表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
116/263

第四章【10】「妖精 セーラ・ティータニム」


 妖精。

 人型で、背中に蝶の翼を広げた、小さな少女。

 童話や伝説のような、物語上に存在する精霊の一種。例に違わず、火のない所に煙は立たない。異世界に実在する生物だった訳だが。


 俺自身がこうして目にするのは、この時が初めてだった。

 それもまさか、こんなタイミングになるなんて。


『じゃあ改めて、初めまして。ワタシの名前はセーラ。セーラ・ティータニム。よろしくね、カタギリユウマ』


 心地の良い、歌っているような高い響きの声。

 セーラと名乗った妖精の彼女はゆっくりと後退し、十字格子の隙間に腰を下ろした。それから変わらず光を纏いながら、足を組んで座り直す。

 その輝きや堂々とした立ち振る舞い、滲み出す気品は他でもない。つい先程まで対面していた、かの騎士に似通っている。

 なにより、いつか姉貴から聞いた話だが。

 アヴァロン国の騎士たちは、その国の隣人である妖精の力を借りているって。


「……俺を知ってるのか」


『当然でしょう。ワタシはヴァンと共にある。だからアンタのことも知っているワ』


 案の定、彼女はその名前を口にした。

 やっぱりこの妖精は、ヴァンの。


『リリーシャ、と言ったかしら? あの魔女との戦いの際も、それから図書館で話していた時も、ワタシはアンタを見ていたワ。果敢で生意気で、年頃の男の子丸出しだーってね』


「……そう、か」


『そうか、ってなによ。反応薄いわね。騒ぐなとは言ったけれど、感情を押し殺す必要はないんじゃない?』


「いや、悪い。ちょっと、頭がついていかないんだよ」


 ただでさえ事態を呑み込めていないのに、その上で更に妖精と初対面だ。正直、なにがなにやらで、どう対応すればいいのか分からない。


 だから、最初に。

 まずはこれを確認しておくべきなんだろう。


「あー、えっと。セーラ、だったよな」


『ええ』


「セーラはその、なんで俺の前に現れたんだ?」


『そんなの、決まっているでしょう』


 彼女は迷わず、即答した。


『アンタをここから脱走させる。その為よ』


 と。


「――脱走、って」


 言葉通りなのか?

 この牢屋の中からか?

 聞けば、予想外にも。


『いいえ、それだけの訳がないでしょう』


 セーラは続けた。

 この洞窟牢から逃げ出したくらいじゃ、なに一つとして解決しない。囚われの身を脱するには、もっと先まで考え、戦わなければならない。

 片桐裕馬は、それ程までに追い込まれているらしい。


『頭がついていかないって言ったワよね。それじゃあまずは理解を追い付かせる為に、手早く状況を話すワ。でないといざって時に選択を間違う。失敗しかねない』


 その大前提として、

 彼女は最初に、その『脱走』の目標を語った。


『ワタシたちがアンタを脱走させるのは、――この島から』


 そしてこの島の名は、――鬼餓島。


『アンタは今この鬼餓島の組織、鬼狩りによって監禁され、最悪――討伐の執行を待たされている状態よ』



     ◆   ◆   ◆



 一人、深い夜の中。

 土草を踏み締め、歩みを進める。

 この辺りに生い茂る木々は、洞窟間際の物に比べて白みが強い。夜闇の中でも目立つ程で、確か、白樺と呼ばれていたか。いつか別の場所で任務にあたった際、その土地の住人が教えてくれた。

 この日本国は森林が多い。近代化が進んでも未だ、緑の自然と共に在る。妖怪などは尚の事、その入り組んだ森の奥に姿を潜める。

 古きは置き去られ、敬遠され、排斥され。

 だから同じく常識の外側である彼らが、人里離れたその場所を、拠り所として共存を営む。

 なるほど日本国とは、よく出来ている。


 恐らくこの場所もまた、それらに等しいのだろう。

 同じ世界に在りながら、異なる軸へとズレてしまった。国の発展についていくことはおろか、共に隣立ち在ることすら認識されない場所。


 世界内部の異空間――境界。

 鬼餓島では、妖怪やその狩人の存在が公的なモノとされている。

 それはまさしく、異なる規則によって運営された、極小の島国だった。


 その島で、『僕』は、


「――随分な遠出でしたね」


 木々を抜けた先。

 歩き至った、大きな木造りの門を前に。


 一人の男が、待ち受けていた。


「……すまない、待たせた」


「いえいえ。お仲間のご様子はいかがでしたか? ヴァン・レオンハート様」


 その色は、黒。

 僕らの白を基調とした礼服とは正反対の、色濃い黒の和装だ。

 そして男は柔和な笑みを浮かべ、現れた来訪者を出迎える――その腰元に、背長い鞘入りの刀剣を携えながら。

 僕もまた彼へと笑顔を返し、応えた。


「仲間、か。生憎、彼とは一度戦いを共にしたばかり。そう呼べる程の関心は持ち合わせていない」


「そうでしたか。しかし彼は、同盟国の手を結んだ組織に所属しています。志を同じくした異国の隣人という関係上、そう呼んでも差し支えはないのでは?」


「そう言われれば、確かに違いない。……では、そんな仲間の顔を見に行った僕は、君たちの討伐対象となるのか?」


 聞けば、男はなにも言わない。

 ただ、口元を緩めるばかり。




 得体が知れず、加えて油断のならない、――脅威。

 この男は初対面から、その強さと不気味さを発露させていた。

 なにしろ異世界転移を用いて現れた僕を、即座に補足し、数分と経たずに出迎えてみせたのだ。ただ森の中を探索していただけで、気配の類に関しても、隠蔽していた筈なのに。

 男はまんまと目の前に現れ、言ったのだ。


「お待ちしておりました」


 と。

 抜身の白刃を、月の光に晒しながら。




 それから間もなくして、正門が音を立てて開かれる。

 門の向こう側には、広々とした砂利道と、奥に巨大な建物が構えていた。広大な屋根の瓦や木色の深い外観は、この国で言うところの前時代的な、いわゆる日本家屋と呼ばれる建造物だろう。

 男はそこへと右手をかざし、行く先を促すのだった。


「どうぞ。庭を抜けた先の家屋にて、我々の主がお待ちです」


「君たちの主、というと」


「鬼狩りを取り纏める、実質この島の最高権力者です。齢八十八の老体でありますが、意思の疎通に問題はなく。むしろ、未だ切れるお方かと」


「違いない」


 直前に一言断りを入れただけの、実質有無を言わせない唐突な押し入り。この日まで長く見逃して来た訪問を、今夜決行させろという勝手な強行突破。

 そんな僕を迎え撃つでなく、こうして話し合いの場へと誘った。寛大な譲歩を見せる形で、こちらの勝手な動きを制限した訳だ。

 なにしろ受け入れられてしまえば、歩み寄られてしまえば、無下に出来る筈もない。如何せん拒み続けた非が向こうにあるとは言っても、このタイミングで勝手を言い出したのはこちらなのだから。

 遂に痺れを切らしての強硬手段。今許されるのは、そこまでだ。この上に横暴を重ねれば、立場を崩される。

 そんな思案を、知ってか知らずか、


「いっそ敵対関係に陥った方が、幾らか動きやすかったでしょうか?」


 男は笑顔のままに、そんなことを言ってのけた。


「……なんのことだか」


 冗談じゃない。

 たとえそんな思惑があったとしても、それは決して、口に出すようなことではないというのに。

 挑発は果たして、その老人による指示か。それともこの男の独断によるモノか。


「…………」


「どうかされましたか?」


「……いや」


 恐らく、後者に違いない。

 よもやこうして対話を発案し推し進めたのも、島の主などではなく……。

 重ねて、不意に。


「そういえば、お連れの方はどうされたのですか?」


 そんなことまでも、僕へ尋ねてきた。


「……連れ、とは」


「失礼ながら、貴方に同行していた生命の反応が、今は感じられないので」


 なるほど。

 彼女もまた、普段は気配を殺していた筈なのだが。


「ああ。セーラの、妖精のことか。いやなに彼女は連れというか、対等なパートナーというやつでね。行動を共にし協力し合ってはいるが、別段、同行を義務付けられた関係ではないのさ」


「そうですか。では、何処に行かれたのかも」


「残念ながら、伝えられてはいないな。この島の作りを随分気にしていたようだから、散歩にでも行っているのかな。興味が尽きないようで、困ったものだよ」


「それは、本当に困りましたね」


 見れば男は、顔色を少しも変えることなく。

 大した問題でもないかのように。


「島の住人が、お客様と知らずに手荒なマネをしなければよいのですが」


 そう、言った。


「なにしろこの島は、孤立化した閉鎖的な場所です。外部からの刺激には不慣れなもので、それが妖精ともなると、過剰に反応してしまう可能性も否めないでしょう」


「……ほう」


「すぐに主へ相談し、通達して探させましょうか?」


「……いや、その必要はない。彼女もそれなりの力を持っている。なにより、そのような事態に陥るヘマはしないだろうさ」


「そうですか、ではそのように」


 ――しかし、


「貴方はよろしいので?」


 重ねて、尋ねられる。


「僕?」


「ええ。パートナーの居ない状態というのは、よろしくないのでは?」


 変わらず、冷たい笑顔のままで。


「貴方一人で、もしもの時は対応できますか?」


「――――――――」


 けれど、その質問には、


「――はは」


 僕も笑顔で返した。


「何一つ問題はない」


「へぇ」


「話し合いの会合に、僕以外の同行なんて必要ないだろう?」


 なにしろ我々は、敵対している訳ではないのだから。

 君たちこそが、僕をこの場所へ迎え入れてくれたのだから。


 そう言うと、不意に。


「――それは少し、楽観が過ぎるかと」


 男の笑みが、消えた。

 より冷たい、なにも感じさせない無表情に。


「俺たち鬼狩りという存在は、人間の側に立ち、常識外を討つ者。妖怪を滅し、そして異世界からの来訪者も、長く敵対存在として狩ってきた」


 つまるところ鬼狩りとは、裏でありながら表と手を結び、公なる規律や平和を順守してきた組織であり。

 その立ち位置は完全に、僕らとは真逆の。


「俺たちにとって貴方がたの言う同盟は、討滅の対象同士が手を組んでいる――目の上のタンコブというヤツなんですよ」


「……だから?」


「油断や慢心はオススメしません。と、忠告させていただきましょうか」


 そう、彼は言った。




 そして、直後。

 そんな彼の発言を、裏付けるかのように。


 突如、響き渡る轟音と、足下を揺らすその振動。


 ここではない、決して遠くない場所で、巨大な爆発が巻き起こされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ