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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【57】「雪女 涼山千雪」

 


「おう。久し振り、千雪」


 あの夜の後に。

 隠れ家へ訪れた彼は、私へそう声を掛けた。


 千雪、って、そう呼んで。


「あ……」


 こ綺麗な黒シャツとジーパンで、髪も肌も当たり前の人間みたいに整えられてて、きっといいものも食べさせて貰えて、健康そのもので。

 気さくな笑顔も、久し振りなんて挨拶も、年頃の明るい男の子にしか、見えない。


 再会、だけれど、コレは……。


「驚いたか? 急な引っ越しで、俺も千雪に続いて都会デビューってな。まーだらしのねぇ姉貴と共同生活ってのが、ちょっとアレなんだが」


「……あー、うん、そっか。久し振り、だね」


「なんだなんだ? 久々で緊張してんのか? それとも今忙しかったりで、都合悪いか?」


「どちらかというと、前者かな。いつ振りだっけ?」


「そりゃあお前、いつ振りって、……いつ振りだ?」


 彼は怪訝そうに首を傾げる。

 当然だ。そういう風になっているんだから。


「ほら、思い出せないでしょ。結構久し振りなんだから、ビックリしてもおかしくないよ」


「そう言われると、……そう、だな」


 言って、眉を寄せながらも歯を見せて笑う。

 本当にそう思ったのか、それとも話を合わせてくれたのか。……どちらにしろ、気になって掘り下げたっていい事柄なのに。


 疑念を呑み込んで、私に意見を寄り添わせる応対は、――とても、彼らしくはなかった。




 そんな調整をするって、聞いてはいたけれど。

 私は変わり果てた彼に、思っていた以上にショックを受けてしまった。


「……うん。ほんと、久し振り、だよね」


 彼と過ごした時間なんて、実際はほんの、一カ月くらいの話なのに。

 何処へも行けずにただ洞窟の中で、映画を観たり服を着せたり話を聞かせたりって、おままごとみたいなことをしていただけなのに。




「ンでオレが、こんなクソなラブロマンスを観なきャいけねェんだよ! あァ、チビ雪ィ!」


「ヒラヒラした布切れの次は、キッツキツのパツパツじャねェか! どうしてこう面倒な服しか持ッて来やがらねェんだ! オシャレは我慢だァ? ざッけンな!!!」


「店選びィ? 気遣いィ? やッてられッかよォ! こんなクソの役にも立たねェモンを教え込むンじャあねェよ!!!」




 罵詈雑言。

 言い合って言い合って、時々怪我するくらいに、ぶつかり合ってばかりの日々だったけれど。


 それでも毎日通っていたし、なんだかんだ、毎日付き合ってくれて。

 文句を言いながらも、無駄だって怒鳴りながらも、少しずつ覚えてくれて。


 だけど、そんな彼はもう、上書きされて消えてしまって……。




「――まったく」


 だから、これはその踏ん切りだった。


「都会幻想で調子に乗り過ぎないでよ、ゆーくん!」


 ゆーくん。

 彼は裕馬だから、ゆーくん。




「……ゆーくんって、なんか、こそばゆいな。昔からそんなだっけか?」


「そうだよ。貴方はゆーくん。そういう、なんだかんだ忘れちゃって覚えてくれてない薄情さ、まさしくゆーくんだよっ。ほんと、サイテー」


「うぐ、言い返せねぇ。……実際友達のこととかも、あんま覚えてねぇし」


「友達なんて覚えてられる程居なかったから、そこは正常かもね」


「マジかよ泣けるぞ」


「ま、だからよかったんじゃない? お姉さんも居て、――私も居てさ」


 そう、笑いかけた私へ。

 ゆーくんは、真正面から頷き言った。


「そうだな。改めてよろしく頼むよ、千雪」


 そうして私は、彼に続いて、ゆーくんとも関わるようになった。




 最初の方は、案外引きずっちゃって、ちょっとぎこちないかなって感じだったけど。

 でも、隠れ家での日々は、それからも目まぐるしくて。


 彼と出会う前も、彼がゆーくんになってからも。

 本当に、あっという間の数年だった。




 気付いたら、一足先にゆーくんが中学校に上がって、私も中学生になって。

 かと思ったら、ゆーくんが事件を起こしちゃって。……結局妖怪のことも、私のことも知って。


 その頃くらいから、隠れ家で真白が働き始めて。

 明るいながらも影のある油断のならない後輩は、だけど楽しんでるみたいだから、遠ざけたりが出来なくって。


 乙女ちゃん――乙女さんとの関係も続いた。

 色々作戦や悪巧みで顔を合わせる機会が多いから、今度こそ上手い事使われないようにって、気を抜かないようにしながらも意気投合しちゃって。幾つもの困難を乗り越えていくうちに、なんだかんだ、また気を許しちゃったりもして。


 七尾さんは、すぐにどこかへ飛んで行っちゃうから、一緒の時間を過ごしたって感じは薄いんだけど。

 それでも最初に拾ってくれた恩は、いつまでも抱き続けてる。




 そんな感じで、問題も沢山あったし、悲しいことも少なくはなかったけれど、それ以上に笑ったり楽しんだりがあって。

 なんだかんだ、いい感じの毎日が続いて。


 そこに新たに、サリュちゃんも加わって。

 ゆーくんに、いい感じの相手が出来ちゃって。




「なんだか考え深いなー。ゆーくんが高校に上がって髪を赤くしたと思ったら、今度は結婚だもんね」


「結婚式には招待してよ」


「だめだよ。念願の巨乳美少女らしいじゃん。しっかり捕まえとかないと」




 それは全部、本心からの言葉だった。ちょっぴり寂しい気持ちはあったけれど、やっぱり嬉しいって気持ちの方が大きい。

 閉じ込められていた彼が、まったく別の人生を歩んでいく。当たり前とは少しズレていながら、それでも、幸福と呼ばれる人たちの輪に含まれていく。

 かつての、彼をなんとかしたかった私にとっても、ゆーくんの友人としての私にとっても、本当に素敵なことで。


 二人はこれから、どうなっていくんだろう。

 そんな親心というか、友達心みたいな感情と、それから勿論楽しんでやろうっていう、野次馬的な面白みも含めて。出来ることなら近くでずっと、見ていられたらな、なんて。




 全部これからだ、なんて。


 そんな風に、思ってたのに……。




 ◇     ◇     ◇




「――――」


 不意に、冷たさが、私を現実へと引き戻す。

 まぶたの後ろで通り過ぎていった、刹那の走馬灯に蓋をする。




 開けた視界に映ったのは――。


「――スズ、ヤマ」


 まず、剣を構えたままに、肩越しにこちらを窺い目を見開くヴァンさんが。

 消え入りそうな声で、私を呼んだ。




 それから、向こう側に。

 さっきまでより距離を開いて、――知らぬ間に歩みを止め、どころか大きく後退した、鬼将が。


 その奥にも変わらず、桃色髪の魔法使いと、リリーシャが見合ったままで。……それでも二人とも、私を向いて固まっている。


 もう一人、背後にも。

 第一皇子の熱を、先程までと変わらないそのままの位置にあることを、感知する。




「――――ふ、っ」


 吐息を、こぼす。

 思考を巡らせる。


 対象は二者のみ。

 いいえ。それよりは、対象外が三者と定めた方が早い。後は皇子を凍えさせてはいけないから、私より後ろの側面は、対象外に含めた方がいいだろう。




 それ以外は、この空間の全部を。

 閉じてしまって、構わない。




「前面の領域を、凍結、へ」


 呟き、右手を上げようとして、――ピシリと、乾いた音が耳を叩いた。

 続けて一歩を踏み出そうとして、――ガキンと、鈍い抵抗感を覚えた。

 その違和感を確かめようと、視線を下ろそうとして、……ああ、首を動かすことも危ういと、動作を中断する。




 察する。


 動くことは出来ない。下手に力を込めればそれだけで、たちまち砕けて、取り返しが付かないことになる。……この身体は、今、そういう状態にある。

 手足の感覚があまりに薄過ぎるからこそ、違和感以外になにも覚えられないからこそ、余計に不味い状況にあるのだと理解が及んだ。




 冷静に、――否、熱くなることが不可能。

 だから冷淡聡明に、思い至る。


 単純な話だ。

 動けないなら、動かなければいい。




「固、定」


 途端に、バキバキと空間を割り砕き。

 私は足下から()()()()()を生み出し、自身の背面をその幹へと同化させた。


 床を貫き地面を抉り、凍えた根を張り、完全な固定を。

 それから幹より幾重もの枝を発生させて、左右へ帯状に広げ、私を起点に前後を分かつ。




 張り巡らされた格子は部屋を二分し、皇子を別の領域へと匿った。

 周囲の熱源は、二十、三十あるけれど、ここへ踏み込んでくる動きはない。屋敷を取り囲む雑兵たちは、恐らく完全な無干渉を命令されている。

 重ねて鴉魎さんやあの魔法使いの言葉を信じるなら、皇子への攻撃はない筈。


 これで一人は除外した。

 後はヴァンさんと、リリーシャさえ対象から外して――。




「――ヅ、っ」


 直後、頭の奥でなにかが破裂するような音。

 いいえ、それは多分、手足と同じ、ひび割れ欠けてしまった音。


 外だけじゃない。

 内側も、持ち堪えることが困難な。




 それは、他者から見ても明らかに。

 霞む視界の向こうで、鬼将が、私へ突き付ける。


「暫し迷いましたが、やはり危険を冒して踏み入り斬るまでもなかったようで。ソレは今の貴女には、過ぎたモノですよ」


「……ツ、ヅ……ザ」


「或いは、接近に賭けたのか。どちらにしろ、それでは自壊してしまいますよ、涼山千雪」


「…………ダ、か、ラ?」


 だから、やめろって?


 それこそ、冗談じゃない。




 今一度、右手を持ち上げる。

 もはや筋肉や神経を通した可動ではなく、意識することで、ゆらりと引っ張り上げる。


 途中、やっぱり駄目で、ゴトリと肘から上を、丸ごと落としてしまうけれど、――すぐに作り直して、半透明な蒼色の手のひらが、ようやく視界に映り込んだ。

 下手くそだから、親指が凄く長くなったり、薬指が関節一つのところで止まっちゃったり。だって手のひら程度に集中したら、崩れていく他の大事なところを、疎かにしてしまうから。


「――――」


 なによりも、命を繋いで、次にこの力で、鬼将らを。

 その為にも、この力の、制御を――。




 この命を、賭けて――。




「――――――――あ」




 でも、その間際に、不覚にも。


 ……いいえ、当然、にも。

 冷たい私が、自答した。




 こうまで身を削る必要は、あるの?

 命までもを賭ける意味は、あるの?




 と。


「――――あ、」




 あの頃の彼はもう居ない。


 思い出してくれて嬉しいけれど、それだけだ。元の彼に戻った訳じゃない。

 彼はもう、色んな人たちと出会って、沢山の困難とぶつかってきた、成長したゆーくんだ。


 片桐の鬼は、もう居ない。




 それにゆーくんには、サリュちゃんも居る。

 恋愛未満のままに終わってしまった私には、もう、彼をどうこうしようという気がない。彼とどうにかなりたいって熱も、薄れてしまっている。

 彼にだって、ゆーくんにだって、私とどうこうなんて、きっと欠片も……。




 これ以上、彼に加担しても。

 私が得られるものは……。


 だから、命を賭けてまで、彼の為に戦う意味は――。




「っ、あ――……」


 沢山の辛いことがあって、沢山の人たちを、見送って来た。彼やゆーくんの事件以外にも、多くの困難が立ちはだかって、何度だって打ちのめされてきた。

 力の及ばない私は、そうやって、幾つもの事をこぼしてきた。


 それでも笑って来られた。楽しい日々に戻ることが出来た。

 だから今回だって、そうすればいい。


 仕方がないことなんだって、涙をこぼして、また立ち上がればいい。


 それで、……それで。




 それで?


 いいえ。

 そんなの、は。




「――ヅ、ツツツ!!!」


 意識を引き戻す。


 そんなのは違う。

 私はこれまでだって、一度たりとも、こぼしてしまおうだなんて思ったことがない。私は全部拾いたいって、全力で臨んで届かなかっただけだ。


 尚更に、ここで手を緩めることなんて出来ない。




 それに、意味はある。必要がある。戦うに、決まっている。

 だって彼は、彼の隣に立つ彼女は、大切な仲間で。


 なによりも、――これは、私が始めたことだから。




 鬼と関わったのも自分の意志で、あの日の夜にも島に居合わせて、それからゆーくんが百鬼夜行に入って、本土へ来た後だってそう。

 私は自分で、彼へと積極的に関わっていった。


 全てが、仕方がないことでも。外部からの強制力があっても。

 最後には、私がそうすると決めたんだ。自分で選んだ道なんだ。




 私は、私の選んだ道の先に居る。

 それだけは絶対だ。




 誰かの為とか、優しさとか、正義感とか、利己的な尺度とか、組織に属する義務とか、あわよくばとか、なし崩しとか、全部ひっくるめて。

 私は、『彼ら彼女ら』と一緒に歩いて、ここに至ったんだ。


 その道半ば、この局面で。

 一人勝手に降りてしまうだなんて、そんなことは出来ない。そんなのは許せない。




 これも、私の選択だ。

 私は私の意地を通す。私は折れない、降りることはしない。


 それが私、――涼山千雪の戦う理由だ。




 だから、応えろ!

 私のモノに、なれ!!!




「あああああああああああああああああああァ!!!」


 喉を晒して、歯を剥き叫ぶ。

 胸元にヒビが入る。喉が大きく剥がれ、欠ける。その振動に、頭の中までガリガリと削られていく。――だけど構わない。


 この身体がもう、手遅れな程に、()()()()()()()()()()()なら。




 それをこの私が、――雪女の妖怪が、なんとか出来ない筈がないんだから!




「あああああああああああああ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 大き過ぎる力が、自壊を誘発して死に至らしめる。


 だったらその大きな力を以て、その自壊の先を掴み取れ!!!




 心底、辟易していた。


 なにが成功例だ。なにが期待だ、才能だ。

 散々振り回しておきながら、有事にはなんの役にも立たない、ただのお飾り。なんの希望にも成り得ない、約束された将来なんて口だけの理想。


 そんなものでは、ナニにもなりはしない。




 だから、なるように!

 私はこの先より、たった今、この瞬間へと!




「私に、従え!!!」


 ソレを、引き摺り下ろして。

 ソレの中へと、私も潜り込んで。


 投身し、溺れ藻掻いた、その先で。

 この身体へ、この意志へ、――決死の先で、握り、繋ぎ止めた。




 私の、未来を。




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