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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【50】「止まらぬ転変」



 劫火が奔り、熱風が渦巻く。


 焔の大剣。

 その魔法が発動された時から、私を取り囲んでいた冷気は残さず掻き消された。


 結果、凍傷寸前にまで陥っていた身体は、間一髪で熱を取り戻す。合わせて奇遇にも、雪女の側面が抑えられていた故に、熱波の影響を強く受けることもなかった。

 それでもこの近距離で、煌々と輝く業火。絶やされることがなければ、それだけで私たちは目を焼かれ身体を焦がされる。


 ただそこに在るだけで、アレは私たちを死に至らせる。


 それ程の焔が、内側に、更なる破壊を圧縮させて。

 使い手の号令へ従い、対面する標的らへと振り下ろされた。


「あ――」


 間もなく。


 目前で弾け、大きく爆炎が散らされる光景。

 五体無事では済まされないと、覚悟して、


「――え」




 その場に踏み構える私を、庇う様に。

 くすんだ金色の髪が、たなびいた。




「絶対の、守護を」


 かの皇子は、小さく呟き。

 両手で携えた蒼白剣を、床板へと突き立て下ろす。




 瞬間、私たちの周囲を、淡い蒼色の幕が包み込み、――円状のソレは障壁となり、外からの爆炎をことごとく封殺した。




「これ、は」


 一見は、あの夜リリーシャが纏っていた魔法の防壁に近い。形状と結果だけを切り取れば、ほとんど同じ効力を発揮していると言えるだろうか。

 ただ、驚くべきは明らかに、彼女の守りを遥かに超えていることだ。この蒼の盾は爆炎どころか、爆風や衝撃をも一切を通していない。


 絶対の守護。

 皇子の呟きに相違なく、焔もその余波による被害からも、全てから私たちを護ってくれている。


 それに対象は、私たちだけじゃない。

 燃え盛る炎の波の中に薄らと、向こうで膝を落とすヴァンさんも、同じ障壁によって身を守られている。

 だけどその現象に彼は目を見開き、驚愕の表情でこちらへ振り向いた、……その後に。




 恐らくは、彼が恐れていた通り。

 皇子は大きく吐血し、足元を真っ赤に染め上げた。




「皇――」


 なにが、と、驚き狼狽える間もなく。


 同じくして、噴き荒れる爆発が拭い去られた。


 煙一つも残さず、すぐさまに盾も解除されて。

 開かれた視界に映ったのは。


「……づ」


 右隣、少し手前へ歩みを進めたままに。

 右手を突き出し、歯噛みし呼吸を乱すリリーシャと。




 それから、またしても取り除くことの出来なかった、脅威が。


「っ――はぁ~~~。ギリギリもギリギリ、ほんとに死んだと思ったんだけどぉ」


「流石の俺も、深手を覚悟しましたね」


 ヒビの入った四角い防壁に守られ、変わらず立ち続けず彼女らが、未だ居残り。




 なのに、彼女らに連なって、――並んでいない。

 軽く見渡しても、影も形も見当たらない。


 魁島鍛治の姿が、忽然と失われていた。




「なに、が」


 今度こそ、呟く。


 状況に追い付けない。事態の把握は困難に、驚愕が思考をも淀ませる。

 現状を呑み込むことも出来なければ、次の動きへ構えることも出来ない。私たちは先手を打ちに攻め込んだというのに、二の足を踏んで攻勢に移れない。


 あの焔を一体、どうやって潜り抜けたのか。あれを凌いだ相手に対して、もはやなにが有効打となりうるのか。

 魁島鍛治が消えたのは、魔法を凌ぐことが出来なかったからなのか。今度こそ彼は守り切られることなく、リリーシャによって討伐されたのか。

 敵の使う無力化の結界は、一体どういう原理なのか。リリーシャに弾くことが出来たように、私にも、これを無効化する術はあるのか……。


 ……と、不意に。


「――ん、っ」


 身体の芯が、凍てつく感覚。

 今度は凍傷に陥るような、命を害する様な寒さじゃない。


 周囲に立ち込める冷気は、私を起点として再び生み出されたもの。

 雪女の力が、戻っている。


 じゃあ、尚更に、攻撃しなきゃいけないのに。


「……っ」


 どうするべきなのか。

 どう動けば、決定打に成り得るのか。――或いは、決定打を与えられてしまうのか。


 分からないままに、ただ冷気だけを停滞させて……。

 すれば、それによって。


「……フ、ム。これは大層、凍えるな」


 弊害を愚痴捨てると、その身体が力なく崩れ。

 蒼剣を手放し、皇子は足元の血溜まりへガクリと膝を落とした。


「皇子様っ」


 その姿に意識を引き戻される。

 駄目だ。攻撃の手もだけれど、この人を失ってはいけない。なにより助けられながら無下になんて出来ないと、咄嗟に力を緩めて手を伸ばす。


 そうして私が皇子の肩に触れるに、同じくして、ヴァンさんが駆け付けた。

 今一度、聖剣を構え私たちの前へと立ち塞がる。


「シュタイン様!? 貴方は、一体なにをッ!?」


 背中越しに、瀕死の主へ叱咤を飛ばす。

 焦りよりも怒り、だろうか。私は彼が感情的になっている声を、初めて耳にした。


 対する皇子の返答は、苦い笑み。

 これは参ったと、自嘲気味に笑ってみせる。


「……ウム。珍しく、身体を張ってみたが、……やはり我輩には、矢面に立てる胆力が、足りてはいないな」


「そう自覚がおありでしたら、お控え下さい!」


「返す言葉も、ない。……が、我ながら、誤った判断ではなかろう。……もっとも、事の成否は、この後、次第だ、が」


「ッツ!」


「……あ」


 それは、ヴァンさんだけに向けられた言葉ではない。

 皇子は右肩へ添えられた私の右手を、優しい所作で払い除けて――。




「……尽力せよ。命を賭した我輩の守護を、無駄にすることは許さぬ」


 そう、言い付けた。




 向こう側、残り火を取り除かれた爆心地である筈の場所で。

 脅威らが、退くことをしない。戦意や殺意が、一向に収まることを知らない。目前で私たちを、決して逃がさないと睨み続けている。


 尽力せよ。

 そうだ。分からないなら、せめてこれ以上は片時も遅れるな、見逃すな聞き逃すな。

 全てを無為にしない為に。私に、出来ることの為に。




 そして、相対する彼女らは。

 桃色髪の少女がその右手を突き出し、人差し指をこちらへ――真隣のリリーシャへ突き付け。


「ちょっとちょっとぉ! 今の絶対殺す気だったよねぇ!? サリュちゃんお得意の大技とか、やり過ぎだよねぇ!?」


 今度は魔法ではなく、言葉を。

 含む感情を、吐き捨てた。


「ほんと容赦がなさすぎるわよぉ、リリーシャちゃん! 久々の再会にお話とか、そういう情緒はないのぉ!?」


「ないよ」


 リリーシャは即答した。

 僅かにでも考える必要はない。即断即決だ。


「よりにもよってネネが相手とか、即殺以外ないでしょ。まーさかレイナ先生がそこまでこの場所に関心があったなんて、ほんと予想外。分からない人」


「それはそうだよぉ。だってこの島は、サリュちゃんを追い詰める為に調整されてきたんだからさぁ」


「…………ああ、なるほどね」


「ま~旨い事は進まないってことでぇ、リリーシャちゃんが来ちゃったワケでぇ」


「そ。じゃああたしで幸運だったね」


 リリーシャもまた、先刻の彼女らのように、不敵な笑みを浮かべた。




「サリーユの相手はあなたじゃ役不足。先生が出て来るべきだったわ」




「……言ってくれるじゃあん」


「ッハ、まったくさ。力を減衰させる法式を発動させながら、転送の法式であたしの焔を丸ごと別の場所にとか、滅茶苦茶してくれちゃってさ。でかい口叩くだけあって、多少はやるようになったみたいだね」


 リリーシャは言った。

 たった今発動した転送の魔法によって、リリーシャの魔法と、それから魁島鍛治がこの場からなくなったのだと。

 それによって焔を分断し、威力の半分以上を削ぎ落し、防ぎ切ってみせたのだ。


 つまり、決して真正面から対抗したのではない。


「一体どこに送ったんだか。転移ではないからこの島か、それとも近辺の海にでも放り出したのか。あの鬼になってた人、大丈夫なの? さっきは大事そうに守ってたけど」


「別に守ってたワケじゃないんだけどねぇ。まだ利用価値があるから残ってて欲しかったっていうかぁ。それに鬼の生命力だしぃ、多少は手足や頭が欠けても大丈夫かなぁって」


「可哀想なことで。それで、結局ユウマのところに送ったって感じ?」


「ど~でしょ~ね~?」


 笑顔ではぐらかす。


 だけどこのタイミングでの、准鬼将の戦線離脱。

 私たちの読み通りなら、間違いなく。


「さて、それじゃあどうする? 転送も無力化も、どっちも元から入念に準備してたみたいだけどさ。それにしたって、相当の魔力と集中が必要不可欠。あたしもさっきのでそれなりには消耗したけど、流石にネネ程じゃない。もう抵抗は難しいんじゃない?」


「……いやぁ、ほんとにねぇ。特に無力化の魔法なんて、完全に勝ち確定だと思ってたのにぃ。それを逆に無効化して打ち破るどころか、攻撃の余波で魔法式そのものもブチ壊されちゃったぁ。もーサイアクだよぉ」


「じゃあ降伏しなよ。お互い疲れるだけだし、そういうのは好きじゃないでしょ?」


「ま~その通りぃ、大っ嫌いだけどぉ。――リリーシャちゃん相手に白旗を振る展開は、なんだか違う気がするんだよねぇ~」


「言ってくれるじゃない」


 言い合いの末、またしても、徐々に二人の力が高まっていく。

 一触即発。なにかをきっかけに、それともきっかけがなくても、今にでも魔法が展開されてもおかしくはない。




 そんな彼女――ネネと呼ばれた魔法使いを、付かず離れずに立ち眺めていた鬼将が。

 やがてゆっくりと、こちらへ一歩を踏み出した。




「では、ネネ・クラーナ。目には目を、魔法には魔法ということで」


 笑みを携えた、静かな瞳に。

 リリーシャではなく、――皇子を庇う形の私たちを映して。


「俺は、こちらの対応を任されましょうか」


 そう宣言した。




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