表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
17/263

第一章【17】「予期せぬ来訪者」



 この街『藤ヶ丘市』は、四つの市が合併した大都市だ。

 同じくそのまま東西南北四つと、中央含めた五つの地区分けがされている。


 図書館や隠れ家のある『南地区』は、田畑や森林のある比較的自然の多い場所だ。

 合併前は交通の便が整っておらず田舎と呼ばれていた程で、住民や家屋の数も少ない。

 その為、異なる姿を持った妖怪や転移者の大半が南地区に潜伏している。


 『北地区』は公共交通機関がもっとも発達し、硝子張りのビル群が並ぶ職業地区。

 『東地区』は進学校や学生寮が多く集まった学園都市になっている。

 『中央地区』はその通りに丁度中心に位置し、北地区に似通った職業地区で。

 そして、『西地区』だが。


「ここはいつ来ても賑やかだな」


 午後二十一時を過ぎた頃。

 高くそびえたビルの屋上に立ち、街並みを見下ろした。


 西地区の特徴は、今の時間帯が顕著だ。日が落ちて随分経つが、街道が明るすぎる。

 飲み屋や遊技場、喫茶店からカラオケまで勢揃いで、派手な電飾を点滅させている。光に囲まれ道を歩くのも、大人に学生に多種多様で大賑わいだ。

 流石は眠らない街や、若者の街といわれているだけのことはある。


「サリュ。夜の街の感想は?」


 昨夜は俺を助けに来てくれたが、図書館から真っ直ぐ向かったなら見ていないだろう。

 少なくとも遠目で確認したくらいで、こんなに近くへやって来るのは初めての筈だ。

 それとも、今は任務で頭がいっぱいだろうか。


 心配したが、杞憂だったらしい。

 サリュは街を見下ろして、瞳にいっぱいの光を溜め込んでいた。


「ビル、ホテル、車、バス。商店街、レストラン、ショップ、カラオケ、バー。サラリーマン、学生、スーツ、ジーパン、ミニスカ、ジャケット、ハイヒール」


 一つ一つ、確かめるように呟く。

 世界と結ばれたことで与えられた知識たち。それらを、目に映る景色へ当てはめているんだ。

 直に触れた、自分自身の経験として。


「どうだ?」

「問題なし。何度体験しても、本当に不思議な感覚だわ」


 サリュは、にこりと笑った。


「これが日本国なのね」

「いや、藤ヶ丘市だな。しかも西地区だけだ。日本はもっと広い」


 思わず訂正してしまう。

 と、後ろに控えていた千雪に怒られてしまった。


「だめだよ、ゆーくん。サリュちゃんは今感動してるんだから。空気壊さないの」


 しかし千雪の心配とは裏腹、サリュのテンションは爆上がりだ。


「そうなのよね! こーんな綺麗な街が、もっと沢山あるのよね! 凄いわユーマ! チユ!」


 たまらないといった様子で瞳を輝かせる。

 ほら見ろと千雪に言ってやると、なぜか肩を落とされてしまう。何故だ。


「相性が良いのやら悪いのやら。まあ上手くいってるならそれでいいんでしょうけど」


 そんな調子で、三人揃って夜の街に立つ。


 今晩の任務においては、このチームで行動するようにと割り振られた。

 勿論、姉貴が気を利かせてくれた采配だ。

 日本国に慣れていないサリュには、縁者をパートナーにすることが好ましく。同様にもう一人見知った相手を組み合わせるのがいいだろうと。


 アヴァロン国としては高い戦力を前線に配置したいようであったが、そもそも相手の所在が定まっていない任務。合わせて、何処で戦闘が発生しても、即座に駆け付けられる力を持っている。

 渋々といった様子ではあったが、姉貴の意見は通された。


 サリュを気遣うなら、確かにベストな組み合わせだろう。

 チームメイトが戦力になるかどうかは二の次にして、だが。




 さて、と。

 サリュがこちらへ向いて確認する。


「二人とも、本当にそんな格好で大丈夫なの? 特にチユが凄く動きづらそうだけど」


 言われて、俺たちは互いに装備を見合った。

 千雪は装備――というよりは着衣か。昼間と変わらず着物姿だが、色合いが白のものへと変わっている。

 より雪女らしい風貌。分厚く重そうで確かに動きにくいように思えるが、彼女らにとってはこれが正装だ。

 問題無く飛び回ってみせるだろう。


 対する俺は、黒のハーフジャケットに黒のハーフパンツ。靴まで黒一色で、どこかに潜入する特殊部隊の様相だ。

 見たまま防御力も低いが、身軽な方が自分には合っている。どの道戦闘になれば鬼血で硬化するのだから。

 だから結論を言えば。


「鬼だしな」

「雪女だから」

「んんん? なるほ、ど?」

「それを言うなら」


 かくいうサリュこそ、変わらず黒ワンピースにとんがり帽子の軽装なんだが。


 突っ込みたいところ、丁度胸ポケットの小型の無線機がガガガと音を発した。

 転移者でも使えるように簡易化された通信機だ。

 千雪も着物の袖から取り出し、サリュは「魔法の邪魔になる」と持っていないので、すぐさまこちらへ駆け寄った。


『こちらヴァン・レオンハート。なるほど古い通信機器だが、連絡を取り合うだけならこれくらいが機能的か』

『嫌味な奴だな君は。百鬼夜行はそちらのお国と違って、財が潤っていないんだよ』


 聞こえてくる声はあの男と姉貴だ。

 各自応答しろということで、ボタンを切り替え確認する。

 俺も千雪も、その他の面々も問題はなさそうだ。


 ヴァン・レオンハートが用件を続ける。

 連絡事項というよりは、最終確認だ。


 ターゲットとなるのは、フードを被った少女。

 黒色のワンピースを着用し、サリュの情報により黒髪短髪だと知らされていた。

 すでに転移時、駆けつけた騎士たち五人が倒されている。戦闘の際に言語を理解していた素振りがあったらしい。

 しかし縁者は不明であり、同行者の影はなかった。

 最後に補足したのは夕刻、この西地区入口の防犯カメラだ。


「リリ」


 サリュが呟く。

 それが少女の名前。カメラの映像や戦闘後の現場を見たサリュが間違いないと断言した。


 リリーシャ・ユークリニド。

 サリュと同じ世界で共に魔法を学んだ、すなわち高位の力を操る魔法使い。


『目的はあくまで捕獲。二度も連続してヴァルハラ国からの転移者だ。出来ればその方法と真意を突き止めたい』

「了解」


 こちらの声に合わせ、端末からも複数の応答が交錯する。

 確認は終わった。後は合図を待つだけだ。


「でもいいのかな、突然のゲリラ花火なんて」


 不安げな千雪だが、その辺はアヴァロン国の奴らがなんとかしてくれる手筈だ。……にしても、大仰な作戦だが。

 花火で大衆の目をくらまして、その隙に対象を補足し捕らえろだなんて。


「立案者は姉貴なんだろ。まためちゃくちゃなことを」

「その書類を通したのは私ですけどね」

「……お前も大変だな」

「ほんとにね。最初提出した時、向こうの国の人にめちゃくちゃ怒られたんだから。それなら通すなって話よ。お陰で花火の準備も全部百鬼夜行でやる羽目になって、その通達とか連携も全部私がやったんだから」

「お、おう」


 珍しく千雪が熱くなっている。

 それもそうか。恐らく昼食後もずっと動き回ってくれてて、それから急遽準備に取り掛かった筈だ。

 おまけに姉貴の進言の所為で、夜まで俺たちに付き合ってくれることに。

 家の者が振り回して本当に申し訳ない。


「たまには手伝いに呼んでくれ。力になるよ」

「ありがと。でもそんな暇あったら、お嫁さんと遊びに行きなさい」


 言われてしまった。

 かくいうお嫁さんは、またビルの端から街を見下ろしている。瞳を輝かせながら、――けれどもどこか真剣な目付きで。

 彼女は作戦が始まる前から、すでに少女を探しているのだろう。


「そうだよな」


 俺も、半端な気持ちで臨むわけにはいかない。

 夕刻サリュから共有された情報を思い返し、合図を待った。




 ◇     ◇     ◇




 ヴァルハラ国。

 サリュの出身国であるその場所は、魔法に突出した世界として記録されていた。


 アヴァロン国は長い間、かの国と提携することで戦力の増強を図ったらしい。

 が、結果は凄惨なものだった。何度も拒まれた挙句、交渉に送った使者はことごとく攻撃を受け。――多数の死傷者を出したという。

 それ故に、ここ数年は距離を置き、今回サリュの異世界転移が発生した際も物議を醸した。


 ヴァン・レオンハートは中でも反対派として、行動を起こし。

 賛成派は彼女を受け入れ、事を進めようと画策する。

 結果、百鬼夜行からの申請とサリュ本人の歩み寄りから、受け入れる方向へと進んだ。


 そして今朝。二人目の転移者が出現し、サリュを受け入れる以外の道がなくなった。

 そう、男は状況を説明した。


「我々アヴァロン国には異世界からの転移を観測する技術がある。それによりヴァルハラ国からの転移を察知し、すぐさま動ける騎士五名を向かわせた」


 果たしてそれが友好的なものだったのか、敵対的なものだったのかは定かでない。しかし使者五名が全員重傷を負い、転移者は姿を眩ませた。

 相手は圧倒的な力が予想される。捕縛の為、サリュの力と知識は必要不可欠になった。

 だから移住の手続きを素早く済ませ、味方として引き入れたわけだ。


「勝手な話であることは重々承知だ。だが我々にとって君の国はそれ程までに脅威であり、脅威故に力を借りたい」

「ヴァルハラって名前、軽く読んだオトメの本に書いてあったわ。戦を司る宮殿なんだって。わたしの国って、そんなに乱暴な扱いなのね」

「そういうことだ」

「あなたたちがアヴァロン国なんて名前なのも余計に腹が立つわ。騎士王伝説に出てくる妖精郷なんでしょう。楽園だとかなんとか、皮肉にも程があるわ」


 サリュが重く肩を落とす。

 けれどしっかり頷き。


「わかった。わたしの知識を共有する。わたしたちの世界の魔法を教えるわ」


 そう決断した。


 それからサリュは、魔法の原理を説明した。

 俺に話してくれたのと同じ内容を、かいつまんで分かりやすく紐解いていく。

 その圧倒的な力の根源を聞かされ、改めて息を呑む。

 ああ、本当に恐ろしい。

 けれど、


「今回転移して来た子。リリが得意としているのは戦闘ではなく、探査索敵等の戦況を把握する魔法よ」


 その力は、これから捕縛しなければいけない相手も持っているのだ。


「とはいえ、あの子が戦闘時に得意とする雷と闇の黒雷魔法は速くて威力が高い」


 サリュは言った。


「きっとキザ男とも互角にやり合える力はある」


 その力は、ヴァン・レオンハートにも匹敵する、と。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ