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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
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第一章【15】「日本国の妖怪たち」



 ◆     ◆     ◆




 わたしの師レイナ・サミーニエは、国の王様に勅命を受ける大魔法使いだった。

 国王様が命じるままに人を癒し、花を咲かせ、城を作り替え、祭りを執り行う。

 彼女の魔法がどれだけ国に貢献しただろうか。

 わたしもその姿に憧れ、レイナから学び時に手伝い、国を栄える為に魔法を振るった。


「サリーユ。貴女は本当に素晴らしいわ」


 レイナはいつもわたしを褒めてくれた。


「ああ、サリーユ。貴女は私の最高傑作よ!」


 そう声高々に喜んでくれた。


 だけど最高というのはきっと嘘だ。

 だってもう一人、わたしよりずっと凄い子が居るのだから。




 ◇   ◇   ◇




 お城の庭園。

 花に囲まれた煉瓦の道を駆けて、帰って来たわたしに飛び込み抱きしめてくれる。

 レイナの弟子たち十数人の中でわたしともう一人、二人だけの黒髪の女の子。


「おかえりサリュちゃん! お疲れ様!」

「ただいま、リリ」


 リリーシャ・ユークリニド。

 わたしの大切な友達。

 それでもって永遠のライバル。


「聞いたよサリュちゃん。今日は大きな池の周りに、沢山の花を咲かせてきたって。見には行けなかったけど、街の人たちが口々に言ってた。とても綺麗で素敵な光景で、奇跡を目の当たりにしているようだったって」

「言い過ぎよ。リリならもっと綺麗に出来たに違いないわ。量だってもっと沢山、池を埋め尽くしちゃうくらいに」

「埋め尽くしたらダメだよ」


 そんな他愛もない話が最高に楽しかった。

 リリもレイナと同じで、わたしが一番だって言ってくれる。


 けれど悔しい話、リリの家の方がずっとお金持ちで、魔法の腕だって段違いだ。

 人を治すのも花を咲かせるのも、勉強熱心で日々一歩先を進んでる。……わたしも負けないようにって勉強してるのに、全然追いつけない。

 それを悔しくは思っても、嫌だと思ったことはなかった。

 わたしだってそれなりのものは持っている。このまま勉強を続ければ追いつける筈だと、むしろ挑戦心を燃やしていた。

 なにより一緒に居るのが凄く楽しくて、幸せだったから。


「じゃあサリュ、夕飯まで勉強しよう」

「やーよ。わたしは疲れてるから寝るの。リリも一緒に休みましょう」

「とか言って、私が寝たら一人で自主練する癖に」

「……しないわよ」

「絶対するよ!」


 わちゃわちゃと言い合って、結局二人で魔法の勉強をして、お互いに高め合って。

 いつかレイナのような立派な魔法使いに。


 そんな充実した日々が続いていくんだって。

 その時のわたしたちは、なにも不安を感じていなかった。




 ◇     ◇     ◇




 だけど、戦争が始まった。

 国王様が他の国への侵略を決行したのだ。


 その為の戦力として、当然わたしたち魔法使いへも命令が下る。

 敵兵を屠れ、敵国を滅ぼせ、街を破壊し死体の山を積み上げろ。


 レイナはどうしてか、なにも抵抗を示さなかった。

 わたしたち弟子の前で国王様に頭を下げ、「ではそのように」と承諾する。

 仕方がないと思った。国に仕えるのがわたしたち魔法使いだ。戦うことが国の為になるなら、国の為に魔法を振るわなければならない。


 わたしたちは攻撃を学んだ。

 手をかざせば建物が砕け、力を込めれば炎や雷が標的を駆逐する。命じられるままに物を、人を傷つけていく。

 魔法が持つ、圧倒的な破壊の側面。それを、思い知らされていく。




 その過程で、分かってしまった。

 ――確かに、わたしは一番で、最高傑作なんだって。




 ◆     ◆     ◆




 昨日と変わり、図書館一階にある喫茶店へ。

 昼頃で大勢ごった返していたが、なんとか四人掛けのテーブル席を取ることが出来た。


 本来は図書館の従業員がこの時間帯に使うのはマナー違反とされているが、サリュも千雪も働き手ではないので大目に見て欲しい。

 それとは別に、四人テーブルを占拠するのはどうかと千雪から指摘を受けたが。……それこそ仕方がないことだ。

 なんたって三人の内一人は、とんでもなく食うのだから。


 大きな卓上に、並びに並ぶお皿の数々。

 ステーキハンバーグハムベーコン。

 ミートパスタナポリタンパスタペペロンチーノマルゲリータ。

 ベーコンピザチーズピザトマトピザマッシュルームピザ。

 ハニートーストにホットケーキタワー。

 それから食後に、チーズケーキティラミスケーキ。苺パフェ抹茶パフェ白玉餡蜜が来ることになっている。


 金銭については大丈夫だ。ああ、大丈夫だとも。

 魔法のカードを使えば、どこまでだって食べられる。

 ウェイターが苦笑いで「分割しますね」と言ってくれていた。

 そこそこ貯金もあったと思うから、借金を背負う羽目にはならない筈だ。


 というわけで、問答無用。

 わざわざ注文しているが、これならいっそ「右から左全部下さい」でも構わんぞ。

 などと、もはや投げやりになる俺と、――絶句する千雪。


「だから言ったんだよ。中華街でいいって」

「いや、ここまでなんて聞いてないよ」


 まあ、同感だ。仕方がない。

 こんな小さくて可愛らしい女の子が「よく食べる」って言っても、ここまでのものは、想像出来ないって。


 かくして、気を遣った千雪の誘導により、量より質の喫茶店に入ることになった。


「ごめん、ゆーくん。当分ジュース奢るね」

「気にすんな。せっかくの女の子との昼食だって、張り切るお前は正しい」


 ただ、相手が規格外だったという話だ。

 予想通りの強烈な物量に、先程までの空腹感は何処へやら。

 どうせなら俺もと調子に乗って頼んだ高級ハンバーグも、味が分からない。代わりに無料の氷水がやけに沁みる。


「ユーマ、ユーマ!」

「おうおう。美味しいかー」

「ええ、最高よ! パスタの濃い味やラーメンとは違った麺の感触、ピザの柔らかく熱々な旨味、ハニートーストの蕩けるような甘味! どれもこれも味わったことのない絶品ばかりよ! この世界の食文化は素晴らしいわ!」

「そいつはよかった」

「んー、たまらないわ! だけど昨日のラーメンもまた食べたいわね。ここが終わったら行きましょう! 締めのラーメンっていうのよね?」


 直後、水を飲んでいた千雪がむせた。口元を覆い、堪え切れないと咳き込み続ける。……そういえば昨日はアッドも噴き出していたな。

 しかし流石は女の子、豪快に飛び散らせるようなことはない。綺麗な着物も無事のようで安心だ。

 そうやって色々と騒いでいれば、当然視線はこちらへ集まる。

 スライムの爺さんや、複数の目をこちらへ向けるメドゥーサみたいな蛇髪の女性。一つ目の藁を着た小僧や一本足の青年などなど。

 見た限り、見られて困る『一般人』には気付かれていないみたいだが。


「人気のあるお洒落な喫茶店だって聞いてたが、こういう配慮もあるからか」


 どうやら俺たちが座る席の周辺は、見えないナニかで区切られているらしい。

 お陰で往来の中、大して気にせず食事が楽しめる。

 他の同業者にはお騒がせして申し訳ないが、笑ってくれているので許して貰おう。


「それにしても凄いのね、妖怪って」


 ごくりと大きく喉を鳴らした後、サリュが千雪に言った。

 千雪はハンカチで口元を抑えながらも、なんとか落ち着きを取り戻したようだ。


「そう、ね。塗り壁のイタチくんって妖怪なんだけど、知ってる?」

「んー、知らないみたい。塗り壁って言葉には心当たりがあるけれど」

「ゆーくんの知識不足だね」


 非難され、じっとりとした視線を向けられる。縁者の俺が知らないことはサリュも知らない。完全に俺の所為ってことだ。

 んなこと言われたって知らないものは知らない。なんだよ、イタチくんって。


「塗り壁の知識があるなら説明は簡単だけどね。透明な壁を作り出す妖怪だよ。一本道に現れて通せん坊したり、こうやって区画を包み込んで気配と音を消してくれたり」

「その塗り壁がイタチなの? 茶色い毛皮の、小さな?」

「うん、サリュちゃん正解。塗り壁って妖怪の正体には、タヌキとイタチがあるの。この喫茶店で勤めてるのはイタチくん」

「流石は千雪だな」


 隠れ家で働いているだけあり、顔が広い。

 と、褒めたつもりだったのだが、また非難の視線を受ける。何故だ。


「あーあー。イタチくん、うちの常連さんなのに。ゆーくんも何度か顔合わせてるのに」

「知らねぇよ」

「これだからコミュ症は」

「コミュ症じゃねぇよ」

「じゃあもっと他の人とか妖怪に興味持ちなよー」


 などとガミガミ言われるが、無視だ無視。

 ともあれ、妖怪塗り壁イタチくんによってこの席のプライバシーは守られているらしい。ここなら営業時間の日中であっても、堂々と昼食を楽しめる。


 正直、俺も姉貴も普通にしている分には人間と変わらない。こういう部分を意識したことはあまりなかった。

 ……改めて、自分が外れた存在であると認識させられるな。


 に、しても。


「それじゃあチユ、他のお店とかもこういう妖怪たちが働いているの?」

「そうだね。サリュちゃん昨日ラーメン屋に行ったみたいだけど、雷雷亭かな。日中なら煙々羅さんっていう煙の妖怪が、調理の湯気に紛れて厨房を隠してると思うけど」


 チユとサリュちゃん。

 一時はあらぬ誤解で一触即発かとも危ぶまれたが、どうやら打ち解けられたらしい。


 それにサリュは自分で言っていたように、知識の収集に前向きだ。

 俺との関係どうこう以上に、妖怪という存在への興味が勝ったのだろう。さっきから気になったことを尋ねてばかりだ。

 悔しいが千雪に呆れられたように、俺の知識は乏しい。サリュにとっては願ったり叶ったりの話し相手だ。


 妖怪トークで盛り上がる二人を横目に、もう一度周囲を見渡す。

 周辺を薄っすらと半透明な膜が覆っているのは見えるが、イタチくんの姿はない。こっそりどこかに隠れているのか、設置して別の場所にいるのか。

 失礼ながら知らなかった相手だが、関わってしまうと多少の興味は持つ。また鉢合わせる機会があれば話してみよう。


 今はイタチくんもだが、周囲の関係者たちが気になった。

 スライムさんやメドゥーサ、一つ目小僧の面々。

 今は塗り壁に隠れて昼食を楽しんでいるが、ここに来るまではどうしていたのか。


 疑問に思った矢先、彼らが身に付けている飾りに気付く。

 スライムさんは身体の中心に青い宝石のペンダント。メドゥーサは右の手首に赤いブレスレット。

 その他妖怪や転移者たちも、ネックレスやリストバンド等で着飾っている。

 それらは単なるお洒落じゃなくて、確かそういう身に付けるものになにかがあった筈だ。


 考えていると、丁度サリュたちがその話をしていた。

 千雪の衣服、着物についてだ。


「チユは雪女なのよね。着物を着ているからそれっぽいけれど、一見着飾った普通の女の子にしか見えないわ」

「人間とのハーフだし、そもそも雪女って人間に近い妖怪だから。でも肌の色素がちょっと白かったり、触ると温度が低かったり、色々あるんだけどね」

「そういうのって普通に生活してるぶんにはバレないのかしら」

「ううん、結構見つかっちゃうし、それはまずいんだ。だから私たちは、身に着けてる物におまじないをかけてるの。周りの人たちの目を欺いてるっているか」

「そうなの? って、なにか知ってるような、知ってないような」

「ゆーくーん」


 また千雪にギロリと睨まれる。

 悪かったよ色々とうろ覚えで。俺も今咄嗟に思い出せてきたくらいだ。


「アレだよな。塗り壁同様気配を消したり、幻覚で違うものを見せたり、最近は異世界の技術で違う映像を張り付けてたりするんだろ?」

「正解だけど、疑問形なので要勉強注意」


 本当に知識の足りない縁者で申し訳ない。

 なので千雪が補足してくれた。


「みんなそれぞれ自分に合ったやり方で正体を隠してるってこと。出身の世界でそういうアイテムがあるならそれを使うし、無ければ肌に合うものを使う。私は妖怪だから妖術の応用で隠してるし、サリュちゃんも自分の魔法で誤魔化せるかな」

「幻視や催眠の魔法でよければ、違う姿を見せたり隠れることは簡単ね」

「じゃあ特に支給品の準備は必要なさそうかな。って、そうそう。書類を完成させに来たの、すっかり忘れてたよ」


 言って、慌てて着物の裾から用紙を五、六枚取り出す。

 そういえばそういう用事だったな。お互いサリュに圧倒されて記憶から飛んでいた。


「昨日ゆーくんから名前しか聞いてなかったから、仮登録しか出来てない項目があるの。だからもう少し個人情報が欲しいんだけど」

「うん、分かったわ。なんでも聞いて頂戴」


 そしてまず初めに、プロフィールについてから入り。


「本名はサリーユ・アークスフィアで合ってるよね。性別は女性で、年齢は幾つなの?」

「十九よ」

「そうなんだ、サリュちゃん意外に年上なんだね――……って、年上!?」


 やはり俺と同じく、その部分で驚愕した。



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