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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【56】「凍えた道行き」

 


 妖怪、雪女。

 それに良い印象を持つ人は、あまり多くはないだろう。




 雪山へ訪れた男を凍死させる。その精気を吸い取り、死に至らしめる。或いは雪山から人里に降りてきて、夫婦の契りを交わせば最後、連れ去られてしまうなど。

 多くは好まれる部分のない、悪的な側面の強い妖怪。不服ながら『男を殺す妖怪だ』なんて、そんな印象があっても納得だ。


 他には、異類婚姻譚――人と人ではないものが結ばれる話などでは、そのほとんどが悲恋に終わるというイメージもあるだろうか。熱や火に炙られ失くなってしまったり、春までは生きられないと溶け落ちてしまったり。

 そっちだって、なんとも物悲しい結末が勢揃い。人殺しの敵だ悪だと石を投げられなくとも、今度は涙を誘い憐れみの感情を持たれる。


 けれど、火のない所に煙は立たない。

 古くの同族たちが男の命を奪っていたのは事実であり、後述した体質の弱点により消え去ってしまうことも、少なくはない死因だ。




 私たち雪女とは、そういうモノで。

 そもそも妖怪とは、そういう負の方向に位置する存在だ。




 そんな妖怪の血を継ぎ、この世に生まれ落ちた私も。

 例外はなく、それらの負やしがらみに、雁字搦めにされながら生きてきた。




「ぱーてぃー、行っちゃいけないの?」


 それは幼い日の、夢見がちな頃の私が、お母さんへと投げかけた疑問。

 四歳五歳それくらいの時に、仲の良かった友達の家で開かれたクリスマスパーティー。大人数ではなく、仲良しグループ六人くらいで集まって夜遊びしようって、そんな催しだった。


 勿論、参加なんて許されない。

 当時通っていた園には関係者の目があったし、帰宅後に遊びに行くことは、お母さんの動向がなければ禁止されていた。


 ごくごく当たり前の話。

 年端もいかない妖怪の子が、なんの気もなしに普通の人たちと居ることは、危険が過ぎている。正体の露見は当然に、向こうに危害を加えないとも限らないのだから。


「なんで、行っちゃいけないの?」


 だからどれだけお利口にしていても、危なげない性格をしていても、関係なく。

 常識外とは無関係な人たちが集まる場所に、おいそれと行くことなんて、出来る筈がなかった。




 大人になってからね、なんて、そんな、お酒や煙草を窘めるような常套句を。

 私は、みんなが当たり前に楽しんでいることにさえ、言われ続け、遠ざけられてきた。




 だけど多分、他の妖怪の子どもたちよりは、マシだったと思う。……なんて、何度も泣きじゃくって傷付いてきた自分に言うのは、とても自虐的で悲しい話だけれど。

 でも客観的に見れば、やっぱり私は、まだ恵まれていた。


 関係者が経営の根幹にはいても、極々普通の園で幼少期を過ごすことが許されたし。しっかり知識を付けて自制も出来ていたから、一般の小学校への入学も出来た。五年生六年生くらいの頃には、大手を振って友達と遠出することもあったくらい。


 それらは全部、私が妖怪の血を持つ故の生き辛さでありながら。

 重ねて、人間の血を持っていたからこそ、許された生き方でもあった。




 半妖。人間と妖怪が交わり生まれた、両方の血を持つ混血。

 ゆーくんや乙女さんら鬼と同じで、雪女も、そもそもの起源を人間に持つ妖怪だ。


 私たちも幾つか説があって、――例えば、ただ雪の降る山に暮らしていた女性が、気付けばその力を身に宿していたとか。それが個人ではなく、村単位で起こり複数人が雪女となったとか。雪男の例がないのは、女性特有の身体の構造に起因するのでは、とか。

 有力な説は絞られてきているけれど、結局はそれも断言は出来ない。ともあれ私たちの始祖は、ひょんなことから人間の枠を超えてしまったって、そういう話。


 それで代々受け継がれて、今の私になった。

 人間と妖怪の両方を持った、私という半妖が生まれた。

 雪女の半妖っていうことはつまり、実際は雪女女っていう感じなんだけど。


 そのお陰で、私には特徴的な耳や尻尾が生えることも、立派な角が目立つこともなく、ちょっと色白なくらいの――普通の人と、なんら変わらない見た目だった。

 だから生き辛くはあったけれど、人の輪に加わることは出来ていた。




 加えて、これまた運がいいのか悪いのか。


 私は歴代の多種多様な半妖の中でも、飛び抜けて妖怪の才を宿した、――いわゆる、半妖の成功例と呼ばれる子どもだった。


「千の雪を操る程に。……なあんて、ゆきちゃんならいつか、万や億を操っちゃうのかな? 名前負けしちゃうね」


 そんな、ちょっと抜けてるお母さんがくれた名前。

 千雪。そこにも私への、計り知れない期待が込められている。


 とはいえ、じゃあ順風満帆に、とはいかないのが世知辛い世の常で。

 常識の中では前述の通りに、私たち常識外の範疇であっても、都合のいいことばかりではなかった。




 突然に優秀な私が生まれても、涼山家は広く知れた名家ではない。どちらかといえば落ち目な、片田舎でひっそりと隠れ繋がれてきた一族にすぎなかった。

 それに、あくまで半妖という尺度での成功。人間社会との共存に重きを置かれる時代だからこそ、それなりの価値が見出されているだけで、力そのものには限界がある。


 調べれば、純正の雪女の力は凄まじく、それこそ話に出てくる雪山などは、個人が力によって豪雪を引き起こしたという。

 天候を操り、外部との連絡手段を遮断し、閉じられた白銀の世界にて男を喰らう。

 過去の記録によれば、今でいう特級に等しい力を持つ個体も、少なくはないみたいで。


 どうやら私の雪女の力は、そのレベルに匹敵する程の才を秘めているらしいけれど。

 その全盛期は、二十歳を過ぎて中頃からだと、推定されていた。


「……遠い、なぁ」


 幼いながらも、そんなことを呟いていた。




 いつかは花開く蕾も、綺麗に咲くまでは滅多に目を向けては貰えない。


 五歳くらいまでは親類から蝶よ花よと愛でられて、なんだか仰々しい人たちがよく家に来て。家を改築したり、山の麓から大人しい町中に引っ越したり。全部私のお陰だって、沢山の人たちが笑顔で歯を見せていた。


 だけど、小学生に上がる頃には、次第に期待も薄れてしまって。

 お父さんも、あったら儲けものだくらいに思うようになって。


 お母さんは、変わらずちょっと抜けてたから、ずっとニコニコ愛してくれていたけど――。




「ゆきちゃんの好きに生きればいいよ。家や血筋に縛られることなんて、ないんだから」




 笑顔のままにこぼされたその言葉は、心の底から私を気遣ってくれた、優しい温かなものに違いないのだけれど。

 この血がこの心が、家族として築いてきた絆が、それが紛れもない愛情からの贈り物だって、分かっているのだけれど。




 それでも、私には。


 ――もういいよって、言われちゃったみたいで。




「……うん。ありがと、お母さん」


 別に、お母さんの気遣いも、離れていく周囲にも、嫌悪感を抱いたことはない。それは仕方のないことだって納得出来ていたから、嫌だなんて思ったことはない。


 ただ、期待されていただけに、寂しさが纏わりつく。

 嫌というなら、どう手を尽くしても待つことしか出来ない自分が嫌で、落胆していた。




 特別ではない日々も、少しだけ制限された生活も、なにも悪いことのない、素敵なことばかりだったのに。

 一抹の不安と焦りが、満たされることを許してくれなかった。




 ◇     ◇     ◇




 そんな中で、私を拾い上げてくれたのが。


 百鬼夜行の九尾の狐、七尾さんと、――それから鬼狩りの人たちだった。




「アンタ、凄いモン持ってるじゃないサ。どうサね? アタシの下に来るってのは?」




 後にも続く一族への忖度や、今代においても多額の援助を。

 扱い切れずに燻っていた私を、親類らは喜んで七尾さんへ差し出した。……そういう言い方をすると酷い話みたいだけど、少なくとも母は寂しく思いながらも、あるべき場所へ向かう私を祝福してくれていたように思う。


 そうして私は、百鬼夜行の一員となった。


「未来への投資。いわば手付金サね」


 金銭を用いて、果たして綺麗な形ではないのだろうけれど。

 それでも私に期待だけでなく、明確な価値を見出してくれたのは、七尾さんだけだった。




 それに、私に居場所と、役に立てるところもくれた。


「丁度、拠点の一つにしてる喫茶店の従業員も足りなくてねぇ。気長に待っててあげるからサ、そこで働いて頂戴」


 家族や、私自身の生活の保障、その見返りの労働。そんな風に提案してくれたけれど、そんなの、どう考えたって釣り合わなくて。

 でも結局は、言葉通りに投資だったんだろう。今でさえ私は、裏方ながらも充分な戦力として百鬼夜行に貢献している。これが更に力を付けたなら、遜色のない戦闘員として、最前線でも活躍出来るようになる筈だ。


 七尾さんの目論見通りになって、それで、全部返せる。

 隠れ家での日々も、当たり前に享受出来る生活も、知り合い結んだみんなとの繋がりも、私にくれた全部のお礼が出来る。


 ……まあ正直、常日頃の雑務やフォローで、かなり返せているつもりだけど。




 そして、もう一つ。

 鬼狩りは、私という存在に価値を見出した。


 自分たちの課題への一つのアプローチとして、――半妖と半妖の配合へ、成功例である個体を用いる。

 そんな、実験動物のモルモットみたいな扱いを、提案してきた。




 曰く。

 鬼の血を持つ半妖が他の半妖と交わっても、生まれるのは、鬼と人間の血を持つ半妖だという。

 それは妖怪と妖怪の契りであっても同じ。ハイブリッドの混血妖怪などという特異な生まれは大凡有り得ず、色濃い血が宿主を染め上げる。

 殊更、鬼という種は血が強く、並の掛け合わせでは一方的に喰い尽くされる。人間との混血ですら、喰うか拒絶されるか。理想的な塩梅に至ることは困難とされていて……。


 それで私に声がかかった。

 母体が半妖に適した妖怪の血を持ち、あまつさえ、稀にみる成功例であるなら、――生まれ落ちる子もまた、完成された半妖となる可能性が高いのではないか、と。




 雑で安直。それ故に、否定することも難しい。

 だけど狙いの良し悪しはさておき、十歳そこらの子どもに子を産めと提案するのは、とても正気の沙汰とは思えなかった。幼いながら、悍ましさすら覚えた。

 勿論、今すぐになんて話ではない。心も身体も準備が出来た後に、来たるべき時に協力して欲しいというもの。ある意味では七尾さんと同じ、未来への投資という訳だけれど。


「嫌なら断りな。それとも、アンタも意味がある取り組みだって思うなら、止めはしないサね。報酬諸々込みで、悪い条件でもないサ」


 苦笑交じりながら、七尾さんは言った。


 今時には珍しいけれど、これまた古くはよくあった話。

 いわゆる許嫁のようなモノで、それが結婚まではなしに、子どもだけ産んでくれということ。




 もっとも、女としてでも人としてでも、嫌悪や拒絶は当然の反応。有り得ないし、自分が自ら関わって身体を差し出すなんて、そんなの御免に決まっている。


 そう思うなら、この話はなかったことで構わない。

 この件に関しては、私の意志を尊重してくれる、と。


「好きにするサね」


 七尾さんは、そう言ってくれた。




 私は、そうまで言ってくれていた、その件を。


「引き受けます。鬼狩りに恩、売って下さい」


 承諾し、鬼狩りと関わることを良しとした。




 それは当然、裏の目的を加味した上で、だ。

 彼らの提案を呑むことで鬼狩りの拠点へ入り込めば、いざという時に役に立てる。


 私たち妖怪組織の百鬼夜行には、対妖怪組織である鬼狩りの動向は是が非でも把握しておかなければならない。向こうが私の成長を待ってくれるというならその分、早いうちから取り入ることで、長く状況を確認することも出来る。


 いわばスパイとしての活躍が、見込めるってこと。

 そういう側面があるからこそ、七尾さんもその話を、最初から否定はしなかったんだろうし。


「いいのかい?」


「はい。やらせてください」


 返せるものがあるなら、返せる時に。

 なにより私はもう、七尾さんに雇われた身で、百鬼夜行の一員なのだから。


 この身で自分たちの有利を築くことが出来るなら、喜んで挑戦したい。




 それに――。


「見過ごしたく、ないです」


 その実験には、私の相手が必要となる。

 そんな心無い実験の対象となっている半妖が、もう一人、向こうの組織に存在している。


 私にはそれが、どうにも引っかかってしまったから。


「やりたいように、やってみせます」


 そんな風に意気込んで、彼らの島へと訪れた。






「初めまして、私は涼山千雪。雪女と人間の混血で、――貴方の子どもを作りに来ました」


 そんな宣言まで、堂々と言い放って。


「混血の成功である私が居るんだから、不可能じゃないよ。貴方も成功じゃなくたって、失敗なんて言わせないくらいに矯正する、してみせる」


 そんな希望を、暗闇の奥で独り言ちて。


「――それなら全員が得をして、未来へも繋がる。最高じゃない?」


 鬼狩りのいいようにはさせない、私の好きにするんだって。


 息を巻いて、飛び込んでおきながら……。




 結局、上手い事出来ずに、鬼の子とおままごとみたいなことを無邪気に楽しんで。

 内情を探ろうとその鬼の子の姉に近付けば、情に絆されて、逆に向こうに上手い事使われる羽目になっちゃって。

 あの日その場に居合わせながら、なにも出来ずに気絶して、目を覚ましたら全部が終わってて。




 無力で無知で、なにも及ばなかった私は、好き放題にされた挙句。

 彼も、彼ではなくなってしまった。




「――余計な茶々入れるんじャネェよチビ雪ィ!」


 それが私の知る、彼の最期の言葉。

 容赦なく右腕を振り切って、意識がぶっ飛ぶ威力で叩き飛ばして、――ただの鬼に成れ果ててしまった、その姿が。




 私にとっての、片桐の鬼の最期だった。




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