第四章【60】「追駆の魔法戦」
前後左右、上下天地。視界内外に関わらず、あらゆる方向で光が瞬き、様々な形で魔法が発現される。
炎、雷、氷、水や風、障害を塗り潰す闇や、ことごとくを押し除ける光。千差万別の現象らが、この行く道、長く背高い廊下に乱立していた。
勿論、それらは相手からの一方的なモノではない。
あたしが撃ち放った破壊を含む、互いに一歩も譲ることのない、苛烈な攻防だ。
「っ、っつつ~~~!!!」
向かう先、こちらへ振り向きふわりと桃色の髪を乱れさせ、浮遊し後退しながら構えるネネ。
突き出し広げられた両手のひらからは、複数の魔法陣が展開され、合わせてその小さな身体の背後にも、幾つもの式が開かれる。
間もなく、一斉に放たれた閃光らは、優に百を上回り前面を埋め尽くして。
「――ふ」
同じく、あたしも。
むしろ僅かに先んじる形で、数百の魔攻魔防を解き放った。
そしてそれらは真正面からぶつかり合い、激しく爆発を巻き起こす。
叩き付けられる旋風は、周囲の木壁や仕切りを軽々と砕き割り、飛び散る爆炎は床板も屋根も消失させる。
覗いた隣接する別部屋や外側の夜闇は、微かに視界の端に収める程度。元より感知によって確定していた周囲を、視認し改めるだけに終わる。
度重なる被害損害などに、気を取られてはいられない。
もう何度目になるか。
力と力の衝突。相性の有利不利や秘められた効力なんてまるで関係のない、それらの付与要素なんて物ともしない、強く色濃い魔法の応酬。
結局はこれが単純明快にして、一方がそれを選択する限り、もう一方もまた応じるしかなくなる。小細工無用の押し付け合いだ。
そして、たった今の爆発が落ち着くのも待たず、あたしは旋風の根元へと踏み進める。
かざした右手から、より強く風を巻き起こして。体表に淡く纏わせた、魔法の防壁を強固に重ね塗りして。
標的との距離を、一歩でも縮めてみせる。
余波の先で、変わらず後退を続けるネネへと。
必ずこの攻撃の手を、届かせる為に。
「あ~、もうっ! さっきから本気も本気じゃないですかっ! リリーシャちゃん!」
続けて稲妻の連打を放ちながら、ネネが声を上げる。
それらをこちらは同数の光線によって弾き逸らし、舌打ちの後に返答した。
「……本気って、この程度で言ってるの? こんなの挨拶代わりでしょ」
勘違いも甚だしい。先程の焔の方が、よっぽど全力だった。……それともそれを分かった上での、お得意の挑発なのか。
けれども、どうやら言葉遊びなどでもなく。
「だからこそ、じゃないですかぁ! 様子見ばっかりでぇ、着実に近付いて来てぇ! ――本気でその時を見計らって、絶対に殺す動きじゃないですかぁ!」
「……ったく。変わらないんだから」
ご名答だ。
相変わらずズレた物言いの癖に、芯だけは喰っている。
まったくその通りに、仕掛け時を見計らっている。
正確には、向こうの手札を推し量っている。
ここは鬼狩りの拠点であり、あの子の支配下にある領域。敵地にして、魔法使いの側面でも優位を取られたこの状況下で、勝ちを得るのは相当に難しい。
おまけにさっきの、大広間での衝突。魔法や妖怪たちの特異全てを無効化した結界式に、加えてあたしの渾身の焔も退けられた。とてもあたしの知るネネではなく、想像を遥かに上回る魔法使いだと認識を改めた。
あの夜、サリーユへ匹敵したあたしと同じ様に。
ネネもまた、あたしやサリーユへ、――最悪、レイナ先生へも匹敵している。
そのくらいに底上げされていると、考えなければならない。
「……って、言っても」
様子見ばかりでは、どうにも手を進められない。
どころか現状、逃げる彼女を追うことで、誘導されていると考えるべきだ。向こうがあたしの様子見に合わせていることも、今はそれ以上がなく、勝機へと絶え凌がれている可能性が高い。だったら余計に、先んじて攻撃へ転じたいが……。
先手を打つにも、カウンターが恐ろしく。
やっぱり後手に回るも、最悪手遅れに。
「……ッハ。どの道、ね」
思案に無為を悟った。
最初から、いわゆる相手の腹の中。この島に誘われた時点で、あたしはネネや鬼狩りや、レイナ先生の手の内に捕らわれている。最悪、なんていうなら、それこそ最悪は、なにをしたところで思い通りの可能性だって……。
だったら、考えるべきはそんなところじゃなくて。
どう攻めるか。返すネネの策謀に、どう対応するか。それだけに注力しろ。
見えない手札に尻込みして、踊らされるのではなく。
開示の先で、出し抜いてやれ――!!!
「――っ!?」
瞬間、向かいで、ネネの苦笑いが消える。
目を見開き、口元も硬く結んで、咄嗟に浮遊すら解き、その場にカツンと足を下ろす。
臨戦態勢。
まったく本当に、聡くて嫌な相手だ。
まあ見抜かれたところで、関係ない。
真っ向から打ち勝つだけだ。
「――やってやるわよ、本気の本気」
暫し、あたしもその場へ足を下ろして、踏み止まり。
ゆっくりと右手を上げ、その手のひらを彼女へかざし、目いっぱい広げて指を伸ばして。
今、この時に。
その爪先から腕へと、この全身へと、光の細線が張り巡らされた。
「アア――――ッ!」
いいえ。
元より刻まれていた身体中の魔法式へと、魔力を奔らせ光を纏わせた。
あの夜と同じように。
あれから数月を経ても、傷が塞がっても消えることのなかった、深く身体の内に刻み込まれた、――レイナ先生の兵器へ変貌する、魔法式を。
もっとも。
それが思い通りにいく相手でも、ないんだけれど。
「させない――――――っっつつつつつ!!!」
突如、ネネの声に、重なり遅れて響き渡る異音。硝子が落ち割れ砕けるような、甲高い炸裂音だ。
そして、その反響音が轟かされるに合わせて。
「ッツツ!!?」
さっきと同じように、この身体へと重く負荷がのしかかり。
合わせて全身で光を発していた、細く幾重にも刻まれていた傷痕が、力を剥がされていく。
またしても、力を減衰させる無力化の陣。
だけど彼女の領域深くへ踏み込む以上、――このくらいは想定内だ!
「あア――あアアアッ!!!」
一声。身体の奥から息を吐き出すに、導きなぞらせる。
あたしは自らの内側に備えていた魔法式によって、外部からの干渉を払い除けた。
ネネの減衰の魔法を、吹き飛ばしてみせた。
「通じないって、言ってるでしょ!!!」
巻き起こす豪風と、再び輝きが灯される身体。
あたしは確かな魔力の感触に右手を握り締め、左肩のマントをはためかせ、続け様に、背後へと十数の魔法陣を展開させて――。
「くうっ! もう一度、無効化を――」
「無駄だって言ってる!!!」
往生際が悪く、再度展開される同様の式へ。
今度は欠片の光すら掻き消されることなく、そのまま勢いを殺さず、あたしは黒の稲妻を一斉に撃ち放った。
無効化の無効化。
ある種の矛盾を感じるそれは、別段、これといって特別な手法を使っても、複雑な段取りもしていない。簡単な用意があっただけ。
あたしが発動させたのは、ただ単純に、外部からの魔法の干渉を弾く魔法式。それを身体の内側で起動させることで、無効化が浸透する前に振り払っているだけだ。
ここへ来る事前に、カタギリオトメから聞き及んでいた。彼女らがあたしへ使った陣は、外から内へと侵食し、対象の機能を封じ込めるモノであると。
ならば内側から侵入を押し返すことが出来れば、発動後に対応することも可能であると。
容易ではなく、現実的な対抗策ではないと、発動されないことが最善策だと、彼女は首を振るっていたが。
あたしの魔法ならばそれが、この身に既に侵食していても、物ともせずに退けることが出来る。無効化される前に用意していた式を起爆するだけで、振り払うことが出来る。
一秒未満の刹那の遅れで、なにもかもを奪われる寸前で。
それでもあたしは、一度目をギリギリに、二度目を難なく、三度目はもはや抵抗すらなく。
力尽くに、干渉を断ってみせている!
それが、あたしの魔法だ!
「これで――ッツツツ!!!」
「防壁を――っつつつ!!!」
対するネネは、両手を前面へ。
恐らくは用意されていたであろう、四角く半透明な防壁を展開し、それらの黒雷を防ぎ切ってみせる。
だが当然、いとも簡単にとはいかない。
ざっと見て十以上。折り重ねて束ねられていた盾の全てを、完全に粉砕し、――攻撃本体を掻き消されるも、その衝撃によって彼女の身体を大きく退けさせた。
それも、パアンと音が鳴らされ、小さな少女の身体が、軽く宙へと放り出される程の勢い。
桃色の髪は大きく広げられ、多くはないけれど、鮮血が散らされる。
「ご――ぼ、」
遅れ、天井を仰ぐ彼女の口元にも、一筋の赤が伝う。
ようやく届いた一撃。
でも直撃には到底及ばず、余波による掠り傷程度ってところ。
だから容赦なく、僅かに崩れさせた態勢が整うよりも先に、続く攻撃を叩き付けようとして――。
「あ、――はぁっ☆」
直後。
ネネの目が、再びの笑顔と一緒に、爛々と開かれて。
これまた、当然か。
あの子の小さな身体が、黒衣からのぞく手足が、――その、全身が。
細く刻み込まれた傷痕の線らを、輝かせた。
「……ッ、は」
そりゃあ、そうだ。
予想通りで、読み通りで、至極当然真っ当な、想定された事象で。
ああ、くそっ。
だけど、どうしようもなく、――悔しい。
道を違えていながら、失敗しておきながら、もはやあの人とは敵味方さえ違うところに、相争う場所に居ながら。
それでも、その力があたし以外にも与えられていることが。その当たり前の事実をこの目に見せられることが、悔しかった。
あたしにしか、使えないって。
あたしにしか、至れないって。
そんな風に、思わせてほしかったのにさぁ……。
「あはははははッ☆☆☆」
残念ながら、追撃の黒雷はふいにされる。
強大に膨れ上がったあたしの魔法は、――寸前、態勢を立て直し、同じく強力にされたネネの魔法によって、またしても正面から撃ち合い爆発に終わった。
ただ、その爆発が今まで以上に凄まじく、それこそ屋敷の奥側全てを吹き飛ばしてしまう程で。
あたしはすぐに、自身の周囲へ球体の魔法壁を展開させて。
瞬間、不意に。
足下に、――大きな空洞が開かれた。
「――っ!?」
落とし穴のような、対象をあたし一人へ定めたような、局所的な攻撃などではなく。
辺り一帯の足場が繰り抜かれた、下へと繋がる巨大な空洞。
爆炎包まれる中、遮られる視界で、それでも確かに。
その空洞の奥底へと、落ちていくネネの姿が、見えた。
「ごめんねぇ~。これ以上はぁ、お屋敷を全壊させちゃうでしょぉ? だからぁ、ネネも不本意だけどぉ、ネネの地下へご招待ぃ~♪」
「――――」
退路、罠。
或いは、この地下こそが、彼女の領域。
見える限りではなにもない、粗削りされた土肌しか晒されていない、地の底へと深く開かれた穴。
しかし廊下とは、地上の屋敷とは比べ物にならない程に。
塞がれ隠されていた、濃密な魔力が、ぽっかりと口を開けている。
今一度、問われている。
引くべきか、否か。
なんて、また今更に考えたって、結局、また今更だ。
「上等じゃない」
息つく猶予も必要ない。
あたしは迷いなく、再び背後へ幾つもの魔法式を展開し。
先落ちるネネへと雷雨を注ぎながら、その後を追い縋った。