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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
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第四章【31】「盤外Ⅰ」


 緊急事態。

 ナナオからそれを告げられ、クロの通信機器を経由して概要を伝えられ。


 わたしたちは、すぐさま森を抜けて隠れ家へと集められた。


 先導するナナオに続いて、わたしと他に、シロとクロの神守姉妹。道中、同行していたアレックスやドギーの姿は、今はない。

 正真正銘、百鬼夜行の側に立つわたしたちだけが残される形になった。


 そうしてナナオに導かれるままに、わたしたちは店内へと踏み入れ。


「夜も深くに急ぎですまない。なにぶん伝えた通り、緊急だ」


 待っていたのは予想の通り、通信機越しに事態を話したオトメで――それ以外には、誰の姿もなかった。

 電灯は落とされ、窓からの月明かりだけが店内を薄らと照らし出す。完全に閉店した店内は息を潜め、テーブルも椅子も全てが不在に並べられている。オトメはただ、その閉じられた隠れ家のそのままに、ただ一つの席を間借りしているだけ。

 卓上にも一際強い光を放ったタブレットが置かれているのみで、無人も、静けさも、それだけで事足りると言われているみたいで。


「……どういうこと、よ」


 わたしは、そう言うことしか出来なかった。


「私もたった今報告を受けたところで調査中だ。既に何人にも動いて貰っている。当然だが、サリュの力は必要不可欠になる。なにやら所用のようだったが、こちらを優先して待機していてくれ」


「待、機」


「ああ」


「探しに行け、じゃ、なくて?」


「今すぐに動くのは得策ではないだろう。どうやら街のカメラ等で確認した限り、街の外へ向けて夜空を駆ける光が見られた。既に遠くへ逃げられた可能性が高いが、――それともサリュ、見つけられるか?」


「……いいえ」


 無理だった。

 既に墓地を出る前に、とっくに試して失敗している。


「やはり難しいか。――それでサリュ、黒音と真白以外の同行者が居た筈だが」


「……二人は、別件が入ったって、そっちへ行ったわ。向こうも、緊急事態だって」


「そうか。立て続けにとは、これではまるで――」


「ねえ、待って」


 わたしは、オトメの言葉を遮った。

 遮って、尋ねた。


 なんで、どうして?

 なにより――このタイミングで?




「病院からリリが脱走したって、どういうことなの?」




 緊急事態って、本当にその通りで。

 だけどどう考えても、タイミングがおかしい。

 なにかが噛み合って、決定的に掛け違えてしまっている。


 だからわたしの質問は、なにが起こっているのか、じゃない。

 どういうことなのか――どうしてこうなるに至ったのか、だ。


「おかしい。そうでしょう?」


 重ねて、尋ねる。

 わたしの後ろで、クロもシロも、口を挟むことはない。ゆっくりとカウンター席へ移動したナナオも、ただ静かにわたしたちを眺めて、なにも言うことはなかった。


 みんな気付いている。或いはわたし以外の誰もが、分かっている。ナナオは勿論、きっとクロやシロも、なんらかの推測が出来ている。


 ただ、わたしだけが分からないでいる。

 その意味も、その意図も――この勘繰りが、本当に間違っていないのかどうかさえ、分からない。


 だから聞くしかなかった。

 わたしには、それしか出来なかった。


「ねえ、オトメ」


「……なんだい」


 オトメは椅子に座ったままに、真っ直ぐわたしを見定める。

 わたしもオトメを、決して見離すことはしない。


「ねえ、リリは、本当に今日逃げたの? たった今、逃げたの?」


「少なくとも、私はそうだと連絡を受けている」


「それじゃあ、――リリは本当に、今日までずっと眠っていたの?」


 あの病院で、左腕を失ってしまった程の深い傷で、昏睡状態に陥っていた。わたしはそういう風に聞いていたし、そうなっていた姿も何度も見ていた。

 だけど、今日その時まで、本当にそうだったのかどうか。わたしの前で、本当にリリは眠っていたのかどうか。


「わたしには、確証がない」


 思えば迂闊だった。

 わたしはずっと、リリは眠っているんだと思っていた。事実、何度か顔を見に行って、そうしているのを目にしてきた。

 だから、わたしはあの病室で魔法を使ったことがない。

 なにかを感知することもなかったから、調べることもしなかった。


 わたしが訪れた時、その全てで、リリが起きていたのだとしても。

 わたしはそれに、『気付けないように』されていた可能性がある。


 リリの魔法によって、誤った認識を与えられていてもおかしくない。


「リリが起きていて、周囲を誤魔化し続けていたとしたら……もうなにもかも手遅れだわ。あの子には全てを用意する時間があった。最悪居なくなったのだって、今日気付いたってだけで、数週前から脱走していたって不思議じゃない」


 だとすれば、きっと見つけることは出来ない。そこまで周到に運ばれたなら、わたしが全力を投じても、どれだけ時間をかけても、二度と捉えることは出来ない。

 あの子が持ち得る全てを、逃走に注いでいたなら。


「もうなにを講じても、時間の無駄で終わるわ」


「……そうか。断言する程、か」


「ええ、そうね」


 肩を落とすオトメへ、強く頷く。

 ――だけど、それは。


「だけどそれは、万事がリリの思いの通りに進んだ場合だわ」


 まんまと騙されていた可能性の高い、わたしが言うのもなんだけれど。

 きっと、それこそ有り得ない。万事が思いの通りに進むなんて、そう上手く運べる筈がない。リリであっても、わたしであっても、完璧など作り得ない。

 だってこの国の人たちが、百鬼夜行という組織が、オトメたちが、なんの対策もしていないなんて有り得ないのだから。


 こうならない為の手段を、彼女らは幾つも持っていた筈なのだから。


「ねぇオトメ、答えて」


 わたしは一歩を踏み出し、詰め寄る。


「リリの病室には、なにかを仕掛けてはいなかったの? 逃がさない為に、逃がした時の為に、なにかはなかったの?」


「……簡単な密室の陣、及び、動きへの警報は仕掛けていたとも」


「どうして簡単なの?」


 それはおかしい。

 あれ程の被害を起こしたリリを、オトメたちを遥かに上回るあの子を、たったそれだけで済ませる訳がない。

 それこそあの、魔法使いの力を減退させていた陣や、重ねて強力な対策を講じるべきだ。最悪の事態に備え、……リリを殺すくらいの用意がされて然るべきだ。

 それに、


「病院や周辺の状況は? 大丈夫なの?」


「……被害はなにも出ていない。病院はおろか、病室すら無傷だ。リリーシャはなにもしないままに、ただ消えた」


 オトメは表情を冷たく崩さないままに、淡々と答える。……その矛盾に気付いていない、なんて、有り得ない。

 一切の被害がない。そんなの、不可解過ぎる。有り得ないとまでは言えないけれど、そうする意味が分からない。納得が出来ない。


 事を大きくしたくなかった?

 物音一つ立てることなく、秘密裏に逃げ出す為に徹底した?


「……リリが、そんな風に動くとは思えないわ」


 わたしの『知っていたリリ』であるなら、そうして監視をかいくぐり、逃げだすことを選んだかもしれないけれど。

 あの夜対峙した『本当のリリ』が、何事も起こさずに逃げたとは、思えなかった。わたしに一切の関心もなく、構うことなく遠くへ行ったとは、考えられなかった。


 だってあの夜に、リリから叩き付けられた殺意は、紛れもない本物で。


「リリならきっと、わたしとの再戦を望む。その為に派手にやって、わたしを誘う筈。……加えてその被害を見せつけることで、わたしを傷付ける」


「どうかな。敗北し、怒りが折れてしまったのかもしれない。これ以上関わるのはごめんだと、諦め逃げたのかも――」


「そうだったらきっと、あの子は逃げようともしないわ」


 哀しいけれど、きっと、そうだろう。

 わたしは本当にリリを、少ししか知らない。だからあの子の考えや行動は、ほとんどが予測できない。逃げ出した手段についても、思い当たる魔法は幾つかあっても、どれを使ったのかがまったく想像出来ない。

 わたしの知らなかったリリーシャ・ユークリニドが、なにを好みどう選ぶのか、わたしにはまるで分からない。


 それでも、分かってしまうこともある。

 あの夜、あの時、勝ち目がないと追い詰められたリリは。


 ――間違いなく、死んでしまうつもりだった。ここで終わることを、受け入れていた。


 だから、


「あの子がわたしに敗北したことを認めているなら、きっと逃げない。わたしに負けていない、負けたままでは終われないって思ってるなら、尚更逃げようとなんてしない」


 なのに今、リリは消えてしまった。

 その理由は、一つだ。


「リリがなにも起こさず逃げたというなら、それは――別のなにかがあったから。それもきっと、あの子自身の内側から出て来た、個人的な理由じゃない」


「……なにが言いたい」


「なにも言えないよ!」


 わたしは遂に、声を上げてしまった。

 だって、そうせずにはいられなかったから。


「なにも言えない! なにも分からないもの! だから教えてよ、オトメ!」


 あなたは知っているでしょう?

 知らない筈がないでしょう?

 リリのことも、ユーマのことも、全部、全部っ!


「全部教えてっ!」


 でないと、わたしは――。



 わたしには、オトメの考えがまるで分からなかった。

 どうしてなにも教えてくれないのか、なにを隠しているのか、本当にそのなにかは動いているのか。

 それとも、実はなにも知らなくて、なにもしていなくて。

 ユーマのことなんて……。



 けれど、やっぱりそんな筈は、なくって。


「……」


 オトメは少しの間、言葉を発することはなかった。

 真っ直ぐにわたしを見つめたまま、それからゆっくりと視線を上げて天井を――どこでもない虚空を見やって。

 ユーマのこと、リリのこと、病院や状況の不可解さ。わたしが突き付けたそれらを吟味しているかのように、押し黙る。


「……ああ――分かった」


 やがて、観念したように。

 再び瞳に、変わらず立ちはだかるわたしを映したオトメは。


「全てを話そう」


 だから、


「だから力を貸して欲しい、サリュ」


 と、




「そして私は――リリーシャにも、同じく力を借りている状況にある」




 そう、言った。



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