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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【54】「最低で最高な」

 


 鬼へ、落ちていく。

 繰り出される刃へ拳を叩き、幾度となく刻まれても即座に傷口を塞ぎ、転がり伏せても折れることは許さず、立ち上がり牙を剥く。


 常人では追い縋れない。ただの人では、生きてはいられない。

 だから深みへ、後戻りの出来ない場所へと、深く沈み落ちていく。


 それ故に、なのか。

 その、さなかに。




 またしても脳裏を過ぎるソレは、――過去。

 片桐の鬼であった、俺の記憶。


 ユウマが来るよりも、少し前。洞窟の最奥に閉じ込められていた、あの頃。

 時折、魁島鍛治だけが訪れて、それ以外の見張りの鬼狩りたちは全員、入口で立ち呆けていただけの、……それだけの日々の中で。




 そんな中で、もう一人だけ。

 運命のあの日へ繋がる、一つのきっかけとなったともいえる、アイツが。


 千雪が――チビ雪が、俺のところへ訪れた。




 ◇     ◇     ◇




 いつだったか。


 色濃い岩肌に塞がれ、それ以外にはなにもない。松明を除く光源すらないこの場所では、時間の感覚なんて不明瞭だ。火を取り換えるヤツが来たってタイミングはバラバラで、なんならずっと暗いままにされていたこともあって、法則性なんて有りはしない。

 だからその時がいつだったかなんて、分かる筈もなくて。




 なんの脈絡もなく、唐突に。

 ソイツは、俺の前へと現れた。




 聞き覚えのない軽快な足音と、奇妙な気配。

 人間ではない。鬼狩りと同じ混ざりモノのような雰囲気を発露させながら、……だが、人間の臭いしかしない。鬼でもなければ異なる臭いも混ざらない、人間のモノだ。


 おまけにソイツが近付いてくるにつれて、肌にヒヤリと冷たい空気がまとわりつくようになって。




 その理由は、後に明白に。

 現れたのは、純白の着物を身に纏った、淡い蒼髪の少女で――。


 なんだ、と、尋ねるより前に。

 先んじて、彼女は自身の正体を明かした。




「初めまして、私は涼山千雪。雪女と人間の混血で、――貴方の子どもを作りに来ました」




「……あァ?」


 理解不能。

 耳を疑う――が、声は静かながらも、はっきりとこの耳へ届いてしまっていた。


 涼山千雪。

 雪女の混血。


 そして、――子ども、だァ?


「オイ、チビ。なに言ってんだ?」


「ま。いきなりチビだなんて、失礼しちゃう。それに、なに言ってるのかなんて、言ったままに決まってるでしょ」


「あァ? ……ンだよ、そういう実験ッて話かァ?」


「……続けてそんな言い方、ちょっと酷過ぎない? いえ、別に間違ってないけど、そういう要素も納得した上で来てるんだけど、それでもさぁ」


 初っ端の印象は、互いに悪い。不機嫌に眉を寄せられ、俺もまた意味が分からないと首を傾げる。

 なんの悪い冗談だって、到底正気ではない、有り得る筈のない案件だったが。


 彼女は続けた。


「もう、せっかく色々と呑み込んで気分上げていこうと思ってたのにさ。貴方、デリカシーがなさ過ぎる」


「デリカ、――ハッ。ンなモン、俺に求めンのが間違ッてるだロ」


「そんなの言われなくたって分かってたし、期待してなかったけどさ、それでもだよ。……でも仕方ないよね。なにせ十数年ずっと、ここに閉じ込められてたんでしょ? 正直、意思疎通が出来るかも怪しいって考えだったし」


「生憎と、言葉を習ッたことはねェんだがなァ。余程、イイ餌を喰わされてきたッてコトだ」


 鬼は喰った肉から、知識や経験を獲得することが出来るらしい。

 まぁそれが真実なのか、迷信なのか。どちらにしろ、なんらかの方法で『その知識』すら与えられている。大凡外れてはいないってところなんだろう。

 実際に、こうして俺は訪れたコイツや、魁島鍛治らの言葉を理解している。


 まぁ、いい餌などと言ったが、それこそ冗談だ。

 生きた肉など一度もない、クソ不味いモノしか与えられてねぇよ。


「それで、子どもッてかァ? 正気かァ?」


「正気じゃないように見える?」


「普通じャ考えられねェコトを普通そうに言いやがるから、ソレを疑ッてンだろうが」


「うーん。確かに、普通ではないよね」

 

 だけど、こちら側では少なくない。

 むしろよくあることだと、彼女はそう言って苦く笑った。


「大体、外に出たこともない知識だけの貴方に、普通とか言われてもねぇ」


「ハッ。確かになァ」


「まあでも、血の繁栄とか家の繋がりとか、そういうので結婚や出産が決まっちゃうのって、妖怪関連では珍しくないんじゃないかな? 私も子どもを産めとは言われてるけど、結婚しろとまでは言われてなかったりするし」


「……知るかよ」


「ちなみに私は、そういう望まない契りには反対派。愛のない行為は気乗りしないし、子どもまで作って無責任に放り出すのは、なんか嫌じゃない。その子が貴方の言う実験って方向で利用されるのも、我慢ならないしさ」


「……知らねェよ」


「手っ取り早く済ませたいなら、貴方を氷漬けにして手も足も出ないようにして、馬乗りになってヤっちまえとかも言われてるけど。……そういのも好きじゃないしね」


「……ハッ、ハハ」


 氷漬けとは、雪女様様ってか。

 まさかそんな、強姦紛いの手段で搾り取られる想定がされていたなんて。我がことながら、笑える話だ。


 まあ、自分の立場を考えれば、当然といえば当然。

 失敗作だが、その血を残す為に種だけは欲しいって算段か。どこまでもクソな連中だ。




 しかし、このチビは。

 涼山千雪は、ふざけたことを宣言しやがった。


「ま、そんな感じだから、――私、貴方を理想の旦那さんにするの」




「――――」


「そのデリカシーのなさも、納得出来ないこの状況も、全部全部改善して、――私と幸せな家庭を築いて貰う。いい案でしょ?」


「――――――――」


「なんて、貴方の危険性も知っているから現実問題、ここを出たり島の外へ連れ出したりっていうのは難しんだろうけど。でも逆に、ここに色々と持ってくることは出来そうじゃない? 家具とか必要な物を持ち込んで、居心地良くしていくの」


「――――――――ハ」


 絶句だった。

 やはりコイツは正気ではないと、そう思わざるを得ない。


 俺との子どもなんて馬鹿げた話を、家や諸々込みにしたって、承諾して。

 それだけでも相当なモンだってのに。


 理想の旦那さん? 幸せな家庭?

 どう考えたって、おかしいだろ。


「イカれてやがる」


「そう? 不可能じゃないと思うけど。いうなれば源氏物語の光源氏だっけ?、みたいな、理想に育て上げる計画」


「ナニを相手に求めてンのか、分かッて言ッてンのか?」


「私と同じ、半妖でしょう?」


 彼女は、言った。




「混血の成功である私が居るんだから、不可能じゃないよ。貴方も成功じゃなくたって、失敗なんて言わせないくらいに矯正する、してみせる。――それなら全員が得をして、未来へも繋がる。最高じゃない?」




 それは、ある種の宣戦布告か。

 最悪の俺へ対して、最高を提示してきやがった。


 俺の矯正はすなわち、鬼狩りにおいても大きな進展であり。

 俺個人の範疇であっては、当然、悪い話の筈がない、などと。




「……馬鹿げた話だ」


「そう? こうして話してる限りでは、改めて無理ではなさそうかなーって感触だけど」


「ハッ。だったらやってみろよ。めでたい頭で、精々やってみせろよ」


 油断と隙は死だ。

 気に障っても喰い殺す。


 ああ、なるほど。

 考えてみれば、俺にはなにも悪い話がない。


 上手く行けば今よりも快適に、女も手に入る。……今は幼いチビだが、それは俺だって同じだ。正直見た目も悪くねぇし、結婚なんて戯言が叶う年頃にも届けば、相当なモンになるだろう。

 そしてコイツがヘマをすれば、俺はコイツにありつける。もしくは利用することで、ここを抜け出す算段を付けることが出来るかもしれない。全てをブチ壊すきっかけに、成り得るかもしれない。


 だったら、拒む理由はねぇ。


「いいぜ、チビ雪。どうせ座ッてるだけで暇ダ。その悪巧み、付き合ッてやるよ」


「だーかーらー、チビとか言わないの! それに悪巧みじゃないってば!」


 なんて、軽い気持ちで承諾してやったんだが。




 それがまさか、とんでもない面倒だったとは。

 当時の俺は、思いもしていなかった。




 ◇     ◇     ◇




「ハッ」


 血飛沫の中、堪らず笑みをこぼす。

 今になって思い起こしても、散々だ。




 まさかその日の内に洞窟にパソコンを持ち込みやがって、恋愛映画をぶっ続けで五本、ファミリー映画を三本も流されるとは。

 しかもそのまま翌日翌々日は、小綺麗な衣装やらティーセットやらを用意されて、クソみてぇなシチュエーションの真似事をさせられて。


 初デートの心得? 理想的なエスコート? やめてくれよ、マジで。

 アレもダメ、コレもダメ。ああしなさい、こうしなさい。夫婦どころか母親と子どもみてぇな、正真正銘のままごと遊びだった。


 おまけに、下手に逆らえば雪女の力で動きを制され、牙を剥くなんてとてもじゃねぇ。

 トチ狂った妄言に付き合わされながら、ご機嫌取りまでさせられるハメになって。




「――あァ」


 だけど、悪くなかったんだよ。




 魁島に一方的な愚痴を聞かされるのも。

 チビ雪の馬鹿に嫌々付き合わされるのも。


 それしかなかった俺には、これ以上にない、最低で最高な時間だったんだよ。




「ゴォオオアアアア■■アア■■■アアアアアヅヅヅ■■ヅヅヅ■■■ヅ!!!!!」


 目前。

 魁島の右腕、握られていた刃までもが、鬼血に覆われ肥大化する。




 そうして、巨大な斬刃が力尽くに振り下ろされ。

 ――不意打ちに、俺の左肩から胸部へと直進して叩き込まれた。




「――ガ、ゴ!!?」


 バキバキと硬皮や骨を穿たれ、心臓の寸前、なんとか制止させる。


 ここにきて、甚大に強化された一斬。

 左半身の感覚が断ち切られ、もはや痛みすらも覚えることが出来ない深手。人間であったなら、十分致命傷に成り得る程に内側へ入り込まれた。




 だけど、それ故に。

 大振りで下ろされた魁島の身体は、前傾姿勢のままに秒間の動きを奪われる。


 俺は――。


「ア――ァアアッツ!!!」


 その僅かな攻撃の隙を、握り締め。

 右拳を突き出し、渾身を以て叩き返した。




 弾ける爆音と、散らされる衝撃波。

 一帯の木々が大きく折れ曲がり、拳の直進に通りを切り開く。その光景は、リリーシャやヴァンの光束が通り抜けるに等しい。


 遂に届いた一撃は、確かな感触を残留させて。

 その破壊力で半身を大きく削り、遠く弾き飛ばした。




 だが、感慨に浸る間もなく。


 この身へ大刀と右腕を残した魁島は、けれども落とされのたうち至った向こう側で、すぐさま身体を起き上がらせる。

 潰れた肉塊から紫電を散らして、人型へと作り直しながら、――より巨大に、より凶暴に変容する。


 残る一刀を携えてはいるが、ソレはやがて左腕に呑まれ、同化し、突き出す形となって。

 夜天を突く二角も、より高く、根強く聳え発露させる。


 その姿は、鬼狩りではなく。

 誰が見たって、コイツこそが、鬼だ。


「……まァ俺も、大差はねェんだろうけどなァ」




 それでも、尚。


 これ程までに追い込まれ、この身も鬼へと引きずり落とされていながらも。

 こうして思考が拭われることなく、ノイズ交じりの中で正気でも居られるのは。


 なにより、こんな。

 人間的な感情の尺度で、あの頃を振り返るなどと、そんなのは。




 そんなのは、――何故、なのか。




「ガァ■■■■■アアアアアア■■■■■アア■■アアアア■■■■ア!!!!!」


「――ッ」


 絶叫に、意識を引き戻される。


 今は、そこに捉われるな。

 自身の変化も、思い出される過去も、除けておけ。




 集中しろ、思考しろ。

 なにしろ相手は、――()()()()()()で。




 ()()()()()も、今。

 ここではない場所で、命を懸けて戦ってんだよ。




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