第四章【14】「生存を賭けて」
つくづく、俺は自分を馬鹿だと思う。
自身の力はどれ程の位置にあるのか、だとか。
今出来ることはなんなのか、だとか。
俺に与えられた役割を全うしなければ、だとか。
考えて、悩んで、歯噛みしているばかりだ。結局どれだけ苦悩したところで、やることもその先の未来も、大して変わりはしないというのに。
じゃあ考えなければいいのかって、そういう話でもない。行き当たりばったりで対応した結果大失敗して、それはそれで後から「もっと考えればよかった」と後悔してしまう。
だったらどうすればいいんだ?
なんて、そんなの。
――どうしようもないに決まっている。
不安にも心配にもなる。
だって、分からない未来をなんとしてでも、いい方向へ運ばせたい
反省もするし、後悔もする。
当たり前だ。よくなかった行動や選択は、いつ振り返っても自分を殴りたくなる。
それらは決して避けられない、仕方のないこと。
俺が馬鹿なのは、そんな仕方のないことに囚われている。より深みに嵌まって全てが鈍重になっていることだ。
動く為に考えるのに、考える為に動けないなんて、オイオイ。
それじャあ前途多難で、支離滅裂ダロ。
余計なことは考えるナ。それが分かるだけデ、馬鹿から一歩抜け出セる。
今この瞬間だッて、ソウダ。
敵には敵の理由ガある?
それゾれの立場の正義がアる?
そんな馬鹿な議題を、馬鹿正直に悩むなよ、馬鹿ガ。
じゃあそれが正当ナ理由だッたら、自分は傷付いても仕方ないッてノか? 俺は殺されても文句は言えないッてカ?
馬鹿も馬鹿、大馬鹿野郎ダろ。
敵ハ、敵ダ。
殺サレルカラ、殺ス!!!
「ハハッ! ハハハハハハハハ!!!」
ああ、ソウダとも!
ソレくらいシンプルでいいンだよ!
んなモンに囚われるから、人間はグズなんだろうガ!!!
「とッとと来やがレ! オラァ!」
迫り来る気配たちへ、恫喝する。
サア、開戦ダ!
「ゆーくん落ち着いて。逃げることが最優先だよ」
「分かってらァ!」
チマチマ戦う時間はねェ。
「一分も掛けねェで決めてやる!」
そして、間もなく。
目前を覆っていた氷柱の守りが、一瞬にして。
砕かれ、切り開かれた。
クロスに交差した斬光の向こう、現れた狩人は。
『――――』
額を面で隠し、黒い和装姿をしていた。
その面容も様々。
先陣を切るのは、赤い文様の目立つ狐の白面。背後に控える二者はそれぞれ、丸みを帯びた狸と吊り目の河童を模って。更に後方薄闇に紛れて、おどけた口細や冷たいお多福の面をも捉えた。
一様に、その造られた面を貼り付け。
そして先頭、狐面の鬼狩りが、両手の刀剣を振り被り迫る!
『――――!』
「ッハハ!!!」
一笑し、睨みを利かせる。
飛び掛かって来たソイツとの距離は、まだその切っ先の届く範囲じゃない。接近に合わせて両手を突き出せば、この拳で優に迎え撃つことが出来るだろう。
例え硬化した外皮を突破され斬り伏せられようが、腕先だけなら構わない。なんならこの拳を打ち合わせることで、相手の力量が測れるってモンだ。
だからここは、相手の攻撃を受け止める形で――。
だが、生憎と。
「――ア?」
馬鹿らしい余分を取り払って、尚。
そんな愚鈍な考えでは、守りの思考では、甘過ぎた。
更に先手を打たれる。
狐面の鬼狩りが刀剣を振るう、それよりも先に。
突如としてその身の左右を抜けて、投擲された刃が繰り出されたのだ。
「――ッヅ!!?」
咄嗟の割り込みに、慌てて構えていた両腕を振り上げる。右の手のひらで頭部を、左の手のひらで胸部を守り、――遅れて寸分も狂うことなく、その手を刃が貫いた。皮膚も骨も抜けて手の甲まで、鬼血の硬化をまんまと突き破られた。
見ればそれら二振りの剣らは、刃に赤みを帯びている。血を噴き出す傷口も茜色に発光して、煙と共に焦がされた臭いを充満させて。
焼かれたのだと、すぐさま把握したが――それまでだ。
次の対策へ移るより速く、追撃。
続け様に、迫り来る狐面までもが、その両手に携えていた刀剣を投げ放つ!
「っ、させない!」
対して千雪がすかさず動き、間へ入り込む。
右手を掲げ、再度前面へと、氷の柱を作り突き立てるが、
「駄目だ千雪!」
叫ぶが、遅い。
案の定、投擲された次の二剣も刃に熱を纏い、蒸気を散らして氷壁を貫いた。僅かに減速こそさせるも、殺し切れない勢いのままに、彼女の身体へ刺突が立てられる。
左の肩と右の腹部。
パッと広がる流血が、その傷が決して浅くないと主張して。
けれど、直後。
「ッッーーこの、くらいっ!」
響き渡る鼓舞に合わせて、周囲一帯を冷風が吹き荒ぶ。
それによって、もう一歩を踏み出そうとしていた狐面が大きく後退し、距離を開いた。遅れて辺りの木の幹や枝が蒼白に覆われ、肌を刺す程の寒気が発散される。
後退り膝を曲げるも、屈することなく更なる力を解き放つ。その姿に倣い、俺も自らに突き立てられた刃を引き抜く。
だがその程度の前傾姿勢など、敵も同じだ。
『――フ』
黒装和面の鬼狩りたちも、息つく間もなく次の動きへ移行する。
後退した狐面は更に引き下がり、代わりに左右から躍り出る狸と口細の面。双方共に熱帯びの剣を携えるのは、明らかな雪女への対抗策だ。
思えば、初手からその剣戟。千雪との合流が読まれていたのか――いやそれに関しては、内通者の類ではないだろう。元より合流の際、千雪は氷の橋を架けて高速の移動をしていたんだ。そこから対策されたに過ぎない。
加えて生憎と、高温の刀剣は鬼血にも有効ときている。治癒力を阻害される類ではないが、硬化を突破し確実に裂かれるというだけで、こちらの選択肢は大きく狭められる。
「ッ、クソが」
一分などと大口を叩いておきながら、たった一手でこの有様。迎え撃ったはいいが、やはり一筋縄ではいかない。
しかしこうなった以上、逃げに切り替えることも困難で。
などと考えている間にも、放られた一本の剣線が、頭部の右側を掠めて飛沫を散らせた。
「ガ――あアッ!」
続く二投三投を、側面から殴り砕き退ける。
今も千雪が前線で氷柱を放ち続けているが、連中はそれらを躱し斬り弾きいなしている。その最中、隙を見て投げ込まれる刃が、向こうから俺たちへの強襲だ。
見れば奴らは、数こそ十人だが、攻撃を仕掛けてくるのは半数の五人。そいつらだけが、一定の距離まで踏み込み攻防に加わっている。
だけど侮れないのは、残る五人の方だ。
戦いの後方。薄暗い森の中を飛び回る影を、ようやくはっきりと視認する。同じ和装に面を付けた奴らこそ、一際小さく幼い気配の子どもたちだが。
前線の五人とは、明らかに違った装備をしている。
小さな身体ながら、その背に大量の武具を背負っているのだ。
それも十や二十じゃない。束になった、数百単位の巨大な影だ。
「千雪、アイツらの後ろだ!」
そいつらがチョロチョロと動き回り、備えた武具を前線に補給している。次々と投げ込まれる刀剣らは、その備蓄があってこそだ。
だからか。氷の橋を視認して、接敵までに対応を整えられたのも。元より持ち込んだ武具の数が、種類が、多種多様に揃えられていたから。
「っ、――ア!」
遅れて千雪は呼応するように、声を上げて右手を突き出す。
瞬間、蒼白い光と無数の飛礫が前面へ放たれ、一直線に薄闇の森を切り開いた。その光中へ呑まれた木々たちは、その全てが凍結し、恐らく内側までもが完全な氷点下に閉ざされたが。
消え入った気配は、小さなモノが一つだけ。
残る九つはそれぞれ咄嗟に左右へ別れ、白光を逃れ、そして。
千雪の身体へと、七つ八つの刃を投げ放ち。
「千雪! 伏せろ!」
それらの刀剣を、俺は――。
両手で抱えた背高い大木を振り抜き、叩き落した。
なんてことはない。
その辺に生えいていた木を一本引き抜いてやっただけだ。
寸前、しゃがみ込んだ千雪の髪をも吹き上げて。周囲一帯の別の木々を圧し折り飛ばしながら、剣も鬼狩りもまとめてごったごたに、フルスイングだ。
力任せ。
単純な暴力による蹂躙。
振り向き唖然とする彼女同様に、俺自身にわかに信じられないが。
近くの大木を引き抜き振り回すなど、それくらいは出来て当然だと。なんなら片手で放り投げて、砲撃することも策の一つだと。
なにより、
この程度の知謀策略など、力で圧し潰せば簡単だろう? と。
気付けばそう確信し、身体が動いていた。
「――――あ、……あ」
ああ。
幾つもの気配が、消えた。
俺がこの手で、叩き潰した。
「……は」
だけど、――だから、言ッているダろうガ。
ソンナ余計なコトに囚わレテいる余裕など、ナイと。
「ハッ」
残念ながら、これで一網打尽――とは、いかない。
間もなくして、未だ微弱に残ってくれていた三つばかりの気配が、動き出して。
突如として膨れ上がって、脈絡もなく雄叫びを上げて。
『■■■■■□□■■■!!!!!』
「当然だよなァ」
死にたくなんてねェだろ。
終わりたくなんてねェだろ。
全てを賭して抗うのが、当然だよなァ。
「さッきも言ッたがよォ。悪ィが、時間をかけてやるつもりはねェぜ」
なにしろ、お前らなんて比べ物にならない程の。
ホンモノの死が、まだ来てないんだからなァ。