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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
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第四章【07】「急転」


 それから数分後、墓地の手前。

 開けた場所で、わたしたちは改めて立ち合わさった。

 わたしと、クロシロ姉妹。アレックスとドギー。自然と三人二人で別れ立ったのは、未だ越えられない垣根の証明だろう。


 なにせまだ、なにも分かっていない。なにも提示されていない。

 彼らがなにを知り、なにを狙っているのか。

 果たしてわたしたちは、後に同じ場所に立つことが出来るのだろうか。

 推し量るのは、これからだ。


 仕切り直し、まず初めに口を開いたのはアレックスだった。


「さて、と。それじゃあようやく本題に入りたいところだが。――その前に、姉妹の妹の方」


 言って、彼は視線を姉妹の妹――シロへと向けた。

 シロも驚きに目を開き、慌てて右手の人差し指で自分の顔を指す。


「え、真白?」


「銀髪で騒がしい方が妹、神守真白。間違ってないよな?」


「ん~。真白が他の世界でどんな風に言われてるのか気になるけど、間違ってないよっ。真白が真白」


「ならいいんだ。話に聞いていたイメージとは違っていたので、もしや別人を巻き込んだ可能性を、な。随分静か、どころか無口に思える程だが――いや、視線は忙しないか。やけに熱い視線を感じる」


「あはは~、もしかして恋とかそういう勘違いです? 皇子様も案外コロッといけたり?」


「ははっ、俺も年頃なものでな。色目を使われて悪い気はしない。が、君は若すぎるしなにより、その手の熱視線ではないだろう?」


「ま~そうですね~。それと、大人しいのに特に意味なんてありませんよ~」


 にへらと笑って、シロは続けた。


「皆さんのお話とか、皆さんの行動に集中してるだけです。真白、馬鹿なので。大事なお話ですから、大事に聞き逃し見落とししないように全力なんですっ」


「なるほどね。賑やかす余裕がないと」


「そういうことです。なのでお気になさらないで下さいっ! むしろ集中モードの真白に、出来る限り話題を振らないで下さいっ!」


「はは。……正直過ぎて話を進めるのが不安になったが、まあそういうことなら茶々を入れるのは控えよう。努めて聞いてくれているのを、今更除け者にするのも悪い」


 そう、自分に言い聞かせるように頷きを繰り返す。

 それで確認は終わりかと思ったが、予想外にも、


 ――続けて、クロが口を挟んだ。


「すいません。私も、確認いいですか?」


「む? 勿論構わないが、なにかな?」


 首を傾げるアレックスへ、クロが尋ねる。


「当然ですけど、私のこともご存じですよね」


「ふむ、勿論だとも。黒い髪に、少々鋭く冷たい目付き。神守姉妹の姉、神守黒音に違いないね?」


「……名前だけでなく、私たちの状態も」


「勿論、知り得ているとも」


 その上で、君たちを連れている。

 なにかの間違いではない。


「神守姉妹。先のテロ事件の主犯であり、現在は百鬼夜行の個人に仕えている。図書館の件でも現場に居合わせ、殺された」


 けれど、生きている――ではなく。

 死に体ながら、二人は未だに動いている。


 その身に受け継いだ、がしゃどくろの因子によって。


「人への怨みや悪念の集合体にして、一種の思念体。がしゃどくろとは即ち単一の生命体ではなく、憑りつくモノ。悪霊染みた呪いの力。それを先代が死亡した際、近く在った君たち姉妹が受け継いだ――いや、背負わされた訳だね」


「……随分物知りなのね。簡単じゃない他人の事情を、根掘り葉掘り」


「おっと、気を悪くしてしまったか。すまない。知っていたのは単に、事情通から話を聞いたからなんだ。なにせ特級階級の死は珍しく、興味を惹かれてしまってね」


「そう」


 頷くクロの表情は、当然険しい。怒っているといった風ではないけれど、見るからに眉を寄せ視線を逸らしている。

 その様相にアレックスも、再度「すまなかった」とこぼした。


「確認するにしても、もう少し言葉を選ぶべきだったな。この件については、これ以上首を突っ込まないと約束しよう」


「いえ、別に。そこまで気を遣って貰う必要はないわ。それに、なにも知らない人より、調べて知っている人の方がいいでしょう」


「そう言って貰えるとありがたい。――そして君も、まったく物を知らない訳ではあるまい。俺のことも幾つか知っているだろう?」


「ええ。前に特級会議ってのでこの街に来ていた、同盟国の皇子様だって」


「生憎、第三皇子。つまりは三番目の皇子だ。様を付けられる程に夢のある立場ではないさ」


 けれどその立場は面倒でありながら、相応の物も得られてしまう。

 それは物事を決められる権力であり、時に強力な護衛であり、――今は事態を大きく左右する、重要な情報を得ることが出来た、と。


「では本題だ」


 そう改めて、アレックスはわたしたちに話を始めた。

 彼の立場だからこそ耳に入って来た、ここへ訪れる動機となった、事の始まり。

よからぬ噂について。





「元は先日。この街に起こった襲撃が、俺への攻撃が目的だったのではないか。そんな噂が発端でな」


 つまり、特級会議の為に日本国へ訪れたアレックスを狙って、転移者たちがこの国へ押し寄せて来た、と。

 襲撃の始まりが会議の時間と丁度重なったり、転移者たちを率いるリーダーが、予め縁を結びこの国の言語を理解していたり。

 即ち高い可能性で存在を示唆されている『内通者』は、この機を狙い準備を進めていたのだろう。


「第三皇子の俺を、敷いてはアヴァロン国への宣戦布告の為に。ってな」


 殺害ではなく、宣戦布告。

 攻撃し、脅威を知らしめることこそが目的。

 これは敵対組織の存在を伝える為の、いわばお披露目であり、だから王族へ手を出すという分かりやすい手段を取ったのではないだろうか。

 つまりこの先に待ち受けるのは、別の異世界管理国との大戦争ではないのか。


 話に、わたしたちは息を呑む。

 けれど、それは噂に過ぎないだろうと、アレックスは断言した。


「分かりやすい、自意識過剰な被害意識バリバリの妄言だ。損害を被ったのは日本国だというのに、ご丁寧に自国が侵略されているように慌ててやがる。そもそもアヴァロン国が狙いで俺がターゲットだっていうなら、俺への攻撃が最優先にされるべきだろう」


 内通者によって特級会議の件が洩れていたなら、少なくとも、攻撃対象を街ではなくセンタービルに指示していた筈。

 それに報告とも矛盾すると、アレックスはわたしを見た。


「聞けば連中は、この国と上下関係を築きたいと語っていたそうだ。間違いないだろう?」


「ええ。確かに、そう聞いたわ」


 統率していた彼が言っていた。

 今後の立場を判らせる為に、力を示す、と。


「ならやはり、連中の狙いはこの国だ。まあ連中の後ろに内通者や黒幕が居て、その狙いもそうだったのかは不明瞭だが。――それでも本当に俺を狙っていたなら、伏せながらも攻撃対象は変えていた筈だ」


 全て悟らせない為に誤った対象を指示していた可能性も捨て切れないが、それでは根本的な宣戦布告論や、大規模過ぎる攻撃作戦と矛盾する。

 よって、連中がアレックス・オヴェイロンを狙っていた可能性は極めて低いだろう。


「が、生憎無関係と切り捨てるにも、納得させられなくてな。結局、被害者思想に呑まれてしまい、ここ数日はほぼ意味のない近辺調査をさせられていた」


 もしも噂が本当であったなら、アレックスの行動予定が洩れていたということになる。内通者はアレックスの近辺に居るに違いない。

 半ば強制的に、捜査を余儀なくされたという。


「これだから権力ってのは面倒なのさ。与えられる物より、振るわれる柵の方が多い」


 しかし、立場上調べざるを得ない状況に置かれた結果。

 今度はその立場を十分に発揮し、近辺や当時の情報を調べていった過程で。

 ――ふと、違和感に気付いたのだという。


「それも悲しいことに、俺の近辺――極めて俺の身近でね」


 アレックスは、少し視線を泳がせた後に、


「どうやら我が国の騎士にして旧友、ヴァン・レオンハートが、ここ最近熱心に転移を行っているようだ」


 そう、続けた。


「え?」


「しかもこの有事にも、現在進行形で、自国から離れているんだ」


 ヴァン・レオンハート。

 騎士にして、旧友。そう呼ばれたのは、間違いなくわたしの知るヴァンに違いないだろう。先日の特級会議の際、彼らはそのような要素を見せていた。


「……じゃあ、あのヴァンが、違和感のある動きを?」


 とてもそういう風には見えなかった。

 品行方正で、見ていて笑ってしまうくらい、気取ってキザったらしくて。むしろそういった違和感のある行動に目聡く気付いて、警告する側のイメージだ。

 見ればアレックスも、参ったと右手で頭を抱えている。


「まったく信じ難い。彼を知る人なら、誰もがそう思う筈だ。――だがこの有事、しかも王族が狙われた可能性があると噂になっている状況。騎士団上位の戦力であるヴァンが、別件など有り得るか?」


 敵対勢力の調査かと思ったけれど、どうやら違うらしい。なにせアレックスが調べた限りでは、単独での転移が多いからだという。


「アヴァロン国では異世界転移を行う際、どこへ転移したのか、記録を付けることになっていてね。とは言っても、あくまで伝令的な方法。国に報告しなければならないという義務があるだけで、黙っているだけで抜け道になる」


 もっとも転移の現象自体は感知出来るようになっているから、見つかる可能性は極めて高く、厳しく罰せられることになっている。

 つまりルール上は、無断転移はご法度ということだ。


「そして例に違わず、当然ヴァンは至極真面目に、ここ最近の全ての転移を国へと報告している。行き先も、なにを目的としたものなのかも、全部な」


 だが、洗い出したその全ての報告のほとんどが。

 単独での転移であり、目的も、『調査任務の為』という短文だったのだという。


「本来その程度の報告では注意か、最悪転移の禁止を言い渡される筈なんだがね。これもあいつの普段の行いからなのか、それとも転移を管理する連中がグルになっているのか。どちらにしろ、ヴァンの不可解な行動は、正式に許可されている」


 その詳細までは、調べが及んでいない。

 けれどその不可解な転移の記録だけでも、行動を起こすだけの疑念となる。


「このタイミングでの単独行動は有り得ない。俺の知るあいつなら、例え任務であっても、国の防衛に回りたいと言う筈だ。調査任務なんてもので国を離れることを、良しとは思わないだろう」


 それでもこうして、彼は一人国を離れ、動いている。つまり、そうさせる程の理由があるということだ。

 そうやって大きく行動することが出来るのは、間違いなく。


「ヴァンはなにかを知っている」


 それを動機に、不可解な行動を起こしている、と。

 そして、


「ヴァンが今、転移を行った先が、――この日本国の『境界』と呼ばれる場所だ」


「……境、界」


 それは、わたしにとって初めての言葉だった。

 聞き覚えもなく、知識としても得られていない。

 見ればクロも訝しげに眉を寄せて、シロは驚いたように目を丸くしていた。二人の反応からしても、多分、普通の言葉じゃない。


「境界、って」


 わたしはアレックスに尋ね、


 けれど、それを答えたのは、

 この場に居た、わたしたちの誰かではなかった。


「――境界。それは世界の内側でありながら、世界と世界の狭間、境に存在する特異地点」


 不意に響く、聞き覚えのある声。

 彼女は、


「それはいうなれば、アタシら常識から外れた生き物と似たモノ。常識の外側にある、摩訶不思議な場所のことサね!」




 見れば、いつの間にか。

 目立つ金色の長髪、着物衣裳に、頭に生えた大きな狐耳。

 墓地の奥から歩み寄る、百鬼夜行の首領、――ナナオの姿が在った。


「九尾の狐、九里七尾」


「ハーイ。お久し振りサね、皇子。せっかく遊びに来たんなら、挨拶くらいして欲しいじゃないか」


「ははっ、言ってくれる」


 その邂逅に、二人は互いに笑みを浮かべる。

 しかしアレックスの声色は、心なしか低く、警戒を感じさせた。


「……サリーユさん」


「ええ」


 ゆっくりと真っ直ぐ近付くナナオへ、わたしやクロも態勢を低く構える。

 争いごとになるとは思えないけれど、それでも立場上、わたしたちは隠れて別の国の皇子と話をしていた。場合によっては、手荒に扱われる可能性も。


 そんなわたしたちを、アレックスが左手で軽く制した。

 構える必要は無い、と。


「ははっ、参ったなぁ。気付かれるのは考慮の内だったが、まさか、組織の長が直々に介入してくるとはね。案外、チョロチョロされるのは目に触ったかな」


「いいえ、まさか。別段、暗躍くらいは大目に見逃すサね。サリュだって組織の一員とはいえ、異世界から来た個人。姉妹も元は敵対関係。思想も行動も違いはある。同じ日本国の妖怪だって各々自由サ。誰と仲良くするのも、好きにすればいいサね」


 ――という名目で、アタシ自身自由にさせて貰ってるしね。

 言って、罰が悪そうに舌を出す。

 それじゃあどうして、わざわざ姿を現したのか。好きにすればいいと言いながら、わたしたちの前に立ちはだかったのか。

 わたしたちの疑念に、ナナオは言った。


「緊急事態、ってやつサね」


 暗躍や別組織との結託など、許容出来る範囲ではなく。

 この場へ訪れる必要に迫られた、別件が発生した、と。


「緊急、事態?」


「そ。残念だけど、そちらの話は一旦中止。サリュと双子には、百鬼夜行として動いて貰うサ」


 それからナナオは、わたしを見据えて続けた。


「特にサリュは必須サね。サリュだって、聞けば断らない筈サ」


「――え」


 わたしが必須で、断らないような用件。

 それはもしかすると、皇子と同じように、ユーマに関わることなのかもしれない。でもだとしたら、緊急事態っていうのは――。


 尋ねる間もなく、不意に、一つの電子音が響き渡った。わたしの傍の、クロからだ。

 それから彼女が慌てて取り出したのは、小さな四角い電子機器で。


「――片桐、乙女」


 クロはそれを確認し、そう呟いた。

 オトメからの連絡だ。

 このタイミングは、恐らく。


「その件サね」


 重ねて、ナナオが断言する。

 皇子を窺えば、彼も思案の後、クロへ頷いた。

 間もなくして、クロが機器へと触れて耳元に寄せる。

 そして、


「――え?」


 彼女の驚きに、わたしたちは身構え、




 後に知らされた問題に、わたしたちは同じように、目を見開かされた。


「――――どう、して?」


 それは確かに、緊急の事態で、



 またしても、わたしは、

 この先を変える大きな選択を、迫られることになる。



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