第四章【27】「魔法使いの矜持」
降り注ぐ光の束が、木々を押し潰し大地を穿つ。
一帯には幾つものクレーターが作り出され、火の手が燃え盛り、森を、この島を蝕んでいく。
巨大な落雷、炎槍、光針。それらは全て、突如として上空へ飛来した少女が、その手で生み出した破壊だ。魔法と呼ばれる、異世界の法則によって引き起こしたモノだ。
そしてその力を振るうのは、他でもない。
黒衣姿にフードを被り、身体の左側面をマントで覆った少女。かつてサリュを追って日本国へ転移し、藤ヶ丘の街を強襲した。真っ向から対立し争った――殺し合いさえもした、怨敵の魔法使い。
にも関わらず、リリーシャ・ユークリニドは、俺の前に降り立ち、宣言した。
俺を助けに来たのだ、と。
「言っても、超不本意だから油断しないでよね。馴れ合いとかホントごめんだから」
しかしすぐさまに、そう宣言を自ら濁す。
なんだそれはと思うところもあったが、その言葉も冗談の類ではないだろう。フードから覗く鋭い視線には、確かな敵意が含まれている。気だるそうな口調も、なるほど不満全開ということで納得だ。
それに、言われるまでもなく。
「……だろうな」
悪いがこちらは、助けに来たって言葉の真偽すら怪しんでいる。なにかしらの企みは当然のこと、気を抜けば不意を突かれて殺されるのではとさえ、疑ってしまう程に。
もっとも、俺の死が目的であるなら、そのまま傍観していれば達成される訳で。これ程の大規模な攻撃を行っている以上、少なくともそうではないし、鬼狩りの味方でもない。それは確かだ。今も俺の前へと塞がり、魁島へと立ち会っている。
「そういう訳だから、ちょっと大人しくしてて。黙って見ててくれれば――」
やがて、ゆっくりと。
リリーシャはだらりと下ろしていた右手を持ち上げ、ゆらりと人差し指を前方へ伸ばす。その爪先には、魁島の姿を捉え。
「――その内、悠々と歩けるようになるからさ」
突如として、一閃。
その指先より黒色の光線を撃ち放った。
まさしくソレは、光速に匹敵し。
「ッ、ガ!?」
一直線に、対応を許すことなく魁島を撃ち抜いた。
その左肩へと、小さな空洞が開かれる。
「――ッ、ヅヅヅ!!?」
気を緩めるなど、していなかった筈だ。視線を外すこともなく、臨戦態勢のままに、魁島は真っ直ぐリリーシャと向き合っていた。
それでも一瞬の攻撃に、対応出来ていなかった。
魁島は刮目し、歯噛みし咄嗟に後退する。その間際、ただただ膨大に膨れ上がっていた殺意が切り替わり、冷たく研ぎ澄まされたモノへと変化する。
よって、リリーシャの背後から放たれた二撃目の閃光を、ヤツは今度こそ右手の刀剣を振り上げ斬り弾いた。力を風へと変換して纏わせ、その奔流を打ち付け進路を逸らしたのだ。
更には、容赦なく紡がれる三撃目、四撃目の追撃をも難なく退ける。
「あー。やっぱり、かぁ」
その応対にリリーシャは呟き、右手でくしゃりと目元のフードを握る。
そんな気はしていたんだ、と。
「結界といい、その刀といい。間違いなく、あたしたちの魔法式だよねぇ。凄く似た別世界の法則とかじゃ、……ないね、うん」
それはつまり、関わっているということ。
この島に、鬼狩りという組織に、組み込まれているということ。この出来事の枠組みの中に、含まれているということ。
「……いやーだなぁ」
彼女は、心底面倒臭げにこぼした。
そんなリリーシャへと、魁島が吼える。
「ふざけるな! テメェ、どこから現れやがった! 島の何処に隠れてやがった! あァ!!?」
「なにそれ。あたしは今さっきこの島に来たところよ。空から飛んで来たの、見てなかった?」
「馬鹿言うんじゃねェ! 転移は封じていた筈だ!」
「……っは、ソレがどういうモノかも詳しく知らない癖に、よくもそんなに信頼出来るね」
そんなの、突破したに決まってるじゃない。
リリーシャは、そう言った。
あの程度では、精々手こずらせるので一杯だと。
「ま、つまり簡単って訳じゃあなかった。結界の意味は十分にあった――わッ!」
続け様に右手を振るい、虚空より黒雷を重ね放つ。
すぐさま転がり回避する魁島だが、更に二撃、三撃。その全身を呑み込む雷の連投は、決して反撃を許さない。その上、避ければ木々が穿たれこの島そのものが削られていく。
どう動こうとも、彼らは損失を免れられない。
それ程までに。
けれど、それ程までなら。
「っ、リリーシャ!」
気付けば俺は、声を上げていた。
彼女は尚も巨大な魔法を放ち続けながら、ふとこちらへ首を傾げる。
「なあに? っていうか、名前覚えてくれてたんだ。あなたはユーマ、だっけ?」
ユーマ。
その響きが、ほんの僅かに耳に詰まり。
「……片桐、裕馬だ」
「そ。じゃあユウマね」
特に取り立てることもなく、リリーシャは言い直した。
それから彼女へ、言い詰めよる。
「リリーシャ。お前が、最後の協力者ってことでいいのか」
「最後の、って部分は初耳だから知らない。協力者、って言い方で捉えられるのも面白くない。あたしはあくまで、あなたを島から連れ出す役割を与えられているだけ」
誰からの、とは続かなかったが。
恐らくリリーシャはヴァン達の言っていた、海岸で落ち合う相手で間違ってない。
だったら。
「ッ、だったら今すぐにでも――」
「今すぐ逃げるのは、ちょっと無理」
尚も黒雷を、合わせて炎や旋風をも織り交ぜ繰り出しながら。
リリーシャは言った。現状、即時脱出は不可能だと。
「あの人の言った転移封じって結界が厄介なの。さっきも言ったけど、突破は全然容易じゃなかったし、今からもう一回チャレンジはちょーっとキツ過ぎるかな」
曰く、ここへ辿り着いた段階で、相当に魔力を消耗したのだという。
この島を異界とする磁場の歪みを修正し、かつそれを阻害する転移封じをも退けながら。しかもその全てを完全に解除したのではなく、力尽くで強引にこじ開けたのだと、リリーシャはそう言った。
「正攻法で道を繋げるってなったら二日は睨めっこよ。だからもう一回こじ開けて帰る予定だけど――それには魔力が足りないの」
「……は」
いやいやと、届かぬ声で呟き首を振る。
消耗した魔力不足の状態だって?
それでコイツはこんな、火の海を作り出すってのかよ。
爆発の度に黒衣をひるがえし、けれどその足は、一歩たりとも退きはしない。リリーシャは君臨を崩すことなく、重ねて魔法を展開しながら続けた。
現在結界は、そのこじ開けた綻びすらも修復され、更には刻一刻と性質を変化させているのだと。
だから、
「だから大掃除。邪魔なの全部退かして休憩所作り、ってね。出来れば結界を張ってる誰かも仕留められると最高だけどー」
もっともそれは十中八九、魔法使いであり。
「知人に違いないんだろうけどさぁ」
そして、続け様。
上空より、より濃密な破壊の群を降らせる。准鬼将である魁島を転がし続けながら、重ねて島を蝕み続ける。
自称疲弊した状態でありながら、鬼狩りたちを追い詰めていく。
「チィイイイ! なんなんだ! なんなんだテメェはァアアア!!?」
「見ての通り、魔法使いだけど。初めて見る訳じゃないでしょ?」
「あァ!!?」
「この島に来てる――というか、在中してる? 一人もしくは複数人の魔法使いがさ」
「――ッ!」
放たれた炎弾を回避し、爆風に煽られ這いつくばり。焦がされた肌や流血する傷口に、激しい紫電を散らしながら。
魁島は歯噛みし、リリーシャを睨み付ける。
その質問へと答えることなく――否定を口にすることもせず。
「この結界、正直あの人が作ったんだって考えてたけど……あたしが国を出てからそれなりに時間が経ってるしね。このくらいの結界なら、他の子たちが作れるようになってても不思議じゃない」
それくらいの成長があっても、なんら不思議ではない。
――他でもない、自分自身が。
「あたしがサリーユに匹敵出来たみたいに、ね」
リリーシャは一人納得し、頷いた。
それから再度、複数の炎弾を撃ち放ち、魁島の傍らへ着弾させる。吹き飛び舞い上がる土煙は、わざと狙いを逸らした牽制だ。
リリーシャは右手を突き出したままに、言葉を続ける。
「ねえ、出来ればその魔法使いのところに案内して欲しいんだけど、どうかな?」
「ハッ、媚びろってかァ?」
「そういうこと。実力差は明白だし、そろそろ逆らう気も失せて来た頃じゃない?」
「……テメェ、クソだなァ」
「そう? 頑丈な相手を強めにいたぶって服従させて、情報を聞き出す。とっても効率的な手法だと思ってるんだけど」
その物言いに、寒気を覚える。
それを俺の前で平然と口にするのか。あの夜、再生するが故に生かさず殺さずいたぶられ続けた、この俺の前で。
いやまあ、それを気にするようなヤツとも思えないが。
「それで? 色々教えてくれる? それとももう少し転がり回ってみる? それでも譲歩してくれないなら、屈辱を味わい尽くして死ぬことになるけど?」
「ハッ、ざけんな! テメェに従うことが最大の屈辱だっての!」
魁島は吼え、両手の刀剣を握り直す。
どれだけ遊ばれ無様を晒そうとも、自ら折れることに比べれば、何倍もマシだ、と。
だが、ならばこそ。
「ふーん。じゃあ要らないや」
リリーシャは冷たい表情で、ただ唇を尖らせた。
瞬間、一閃。
二本の刀剣が、宙へと浮かされた。
握り締めた両腕を諸共に、魁島は、その武装を剥奪された。
「分かってる? その刀は魔法を使ってるんだよ? そしてあたしは魔法使いだって、そう言ったよね」
冷ややかな声は、感慨もなく。
ただあるがままの情報を見定め、誤りを指摘し、侮蔑する。
一体お前はなにを勘違いしているんだと、突き付ける。
「魔法の知識をなに一つ持たない分際で、魔法を手にしたってだけで、調子に乗らないでよね」