表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
123/263

第四章【17】「薄氷の勝算」


 どうして生きていられるのか?

 生きていて申し訳ないと、そうは思わないのか?


「…………」


 鋭い殺意を振り撒く鬼狩りは、そう俺に問うた。

 二剣を肩で担ぎ、脱力を見せながら。それでも恐らくほんの数瞬の切り替えで、この身は再び斬り捨てられる。隙なんてものは、欠片も存在していない。

 この問いかけも、ほんの僅かな猶予にしか過ぎない。


「どうなんだ? あァ?」


 応えない俺に、魁島は眉を寄せる。

 それからあろうことか、俺から視線を外して、辺りを見回し始めた。

 ヤツが視線を送る左右や背後にあるのは、ズタズタに壊され開かれた、月の光を落とす荒廃した森と。

 ――そこに転がる、少なくない死だ。


 他でもない、それは俺たちが……。


「酷ぇ有様だ」


 一瞥し、こぼす。


「若い連中って話どころか、十歳にも満たないガキどもまで。容赦ねぇよなァ、テメェらも、ウチのお偉いさん方も」


 その表情は感傷的でありながら、けれども微塵も殺意を絶やさない。今尚全身に圧し掛かる重苦しい緊張は、むしろ増していくばかりだ。

 濃密な死が、纏わり続けている。


「才能ナシで望み薄な連中を、雁首揃えて捨て身の時間稼ぎに放り投げる。食い扶持減らしの特攻なんだろうなァ。可哀想ったら仕方ねぇよ」


「……」


「おっと、勘違いすんなよ。ウチの組織にも落ち度はあるって話で、――全部テメェの所為ってことに変わりはねぇからよ」


 魁島は並べ立てる。


 テメェらが殺した。

 テメェらが奪った。

 私利私欲の為に、生きたいというただ一人の、自分勝手を通す為に。


「別によォ、そう思うこと自体はごくごく自然だと思うぜ。オレ様も死にたくねェ。殺しに来るヤツがいたら、逆にブチ殺してやりたくなるモンだ」


 思ってしまうことは、仕方がない。

 だけど魁島は、その先を否定した。


「でもよォ、自分が殺されることが世の為人の為になるってんなら、殺されるしかないんじゃねぇか?」


「――――」


「可哀想だけどよォ、やっぱり殺されてやるしかねぇだろ。生きたいけど、生きてて申し訳ないってなるだろ」


 死にたくなくても、死ぬしかない。

 涙を流して嗚咽をこぼしながら、全身を震わせ運命を恨みながら、それでも自分の喉元に手を掛けるのが道理なんじゃないか。

 そんなことを、言いやがった。

 俺とは、そういう類の存在だと。


「――は」


 そんな話が、あるかよ。

 そんな理不尽が、許されるかよ。

 だがその反論すらも、言葉を発する前に制される。


「ハッ。そのふざけんなって顔は、なにも知らねぇからだろ?」


「……知ら、ない?」


「テメェがなにをやって来たのか、テメェの正体がなんなのか、それらが如何に疎ましく嫌悪されるモノなのか」


 知らないから生きたいなどと思える。

 自分には他人の命を踏みにじる程の価値があると、勘違いをしている。


「テメェって個の命は、テメェ一人が大事に抱えているだけだ。なんの価値もない」


「――ふざ、け」


「いや悪い、間違えた。――死に絶えることこそが、テメェに求められる唯一の価値だ」


「ッ! ふざけ――!」


 今度こそ、声を上げた。

 けれど、それよりも早く。


「そんなこと言わないでよ!!!」


 千雪が、叫びを上げた。

 そしてヤツへと目がけ、氷の飛礫を撃ち放つ!


「勝手な価値を、押し付けないでよッ!!!」


 千雪の叫びに呼応され、直進していく鋭利な氷塊の群。その総数は倍以上で、質量も威力も、先程の戦闘を遥かに上回っている。

 放った彼女の横顔は、その攻撃と比例するように冷たい激昂を尖らせ。


 だがそれらを、魁島はただ、右手の長刀を前方へと突き立てて。


「無駄だ」


 刃先を構える、それだけで。


 迫り来る全ての氷塊が、一瞬にして砕け散った。


 遅れて巻き起こる暴風が、辺り一帯を激しく掻き乱す。荒れ果てた森は土ごと掘り起こされ、叩き付ける衝撃は身体を後退させる程だ。

 気付く。それは、ただの風や衝撃波の類じゃない。

 れっきとした、力の奔流だ。


『ワタシの光と同じだワ! アレは旋風という形で放たれている、力の束よ!』


 咄嗟に叫んだセーラに、遅れて先刻の戦いを理解する。

 だからキャリバーが斬り伏せられた。ヤツは俺たちが放った光束を、それを上回る力によって強引に押し切ったんだ。

 同じ道理で、俺の鬼血による硬化をも突破して。


「ッ」


 ヤツの刀は、そういう類が出来る代物ってことか。


「オイオイ。せっかく生かしてやってんだ、もっと大事にお話しようぜ」


 そして暴風によって退かされた、その大きすぎる僅かな隙が。

 再びの開戦を告げる。


「まァでも、知らないままに死なせてやりたいって気持ちも分かるがなァ!」


 一歩、踏み込む。それでまた距離を詰められる――かと思われたが、違った。

 魁島はその場で右の刃を振り下ろし、刹那。


 左の半身が、バッサリと斬り開かれる。


「――ゴ」


 左の肩口から太腿の辺りまで、肉も骨も内臓も一直線に両断された。背中の皮だけがギリギリ残る程に斬り入れられ、多すぎる鮮血がバッと噴き出す。

 なにより致命的なのは、心臓を潰されたことだ。


「……が、ぼガ」


 崩れ落ち、膝を着き右の手のひらで地面を叩く。

 指先から手の甲へと顕わになっていく肌の色は、巡りを断たれたことによる鬼血の消失だ。及ばずながらもこの身を守っていた泥が、纏わり付いていた暴力性と共に剥がされていく。

 だが、


「ヅ、……ヅァ」


 これ程までに深く斬り込まれて尚、即死には至らない。身体は放電を散らしながら、出血を鎮め傷口を癒していく。

 我ながら化物に違いないが、それよりも。

 またしても、完全に動きを制された。


「さァ、どうする雪女。悪いがオレ様は、この距離からでもその鬼を殺せる。テメェのテリトリーには入ってやらねぇが」


 そう宣言し、ヤツは再び右手の刀を振り被り。

 けれど、再び斬撃が放たれるより、早く。


「っ!」


 千雪が飛び出した。

 俺の隣を通り過ぎ、一気に魁島へと距離を詰める。


 その行く際に、一言。

 逃げて、なんて、馬鹿げたことを残して。


「ヅ! ぢゆ――」


 呼ぶが、間に合わない。

 霞んだ視界で、その後ろ姿を見ていることしか出来なかった。


 両手を広げ、淡い薄青の着物をはためかせる。

 その傍ら、次々と作り出される氷塊たちが、一斉に射出された。

 重ねて、正面からだけじゃない。千雪が用意していた上空の飛礫までもが、合わせて鬼狩りへと降り注ぐ。

 一矢ごとに、人体程度は易々と貫く必殺。数も百を遥かに上回り、放たれた速度もまばらだ。初撃の弾幕を暴風で払おうとも、続く二撃三撃がすかさず挟み込まれる。

 これだけの威力と物量。本来であれば一溜りもなく、例え相手が特級に匹敵しようとも、簡単には捌けない筈だ。

 その上で、更に千雪は右手に青白い光を集めている。先程前面一帯を凍らせた、氷点下の冷気を放つ用意か。飛礫に合わせて撃ち出し、丸ごと呑み込むつもりだ。


 連なる氷塊は避け目なく迫り、その場に留まり刀で弾けば、続く冷気に凍結される。

 ヤツに残された逃げ道は、ただ一つ。

 後退だけだ。

 退き追い縋る攻撃に対応し、なんとか冷気の範囲から逃れるしかない。


 そして千雪が追い続ければ、不本意だが確かに、俺だけは逃げられる隙が――。


 ――現状が打開される、筈なのに。


「ハッ、まだ成人してねェ雪女がここまで出来ることはなァ」


 確かに、魁島は大きく一歩後退した。

 だがその程度にとどまる。


 なによりその後退の意味は、攻撃からの逃走ではなかった。

 退く最中、左の刀を腰元の鞘に納め――代わりにそこに転がっていた、一本の長刀をその手に取る。

 恐らくは、近くに横たわった持ち主の得物。


「だが残念だったなァ。テメェは忍び込む訳でもなく、正式にこの島に訪ねている。この島との協定を利用して、客人として招かれている」


 その刀剣は、間違いない。

 俺たちを相手取っていた、俺たちへの対抗策を持つモノで。


「なんの縛りも与えずに泳がせてやったのは、他でもねぇ。正体と弱点の知れたテメェが敵対しようが、用意さえすりゃあ――なんの脅威にもならねェからだ!!!」


 持ち替えられた、左の刃が振るわれる。

 直前、その刀身が色濃い赤に染まり、『円形の紋様』を浮かべ。


「千ゆ――――」


 次の瞬間。

 視界全域を、真っ赤な爆炎が包み込んだ。


 熱風は優にこの身へ届き、肌を焦がす。ようやく動くようになった身体で両手を突き出すが、その生身の肌は肘の辺りまで真っ赤に焼け付いてしまった。

 例え鬼血が間に合っていたとしても、内側だけが蒸し焼きにされていただろう。


 この身では、到底防ぎ切れない。

 じゃあ千雪は。

 雪女という、高熱を弱点に持つアイツの身体は――。


 振り乱された強過ぎる熱波は、軽い上昇気流すらも巻き起こして。

 やがて炎が消え去り、開かれたその場所に――立ち向かっていた筈の後ろ姿はなかった。


「あ――」


「悪いな。イイことを思い付いちまってよォ」


 煌々と炎の残る森の跡地を、張本人である鬼狩りが歩みを進める。

 左手の長刀にも未だに炎が灯り続け、加えて。


 ――またもや刀身に浮かび上がる、半透明の円形が。



「先遣して戦ったガキどもは、客人への手出しを禁じられてねぇんだよなァ。土台敵わないという判断なのか、だからこそ全力で殺しに行かせなければいけなかったのか」


 魁島は続けた。

 つまりコイツらの武具で殺す分には、言い逃れが出来るんじゃないか、と。


「思えば、なんの成果も挙げられなかったってのも可哀想だ。必死の健闘により、雪女を討伐してしまった。オレ様が辿り着いた頃には、標的の鬼が残るばかりだった。いい案だろ?」


「…………」


「十分に戦火を挙げた尊い戦死。我ながら、いい花を持たせてやれるじゃねぇか。上の連中は命令失敗で大目玉を喰らうだろうが、それもまた、囮にされた連中からの想定外の仕返しってことでよォ」


 痛快で堪らない、とまで。

 魁島は大口を開いて、笑う。

 一歩一歩、ゆっくりと、俺との距離を縮めながら。


「つーワケで、お仲間は先に退場したが」


 再度、切っ先を突き付けられ。

 その刃を挟んだ向こうから、魁島が言う。


「どうだ? 諦めはついたか? 大人しく殺されてくれるか?」


 と。


「…………」


 ……そんなの、決まっている。

 決まっている。

 だけど、


「……ッ」


 間もなく、ふらりと揺れた刃先を目前に、どうしようもなくなる。空を滑る剣戟を、防ぐ術が浮かばない。

 鬼血の硬化は易々と突破され、なんらかの治癒阻害で再生も間に合わず。ギリギリのところで踏み止まって、相手が手を止めてようやく、元の形に戻れる。


 今度こそ、魁島が手を緩めることがなかったなら。

 このままその一刀目を、受け入れてしまったなら。


 いや、そもそも俺には、逃げる以外に選択肢がなくて。

 追い付かれてしまった時点で、俺には、コイツに敵うモノなんて――。


「――――」


 右手が振り被られ、下ろされる刃。

 それを俺は、なんの意味もないと分かっていながら、両手を突き出して。


 だが、直後だった。


「……あァ?」


 ピタリ、と。

 魁島が、刃を止めた。

 攻撃を中断させ、どころか、連なる身体の動きまでもが制止した。表情すら一転し、怒りはそのままに、訝しげに眉を寄せている。

 半端な介入であれば、そうはなり得ない。ヤツは気にせず斬撃を繰り出し、合わせてそのなんらかの事態にも対応してみせるだろう。

 だけど、それを中断させた。


「……オイオイ冗談だろ」


 続けてそのまま、魁島は立ち直り、後ろを窺い首を傾ける。

 それで俺も、遅れて気が付いた。


 目の前の鬼狩りに集中して、感じ取られずにいた。

 またしてもこの場所へ、一つの気配が近付いている。


 合わせて。


「……千雪っ」


 少し離れたところに、消え入りそうな命が在る。紛れもない千雪のモノで、相当消耗しているようだがまだ十分に助けられるだろう。

 それに、この接近する気配は。


 活き活きと溢れる力を発散し、強者であることを隠そうともしない。身を潜めるつもりもある筈なく、堂々と森の中を直進してくる。

 ああ、この真正面から塞がるような立ち振る舞いは間違いない。

 腹立たしくも、悔しいが頼りになり過ぎる。

 ソイツは。


「ハッ。連れを貸し出す程度の干渉は想定内だったが、……どう考えたって、テメェ本人の介入はナシだろ」


 魁島がこぼし、ギリと強く噛み合わせる。更には両手の刀を構え直し、今までとは明らかに違う闘気を発し始めた。


 そしてこの場へと、一人の騎士が踏み入る。

 彼の到着を一番に讃えたのは、当然、パートナーである妖精だ。


『待っていたワ。――待ちくたびれたくらいよっ!』


 セーラが飛び出し、彼の傍らへと向かった。


 白銀の鎧を身に纏い、月夜の中で金色の髪を揺らす。

 両手で構えた大きな白刃もまた、妖精との合流によって輝きを灯した。


 ああ、確かにアイツが仲間だとは聞いていたが。

 だけどまさか、ここまでしてくれるなんてな。


「……助かる」


 思わず、一人呟く。

 果たしてその声は、聞こえてしまっていたのだろうか。


 かの騎士は、俺に笑みを返し、


「カタギリユウマの逃走を援護しに来た」


 今一度、ここに宣言するのだった。


「残念だが我々は、この島との平和的交渉を結べないと判断した」


 ヴァン・レオンハート。

 アヴァロン国が誇る第一級戦力が、状況へと介入した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ