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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【45】「思惑と狙い」


 

 多くの異世界と繋がりを持ち、剰えそれらの管理を行う。独自の戦力である騎士団を保有し、更には同盟国らの特級戦力をも複数人抱え、戦力としても申し分はない。歯向かうことなど馬鹿らしく、共に手を取りあうことこそが正道。或いは従属という道すらも、違えた道ではないだろう。

 それを相手に、その一国の皇子を前に、世界征服を謳う。恐らくは、あらゆる事柄を考慮して尚、我々アヴァロン国へと牙を剥く。


 死罪。そうでなくとも、一生を牢獄で閉じろ。

 そう宣告されても、女は――レイナ・サミーニエは変わらない。


 愉しげに笑みを含めながら、彼女は語った。




 全ての始まりは、サリーユ・アークスフィアの異世界転移であったと。




『そもそも、私どもの世界に異世界転移の術はありませんでした』


 どころか、異世界という存在すら知る由もない。世界とは内側で完結し、既知の国々が全てである。未だ観測されていない地平の何処かは在っても、大凡のモノは明らかになっている。

 即ち彼女らの世界を掌握することとは、決められた有限の箱庭を遊び尽くすことに他ならない。それも圧倒的な国力と魔法使いの力を有すれば、さして困難とも思えない。

 だから着々と物事を進めて行けば、いずれは全てが手に入る。存在する全ての事柄を転がすことが出来る。レイナ・サミーニエはそう確信しており、恐ろしくも、なにも間違ってはいなかった。


 それが、一人の少女の転移によって、その目測が瓦解する。

 いや、目測そのものが、埒外な程に広がってしまった。


『あの子の異世界転移によって、私は認識を改めました。有限の箱庭の外側には、無限に幾つもの箱があるのだと』


「その辺りは我輩も報告を確認している。かの魔法使いの少女は『願いを叶える宝箱』とやらを使い、日本国へ訪れたのだと」


『ええ、その通りです。それが全ての始まりなのです』


 レイナ・サミーニエは言った。


 願いを叶える箱は、真にあらゆる願望を叶える宝であったと。

 最適解を導き出し叶えてみせる、()()()()()であったと。


『私も原理を紐解き、驚きました。なにしろ王宮の奥、願いを叶えるなどという世迷言で秘められていたソレは、見る限りではなんの力も持っていなかったのですから』


 解析すればその箱は、その物体はあくまで、奇跡を形にする末端にしか過ぎなかった。

 だが、それだけで十分だった。


 宝箱は願望を聞き届けた瞬間、叶える解を導き出すと同時に、実行する力をも他から調達してみせたのだ。いわば箱は願いを聞き届けるだけで、その全ての処理を他へと預けたのだ。


『今のところ力の出処は、私たちの世界及び他世界の――余剰な力。魔力の残滓や大地の生命力などの切れ端を搔き集めた、無用で無駄なエネルギーの有効利用といったところでしょうか』


「――それはまた、実にとんでもない。あまり類を見ない力だ」


 類を見ない。

 皇子の言葉通り、僕もまた、同じようなモノを耳にしたことはなかった。

 ……けれど同じでなくとも、そういうモノは知っている。


 世界の住人によって偶発的に作られた、想定を遥かに上回る物。或いは人の手の入らない自然現象によって形になった、世界そのものの産物。更にはこの日本国における、神という頂上の存在が落としたとされるような武具。

 まさしくそれらの()()()()()()()たちに含まれる、文字通り『宝の箱』。

 そしてそんな代物故に、世界の内側などというものに囚われてはいなかった。


 彼女ら世界の者たちが観測していなくとも、願い祈ったサリュが知らずとも、――機能は正常に働くことで、常識外を引き起こした。

 少女の願いを叶え、異世界転移を起こしてみせた。


『結果、あの子は私の手が届かない遠くへと逃れた。――もっともその宝箱を、異世界転移を引き起こしたソレを残して、ですが』


 あいにく、それ程の代物故か。もう一度願いを叶えることは出来なかったらしいが。

 そこには確かに、異世界転移という事象そのものは刻まれてしまっていた。


 世界の外側へと至る法則と、それによる外世界の存在を、残してしまっていた。

 更には、重ねて。


『私たちの世界で発動した故でしょうか、それともあの子という魔法使いが願ったからでしょうか。――幸福にも、魔法を用いた法則によって、異世界へと至ったのです』


「……っ」


 果たしてそれが、最適解だったのか。

 我々にとっては不幸にも、だから容易に、紐解くことが出来てしまった。そして彼女ら魔法使いは、それを実現出来るだけの力をも有していた。

 新たに開かれた道筋を、苦にすることもなく辿れてしまった。


 異世界転移という手段を与えてしまった。


『後は転がるままに、ご存知の通りです。私たちはサリーユの後を追い、リリーシャを転移させました。彼女がそう強く願った故、尊重した人選です』


「私怨に呑まれていたと聞いているが、今しがたチラと見た限り、存外冷静な少女であったぞ? どうせその件も、貴様が焚き付けたのであろう? 体のいい、異世界転移の実験台に仕立て上げる為に」


『さて、どうでしょうか。しかしそういった意図が露程もなかったと言えば、嘘になってしまいますね。サリーユに次いで優秀な彼女が適任ではありましたから』


 試すにも、力のない者を使い捨てては意味がない。手段として切り開き用いる為には、相応の可能性を以って挑まなければ失敗すら学べない。よって、リリーシャ・ユークリニドが転移を行った。

 そしてその転移による襲撃で、藤ヶ丘の街は大きく破壊されることとなった。


 だがその戦いの結果は、我々がリリーシャを制するに終わった。サリュや百鬼夜行らの尽力もあり、なんとか無力化することに成功した。

 襲撃者は昏睡し、囚われの身となり、――僕が知る限りでは今日この島へ現れるまで、指定の病院にて厳重に捕縛されていた。

 つまりリリーシャが元の世界へ戻ることはなく、即ち彼女の師らが事の顛末を知ることは、出来なかった筈で。


 ……ああ。

 だから、なのか。


「それで? リリーシャが帰らなかった故に、貴様らは日本国への侵攻を断念したのか?」


 皇子の問いを、女は肯定した。

 当然、一時的に手を引かざるを得なかった、と。


『リリーシャ程の魔法使いが帰らないとなっては、転移そのものに問題があったか、或いは異世界とはそれ程のモノなのか。残念ながら、解析に時間を要しました』


 そうして再び法則を解き直し、更に念密なものへと組み上げた果てに、――彼女は日本国ではない別の世界を幾つか捕捉し、今度こそ、転移を成功させたのだという。


 それこそが、世界征服という野望への足掛けとなった、と。


『私たちは既に、転移の法則をこの手にしています。どころか現在この島を捕えているように、転移封じをも扱うことが出来る。私たち魔法使いは、優に世界の壁を破っているのです』


 如何でしょうか?

 制止した老体から響く声色は、勝ち誇っているかのように、再度繰り返した。


『世界征服。馬鹿に出来たものでもないでしょう?』


 と。




 ――だが。


「……繰り返すが、それで?」


 皇子もまた、再度。

 彼女に、それを尋ねた。


「貴様らは日本国への侵攻を、断念したのか?」


『――――』


 暫し、女は応えることをしなかった。

 言葉を選んでいるのか、それとも今更にそんなことを問うてどうするのだと、疑念を覚えたのか。繰り返される問いに、裏を探っているのか。


 否、そうではなかった。

 それが本質であると、皇子が突き付けたのだった。


「フム。ここで押し黙るのか」


 シュタイン様は今一度息を吐き、応えぬ女の代わりに続ける。


「では聞くが、転移の力をその手にした結果、最初の転移はどうであったのだ?」


『――――』


「転移を解析した結果、最初の転移で件の少女が帰らなかったのは、転移の失敗が原因ではなかったのだろう? それを確認出来たのだろう?」


 では、どうして帰らなかったのか。

 レイナ・サミーニエが、それを考えなかった筈がない。


「まさか怒りを焚き付けた少女が、標的との和解や、尻尾を巻いて逃げたとは思うまい。貴様の思惑とはまったく別の展開になったと、その可能性も低いだろう。報告通りに感情を露わにしていたなら、なにがあっても標的を追い詰める筈だ」


 考えられる最も現実的な可能性は、一つ。

 思惑通りには進んだが、()()()()()()()()()()()()


 まさしく、現実に起こった結末の通りに――。


「貴様はリリーシャ・ユークリニドが転移を成功させた果てに、サリーユ・アークスフィアに敗北したことを悟った筈だ」


『――――そうですね』


「だから貴様の言葉通り、()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう? 重ねて泥人形による攻撃や鬼狩りとの結託も、しいてはこの島でのいざこざさえも、()()()故の策なのであろう?」


 それは、つまり。




「サリーユ・アークスフィアとは、貴様に立ちはだかる最大の障害に成り得ると考えているのだろう?」




 放たれる言葉は、恐らく深くへ突き入れられ。


 それ故に、――瞬間。


「――ッ、ぐァ!!?」


 我々に重くかけられていた負荷が、より濃密に重厚なモノへと変容した。

 平伏させ動きを制する、以上の、明確に潰さんとする攻撃的な重圧。僕らは当然のこと、未だ平然と立ち続ける皇子を、今度こそ折りにかかるように。


 それでも倒れなかったのは、この手を下ろさなかったのは、もはや意地だ。視界がかすみ呼吸一つにさえ注力を余儀なくされた中で、それでも断じてこれ以上はと、屈することは許されないと、全霊を以って抗う。

 同じように、魁島鍛治もそうだった。歯を剥き目を見開き、脚部や身体の節々から紫電を散らせながら、平伏へと抗い続けている。


 もっともそうまで苛烈になっても、皇子や鴉魎は屈しない。

 空間諸共に、衣服或いは頭髪をビリビリと震わされながらも、知らぬ存ぜぬと立ち続けている。


 そして、老爺の向こう側から。

 レイナ・サミーニエは、再び言葉を発する。


『……お言葉ですが皇子様。状況をもう少し鑑みた方がよろしいのではないでしょうか?』


「フン。全てを明かすとほざいておきながら、言い淀む故に掘り下げてやっただけ。軽口のつもりであったが、存外虎の尾、といったところのようだな」


『……ご存知の通り、少々手荒な手段を好みます。あまり過ぎた言葉は控えていただきたいものですが』


「出来もせぬ脅しはやめよ。生かすにも殺すにも美味しい肩書の第一皇子を、このような辺境の島で摘み取ってどうする。それを分かっておるから今も、傷一つ付けはしないのだろう?」


『フフ。耳の片方でも吹き飛ばしましょうか』


「そうもいくまい。貴様ほどに悪辣な女が、感情的には振り切れぬだろう?」


『……まったく。口の減らない皇子様で』


 微かに感情を露わにし、明確なまでに道を違えながら。

 それでも着々と進められていく問答に、我々に口を挟む余地などなく。




 ――そんな中、今更に。

 この場に居合わせたもう一人の魔法使いが、音を上げた。


「――ち、ぢょっど、先生ヅ。ネネ、めぢゃぐぢゃ、しんどいんでずけどぉ……」


 帽子を取り落とし、桃色の長髪を乱されて。

 ネネ・クラーナが、這いつくばったままに降参する。


 苦しげな声は当然だ。僕や魁島が膝を落とすのと違い、彼女は両手を床に付き俯せになる程に、その身体を床板へ押し付けられている。窺えば顔色は真っ青に、瞳の端には涙さえ見られた。限界が近いと、誰が見てもそう思えるだろう。


 そんな状態にある、仲間である筈の彼女へさえも。

 声は笑みをこぼし、言い聞かせるように続けた。


『まったく、困った弟子です。せっかくいいところなのに』


 このくらいの魔法、簡単に解いてみせなさい。もしくは屈服しない程の自我を持ちなさい、と、そんな風に。


『魔法での干渉があるとはいえ、言ってしまえばコレは単なる威圧。それがこの中で最も這いつくばって、情けないわね』


「……いやぁ、ほんどに。ネネ、ごういうギヅいのって、大嫌いなんで。……逃げて、ばっかりだっだ、ので……ヅッ」


『では逃げ切れなかったネネの落ち度ね』


「っヅつ~。先生意地悪過ぎまずぅ~……」


『報告義務及び、普段の怠慢の罰です。――が、そろそろ頃合いでしょうか。私も異世界への干渉を続けるのは、なかなかに骨が折れますので』


 宣戦布告は成された。

 話し合いも平行線となっては、これ以上は言葉遊びにしかならない。


 この島では、ここが潮時。終わりにしましょう。

 言って、レイナ・サミーニエは小さく息吐く音を響かせ。


 不意に、その通りに、僕たちを平伏から解放した。


「――っ、ふ!?」


 全身へと纏わりついていた重みが、空間そのものを埋め尽くしていた圧迫感が、音もなく拭い去られる。文字通り魔法にかけられていたかのように、この身は一瞬にして、その支配から脱した。

 慌てて弛緩する筋肉や、再開される詰まることのない呼吸。今度はその振り戻しに驚き、身体が小さな悲鳴を上げる。軽度な嘔吐感や酩酊に平衡感覚を揺らされたが、すぐさまそれらを呑み込み抑制した。


 今一度、態勢を立て直す。

 すれば一刻も早く、皇子の前へ立ち塞がらねばと、一歩を踏み込んだ。




 その時、だった。




『――あら?』


 響いたのは、首を傾げるような、女の疑問符で。


 そして、見開くこの瞳が捉えたのは――。




 刹那。

 立ち尽くしていた老爺の首が、斬り飛ばされる瞬間だった。




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