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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【48】「分岐点」



 魔法による爆発を戦端に。

 私は今、もう一度、粉塵吹き荒れる戦場へと飛び込んだ。


 身の毛のよだつような悪寒があった。

 研ぎ澄まされた剣気が感じられた。

 重苦しい暴力の気配が膨れ上がって、その全てを澄んだ力が一蹴し、けれども不可解な法則が発生して掻き消された。


 響く怒号や衝撃は、屋敷に収まり切りはしない。森へと、この島一帯へと、事態を如実に伝わせる。

 その全てが戦闘行為の余波であることも、この島に居合わせる全員には明らかだ。




 話し合いの場は幕を閉じた。

 休戦の命もまた破られた。




 そうなれば私たちも、大人しくはしていられない。


「っ――は」


 白布を纏うこの身へと、凍える程の冷気を循環させ――人間の私は鳴りを潜めて、雪女の私が前面へと発現する。肌の色も仄白く塗り替わり、触れても、通常生きていられる体温を感知することは出来ないだろう。

 淡く氷の結晶を振り撒き、自身を含む周囲の空間全てを、突き刺すような冷たさへ落とす。


 だけど、そうなって尚も。

 私たちを射抜く彼の視線が、その冷々たる殺意が、怖気で身体を震わせる。


「ッ」


 状況は、察知した通りに。

 聖剣を構える騎士と、後ろに控える第一皇子。その正面には蠢く巨体の鬼と、それを跪かせる鬼将が立つ。

 加えて見覚えのない桃色髪の少女は、黒衣を纏い、この場の誰とも違う異様な気配に身を包んでいる。……それはサリュちゃんや、同じくこの場へと飛び込んだリリーシャに近しい、魔法使いの気配だ。


 立ち並ぶ面々は、例外なく常識を外れ、中でも突出して逸脱している。尋常ではない人たちが一堂に会して、これよりその力を振るわんとしている。

 そこへと、踏み入った。

 もう後戻りは出来ないって、息を呑んで……。


「――――」


 ああ、ここなんだ、って。


 私は今、事の全てを分かつ――分岐点に立たされているんだ、って。

 心底、恐怖した。




 ◇   ◇   ◇




 きっかけを提案したのは、意外にもゆーくんだった。


「俺を囮にしよう」


 状況は好転しない。魔法使いが関わり、レイナ・サミーニエと呼ばれる魔女なる人が暗躍している以上、事態はより酷い盤面へと変わるだろう。

 恐らくは、今行われている話し合いも破綻して、休戦も解かれることになる。この島はもう一度戦場となり、否応なしに、私たちも殺し合いへ巻き込まれていく。


 だったら戦いになった際、襲撃されるのではなく、今度はこちらから先手を打つのはどうだろうか?


 その一案が、本拠地への殴り込みだった。


「話が決裂したらヴァンが合図をくれるんだろ? だったらその瞬間に、俺が話し合いの場に突っ込む。なんなら盗み聞きして、雲行きが怪しくなってきた時点でも構わねぇ」


 それで虚を突くことが出来たなら万々歳。でなくとも、向こうの用意が整いなんらかの策を講じられる前に、こちらから戦いへと持ち込める。鬼狩りの狙いがゆーくんであるが故に、当人が正面切って現れたとなっては対応せざるを得ないから。

 当然、同行した全員がその場に揃っている可能性も高く、鬼将らとの接敵は避けられないけれど……。


「話し合いの場にはヴァンだって居る筈だ。単身でアイツらに突っ込むって展開にもならねぇだろ」


 勝ち得ることは恐らく出来ず、長く時間を稼ぐことも難しいだろう。

 それでも一時は目を惹き、彼らを注力させることが出来る。


「俺とヴァンが食い止める。だからその隙に、二人が転移封じをなんとかしてくれれば――」


 だけどその案は、私が口を挟むまでもなく。

 続きを遮り、リリーシャが断った。


「やめた方がいいよ。というか、無理無理」


 それは賭け過ぎている。

 いいや、捨て身過ぎている、と。


「万が一それが成功して、あたしらが転移封じを破れたとして、それでもその時にあなたが殺されていたり、捕らわれていたら意味がない。分かるでしょ?」


 そう、どう転がったとしても、ゆーくんが無事でなければ意味がない。

 転移封じの破壊が目的じゃない。転移封じを突破した先に、ゆーくんをこの島から逃がす。その為の戦いだ。


 だからその策は良策にはなり得ない。

 むしろ愚策。勝利条件の一手を、自ら敵の手元へ放り投げるようなもの。


「まーでも殴り込み、ってのは悪くないかも。その線で行くのは賛成」


 言って、今度はリリーシャが提案する。

 だったら自分が攻め入る方がいい、って。


「あたしが本拠地で大暴れする。それで注目を集めながら、転移封じの結界破壊もやってみせる」


 私とゆーくんはこの場所で待機。

 襲撃があればなんとしても逃げ延び、なんとか合流を図る。


 恐らくリリーシャが攻め込んだなら、事態はより苛烈なモノとなる。

 けれども彼女程の力があるなら、それを制することが出来得る。ヴァンさんの力も含めるならば、或いは鬼将らを討つことも有り得るかもしれない。


 決して簡単ではないけれど、可能性が考えられるなら。


「あたしとあのキザ騎士が大暴れ、相当キツイ展開よね?」


 だけど、その策は同時に。

 上手い話しばかりという訳ではない。


「逆に連中にとっては、チャンスにもなる部分もあるんだけど」


「……チャンス」


 呟き、反芻する。

 その状況で鬼狩りが得るモノは。


「……ゆーくんがリリーシャの手から離れる?」


「そーいうこと」


 リリーシャは続けた。


「あたしらとは逆に、あいつらの目的はユウマを捕らえるか、殺すか。だったら一人になる好機、逃す筈がないでしょう?」


 そうなれば必ず、ゆーくんのところに襲撃が来る。

 当然の流れだ。


「ま、そうなったとしても、別に完全に連中有利になるってワケではないけどね。それはそれで利用も出来る」


「どういうことだよ」


「単純な話よ。そこがチャンスでも、ここぞとばかりに戦力を注ぎたくても、連中はあたしを無視出来ない。あたしへの対応を軽んじることは有り得ない」


 リリーシャを抑えなければ、なにもかもが覆されてしまう。ほんの数分でも猶予を与えれば片手間にして、結界も事の勝敗も、この島の全てを掌握してしまうだろう。それこそ、全てが私たちの思うままに運ぶことになる。

 彼女がそれ程の力を持っていることは周知であり、彼らは絶対に放っておけない。彼女の動きは、決して避けられない障害となる。


 ならば、少なくとも。

 もっとも優れた戦力である鬼将は――鴉魎は、リリーシャの前を離れられない筈だ。


「どの道、何人かの鬼狩りはユウマを狙うだろうけど。あのヤバいヤツをこっちで引き受けられるなら、勝算がゼロではないよね」


「……そりゃあ、まあ、そっちの方が」


「別に楽させるつもりなんてないから安心しなって。そうなったらあの目付きの悪いカイジマ? だっけが来ることになるんだろうしさ。あたしならワケないけど、あなたは結構ギリギリになるよね」


「う、ぐ……」


「なんにしろ、リスクは付き纏う。囮なんてするくらいなら、勝算がある方で身体張ってよね」


 ――でも。

 それでも足りないと、リリーシャは首を横に振るった。




 なにしろ、脅威となるのは鬼将だけでなく。

 魔法使いと戦う展開も、十分に現実的なのだから。




「正直、確率は五分五分ってところだけどねー」


 島一つを丸ごと包み込む程に、大掛かりな結界。それも範囲内に干渉するだけでなく、範囲外からの干渉をも拒絶する。単純に壁を張るだけでも相当な力を必要とするのに、それが転移という超常的なモノを阻害している。

 いくら魔法であっても、到底易々と実現出来ることではない。大きな力と、魔法の制御が必要不可欠だ。


「レイナ先生本人が関わってるのは確実だけど、魔法式さえあれば、後は魔力だけでどうとでもなったりするからさ。実は当の本人が居る必要はないし、異世界に手を伸ばし始めたあの人が、こんな辺境の地で待ち構えてるイメージもないんだよねぇ」


「そうなのか?」


「うんうん。あの人現場主義じゃないっていうか、割と表に出ない人だからさ。実際あの街にだって、あたしが転移したじゃない」


 件の魔女が居るとは考えにくい。

 この転移封じや、しいては鬼狩りたちの刀剣に加えられていた魔法式についても。現在進行で魔法に携わって居るのは、別の者だろう。果たして何人がかりで関わっているのか、探知を阻害されているらしく、把握することは出来ないらしいけど……。

 問題は、量ではなく質だと、リリーシャは眉を寄せた。


「いわゆる魔力タンク? っていうか、魔力要因というか。先生の作った魔法を発動させる為だけの人員なら、脅威には成り得ないと思う。刀に魔法を付与するのだって、別段難しい手順なんて要らないし」


 あくまで補助、サポート的な人材が居るのであれば、何人何十人揃っていても問題はない。多少の面倒はあれど、鬼将を相手取るのに大差はないという。


「半端な魔法なんて指先一つで十分どころか、立ってるだけで無効に出来るし。その程度の干渉なら、なんら影響はない。勝つも負けるも、あの男との力比べだけ」


 ただし、そうでなかったなら。

 もしも事に関わっている魔法使いが、戦闘要因であり、状況に介入出来るだけの大きな力を持ち合わせていたなら。

 或いは、そうなるまでに――力と技量を施されていたとしたら。


「あたしがサリーユに匹敵出来たみたいに、先生に手を加えられて兵器にされていたら」


 事は上手くは運ばない。

 どころか圧倒され、成す術もないままに打ち負けることとなる。


「一対一で劣るとは考えたくないけど、一対二ならほぼ確実に勝てない。そしてあたしをサリーユに噛み付くくらいに出来たんだから、他の子をあたしに引き上げることも、現実的に可能だと言える」


「……マジかよ」


「……それ、は」


 それはあまりにも、困難だ。

 彼女程の力を以てしても、鬼将と、彼女に匹敵する魔法使いを同時に相手取るなんて。


「しかもそれが、最悪二人三人それ以上って可能性もあるんだよね。……いやまあ、そこまで考えちゃうと打つ手なしだから、ある程度は賭けになるんだろうけどさ」


 もっとも、だとしても。

 リリーシャは悔しげに、重く息を吐き捨てて。


「だとしても、元はあたし以下には違いないんだし。そんな魔法使いだけなら何人居たって、――サリーユが居なきゃ圧倒出来るだろうけどさ」


 そう、呟きをこぼした。


「――――」


 なら。


 ――だったら。


「ねえ、リリーシャ」


 彼女に及ばない私が、こんなことを言うのはお門違いかもしれないけれど。

 そうするにしたって問題が山積みなのは、語るより前に明らかだけれど。


 分かった上で、私は。

 口を挟まずには、いられなかった。




「私が鬼将の相手をするなら、貴女は確実に、結界を破壊出来るんじゃないの?」


 ――と。




 ◇   ◇   ◇




 まんまと、その通りに。

 私たちを待ち受けていたのは、鴉魎と魁島鍛治。


 それから、桃色髪の魔法使いの少女。


 もしもリリーシャの考えが、杞憂であったなら。

 魔法使いが脅威に成り得ないなら、私は直ぐにあの家へと折り返すことになっていたけれど。


「――やるしか、ない」


 目視はしていないけど、あの子がなんらかの方法でヴァンさんの攻撃を無効化した。あの夜に闇を裂いたあの一撃を、凌いでみせた。

 この場に居合わせる彼女は、紛れもなく……。


 私たちの、脅威だ。




 そして、もう一人。

 待ち受けていた男が、粉塵霞める視界の中、微かに――。


「……ほう、リリーシャ・ユークリニドの乱入、もしくは全員での特攻は予想していましたが」


 その淡々たる表情に、冷たい笑みを浮かべて。




「彼女と貴女の二人とは、予想外ですよ――涼山千雪」




 そう呟きをこぼし、私を凝視した。



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