第四章【51】「不対等な天秤」
それは取引だ。
それは契約だ。
それは交渉だ。
絶対的な不利に置かれているこちらを気遣った、そんな提案だった。
互いに利を与えながらも、向こうよりも、あたしが得るモノの方が大きい。
そう、気遣われている。
まるで対等ではなく、あたしの方向へと傾き過ぎている。
そんな条件を、提示された。
「……どういうこと?」
あたしには、それが。
どうしてもという、カタギリオトメの懇願のようにしか、聞こえなかった。
「言ったままだとも」
「……言ったままって」
この先、一度だけ。
カタギリオトメ個人の要求へ対して、全身全霊で答えてほしい。
命を懸けて、戦ってほしい。
代わりに、自由と解放を与える。
全ての束縛を取り除き、全ての罪を許容し、この世界から旅立つことを見逃す。或いは、この世界に残り共生することすらも認める。
誰もあたしを傷付け裁きはしない。
誰もあたしを追うことすらさせない。
カタギリオトメの持ち得る全てを費やして、彼女に関係する者たちからの干渉を、生涯完全に絶つと誓う――と。
「ただしその時までは、この病室を出ることは出来ない。代わりに君はずっと眠ったままだということにし、なんなら誤魔化しの力添えもしよう。そのように欺き、君がここで行う全ての行動を、容認しよう」
それは、上の立場からの言葉ではあった。
当然といえば当然。あくまであたしは敵対者であり、そして敗者だ。治療の為にと収容されたこの病室は、傷を癒せば牢獄へと丸替わり。力を使わずとも、この場所が普通でない状態なことは明白だ。
なんなら今すぐ殺されたって、なにもおかしい話じゃない。罵詈雑言を浴びせられた果てに床へ叩き伏せられ、この首を落とされたって納得だ。……勿論、されるがままに殺されてやるつもりはないけど。
そんなだから、――取引なんて、契約なんて、交渉なんて。
殺さないでおいてやるから従えって、そう言い付けてしまえばいいのに。
にも関わらず、この女は。
あたしへ善処する。あたしの有利を作ろうとする。あたしの意志を組もうとする。
「…………」
そうまであたしに、首を縦に振らせた形が欲しいのか。
それとも下手な抵抗や対立を恐れ、穏便に済ませたいと思って媚びているのか。
いや、違う。
きっとそういうのじゃない。
この女は、あたしを裁きたい訳でも、組み敷き従わせたい訳でも、ただの駒として局所的に使い捨てたい訳でもない。
恐らくは――、
「……そんなに欲しいワケ?」
カタギリオトメは、あたしを欲しているんだ。
純粋な戦力としてのあたしが、必要なんだ。
命令の類によって、縛り付けるのではなく。
自ら納得し力を貸すような、そんな展開を作ろうとしているんだ。
あたしがこの意志で、全身全霊で。
――命を、懸けることを。