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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
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第四章【32】「盤外Ⅱ」


 全てを話す、だから力を貸して欲しい。

 そう言ったオトメは、続けてリリにも力を借りていることを告白した。それはつまり、たった今、わたしたちが集められた緊急事態は、想定されていた事柄ということになり。

 その嘘を吐き通す為に、こうして召集されたのでなければ。

 力を貸して欲しいという、それこそが本来の目的。


「……リリ、にも」


 思うところがない、なんてことは有り得ない。どういう意図で、どういう理由で、どういう感情で、リリに協力を仰いだのか。病院を抜け出したあの子は、一体今、なにをさせられているのか。


 なにより、どうしてわたしより先に、……わたしではなく。


 問い詰めたいことは、幾らでもあった。

 けれど、わたしがそれらを尋ねるよりも、先に。




「鬼の起こりについて話そう」




 暗く夜に落ちた、静かな隠れ家にて。

 オトメはわたしたちへ、そう話を切り出した。


 鬼の起こり――起源について。


「悪いが事態を伝えるに当たり、サリュには全てを知ってもらう必要がある。回りくどいだろうが、一から全部、だ」


「全部、って」


「鬼という存在、しいては愚弟の抱える根本的な問題についてだ」


 どの道、今すぐに動けることはない。現状は全員がこの場で、この店で待機していることが最善であり。

 そして来るべきその時、力を貸すというのであれば、その問題を頭に入れておかなければならない。


「必要がある」


 オトメは再度、そう言った。


「……そもそも私はね、この件にサリュを関わらせまいとしていた。そうするべきではない、とね。いつか力を借りるとしても、それは後ろの双子だと」


 言われ振り向けば、シロは銀色の髪を揺らしながら小首を傾げていて――けれどクロは静かに、微動だにせず、なにかを呑み込んでいるようだった。

 わたしは再度、オトメに向き直り尋ねる。


「っ。……どうして、わたしでは駄目だったの」


「駄目ではない。だが適任ではないと考えていた。何故なら今回の件は、この国が抱える根の深い問題であるからだ」


 鬼。

 妖怪と、半妖。

 それを討伐する対妖怪組織。


 今回の件は全ての要素が、日本国そのものの成り立ちに深く関係している。酷く歪な情勢や感情によって作られてきた、厳格にして曖昧な規則が、複雑に雁字搦めになっている。それは容易に首を突っ込める問題ではなく。


 なにより、日本国の生まれではない者は、関わるに即していない。

 それがオトメの判断だった。


「例えるならこの国の在り方は、毒を以って毒を制する。しかし、毒を忌む。妖怪とはまさしく、その毒でね」


 いつか誰かから聞いた受け売りだが、と、オトメは続ける。

 すなわち妖怪を制する為に妖怪の力を借り受け、けれども最後には、その力を借りた妖怪をも殺してしまう。


 それはこの世界が、人間を主軸とした人間世界故に。

 常識を外れた存在は、決して表に出ることは許されず、在ることすら潜ませなければならない。


「……そんなの」


「おかしいか? それとも哀しいか? だがそれがこの国だ。……もっとも正確に言うのであれば、殺しまではしない。飼い慣らし、閉じ込める」


 人間の為に利用され、人間の為に日陰へ追いやられる。

 そんなあまりに一方的な規則を、他でもない妖怪自身が遵守し、破るモノを裁く。


「それが、この日本国が選んだ共存共栄」


 だけど尚、良き国と名が知れ移住者が集まる。目に見える紛争や対立はなく、公には事件の少ない平穏な世界。最近こそ、襲撃等で危ぶまれている状況ではあるが、それでも数ある異世界の中では、選りすぐりの治安だといわれている。

 それ故に、正しくなくとも良き世界を作る規則であると、多くの者が受け入れ従う。事情を知りながらも、飼われに来る来訪者が後を絶たない。

 良く出来た籠の中で、ひっそりと生き永らえることを選ぶ。


「本来、こんな事実を知る必要はない。なにも疑問を覚えることなく、ただ悠々自適に流れに身を任せていればいい。矛盾や理不尽さに気付こうとも、大きなものでなければ気にしないよう努めればいいんだ」


 けれど、今回の件へ介入するというのであれば。

 オトメに力を貸し、ユーマへ関わるのであるならば、それは出来ない。


「サリュには受け入れてもらわなければならない。許容出来ずとも、反発しようとも、そうなっている事実からは目を逸らしてはならない」


 まさしく、ユーマは。

 この国に生まれた半妖の彼は、その規則によって危機に瀕しているのだから。

 オトメは言った。


 ユーマの現状が、これからの境遇が、たとえどのようなモノであっても。

 否定してはならない。

 踏みにじってはならない。


「力尽くを以って、解決してはならない」


 たとえそれが、ユーマの死を目前にしたとしても。


「――――」


 わたしは、それに答えられず。

 それでもオトメは、話を始めた。


 鬼の起こりを、と。






 それは遠い遠い、遥か昔の伝承だった。


「昔、この日本国には大きな飢餓が発生した」


 気候の変化、災害、はたまた呪い。通説は多く残され様々存在しているらしいが、とにかく、国中が飢えに苦しむ時代があった。

 それも数年、数十年ではない。日本国全体を襲った激しい飢えは、数百年にも及んだのだという。


「野菜が育たず、だから家畜も成長しない。僅か少数の上位、いわゆる貴族に類する者たちですら、贅沢な暮らしは出来なかったそうだ」


 誰もが自ら作り出すことは出来ず、人道を外れ強奪を行うにも物がない。食物そのものが枯渇してしまった、行き詰まりの世界。

 そんなの、考えるだけで背筋が凍るけれど。


 じゃあ、その飢えをどうやって乗り切ったのか。

 当時の人たちは、一体どう生き延びたのか。


 その手段の、一つが、


「やがて人々は、食人を行った」


 人間が、同じ人間を食べる。

 今も多くの世界でタブーとされる禁忌に、手を出してしまう人たちが居た。


「最初はほんの少数人。死んだ人を埋葬するくらいなら、と、始まった説が有力とされているが、……そういう時代だ、仕方がなかったんだろうね」


 一度踏み出してしまえば、後は坂道を転がっていくように。人たちはそうしてしまうことに抵抗を失い、機会も増えていく。

 行き着くところまで、落ちていってしまう。


「次第に彼らは死者ではなく、生きている者たちをも喰らってしまった。物を奪うのではなく、人を喰う為に人を襲い始めてしまった。そしてその肉を頬張り、飢えを凌いでいた」


「…………」


「当然だが、その者たちは飢餓を克服した。勿論喰われる人間も万全には程遠く、栄養満点ともいかなかっただろうがね。だが飢えからは逃れることが出来、――けれど一度食べたところで、じゃあそれで終わりという訳でもない」


 放っておけば、再び空腹感に苛まれることとなり。

 彼らは再び栄養源を求め、人を襲う。


 そしてそこで、最悪の関係が作られてしまった。

 喰う側は強く、喰われる側は弱過ぎたのだ。


「これまた当然だ。人を喰う人間は血肉を得て肉体を取り戻していき、人を喰うに踏み出せなかった人間たちは、未だ飢えに苦しみ続けている。力関係は明白に開かれ、一方的な搾取の舞台が整えられてしまった」


 襲われる側にとっては、あまりに絶望的。まともに立ち向かうことすら出来ない、圧倒的な理不尽。

 その時代、人を喰う彼らは畏怖を込めてこう呼ばれたのだという。


 ――鬼、と。


「がっしりとした身体や赤色ってイメージも納得だ。喰われる側からすれば、恐ろしく強大な生物に見えただろうね」


 弱った身体で振り下ろす刃物では、傷もつかない硬い皮膚。なんとか斬り付けられても浅く裂けるくらいで、あっという間に血が止まってしまっただろう。

 その圧倒的な腕力も、暴力性も、まるで別の生物のようで……。


「事実、別の生物になってしまう者が居た」


 人間外の領域に踏み出してしまった者たちが、居た。

 この国の、この世界特有の法則によって、存在が捻じ曲げられた者たちが。


「法、則」


「君たち魔法使いが『魔法使いの国』で生まれるように、私たち妖怪も『妖怪の国』で生まれる法則や原理がある。それだけのことだ」


 そうして変容した彼らは、正真正銘の鬼となる。人知を越えた力を発揮し、より苛烈に人を喰らい、次第に勢力を伸ばしていく。


 だが、時代を鬼らが支配することはなかったのだという。


「都合のいいことに、それで歯車がかみ合ってしまってね」


 鬼らはやがて、人間だけを食するようになってしまった。人間の肉だけを欲する、人間に対する脅威として完成されてしまった。


 つまり。

 彼らは人間が欲していた食物を、必要としなくなったということで。


「人を喰う鬼たちは、動物や野菜を欲することがなかった。更には人喰いの所為で、国全体の人口も随分減ってしまったからね。結果として、日本国は飢餓の時代を乗り越えてしまったのさ」


 最悪にも、その最悪によって事態は収束を迎えた。


 そこからはもう、上下の関係が逆転する。

 人間たちは、搾取されるだけの弱者ではなくなっていった。むしろ取り戻した力を糧に、恨みを晴らすべく鬼たちへと襲い掛かったのだという。


 その鬼への抵抗組織こそが、鬼狩り。


「昔はそれこそ数多の集団が作られてね。そしてその鬼狩りたちを中心に、長い時間を掛けて、日本国から鬼たちは排斥された訳だ」


 その活躍も、もはや昔話。今ではもう、絶滅の危惧に立たされる。あの島に住まう少数だけが唯一、鬼狩りの名を継いでいるらしい。

 オトメはそれを、虚しい残党だと言った。


「そのまま歴史の中で全ての鬼が討伐され、役目を失った鬼狩りも解体される。それが一番だっただろうにね。鬼の起こりも残酷な現実だが、鬼狩りの創設も恨みや怒りといった負の感情。どちらも消えて失くなるべきだったのさ」


 だけど鬼狩りは今も在り、鬼の血もまた、絶えることはなかった。

 こうして語りを聞かせてくれるオトメや、ユーマたちの中に、その血が残り続けている。


 そうして未だに拭え切れないことこそが、この世界の独特な価値観故であり、この事態を引き起こすこととなった根深い部分にあたる。


 時代に生きる人々は、今に至るまで鬼を抹消することなく。

 その毒を、扱うことに決めてしまったんだ。


「生憎知っての通り、この世界に在る人間外の存在は鬼だけではない。妖怪と呼ばれる異種は多くの姿が確認され、それらも時として人間に牙を剥く外敵であった」


 それ故に、鬼狩りたちはやがて専門性を捨て、対妖怪組織として編成し直されることとなり――そして、その過程において。


 彼らは妖怪を狩る為に、妖怪の力を受け入れることを決め。

 鬼の血を受け入れるという、判断を下してしまった。


 より強大な力を得る為に、混ざり合うことを選んだのだ。


「でもね、歴史や記録だけを見れば、結果的にその判断は間違ってはいなかった。鬼の血を混ぜた戦士たちは大きな戦力となり、悪事を働く妖怪たちを幾つも葬ってきた。ま、当然といえば当然だけどね」


 でも、前述したように。


 毒を制した毒であっても、決して受け入れられることはなく。

 奇しくも鬼の血を持った彼らは、疎ましがられ数を減らされ。


 現代に至っては、鬼餓島と呼ばれる境界へと追いやられ、軟禁されることとなった。


「それが」


 それがこの国の歴史における、鬼という存在と、派生した鬼狩りという組織の成り立ち。

 ユーマやオトメたちを取り巻く、根本的な起こりだった。






「少し補足をしよう」


 妖怪にはそもそも二種類が存在している、と、オトメは切り出した。


「今言ったように、人から人外へと境界を踏み外した者たちが居る。この国の土地によって、まったく別の存在へと変貌してしまった者たちだ」


 オトメの言った、妖怪を生み出す『妖怪の国』の法則による変貌。

 曰く、この日本国にはパワースポットと呼ばれる力の吹き溜まりが幾つも点在し、その集合した力が時として、人間や世界に影響を与えられるのだという。

 前述にあった、人喰いの人々が真の鬼へ成り代わったように。更にはこの国が『転移多発国』として異世界特区と呼ばれる要因も、そこにある。後者に関しては、初耳ではなかった。


「その力の影響を受け、幾つもの妖怪が誕生した。サリュの知るところでは、鬼や雪女が当てはまる。私たちは、人間をベースとした妖怪だ」


 そして、もう一種類。

 人ではないモノをベースとした異形が居る。


「同じく身近で言うならば、九尾の狐や女郎蜘蛛、姉妹に宿るがしゃどくろもか。それら妖怪は、元を狐や蜘蛛、屍としている。他にも有名だと、付喪神なんかもそういう類だ。動物や道具が、人の意志と土地の影響によって変貌した」


 人で在った者と、そうでなかったモノ。

 双方共にこの国で生まれた『妖怪』でありながら、根本的な出自を異なる。

 ナナオは人の様に見えるけれど、本質は狐で。特級会議で鉢合わせたヤヨコも、正体は蜘蛛ということ。


「では本題に戻るが」


 そして、オトメは更に踏み込む。

 歴史や伝承は終わりだ。事の起こりから遡り、――ユーマに立ち塞がっている、この問題の本質へと差し掛かる。

 避けては通れない、現実へと。


「先程話した、毒を以って毒を制す――妖怪の血を受け入れるという選択だが」


「ええ」


「ソレは厳密に言うと、人間をベースとした妖怪を、人間に取り入れようという画策なんだ。大本が同じであるならば、混じり合わせることは可能だろう、ってね」


 ああ。

 それだけで、十分に察せられた。


「人を遥かに上回る異形の力も、同じ人の因子を持つ対象であれば、人の物とすることが出来るかもしれない。――それが、私やユーマ、混血や半妖と呼ばれる存在の発祥だ」



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