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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
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第四章【05】「提示された道」


 病院で目を覚まして、手遅れになった惨状を知らされた。

 駆け付けられたのは、その当日の、日が沈んでから。


 その頃には、図書館はもう、もぬけの殻になってしまっていた。


 外観はそのままだったのに、内部は大きく傷つけられて、風化して。天井も壁も多くが削れ空洞を開き、床には生々しい引っ掻き傷や、薄らと擦れた血痕。

 加えて時折、未だ残された赤い布切れや、散らばる少量の髪の毛が目に付く。

 特に酷く痛めつけられた大広間は、吹き抜けの階層も、幾つもの巨大な柱も、ことごとくが砕かれ壊されていた。

 信じられない。

 実感が湧かない。

 まるで、悪い夢から覚められないような。

 けれどこの目に映る破壊の痕跡が、凄惨に汚され変わり果てた現実が、逃れられない現状を叩き付けてきた。


 全ては手遅れ。

 ただこの最悪を、受け入れろ、と。




 その日から、わたしは図書館に戻ってはいない。

 せっかく貰えた部屋に戻ることすら、出来なくなってしまった。


「――――」


 別段、部屋に戻る必要はない。

 いってしまえば、家や寝床はなくても大丈夫だ。魔法を使えば、場所の温度や状況を改善することは容易く、この屋上や森の奥でだって快適に過ごすことが出来る。身体や衣服の汚れだって、物の数秒で事足りる。

 それでも屋根のない場所で眠るのは、落ち着かなかったり不安があったりはするけれど、――そもそも今はどこに居たって、深い眠りは望めない。

 今はどこでも、変わらない。

 だからここ数日、わたしはどこにも拠点を持っていない。昨日は裏路地で、一昨日は森で、その前は廃屋やビルの屋上。今日はこのまま、ここで休むことになるだろう。


 だって、帰る場所がない。

 あの部屋はもう、あの場所はもう、壊されてしまった。


 それに、行くべき場所も定まらない。

 どこを訪れたって、どれだけ探したって、彼が居ない。


「…………」


 目指すべき場所も、取るべき行動も、思考すべき打開策も、なにも分からない。

 そしてこの混迷した感情を誰にぶつければいいのか、本当に吐き出してしまっていいのかも、分からない。

 もしも、


 もしもオトメに全てを吐き出して、それでもなにも言ってくれなかったら?

 もしも全てを伝えた結果、ただ謝られて目を逸らされてしまったら?

 もしもその先に、打ち明けられた真実が、取り返しの付かない状態だったら?


 もしもオトメもわたしと同じで、なにも分かっていなかったとしたら?

 本当は誰もなにも分からず、手の打ちようがないってことが、知らされてしまったら?


「……っ」


 それは恐怖だった。

 なにも尋ねられなかった。なにを言われるのも怖かった。なんでもいいからと欲しているくせに、問いただすことが出来なかった。

 ずっと尻込みして、踏み出せずにいる。

 だからわたしは、隠れ家にも近付けていない。


「…………どう、して」


 どうして、こんなことになっちゃったのかな。


「……どうすれば、よかったのかな」


 夜空を見上げて、一人呟く。

 瞬く星たちの数に、決して等しくはないけれど。それでも、様々なやりようがあった筈だ。今よりもっとマシな未来が選べた筈だ。

 始まりにこそ間に合わなくても、数十人は助けられたかもしれない。――ユーマだけは、残せたかもしれない。

 わたしには、他でもない魔法には、それだけの力があった筈なのに。


 そしてそれは、もうどうにもしようがない、終わった話じゃない。

 今この瞬間にも突き付けられている、大切な分岐点だ。


「……どうすれば、いいのかな」


 この力でなにが出来る?

 この状況でなにが最善になる?

 今一度誤ってしまったら、僅かに残る希望すらも失って――どころか、もっと沢山の人たちや仲間が、今以上に、取り返しのつかないことに。


 視線を下ろし、自分の両手のひらを眺める。

 どう動けば、何処へ手を伸ばせば、――この力を、なにに振るえば。


 そう益体のない思考に悩まされていた、その時だった。


 不意に、呼ばれた。


「こんばんは、サリーユ・アークスフィア」


 聞き慣れない、軽い調子の男の声。

 けれど聞き覚えがない訳ではなくて、振り返れば、


「――え?」


 マンションの屋上階。

 現れ対面したのは、――二人。

 見覚えのある彼らは、だけどどうして、ここに居るのか。この国の、この場所の、わたしの前に訪れたのか。

 彼らは――。


「数週振りだな。元気……ではないだろうが、健康にはしていたか?」


 目立つ赤髪に、白一色の正装姿。

 初対面時と変わらない気さくな笑顔を浮かべるのは、遠く別世界の国に所属する、皇子。


 その後ろに控える、緑肌に大きな二角の巨躯。

 分厚い革の鎧に大剣を携え、物言わずとも、ただならぬ闘気をにじませるオーク。


 他でもない、あの日の会合で出会った二人だった。


「――アレックスと、ドギー……?」


「大正解。アヴァロン国第三皇子をやらせてもらっている、アレックス・オヴェイロン。まったく堅苦しい立場ではあるが、相手の覚えがよくなるのはありがたい」


 言って、自然な流れで一礼する。

 果たしてそれは、彼なりの挨拶だったのだろうか。皇子という立場で簡単に頭を下げるのはどうなのかと思うけれど、別段問題はないのか、後ろのドギーからはなんの反応もない。……ように見えて、ほんの少しだけ肩を落としたような。

 立ち直った後、再び向き合った彼は、笑顔のままに続けた。

 先日はすまなかった、と。


「せっかく時間を取って来てもらったというのに、話のまとまらないままに解散してしまった。敵襲から戦い、その後も酷い惨状。とてもそういう日取りではなくなってしまったのでね」


「……そうね」


 その辺りの動きは、ヒカリに聞いている。後に彼女が再度この世界に訪れ、顔を合わせた際、互いの無事を確認して幾つか話をした。

 結局、わたしの特級の件は保留になって、集まった面々もそれぞれ自身の世界へ帰ってしまったこと。問題とされたグァーラの敵対行動についても審議中で、変わらずセンタービルの地下に籠っていること。

 現れた転移者たちの目的や正体についても、未だ調査中であることも。

 きっと日本国と同様に、彼らの国でもその状況に変わりはない筈だ。それともこうして現れたのは、変化の兆しなのか。

 訝しむわたしに、それでも彼は飄々とした口調で続ける。


「まったく、アレから国は大忙しさ。君やヒカリ嬢ちゃんの戦闘報告から、異国間での技術や情報の交流があったのは間違いなし。これは訪れた連中の国が自発的に他世界へ転移し得た進化なのか、それとも他の異世界から訪れた何者かが、連中に進化を促したのか」


 それは偶然なのか、意図的なものなのか。

 意図したものであるならば、それは個人による意図か、集団組織による策略なのか。


「遂に俺たちアヴァロン国のように異世界を渡り管理する別国が現れたか。それも最悪、より攻撃的で危険な手段を方向性として持っているのか。――なんて、冗談とも一蹴出来ない様々な考察が溢れてね。情報も印象も錯綜して錯綜して、大惨事だよ」


「……そう」


「そういう訳で、挨拶はおろか弔いも未だに、こうして個人へ謝辞を伝えることすら今更になった。すまなかったね」


「……それで、その今更に謝りに来ただけなの? 特級の護衛を付けてまで。それとも別件のついでに来てくれたとか?」


「おっと、手厳しいな。荒れているとは聞いていたが、こういうのを、取り付く島もないと言うのだったかな」


「そういうつもりはないわ。ただ、回りくどいのが嫌だっただけよ」


 特に、あの日のことを改めて掘り起こされたって。

 そんな謝辞なんて忘れ物より、話があるなら、今より先が欲しい。


「ごめんなさい。急かしてしまうけれど、用件はなに? そんな大変な状況で、顔見せに来た訳じゃないでしょう? わたしが特級になった、とか、その手の話し?」


「生憎大変申し訳ないが、その件は未だに保留だ。あの日以来、この日本国は厳しい状況に立たされている。君の階級もこの街の問題も、どちらも簡単には終わらない事柄でね。今は街の問題に注力すべきだという、俺の判断だ」


「正しい優先順位だと思うわ」


「だから用件というのも、この街の、敷いては世界の情勢に関するものだ。――そして君の前に訪れたのは、他でもない」


「わたしの力が、必要だから?」


 尋ねると、彼は小さく首を横に振る。

 半分は正解だが、と。


「当然、君の力は必要不可欠だ。だけど力だけなら、他にも適任者は居る。こうして俺がわざわざ話をしに来るまでもなく、頼れる相手も少なくない」


「……そうね」


「後ろに居るドギーだってそうだ。類稀なる特級戦力。力だけなら彼一人でも十分過ぎる」


 けれど、それでも。

 こうして彼が動き、わたしの前へ現れたのは。


「サリーユ・アークスフィア。君に適任で、加えて君に大きく関わった頼みごとがある」


「わたしに、関わる」


「そうだ。力以上に、俺が君を選んだ要素」


 そう再三の前置きをして、彼は言った。


「単刀直入に言おう。――君の噂のフィアンセに関することだ」


「ッ」


 それは、

 それは、わたしがずっと、求めていた――!


「ど、どういうこ――!」


「逸るな、落ち着け」


 わたしの言葉に、彼が、言葉を被せる。

 低く、冷たい声色――初めて笑顔を消した、真剣な表情で。


「……っ」


「そうだな、まずは悪い話を先に言おう。その方が冷静に、事態を呑み込める筈だ」


「悪い、話?」


「ああ、まず一つ目に。――これは俺が主導する、俺個人独断の作戦だ」


 彼は言った。

 わたしの所属する百鬼夜行や、この国の思惑とは、まったくの無関係。完全に違う道筋であり、どころか方向の違いで敵対する可能性すら少なくない、と。


「……個人、独断の」


 それは、つまり、


「日本国側よりも、アヴァロン国側の利益が大きい……ってだけの話でも、ないの?」


「ははっ、察しが良くて助かる」


 彼は悪びれる様子もなく、再び笑顔を浮かべ、断言した。

 そう、――完全に独立している、と。


「その通り。これは俺個人が一番得をする作戦だ」


 大口を開ける、一国の第三皇子。

 遅れてまたしても、後ろに控えたオークが肩を落とし、今度こそ息を吐いた。

 それを振り向くこともせず、彼は続けた。


「おっと、勘違いしないでほしいが。勿論、俺だけが得をする話ではない。日本国の問題も世界間の問題も解決するつもりだ。逆に、それ故背負うことになる不利益も少なくはない。そうだな、言ってしまえば、――俺なりに問題を解決しようと考えている」


 彼は言った。

 これは、アレックス・オヴェイロンが望む結末に至り、アレックス・オヴェイロンが望む損得を、全員に与える作戦だ――と。


「まあ大それた言い方をしているが、誰もが考えることだ。百鬼夜行には百鬼夜行の、祖国には祖国の、個人には個人の望む終着点がある。――俺が君に言いたいのは、俺の望む結末に力を貸してくれと、そういう話だ」


 百鬼夜行でも、日本国でも、異世界を束ねる大国にでもなく。

 今目の前にいる、皇子の望む結末の為に、わたしの力を振るえと。


「勿論、褒められたことではない。国の役人や騎士団の者たち、ヴァンやヒカリにも話していない。まあ同行して貰っているドギーには、当然話している。了承し口外しないとは頷いてくれたが、果たして賛同してくれているかは分からない」


 決して国の方向性になど出来ず、万人に聞かせられるようなものでもない。秘密裏に動かなければならない案件。

 けれど、そこには、


「だけど君には話そう、サリーユ。俺の作戦には、君の望みの成就も含まれている。賛同とまではいかなくとも、同じ方向性を持てる筈だ」


 彼は、わたしに提示した。


「俺はこの件に関して、片桐裕馬の生存と、日本国への帰還を望んでいる」


 だから力を貸してくれ、と。


「日本国への帰還、って」


「ま、なんだ。その辺りのことは、少し場所を変えようか。ここは公すぎる。俺もなにかを企んでいる程度なら悟られて構わないが、詳しい内情や今後の動きまでは流石に、ね」


 それに、と。

 アレックスは、ちらりと後ろを窺って。


「よければ、そこに居る二人にも協力をお願いしたい。場所を変えて彼女らも含め、改めて仕切り直しを提案させて貰うが」


 見れば彼ら二人の後ろ、屋上階の昇降口から姿を現す、二人の影。

 神守姉妹の、クロとシロ。

 一方は怪訝な表情で、もう一方は興味津々に目を開いているけれど、


「聞かれて困る、じゃないのね」


「俺の情報に違いがなければ、神守姉妹だろう? 彼女らはかなり不安定な立ち位置だと聞いている。こちらの手元に置くのもアリだと考えるが、反対かな?」


 気付けば、首を傾げる彼の周囲を、小さな光体が飛んでいた。多分、彼らの世界特有の力、妖精だ。それで現れるより早く、姉妹の接近を察知したんだろう。

 そして今尚、淡い光を纏い続け、浮遊している。

 わたしの返答によっては、あるいは……。


「どうだろうか?」


「……好きにしてちょうだい」


 考えがあるというのなら、わたしが口を挟むこともない。なにより別段、その辺りは本当にどちらでも構わない。

 誰がどう立ち回ろうとも、関係ない。

 彼流にいうなら、わたしは、


「……わたしの望むままに」


 わたしの望む結末の為に、彼の話に耳を貸す。

 なんの情報もない今、わたしには、それ以外に選択肢なんてなくて。


 きっとこの先に、どんな内容が提示されても、

 わたしには、拒むことなんて出来ないだろう。


「と、いうわけで。力を貸して貰えるかな、お二人さん!」


 アレックスは振り向き、声を上げた。

 事態を把握しきれていない彼女らに、それでも畳み掛けるように。


「君たちにしか出来ない、君たちの体質や立場に、適任のお願いがあるんだ! 出来るだけ少数精鋭が望ましいのだけれど、それなりの人数も質も必要でね!」


 そうして、彼は言った。


「なにせ件の片桐裕馬くんは、拉致監禁されている可能性が高い。見つけるだけでなく、――助け出す必要があるのさ」


 と。


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