表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
134/263

第四章【28】「圧倒/警告」


 一閃。

 少女の背後より放たれた光線により、魁島は両腕を吹き飛ばされた。


 肘を撃ち抜き、武具を諸共に千切り飛ばす一撃。寸前、魁島は迫る閃光へと刃を振るい、対応すべく動いていた筈だが。

 恐らくは、試みていた反撃を予測し――刀剣が魔法を扱うが故に、完全に制された。閃光が僅かに屈折し、展開した迎え撃つ刃の旋風を回避した。針の穴程の合間を縫って、腕へと直撃せしめたのだ。


 それは視認や感知などといったレベルではなく、全ての流れを掌握し切った正確無比の攻撃。使い手の名を関する彼女らにしか踏み入ることの出来ない、遥か高みの領域。


 魔法使いに魔法で敵うはずがないだろうと、覆しようのない事実。


「ッ、――ガ」


 成す術もなく両腕を奪われ、後方へと倒れ込む魁島は。

 しかし、左足を一歩後退させ、踏み止まり。

 喉を晒し、叫んだ。


「行けッツ!!!」


 その命令を合図に。

 瞬間――ザン、と。


『――――!』


 取り囲み、燃え盛る木々の影より。

 一瞬にして現れた仮面の鬼狩りたちが、一斉にリリーシャへと飛び掛かった。


 左右側面と背後。魁島へ攻撃を集中させていた彼女にとっては、完全な意識外からの複数人による強襲。タイミングも、一撃が通った直後という思考の隙を突いた不意打ち。

 刹那に入り込まれる刃たちは、総勢五名が連なる。決して多くはないが、それでも剣閃を届かせたならば、十分な必殺に成り得るだろう。


 が、それは。

 あくまで強襲に成功した話であり、目論見が的を射ていた場合であり。


 誤った認識では、対抗し得ない。


 バキリ、と。

 響き渡る鈍い轟きは、人体を穿った刺突音ではない。

 突き立てた刃らの方が、折れ砕けた破壊音だ。


『――――!?』


 面に覆われた彼らの表情は計り知れないが、取り囲む誰もが制止し、振るった刀剣の生末を呆然と見送る。真ん中で綺麗に断たれ、または根元まで砕かれ、失われた刀身を。

 刃は目的を達成することなく、道半ばにして阻まれ折られた。その切っ先では到底敵うことない、強固な障壁によって。


 そうだとも。知っていた。忘れる筈もない。

 リリーシャには、指一本たりとも触れることを許さない、盾があるのだ。


「なあに、コレ」


 心底つまらなさそうに。

 リリーシャは半透明の防壁を展開したままに、その外側で立ち尽くす鬼狩りたちを見回し、大きく息を吐いた。

 この無様な体たらくは、何事だと。


「猪突猛進、って言うんだっけ? それとも捨て身の特攻ってヤツ? ……まさか今のが好機を狙った一撃、って訳じゃないよね?」


 答える声はなく。

 ただ立ち往生する、鬼狩りらへ。


「あの人に攻撃してる隙を突いた、とか? 一撃喰らわせて、達成感とかそういうのに慢心してる、とか? あたしが盲目的になってるって推測? ……あのさぁ」


 リリーシャは、ただ冷淡に言い捨て。

 そしてゆっくりと、気だるげに右手を持ち上げ――。


「あなたたち相手になんの集中も必要ないし、なあんの感慨もないんだけど」


 その手を振り下ろし、瞬間。

 一帯が光に包まれ、大きく弾け飛んだ。

 発散された衝撃波が連中の身体を浮かせ、直後には迸る雷撃が叩き込まれる。鬼狩りたちは頭部や胸を撃たれ、防御や回避が間に合ったヤツも、手足を千切られた。


 五体無事になど済まされない。一人残らず、致命の深手を与えられる。

 一片の容赦も躊躇いも、言葉通りの感慨もない。


「……ッ」


 あの夜と同じだ。

 この身が何度喪失を繰り返したか。どれだけ街が破壊されたか。どれ程多くの死傷者が血を流したか。

 気を許すな、などと、余計なお世話だ。許せる筈もないだろうが。

 だが今この時、その力は俺の側で振るわれている。この身を逃がす目的で、またしても多くの血を流させている。


 じゃあそれを許せないのか?


「はッ」


 それこそ、馬鹿な。

 許さないなどと、言えるわけがない。

 この俺の手だって、自分の為に、十分に汚れているじゃねぇか。それを棚に上げるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 今だってそうだ。リリーシャだけじゃない。

 本来、彼女へ強襲したのは五人ではなく、七人であり――。


 彼女へ背後から迫った二人は――俺が仕留めた。

 すれ違い様に、走り抜けようとした二人の頭部と腹部を、それぞれこの爪で抉り取ってやったのだから。


「オイオイ、普通に考エろよ」


 右手で脳を叩き潰したヤツは、当然即死した。左手で脇腹をぶち抜いてやった天狗面の鬼狩りは、まだ近くでのたうち回っている。

 コレはソイツへの叱責だ。


「一斉攻撃って作戦だったンだろうが、俺を無視するのはダメだろ。ンなモン、近くを通られたらそりゃあ、手が出ルに決まってらァ」


 返事はない。

 ソイツはとめどない流血を抑えようと、必死に両手を腹部に当てて、呼吸し喘いでいるだけ。傷口には一応、紫電の光が見て取れるが――俺や魁島のようにはいかないらしい。

 可哀想に、転がり回るばかりだ。


『――ッ!? ――ガ、ギ』


「半端にも至らネぇ出来損ないか。諦めるんだな」


 それだけ言って、視線を戻し立ち直る。

 すれば振り向くリリーシャが、口元を歪めていた。冷たい笑顔のままに、ただ無言で俺のやり取りを見ていた。


 連中に向けた軽蔑や、退屈そうな視線とは違う。

 もっと、嫌な感情を纏わせたモノだ。


「……ンだよ」


「いいえ、なんでも。案外、そういう顔も出来るのねって思っただけ」


「なんでもあるじゃネぇか」


「大したことではないじゃん」


「ハッ」


 それは、どうだろうな。


「助ける気が失せたか?」


「そんなの元から失せてる。でもまあ、ここにきて手を汚さないとか綺麗ごとを言ってたら、それこそ見捨てて放り投げるか、あたしがあなたを殺してたわ」


「そうかヨ。ご期待に添えてナによりだ」


 そんな軽口を言い合うが。

 続く言葉は、再度の絶叫によって掻き消された。


「ッッッツツツ! ごちゃごちゃと喋ってんじゃねェ!!!」


 肩口から紫電を奔らせ、目を見開き歯を剥く。更にはその傍らに、別の面有りの鬼狩りたちが六人立ち並んで。

 だけど追撃はない。誰もが手に刀剣を握り構えながら、腰を落とし臨戦態勢でありながら、一歩たりとも動き出すことが出来ない。

 たった一人の少女に、絶対的な魔法使いを相手に、踏み入ることが出来ない。


 その上、重ねて。

 パキリ、と。燃え盛る光景を裏返すように、彼らの足場が氷塊に埋め尽くされた。


「ッ!? チィィィイイ!」


 困惑の後に声を張り上げるが、両腕を失い、足を囚われては成す術がない。魁島同様に、他の連中もただ動揺しその場へ張り付けられていた。お生憎様、先刻の炎のような対抗手段は誰も持ち合わせていなかったらしい。


 それから遅れて、側面から歩み寄る着物姿の少女が。


「……ゆーくん。無事で、よかった。大丈夫?」


「チビ――千雪」


 引き離されていたが、なんとか合流か。相変わらず自分を差し置いて、こっちの安否の確認から入りやがって。

 見れば白の着物は焦げ落ちボロボロで、本人の顔色もまるで良くない。額にも腕や足にも、肌色が剥がれ半透明な氷面が覗いたままだ。お前こそ、ギリギリ大丈夫って感じじゃねぇか。

 それでも五体無事に、ふらふらながらもゆっくり歩みを進めるのは、両手で抱え持った大きな氷塊のお陰だろうか。

 窺えば予想通り、不服そうに眉を寄せながらも、千雪が言った。


「……助かったわ、リリーシャ・ユークリニド」


「だろうね。あたしがあなたに気付いて氷塊を落としてやらなかったら、今頃森の火で溶けてなくなってたんじゃない?」


「……やっぱり嫌な人。森に火を付けたのは誰なんだか」


「今だってキツイなら大人しくしてていいんだよ。あなたが足止めしなくたって、あたし一人で十分過ぎるんだから」


 見るからに複雑そうな千雪に対し、リリーシャは飄々とした表情を変えない。魁島たちと同様に、大して気に掛ける程の相手ではないという感じだ。言う通り、この戦況は彼女一人で十分過ぎている。居ても居なくとも、ってか。


「どちらにしろ、これで一旦、か?」


 戦力としても上回り、千雪によって動きすらをも制した。このまま氷がヤツらを覆うか、俺かリリーシャが手を下せば、それでこの場はお終いだ。


 ふと、大きく息を吐く。

 当然、それは終わったという安堵から来るものではない。次の局面へと繋がる、ほんの些細な息継ぎだ。

 なにしろまだ――と、ヤツが頭を過ぎったところで。


 間もなく。

 背筋が凍り付く感覚に、全身が強張った。


 当たり前に、雪女がどうこうではない。

 千雪もリリーシャも、すぐさま表情を尖らせ警戒態勢に入る。


 ああ。

 ついに、お出ましだ。


「リリーシャ」


「……聞いてる、ヤバいのが居るんだって。なんならそれっぽい奴にさっき、上から何発かお見舞いしてやった筈なんだけど」


 案の定、簡単には片付かなかったようだ。

 やがて、両腕を再生していく魁島の、立ち並び動きを制された鬼狩りたちの、その向こう側。燃え盛る木々の奥に、人の影が表れる。それはゆっくりと歩み寄り、俺たちの前へと姿を晒した。


 黒衣の鬼狩り。鬼将、鴉魎。



 しかし、現れるや否や、鴉魎は。



「――停戦、と、行きましょうか」



 そんなことを、口にするのだった。

 見たところ、その両手には刀剣が握られていない。再び腰元の鞘へと戻され、戦意の欠片すらも感じられない。

 にわかに信じ難いが、ヤツはブラフでもなんでもなく。


「今宵の戦いはこれまで。……残念ながら根負け、と言うべきですか。どうやら運命の女神は、我々の狙いとは違った結末をお望みのようで」


 と、そう続けるのだった。

 運命の女神。その言い草に、真っ先に行き当たったのはリリーシャの登場だったが――果たして鴉魎が俺たちを映す瞳は、降参のような敗色を帯びてはいない。俺や彼女へ対して、脅威を感じているようには思えない。

 口元を固く結びながらも、それはむしろ、懸命に笑みを堪えているかのような。


 そして、遅れ気付く。

 鴉魎に続き、彼の後ろから姿を現す――二人。

 一方は、鴉魎と同じく大剣を鞘に納め、戦意を削いだ聖騎士。鎧を失い、口元には血を拭った痕を残しながら、それでもヴァンの瞳は強く開かれている。いや、今は一層、気を引き締めているのか。


 それもその筈だ。

 何故なら、もう一人。


 ヴァンが先導し連れた、その人物は――。


「フッフッフ、女神とは。このようなくたびれた男を形容する言葉ではありませぬな」


 呟く男は、見るからに豪勢華美。

 白を基調とした礼服は、彼の所属を明らかに。けれども見知ったヴァンの正装とは大きく異なり、複数の大きな金飾りをあしらい、その身を眩く輝かせている。

 衣装と同様に、手に携えた抜身の蒼白剣もまた、この暗闇の中で目を引く程に純白を発する。間違いなく、ヴァンの持つ大剣に相当する代物だろう。


 だが、そんな身なりとは一転して。

 腰に届く程の金髪は、どこかくすんで色落ちし、手入れが及ばずか左右に乱れている。長く下がった前髪もまるで揃えられておらず、その向こう側、ギロリと除く眼も混濁して。白剣に照らし出された目元には、色濃く隈までもが浮かんでいた。


 くたびれ、陰鬱な風貌ながら――それでも尚、金光を発する。


「――全員、直ちに武器を納めよ。異能の類を解除せよ」


 彼こそは、


「アヴァロン国第一皇子、シュタイン・オヴェイロンの名の下に命じる」


 第一皇子。

 すなわちアヴァロン国の現国王の嫡子。次の王を確約された男。

 それ程の人間が、宣言した。


「全ての戦闘行為を停止せよ。でなければその者は我輩を敵に回し――すなわち我が国による制裁を覚悟せよ」


 と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ