第一章【12】「翌日の朝」
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わたしたち魔法使いは、体内の魔力エネルギーを使い魔力を発現させる。
魔力エネルギーとは身体中の血管を沿う、目には見えないもう一つの流動。
その循環を感じ取り扱うことで、わたしたちは火を、水を、雷を、風を操る。
わたしたちアークスフィアの家は、こと魔法の力で群を抜く家系だった。
扱う魔法の質や威力、源となる魔力の貯蔵量。魔法使いに欠かせない要素を生まれつき高く持つ、いわゆる天才と呼ばれる存在だ。
例に違わず、わたしも祖父母や両親のように優れた才能を持って生まれた。
幼い頃から高度な魔法訓練を行い、学び、その全てを習得してきた。辛いことや苦しいこともあったけれど、それらがわたしの力になった。
成長していくに合わせ、魔法使いとしても成熟していく。自分でいうのもなんだけれど、一流と呼ばれても過言ではない。それくらいのことはして来た自信がある。
そう思い始めた頃。一人の女性と出会った。
忘れもしない十三歳の春。
「サリーユ・アークスフィア。よろしければ、私の元で魔法を学びませんか?」
後に私の師となる人。
レイナ。
「レイナ・サミーニエと申します。貴女の素晴らしい才能を、もっと高めましょう」
わたしはレイナと出会ってから、より一層魔法の訓練に打ち込んだ。
教えは勿論、有名な魔法使いだったから、レイナを通して色んな人からも魔法を学べた。今まで以上に飛躍していく実力に、当時は驚きながらも興奮していた。
わたしはもっと凄い魔法使いになれる。世界で一番も夢じゃないかもしれない。
だから、わたしはますます自分を高めた。もっと凄く、もっと派手に。
一流の、魔法使いに。
◆ ◆ ◆
嫌な夢を見た。
どす黒くて真っ赤な血が飛び散る、悪趣味で最低最悪な夢だ。
見覚えのある学校の教室に立つ。
誰も居ない、座席だけが整頓されたこぢんまりとした当たり前の教室だ。
どうしてこんなところに居るのだろうか。
不思議になり一歩を踏み出す。
すると、足元でぐじゃりと、柔らかくて湿ったなにかを踏み締めてしまった。
一体なんだと慌てて仰け反る。
見下ろせばそれは、血に塗れた右腕だった。
更に一歩後退する。その際、背中が何かにぶつかる。
咄嗟にそれがなにかを確かめようと、振り向き際に左手で探った。
すると、どうだろう。
今度は横に振れた左腕が、人型の胴体を横薙ぎに裂いてしまった。
血飛沫。
べたりべたりと生臭い内容物が重く降りかかる。
気持ち悪いと両手で払いのければ、周囲の人型の首が、腕が足が落とされていく。
温かな流水が目にも耳にも口にも注いで、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
走り出す。
机に椅子に、壁に人型に。
ぶつかったものは全て弾けてばらばらになった。
違う。ここまでやってない。
こんなのは嘘だ。罪悪感から作られた虚構だ。
見なくていい、目を逸らせ、背を向けろ。
急いで教室を飛び出し、廊下へ。
だけどそうしたら余計に人型が居る。廊下の右にも左にも、教室からも人型が集まってくる。
我先にと列をなして、順番待ちみたいにひしめいている。
そいつらが俺を見る。幾つも、何十人何百人を超えて、無数の瞳が俺を映す。
「化物」
誰かがそう言った。
「殺される」
口を揃えてそう言う奴もいた。
「怖い」「悪魔」「来るな」
「嫌だ」「助けて」「あいつが」
「あいつが」「あいつが」「あの男が」
違うんだ、そんなつもりじゃなかった。
ただ、俺は。
――でも、俺が。
「……俺がやったんだろ」
他でもない自分の口から告げられる。
俺が傷付けた、と。
◇ ◇ ◇
それで目が覚めた。
見慣れない、薄汚れた白い天井。
だけど見覚えはあった。埃っぽい臭いと古びた紙の匂いにも思い当たる節がある。
姉貴の私室書庫だ。……結局昨日は危ないからと、図書館に籠城したんだっけ。
「……痛ぇ」
身体には特に問題が無い。図書館でのゴタゴタや昨夜の件も含めて、傷は全て癒えている。
酷いのは頭痛だ。おまけに激しい痛みに遅れて、夢の記憶が押し寄せてくる。
「くっ、そ」
昨夜、鬼の力を使ったからだ。
いつもの嫌なアレを見せられた。
身体を起こすも、駄目だ。視界がぐにゃりと歪んで、座っているだけでもふらつく。
動悸も早く呼吸も乱れる。痛みも、眩暈も、動揺も。
背中も汗でびしょびしょになって、とてもまともな状態とは言い難い。
「……あ、が」
我慢出来ず、右手で頭を押さえて。
それから傾く身体を支えようと、左手を床へ下ろす。
と、その瞬間。
――むにゅりと、なにかとてつもなく柔らかなモノを潰してしまった。
「ッ!」
一瞬、夢の記憶が背筋を凍らせたが、……大丈夫だ。血に塗れたり、生々しい骨肉の感触とは違っている。
というか、そもそも潰れていない。圧倒的な弾力とボリュームを持って、一定以上沈み込まぬようにと力一杯反発してくる。
柔らかくて張りのある、コレはなんだ? こんなもの、触ったことがないぞ?
それも当然だ。
だってそれは、夢にまで見た。
「まさか」
恐る恐る、左手の方向へと視線を向ける。
そこには、やはり!
「っ、ぐ!?」
指の隙間から溢れる肉厚。くしゃりと乱れた黒い布地。
そのあまりに刺激的な光景が感触と相まって、今度はまた別の意味で視界がくらんだ。意識すら朦朧としてきた。
なにを馬鹿な!
刮目しろ、意識を集中させろ!
この一瞬を焼き付けろ!
俺は今確かに、豊満な胸部に手を触れさせているのだ!
「ちょっと」
しかし、聞こえてきた苦しげな声に、はっと正気を取り戻す。
視線を少し逸らせば、そのわがままボディの持ち主たる少女が眉を寄せ。
「……痛いんだけど」
頬をピンクに、眉を寄せていた。