たり前の事実をこの目に見せられることが、悔しかった。




 あたしにしか、使えないって。

 あたしにしか、至れないって。

 そんな風に、思わせてほしかったのにさぁ……。




「あはははははッ☆☆☆」


 残念ながら、追撃の黒雷はふいにされる。

 強大に膨れ上がったあたしの魔法は、――寸前、態勢を立て直し、同じく強力にされたネネの魔法によって、またしても正面から撃ち合い爆発に終わった。




 ただ、その爆発が今まで以上に凄まじく、それこそ屋敷の奥側全てを吹き飛ばしてしまう程で。

 あたしはすぐに、自身の周囲へ球体の魔法壁を展開させて。


 瞬間、不意に。




 足下に、――()()()()()が開かれた。




「――っ!?」


 落とし穴のような、対象をあたし一人へ定めたような、局所的な攻撃などではなく。

 辺り一帯の足場が繰り抜かれた、下へと繋がる巨大な空洞。




 爆炎包まれる中、遮られる視界で、それでも確かに。


 その空洞の奥底へと、落ちていくネネの姿が、見えた。


「ごめんねぇ~。これ以上はぁ、お屋敷を全壊させちゃうでしょぉ? だからぁ、ネネも不本意だけどぉ、ネネの地下へご招待ぃ~♪」


「――――」


 退路、罠。

 或いは、この地下こそが、彼女の領域。

 見える限りではなにもない、粗削りされた土肌しか晒されていない、地の底へと深く開かれた穴。


 しかし廊下とは、地上の屋敷とは比べ物にならない程に。

 塞がれ隠されていた、濃密な魔力が、ぽっかりと口を開けている。




 今一度、問われている。

 引くべきか、否か。


 なんて、また今更に考えたって、結局、また今更だ。




「上等じゃない」


 息つく猶予も必要ない。

 あたしは迷いなく、再び背後へ幾つもの魔法式を展開し。




 先落ちるネネへと雷雨を注ぎながら、その後を追い縋った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ