第四章【13】「予期せぬ援軍」
千雪との付き合いは、かれこれ幼少期からに■るか。いわゆる幼馴染とい■やつだ。
うちの片桐家■妖怪や異世界と関■□て来たように、涼山家との■がりも随分古くから続く■■□。とはいっ■■しき■□■どの縛■■■い。爺婆や父■同■□□いは家□のやり取り■■■■■うが、俺ら子■■は気楽□■ん■。
そもそも■■■ながら恥ずか■い話、千■■雪女だと知■た■□ほんの三年前――。
――ああ、そうか。
――コレも、違うのか。
銀色の髪をたなびかせる、純白の着物を纏った雪女。
涼山千雪は、虚空に氷の橋を造り出し、その上を滑走して木々の合間を抜けていく。
その独特な移動たるや、常人を逸脱したスピードにも平気で並走して来やがる。涼しい顔で呆れやがって、足場の悪い土道を懸命に走る俺とは大違いだ。
「なんだってお前が居るんだよ、千雪」
その予想外の合流に、驚きを隠せない訳だが。
対して、
「ゆーくん」
「…………」
「ゆーくんってさ、スケートの経験とかあったっけ?」
「……は?」
「走るの凄く大変そうだし、出来れば一緒に滑らせてあげたいんだけど。独特なバランス感覚とかが必要でさ。正直、慣れないと立つのも難しくて」
「……スケートの経験は、ねぇな」
「あー、じゃあ残念。頑張って走って貰うしかないかな」
なんて。
千雪は変わらず、そんな軽口を言って小さく嘲笑しやがった。
「……いやいや、お前」
この状況でいつもの通りが過ぎるだろ。状況が分かってないのか?
思わず突っ込んでしまうが、――それこそ、有り得ない。
「ハッ、ふざけやがって」
分かっていない筈がない。
九里さん不在の中、隠れ家と共に百鬼夜行を取り仕切って来た、実質的な参謀。そんな彼女が、この状況でただ偶然に鉢合わせるなど有り得ない。街ならいざ知らず、よりにもよってこんな島でなど、万が一にもない。
意図がある。企みがある。
そして千雪がなにかを企んでいるとして、恐らく単独で行動している可能性は……。
「と、言う訳で」
「……んだよ」
「ゆーくん、今はとにかく走って逃げて。時間を稼いで」
案の定、千雪はそう言った。
「既にヴァン・レオンハートさんから聞いてると思うんだけど、ゆーくんをこの島から連れ出してくれる誰かが、今ここに向かってくれてる筈。合流までなんとか逃げ切って」
「……お前」
「ごめんね。色々と聞きたいことは山ほどあるだろうけど、今は説明してる余裕、ないでしょ」
だから、端的に。
曰く、千雪はその合流の橋渡し役であり。それを成功させるための援軍だと、そう自分を説明した。有り体に言えば、仲間だと。
そんな千雪の言葉に、同行する妖精が声を挟む。
『ワタシ、知らないのだけど』
気付けば並走する俺たちの間を、黄色い光が遮っていた。
セーラは俺に背を向けて浮遊し、滑走する千雪を見定めている。
『ワタシが知らないってことは、恐らくヴァンも知らないことだワ。いきなり現れて援軍って、どういうことなの?』
「わわっ、妖精だ。初めて見た」
『そういうアンタは妖怪ね。あの夜の戦いで見覚えがあるワ。百鬼夜行の一員だってのは判るけれど、それでも急過ぎない? ちょっと疑っちゃうんだけど』
「えぇ……私のこと、説明し忘れたのかな。この滅茶苦茶大事な作戦で、そんな通達ミスってある? ――あ、でもそっか。ただのプラスワンだから説明しなくても……いやいやでも、スムーズに進行させるには一言必要でしょ」
呟き、千雪は右手で頭を抑え、大きく肩を落とした後。
俺たちへ向き直り、改めて言った。
「えっと、私は多分、作戦には直接関わらない立場の筈で。捕まってたゆーくんを助けるのもヴァン・レオンハートさんだし、この島から脱出させるのも別の人だし」
つまり言葉通り、あくまで援軍。既に作られた筋書きをスムーズに進める為の、追加された補助の要素でしかない。
だから気にする必要はなく、伝えることもなかったのだろう。
千雪はそう弁明した。
『……雑な話ね。もう一人居るのが判っていたなら、こちらも色々と考えられたのに。もっと違う妙案を出せたと思うのだけど?』
「あー、なるほど。多分だけど、それが嫌だったのかも」
『どういうこと?』
「主となる筋書きを変えたくなかった、みたいな」
変わらず呆れた表情で、千雪はそう言った。とても納得しづらいが、そういう考えで言葉を選び呑み込みそうな人だ、とも。
ああ、間違いない。その筋書きってのを考えたのは、二人のどちらかだ。……いや、この状況。どちらか片方ではなく、二人で言い合わせている可能性が高そうか。
「まあいい。お前の言う通り、細かいことは後だ」
誰の策略だとか、どういう考えだとか、今はいい。
重要なのは、状況に千雪が加わったことと。
それから、
『……信用出来るの?』
代わって、こちらへ振り向くセーラ。訝しげに眉を寄せる妖精へ、俺も同じことを考え。
しかし思い悩む程の時間など、必要なかった。
「信用出来る」
断言する。
作戦の立案者や今後の展開には不安を覚えるし、その辺りを信じられるかは怪しくなってきたが。
少なくとも、涼山千雪という個人は、絶大な信頼を置ける相手だ。
「千雪に限って、俺やセーラやヴァンを敵に売ることはない」
言葉にはしないが、心配なのはむしろその逆なくらいで……。
とにかく、純粋な味方が増えたと考えていいだろう。
言えば渋々といった様子だが、セーラは頷き納得してくれた。
『分かったワ。作戦に変更がないなら特に問題はないしね。それに、』
生憎、ゆっくり問いただしている暇もないワ。
続いてそう忠告したセーラに、俺たちは頷き合わせる。
既に気付いている。
今度こそ、背後から迫り来る複数の気配。人間に近しいモノを持ちながら、独特の澱みを有する。鼻に付く辛みというヤツも、コレに違いない。
鬼狩りだ。
先刻の千雪と同様に、物凄い速度でどんどん距離を詰めて来やがる。
ただ、恐ろしいのは奴らの気配の動きだ。千雪のように木々の上から迫るのではなく、木々の合間を走り抜けて接近している。
『……速い。すぐに追い付かれる』
「とことんアイツらのテリトリーってか。畜生が」
逃げ切れないだけじゃない。この場で迎え撃ったところで、不利を背負わされることになる。……いや、それも今更か。
元よりなにをするにも、有利に運べる筈がない。
その状況でなにを選択し、どう動くかだ。
「数は十人、か。あんまり強そうなヤツも居なさそうだが」
「ゆーくん、分かってる?」
「分かってる」
連中は鬼狩り。対妖怪の組織であり、よりにもよって鬼が専門と名乗っていやがる。討伐対象である俺への有効打は、当然持ち合わせている。……あの男と図書館で戦った時、傷の再生を阻害されたように。
慢心なんて以ての外で、出来れば接敵も避けたい。
とはいえ、
「このまま逃げ続けてもジリ貧、か?」
「一応事前に把握した限りでは、この先ずっと同じ木の道だよ」
『今立ち止まるなら、追い付かれるまで数十秒はあるかしら』
二人が提示した情報も含めて、思考する。
一刻も早く目的地へ向かいたいが、走り続ければこの先間違いなく追い付かれ、戦闘に陥り足を止めることになる。真っ直ぐ逃げ切ることは不可能だ。
だったら、追い付かれる前に。今この僅かな猶予が残されている内に。
「――分かった、迎え撃つ」
それが最善だと、選択した。
「千雪、セーラ、用意を」
宣言し、俺はその場に足を止めた。
地面の土草を巻き上げ、急転して迫る気配たちへと振り返る。
合わせて千雪も、すぐさま氷の橋から降り隣立つ。そして彼女が右手を前面へと振りかざすと同時に、一帯へと、鋭く巨大な氷柱が展開された。
千雪の背丈を優に超えて、俺たちを取り囲み守るように。彼女は雪女の力を発現させ、外界へと氷点下の棘を繰り出す。これで連中が俺たちへと接触するには、この針の氷山を突破しなければならなくなった。
それから、セーラは。
『ワタシはなにもしないワ』
ふわりと現れ、辺りを浮遊し発光するに留まった。
「なにもって、は?」
『ごめんなさいね。先の一撃と微力なナビゲートで許して頂戴』
「……てっきり、もう一発くらいは撃たせて貰えるモンかと思ってたんだが」
『残念だけれどキャリバーの光束は、そう無制限に乱発できる便利な技でもないの。ワタシの力にも限りがある。残りは合流した後のヴァンに委ねたいのよ』
もっとも、最優先はこの逃走の成功。だからもしもの状況であるなら、再度力を貸すことは迷わないと言うが。
だけどその展開は、出来れば遠慮したいらしい。
『今のアンタと同様に、協力したヴァンも戦闘を避けられないワ。そしてヴァンの戦いは当然、アンタの為のものにもなる』
即ち、待ち受ける先の展開の為に。
今は力を温存し、使い時はヴァンに任せたいのだという。
『それにね、キャリバーは周囲の生命力を用いて放たれる大技。その特性上、そもそも人体から放つことが望ましくないのよ』
四肢が消し飛ぶ程の反動も含めて、俺が人間ではなく、飛び抜けた治癒力を持つ鬼だからこそ出来た荒業。本来であれば、そんな使い方は言語道断であり。
たとえこの身であっても、再度撃つべきではないだろうと忠告された。
『ヴァンの聖剣は、刀身そのものが巨大な生命エネルギーを有しているワ。加えて抜身の状態であれば、微量ながら常時周囲の力も取り込んでいる。だからこそ、彼が撃ち放つに限って、ほぼノーリスクになるのよ』
光束とは、それ程のモノらしい。
「……じゃあなんだ。さっきのは正真正銘、命懸けだったと」
『そうね。アンタの生命力を――寿命、みたいなものを消費しているワ』
「ハッ」
思わず、笑い飛ばしてしまった。
今更言うんじゃねぇとか、どの道そうするしかなかったから変わらねぇだろとか、――そういう話じゃない。
なんだ、そんなコトか、って。
「だったらなにも問題ねぇよ」
あまりに下らない気遣いで、笑えた。
「心配も責任も要らねぇよ。あの程度の生命力なら、持って行かれた内にも入らねぇ。むしろそれだけが条件で撃てるってんなら、幾らでも差し出してやるよ」
まあそれだけじゃないらしいから、どの道乱発は出来ない訳だが。
残念だ。あと二十や三十程度なら、疲れ知らずに奪い取って貰えるだろうに。
『……アンタ』
セーラが、なにかを言い淀む。
見れば千雪も、なにも言うことはなかったが、静かに俺を窺っていた。
俺自身、この状態に違和感を拭えない訳だが。
けれど生憎と時間切れだ。
「来やがった」
目と鼻の先。間もなく連中が、氷の棘に接近する。
それ程の近距離に迫れば、濃密な気配の動きは明らかだ。奴らは一切の速度を落とさない。木々の合間を難なくすり抜け、足場の悪さなどまるで意に介さず。中には、木から木へと飛び移り移動する奴までいるようだ。
まさしく、この場に慣れ切った――掌握しているとさえ言える程の動き。
……勝てるか?
「ッ」
既に硬化された両拳を握り締め、連中の方向を睨み付ける。逸る鼓動を抑えることなく、けれど思考に落ち着きを努める。
逃げる為に、戦う。
退ける為に、傷付ける。
阻む障害を、壊す。
殺されることなく――殺ス。
覚悟は決めている。
なのに、
「……クソっ」
なんで連中の気配が、ドイツもコイツもこぞって。
同い年くらいか、もっと幼い子どもばかりなんだよ。
「――ハッ」
我ながら、呆れる。
それこそ、本当に。
「――馬鹿ラシイ気の迷いダ」
子ドモだからナンだヨ。
俺を殺シに来やがッたんダぞ?
遠慮もナク、容赦もナク、哀レミや慈シミなんて有る筈もナク。俺を終わらセる為だけニ、揃ッて来やがッた連中ダぞ?
アア、いいゼ。
氷ノ向こうカら現れた餓鬼ドモが、対話ヲ望むッてんナら、コノ爪を収めてヤルよ。平和的解決ッて綺麗ゴトに協力してヤルよ。オ話しようゼ。
――ナンテ、ほとほと馬鹿ダ。
コンナにも研ぎ澄まサレた殺意ニ晒されて尚、そんなフザケたことを真面目に考慮しやガるなんてよォ。
我ながら、人間の血ッてのはつくづく。
「大馬鹿野郎ダナァ、アア!!!」
絶叫し、咆哮する。
なんてことはない、これまで何度もあったことと同じ。
死ぬか生きるか。
殺し合いの始まりだ