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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・後編「この世界の剣士」
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第四章【37】「盤外Ⅵ」



 サリュが、私へ突き付ける。


「だからオトメ、わたしに力を貸して」


 折れかけた心を奮い立たせ、再び前へと踏み出す道を提示した。

 助けに行くのだと、そう宣言してみせた。




 迷いを捨てられないなら、最悪に苛まれているなら。


「――わたしに、賭けなさい!」


 と、そんな風に。




「……ああ」


 それは、なんて。

 なんて思っていた通りで、けれどもなんて、想定以上なんだ。


 なんて、強い子なんだ。


「……まったく」




 二週間。

 私は情報がないと、サリュにはなにも与えなかった。どころか街の治安を維持する為に、裕馬に無関係な任務を幾つも投げた。君が必要だと、この街に縛り続けるように。


 にも関わらず、サリュは任務をこなし、待ち続けた。

 ただその時を、強くじっと待っていられた。




 第三皇子が歩み寄り、更にはリリーシャが逃げた。

 それでもサリュは、私の招集に答えた。そんな余裕はないと飛び出してもよかっただろう。私の声など振り切って、皇子に付いてもよかっただろう。リリーシャのことも、裕馬のことも、私と袂を別ってもよかった筈だ。


 なのに、私の前に現れてくれた。

 積み重なったあらゆる矛盾を、真正面から私へ叩き付けた。




 裕馬の正体を、過去を聞かせた。

 現状をも含めたその暗雲に、一度は道を見失って、動けなくなったかのように見えた。けれども彼女には、――いや、これは彼女らには、か。

 彼女らには、背中を押してくれる存在が居た。立ち止まるには惜しいと、俯いては見えないと、そう導いてくれた者が居た。……奇しくもサリュたちが挫いたことで、それを知った姉妹が。




 私が期待し、恐れていた通りに。

 否。それ以上に、ずっと、サリュは強い子だった。


 九里七尾の言う通りだ。

 これは完全に、私の敗北で、――そして同時に、勝ちへと繋がる道しるべでもある。


 諦めれば。

 諦めることを諦めれば、私は。


 私たちは、裕馬を。


「……………………」


 ああ、そうだとも。

 今なら間に合う、間に合ってしまう。


 それが私には、分かってしまう。

 血の共鳴が、――裕馬がまだ生きていることを、私に訴えている。


 だが同時に、裕馬が危うい状態であることすらも理解出来てしまい、……重ねて暴走をも共鳴されてしまい、感情を揺さぶられてしまう。

 人間としての自分と、鬼としての自分。正常な混血に収まるこの身ですら、激しく煽られ、暴れ回らんとする昂りを抑えきれないのだ。

 それもタチの悪いことに、どちらの自分も過剰なまでに、まったく同じことを訴えて来やがる。


 このままなにもせず、全てを見過ごせ。

 あの弟を、殺してやれ。

 それが私の為にも、あの子の為にもなるんだ、と。


 実に悲しい話だが。

 鬼の血には、同族を思う性質が備わっていない。鬼が絶えることによる血の絶滅を恐れ、危機感による暴走まで引き起こしながら、自衛の為と同族を潰すことに抵抗がない。徒党を組んでおきながらいざとなれば仲間でも喰らう、心底利己的なおぞましい種族だ。

 なるほど力だけの兵隊には、尚更にもってこいだ。離反者を自分たちの手で摘み取ることにも、血の抵抗がまるでないのだから。

 それ故に、裕馬たちはあの島で殺し合うことが出来る。種の根絶へと踏み進めながら、それでも自分という個体の為に他を踏み躙る。


 例に違わず、私の鬼の血も、暴走に晒され苛烈に裕馬の死を望む。

 近くに戻すには危険過ぎると、生かせばそれだけで自分の致命傷になると、ここで失った方が利になると、そんな思考を思い起こさせる。


 けれど厄介にもそれは、理性の私が求めている、諦めと同じだ。

 殺してやれと、そう叫んでいるんだ。


 だから私は、こんなにも頑なに。

 サリュを、サリュたちの言葉を拒んでしまう。


「……っ」


 なにがハッピーエンドだ。最悪でない可能性だ。後悔するなら前に進め、だ。


 そんなものは分かっている。裕馬は危険な状態でありながらまだ、自分を踏み外すことなく戦い続けている。そして生きているということはすなわち、鬼狩りたちの思い通りにも進んでいない。

 恐らく存在しているであろう暗躍者の狙いだって、未だはっきりとは見抜けていない。もしかするとこの国ではなく別の狙いがあり、今回の事柄全てがブラフの可能性だって十分に有り得る。日本国を危機的に見せ、注力させる罠とも考えられてしまう。


 今ならまだ、最悪に至る前に。

 或いはたとえ何者かの手の上であったとしても、サリュや七尾の力があるなら、せめて鬼狩りとの問題だけは、――裕馬だけは。


 だけど、それでは。

 その選択は、あまりにも感情的な。


「……いや」


 それを言うなら、全てがそうじゃないか。

 理性的などといいながら、鬼の血に急かされている。なにより苦しんでほしくないなどと、だから死なせてあげたいなどと、どこまで感情的なのか。

 サリュたちだってそうだ。感情的に、直情的に。


 なにも分かっていないのに――そうじゃないだろう。

 なにも知らないのに――だから教えたじゃないか。

 たった一人ではなにも――でも一人じゃなくて。

 この子たちは、あまりにも――そうだ、この子たちは。


「……そう、だな」


 もう、私がなにを言っても無駄だ。

 あらゆる情報を得ていながら、様々な用意を進めながら、今もその計画が着々と身を結びながら、――それでも私は選べず、踏み出し切れなかった。


 だけどこの子たちは、違う。


 なにも見えない暗闇の中でも、その道を選んだんだ。

 今は手の届かない先の未来を、まだ抗えると信じたんだ。


 そして、その手を、今。

 私は彼女らから、差し伸べられている。


 力になる。

 だから、力になって欲しい、と。


「奇しくも、あの時と同じようサね」


 カウンターテーブルで、小さく息をこぼし。

 七尾は静かに宙を、どこか遠くを見つめながら呟いた。


「勝手に道が作られていく。状況が出来上がっていく。諦めるつもりだったのに、高望みしないつもりだったのに、想定以上が提示されてしまった。……慣れろ、と言いたいところだけど、また迷うのも仕方ないサね」


 独り言のように、それでいて、確かな私へと向けて。

 静かに優しく、聞かせるように言う。


「けどね、あの時も今も、その道を作り出したのはアンタだよ」


 そうだ。

 そうなってしまうんだ。


 あの時も私は用意を進めて、作戦を実行して、それが全ての始まりだった。

 裕馬を洞窟から逃がす。その後は、殺されてしまうか――それとも島を支配し生を勝ち取るか。あの夜でさえ、私はどちらに転んでもよかったと。


 けれどそうして転がしたのは、私だ。

 最初の道を切り開いたのは、他でもない私なんだ。




 今の、この光明も。

 裕馬を助け出すことが出来る、僅かな糸口も。


 ――私が用意し繋いだ、確かな道なんだ。




「――ハッ」


 だったらコレは、尚更に。


 今度こそ。

 他の誰にも、譲る訳にはいかない話だ。


「やっぱり違うね、サリュ」


 髪をかき上げ、立ち上がる。

 偉そうにも座して向き合うではなく、腰を上げ、真正面から立ち合わせる。参謀なんて立場で胡坐をかくのではなく、この足でこの身体を支え、状況を踏み締める。


 過去のあの日もそうでありながら、神守姉妹の時もそうだった。

 どうにも私は、座り続けるのには向いていないらしい。……向いていないが故に、余計なことを考え過ぎてしまうのだろう。

 今は鬼の血の共鳴もある為、余計に、じっと考えてなどいられない。殺してやれという感情と同様に、とにかくこの身を暴れさせたいと、そんな風にも思ってしまっている。


 引き籠るのは、うじうじ悩むのは終わりにしよう。

 今度こそ、この道の最後まで至ってやろう。


 この足で、この身体で、――この私が。


「サリュ、――これは、私の策だよ」


 生憎まだ、手放してはやれない。

 私の用意は、次の手は既にあるのだから。


「本当に助けたいなら、私に従いなさい」


 一歩を、踏み出す。

 最後にその背中を押したのは、先程のサリュの言葉だった。


 ――もしも間に合わなかったなら、腹いせに滅茶苦茶にしてから、すぐに街に戻ってくる。


 まったく妙案だ。

 私もそれに倣って、自身の中で決心する。


 もしも助けて、それでも裕馬が不幸そうだったなら。

 追い縋る苦しみや悪運たちから、この先も逃げ切ることは敵わないとなったなら。

 もう嫌だと、そう言うのだったら、――その時に。


 それでいい。

 だから――、




「――悪いが私に、命を賭けてもらうよ」




 私はそう、宣言した。




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