第四章【18】「剣戦」
目前で背を向ける、黒の和装を纏う鬼狩り。
その向こう側、少し離れた位置ながら、既に互いの距離へと踏み入り闘気を発散させる。黄金輝く大剣を構えた、白鎧の騎士。
対峙する彼らは、暫し見合い状況に身を委ねた。
殺す者と救う者。完全に立ち位置を真逆にしながら、しかし魁島は俺に手を出すことが出来ない。一瞬の隙が致命的であり、その一瞬を犠牲にしても、俺は死に至らないからだ。
同様に、ヴァンもまたこの対峙を避けることは出来ない。自身の敵対が魁島の動きを抑制する以上、他に行動は選べない。
二人は互いに、互いの障壁として立ち塞がっている。
相手をどうにかしなければ、望みの状況へは転換できない。
「……マジかよ」
思わず呟き、笑ってしまった。
未だに信じ難いが、セーラといい、こうして姿まで現して。どうやら、そういうことで間違いないらしい。
「そういう訳で、久しいなユウマ。一段と増して顔付きが険しいが、それも致し方なしか」
「まさかお前が、ほんとに協力してくれるなんてな」
「信じられないか? それは心外だ。一緒に戦った仲じゃないか」
「――え、お前そういうヤツなの?」
「ははっ。勿論、そういう任務だからだとも」
あっけらかんと即答する。
重ねて、ヴァンは続けた。
「言っただろうユウマ。変な期待はするな、と。変でなければ期待してくれて構わないと、含みを持たせていたつもりだが」
「……いやいや、言い方が悪すぎるだろ。ほんとに期待してなかったぞ」
「まあカイジマタンジも居たからね。止むを得ないミスリードというヤツだ」
じゃあやっぱり、最初からそういう腹積もりだったのか。
やってくれるぜ、まったく。
「もっとも、出来れば友好的に解決したかったがね」
そう断りを入れて、再度。
「残念だが我々は、この島との平和的交渉を結べないと判断した」
ヴァンが宣言し、立場を明確なものとした。
鬼狩りの味方にはつかない。俺を援護するのだ、と。
その発言を受け、――魁島は忌々しげに笑った。
「……ハ、オイオイ。勝手に決めつけるなよ」
「確かに勝手だ。けれど相応の考えと要素があってのことだ」
「そりゃあそうだろうけどよォ。……じゃあなんだ、オレ様にはねぇのか? その平和的な交渉ってヤツは」
「ほう、驚いたな。君は見るからにそういった交渉とは相容れないと思っていたのだが」
「間違ってはねぇが、引き際は弁えてるつもりだ。テメェの話に道理が通ってるなら、大人しく手を引いてやってもいい」
「なるほど、では見逃してはくれまいか? カタギリユウマには、まだまだ有効活用出来る要素が多い。討伐は勿論、囚われの状態すら望まない」
有効活用、とは。
「……ちっ」
思わず、舌打ちを漏らしてしまった。
もっとも不服ながら、それでも俺を助けてくれる評価だ。それを真っ向から否定するわけにもいかない――が、アイツのあの満足げな表情は、俺が有無を挟めないことを楽しんでいる顔だ。言いたい放題しやがって。
しかし当然、鬼狩りはそれで引き下がらない。
「有効活用、ねぇ。で、ウチの上の連中はなんだって言ったんだ? そういう話をして決裂したんだろ?」
「まったくね。残念ながら、鬼狩りはカタギリユウマの活用は不可能だと。逆に問われてしまったよ、危険性を熟知しているのか、とね」
「それで?」
「こちらこそ、彼の有用さを熟知しているのか問うたよ。彼自身の可能性もだが、彼を取り巻く環境についてもね」
ヴァンは続けた。
「本人の実力は未だ未知数な部分が多い。だが百鬼夜行で優れた指揮官を姉に持ち、実質的な参謀と慕われる雪女と親しい関係にあり、更には特級に匹敵するとされる魔法使いの少女と深い間柄にある。彼を取り囲む要素は、個人には関係ないとするには大きすぎる」
「確かにデケェなァ。本人が完全にオマケだ」
「それでも事実だ。彼女らはこの日本国の健全な継続に必要であり、そんな彼女らとの円滑な交渉に、カタギリユウマは十分な活躍をしてくれる」
特に今回の救援活動などは、計り知れない交渉材料となるだろう。
そう、悪びれもせず断言した。
「可哀想になァ。結局のところ、無価値って訳だ」
「それも含めての価値だよ。彼の人間性がその環境を作り出したとは思わないかね?」
「どうだかねェ。そんないい男にも思えねぇが」
「その点に関しては僕も同感だ」
けれど重ねて、それは事実であり。
現状がそうなのだから、対応せざるを得ないのが現実だ。
なにより、と。
ヴァンはもう一つの要素を口にした。
「なによりね、そんな関係性が故に、彼の喪失が彼女らへ与えるダメージも計り知れないのだよ。今後を踏まえると、それはなんとしても避けたい」
「オウオウオウ、そりゃあなんだ。二次的三次的な理由ばかりじゃねぇか。その上、ダメージだの感情論まで持ち出しやがって。本気で納得させる気あんのか?」
「感情論、極めて重要な論だと思うがね。それを最優先にしてしまうのは危ういが、物事の進行に感情は切っては離せない。言い換えればモチベーションだ。特に彼のフィアンセに関しては、その辺りも含めて万全で居て欲しくてね」
「そうかい。ま、テメェの方針は分かったが――今回は諦めてもらおうか。コイツや周囲の連中をアテにせず、他を探すんだな。次はもう少し、他者に依存しない強さを持ったヤツを見つけた方がいいぜ」
急を要するというのであれば、尚の事、今すぐこの島を離れた方がいい。
今ならお望み通り、平和的に見逃してやる。
魁島はそう提示し、再度「諦めろ」と念を押した。
「ふむ、納得の忠告だ。君の考え方には確かな理がある」
だが、ヴァンは首を縦には振らなかった。
諦めることは選ばなかった。
「生憎と、特級に足を掛ける実力者というのは稀有でね。そう易々と手放して他を探す、なんてことは出来ない。それこそ、その逸材を手放すまいと躍起になるものなんだ」
「……ハ。じゃあなんだ。その為にならテメェが死んでも構わねぇってか?」
「それは勿論ノーだ。僕とて優れた戦力、勝手な身投げは祖国の戦力を削ぐことになる。――だから僕は生きて、彼らという戦力も失わない」
ヴァンは更に、重ねて言った。
「例えばその戦力は、君たち鬼狩りでも代わりにはならない。君個人という強者であっても、この島随一の彼であったとしても、役割が違う」
鬼狩りの応援を受けられるのであれば、それ程に心強いことはないが。
それはプラスワンであり、根本が成り代わることはない。
「カタギリユウマとそれを取り巻く戦力。それが僕と、僕の上の求めるモノだ。大変不躾だが、君たちこそ、諦めてはもらえないだろうか?」
宣言は、大剣の輝きを一層に強めて。
揺るがぬ意志を、戦意という形で周囲へ振り撒く。
躊躇いはない。なによりこの場へ訪れた時点で、彼は交渉は決裂したと断言しているのだから。力を振るう覚悟と選択など、等に出来ているのだから。
「ハッ。そりゃあ交渉決裂も納得だ。勝手な言い分が過ぎるぜ、お客様よォ」
対して、魁島もまた両手の二剣を構える。
右の剣には先程同様、目に見える程の旋風を纏わせ――左の剣からは、ただならぬ淀んだ瘴気を漂わせて。
ヤツの意志も揺らがない。歩み寄りがないのであれば、自らが歩み寄る道理もない。
元より、俺を殺す側と生かす側。
正反対の目的は、相容れる筈もなかった。
対峙する二人の強者は、間もなくして。
決して避けられないその障害へと――真正面から踏み入った!
「――フ!!!」
「――ヅ!!!」
振り下ろされるは、光束の斬打。
迎え撃つは、暴風の二刀。
それらの刃が打ち合わさり、火花を散らす!
瞬間。
巻き起こされた衝撃波が、一帯の大地を抉り起こした。
「ッ、おァ!?」
二人を中心に小規模なクレーターが発生し、周囲の木片たちがまとめて払い除けられる。その衝撃に俺は踏み止まることが出来ず、足下を浮かされ後方へと吹き飛ばされた。
僅かな浮遊の後に滑り着地し、尚も続く余波に身を強張らせる。暴風に両腕で額を覆い、細目で確認する光景。
目前の二人は衝突から、変わらずその刃を打ち合わせていた。
「ふ――!」
大刃からギラギラと輝きを放ち続け、力尽くで圧し潰しにかかるヴァン。それを受け止める――どころか、押し返す勢いで、魁島も交差させた二刀を突き出す。
一見、両者は拮抗しているように思えた。
だが、
「ギ……リ……ッツ!」
静かに視線を尖らせるヴァンに対し、魁島は強く歯噛みし息をこぼす。更に遅れて、その二剣を支える足が僅かに後退させられた。
強大な物量を誇る光と、荒れ狂う暴風。別種でありながら、根本的には同じ『力』のぶつかり合い。その単純な力比べは、ヴァンに優勢が傾いている。
驚くは、それでも魁島が匹敵していることだ。ヤツは右の刀で力を放ちながら、重ねる左の刀でなんらかの補助を行い、降りかかる光を周囲へ霧散させていた。
もっとも、それだけでは覆せない。
だからその戦況は、次へと移行する。
「ハッ――ァア!」
バツンと音を立て、魁島の剣が振り切られる。
しかしそれは、迫り来る大剣を押し返したのではない。その勢いを利用し、バネの様に弾いて後ろへと飛び下がったのだ。
その後退により、ヴァンの大刃は空を切り大地へ叩きつけられる。轟音と共に土埃を巻き上げ――直後、眩い射光によってことごとくが振り払われた。躱された剣を瞬時に引き戻し構え直す動作、ただそれだけの間にも、輝きは視界の邪魔を断つのか。
そしてその立て直しの僅かな隙へと、すかさず反転した魁島が距離を詰め、
「む」
「ヒャア!」
次撃の起点は、旋風と連なり放たれた斬線だった。
一撃必殺。寸分狂わず首元へと差し込まれた刃は、紛れもなく、たったの一斬で生命を狩り取る。続く二撃目は左から目元を狙う横薙ぎで、その先の三撃目は、それらを凌いだ腕を落とす動きだった。
例え更に先があったとしても、手首を、足の腱を、脇や太腿にも斬撃をけしかけ、隙あらば心臓や頸椎にも狙いを定める。
俺が手も足も出ず、今尚目で追い切れない高速の連撃が、次々と繰り出されていく。
それら鬼狩りの猛攻が、――断続的な金属音と共に、ことごとく弾かれた。
かの騎士はその全てを、正面切って捌き切ったのだ。
そしてその中で、ヴァンが声を上げる。
「行け! ユウマ!」
今すぐ走り出せ。
逃げろ、と。
「ここは僕が受け持った! 急がねば手遅れになるぞ!」
「っ」
「涼山千雪が来ていると聞いた! 無事でなくとも、彼女だけは絶対に連れて行け!」
――全ての戦力と可能性を、一つたりとも取りこぼすな!
「必ず生き抜け!!!」
やがて絶叫は、斬打の轟きに掻き消されていった。
でも大丈夫だ。
十分過ぎる程に、届いた。
「……ああ」
任せたと、聞こえないと分かっていながら、言い残して背を向ける。
走り出す。
今一度、千雪との合流を果たす為に。
もう一度、この森を抜け出す為に。
生存を勝ち取る為に。