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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【58】「強迫」

 


 戦端が開かれる、その前に。

 あの小屋での打ち合わせの際、スズヤマチユキが言った。


「ねえ、リリーシャ。私が鬼将の相手をするなら、貴女は確実に、結界を破壊出来るんじゃないの?」




 聞けば、スズヤマチユキという雪女は特殊で。

 彼女の力、その最大値は日々、少しずつ積み上げられているらしい。


 曰く、半妖である彼女の内側で、雪女の側面だけが独立した流れで成長している。身体的な成長とは別に、むしろ外側を上回る勢いで、力が増幅している。

 日数単位には分かりにくいながらも、数年単位で測れば見違える程で、――その力の到達点は、この後、二十代中頃だという。




 それが話の通り、突如のきっかけによって開け放たれるのではなく、積み重ねによって開花されるのだというなら。

 原理上、その雪女の側面にだけ成長を働きかければ、今日この瞬間に、頂上に至れる程の力を重ねることが出来たなら。


 彼女はその力の真価を、この局面で発揮出来るということになる。




「それなら、私も」


「……チユキ、であってるよね。それで? そのあなたの言う力を解放できたとして、役に立てるワケ?」


 それ程の戦力に、成り得るのか。

 多少力が増す程度では、はっきり足りていない。あの鬼将って化物を引き受けることはおろか、時間稼ぎにすらなりはしない。あたしですら、手順の一つでも間違えれば、数秒も持たない可能性があるのだから。


 現実的なのか、それともある種の賭けなのか。

 尋ねれば、チユキは。


「ごめんなさい。これは、そんな逆転必至の策じゃなくて――現実的な、賭けになる」


 そもそもに、彼女がその力へ至ったとて、扱い切れるかどうか。

 行く末の未来を先取りするという手法が、その身にどれ程の反動や負荷を与えるか。かつてこの身を削ってサリーユへと追い縋ったからこそ、あたしにも、分かる。


 身の丈に合わない力を得るという、その危険性。

 耐えられるか、制御が敵うか、それが第一の関門となる。


「賭けにも、なンのか?」


 あたしよりもこの世界に馴染みのある、同じ妖怪のユウマも、眉を寄せ疑念をこぼす。

 それは想定する以上に、困難なのではないか、と。


「チビの頃にも言ッてやがッた、混血の成功例。将来凄ェコトになるッてのは、七尾さんや姉貴からも何度か聞かされたが、……だッたらなんで、今までソレを試さなかッたんだッて話になる」


 もっとも過ぎる意見。

 将来の期待を今へと下ろす。それが出来るなら、やっている筈だ。必要とされるタイミングだって、幾つもあった筈だ。




 それでも、そうしなかったのは。

 そう出来なかったのは、恐らく。


「……きっと、手を出すメリット以上に、デメリットの方が高い」


 チユキ自ら、そう口にする。




 彼女は続けた。


 力だけならば、雪山へ閉じ込めて生活させてもよかった筈だ。同じ氷系の妖怪や転移者を用意すれば、成長を補助することも出来た筈だ。

 そうすればもっと早いうちから、より成熟した戦力を得られたのに。


「もしかすると、そうしたくなかったって、……人間的な、感情的な側面もあるのかもしれないけど」


 藤ヶ丘という街で育てられたことや、同じ血を持つ家族らから送り出されたことも。敢えてそういった手法から切り離す為の、そんな方向性によるモノかもしれない。


 ただ急ぎ足の、非人道的な強引な方法ではなく。

 当たり前の先に辿り着いた、心身ともに成長した先に迎える到達を。


「それだって、……きっと、とか、もしかすると、だけど」


 結局、断言は出来ない。

 チユキにも確信がなければ、あたしたちが分かる筈もない。


 だけど、色んな要素や思惑が絡み合って、その方法を使わなかったことだけは明白だ。

 少なくとも、良くない側面があることも……。




 それを破り、踏み切るというなら。

 守られてきたその先を欲して、手を伸ばしてしまうというなら。




 重ねて。


「……それが成功したって、匹敵出来るかは」


 第一の関門を突破したとて。

 彼女の言葉通り、鬼将を相手取れるかどうか。




 ああ、なるほど。

 だから、――現実的な賭けか。


「出来るかどうか、敵うかどうか。どっちも有り得るけれど、どっちも有り得ないってこと」


「うん」


「心底馬鹿げてるけど、――少なくとも、あたしが頭から否定するのは違うよね」


 それこそ、あたしだってそうだった。

 大きな力を得られるかどうかも、あの子を追っての異世界転移も。レイナ先生直々にしたって、どちらも初めてで、半ばあたしは実験台で。


 その先、サリーユとの戦いなんて、まさしく……。




 だったら。


「……いいわ。あなたに任せてあげる」


 そして。


「その為に力を貸せっていんでしょ? 喜んで貸してあげる。あたしの魔法で、あなたの全盛期をここに持ってきてあげる」




 考えてみればあたしには、彼女の提案を渋る要素がない。

 全てを賭すのはチユキだ。あらゆる危険を冒して、それで戦って勝ってくれたなら、あたしには良いことしかない。失敗したら、結局あたしがどうにかするしかないって、それだけの話だ。

 手助けの方法だって実にシンプル。氷の魔法を主軸に、彼女の力を高めるだけ。向こうの調整も発動のタイミングも、前もっての補助をするだけでいい。


 あたしの負荷が軽減されて、それだけ成功率が上がって。

 その為に必要なモノを全て、チユキが出して背負ってくれる。


 いいだろう。

 喜んで、乗ってやる。




 だけど、一つだけ。


「一つだけ、忠告してあげる。――というよりは、安心しなさいって感じかな」


 それは、根拠のない自論だけれど。

 きっと間違っていない、本当のことだ。




「力をモノに出来るかどうかは、心配しなくても、あなたの気持ち次第よ」




 他でもない、あたしがそうだったし。


 多分、大体がそうに決まってる。




 ◇     ◇     ◇




 それで、――ああ。

 やっぱり、その通りに。


「――私に、従え!!!」


 目を向き、歯を剥き、叫びを散らした、その向こう側で。

 思いの果てに、チユキはその氷極へと辿り着いた。




 氷樹。


 彼女やあたしを遥かに上回り、その背を天井へと優に届かせる。

 巨大な幹を背に、無数の尖れた枝を左右へ広げて、彼女は自身を起点に前後を閉じる。重なり交差する樹枝の格子によって、皇子を別の場所へと匿ってみせる。


 厳しい状況下、防戦一方の展開に先んじて、退避させたのではなく。

 その逆、攻勢へと移る為に、巻き込まない為に締め出した。


 そして、皇子が退くに合わせ、空間が一変する。




 じわじわと広がっていた悪寒が、張り詰める凍圧へと切り替わった。


 この感覚は、この冷たさは、この尖れた殺意は。

 命そのものに手を掛けられているような、奥深く入り込んでくる、死の錯覚は。




 紛れもなく、彼女が彼らの領域へと足を掛けた、その証明だ。




「ッハ」


 まったく。

 あの子はただ必死で、あたしの勝手な気持ちなんて知りもしないだろうけれど。


「発破かけといて、負けてられないよね」


 思わず呟き、あたしは、――すぐさまに。




 目前。

 チユキを捉えて、笑みを消し、両手に赤い光を帯びさせた――ネネへと。


 かつて同じ場所で、同じ人から教わって、まったく違う方向へと進んでいった彼女へと。

 遂に敵味方の立場さえ別たれてしまった、桃色髪の魔法使いへと。


「……ッ!? リリーシ――」


 慌ててこちらへ視線を戻すも、もう遅い。

 容赦なく、その隙を突いて。


「邪魔、しないであげてくれる?」


 あたしは周囲より、ネネへ無数の黒雷を撃ち出した。






 ま、それで終わったら、楽なことこの上ないんだけどさ。

 やっぱり簡単な相手では、ないってことで。


「っ!」


 確かな手応えに、遅れて巻き起こる立て続けの爆発。あたしの雷撃は間違いなく、なんらかの対象へと破壊を与えた。


 だけど防いだか、或いは逸らしたか。広がる爆炎や煙の向こう側で、彼女の小さな身体が後退して距離を取る。頭も手足も五体無事で、血反吐を散らすようなことも、戦闘不能や降伏を表す所作も見られない。

 咄嗟に、両手に纏わせていた魔法が間に合ったのか。それ以上の備えが他にあったのか。どちらにしろ、彼女は健在で、――どころか。


 返しで、ネネは爆炎の向こうより、青白い閃光を撃って来た。


「この、程度っ!」


 数閃を、右手を振るい迸る電撃で弾き逸らす。


 虚を突いたつもり、……でもないだろう。単純な牽制だ。

 読み通り、ネネは重ねて数度の攻撃を続けた後、更に大きく引き下がった。




 それも距離を取る、以上に。

 彼女はこの広間から外へと、背後の仕切りを砕き割りながら飛び出した。


 完全に、この戦況から離脱するつもりだ。




「っ、待ちなさいっ!」


 後退するネネを追って、大きく踏み出す。


 だけど二歩目を、僅かに躊躇った。




 ここは鬼狩りの拠点で、ネネが隠れ蓑にしていた場所でもある。果たしていつから滞在していたのか、計り知れないところだけれど。

 恐らくここはもう、彼女の領域といっても過言ではない。あらゆる準備が施された、ネネ・クラーナの魔法要塞、と。


 当然その中には、狙いである『転移封じの結界式』も含まれている筈で、ソレを無力化する為に攻め入ったのだけれど。

 それ故に、とてつもない防衛や迎撃の用意がされていて然るべきで。なによりあの子は、距離を詰めたくない相手でもある。


 踏み渋るのは、追い縋ることは得策じゃないって、そういうことなんだけど。

 言っても、ここで引く選択肢なんて、尚更ない訳だから――。


「逃がさないよ!」


 迷いを振り切り、あたしもこの身を、屋敷の奥へと飛び込ませた。




 その間際。

 最後に、戦況を見送る。


 こちらへ背を向けたアリョウは、向こうの氷樹へ注力して、一見隙だらけだけれど。

 置き土産に一発咬まそうとして、――やっぱりやめた。もうこの場所は、チユキの冷気で塗り替えられている。余計な手出しはノイズになりかねない。


 なにより、そういう約束だから。

 これでネネを取り逃してしまったら、それこそ、合わせる顔がなくなってしまう。




 なーんて。

 全部が上手くいったところで、もう一度顔を合わせる機会なんて、あるのかどうかって話なんだけど。


 ま、それも後になってみないと、か。




「……しっかりやりなさいよね」


 こぼしたそれは、強迫だった。


 残るチユキとクソ騎士と、――それから、あたしへの。




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