表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
11/263

第一章【11】「一夜の終わり」



「――――残念だったな」




 何故か俺は、()()()()()()()()()を叩き付けられていた。




「ゴ――!?」


 防御が間に合わなかったなんて話じゃない。完全に意識の外からぶん殴られた。

 前傾姿勢の肩口から背中へ、一直線に下ろされた強烈な斬撃が鬼血を打ち砕く。

 洒落にならない程の出血を撒き散らせ、地面へと落とされた。


 喉の奥から競り上がってくる鉄の味。呼吸さえもままならない。それでも必死で奥歯を噛み締め、意識だけは手放すまいと足掻く。

 傷は深いが、回復は始まっているんだ。


 でも、どうして。


「ゴ、ご……ブ」

「さて少年。ここが何処だか分かるか」


 ここは、最初に打ち合った場所だ。いつの間にか戻ってきていたのか。

 俺が突き抜けてきた一直線のクレーターや、サリュに撃ち抜かれた騎士が倒れている。


 それで、気付いた。

 その力尽きた騎士の傍らに、()()()()()()()()


「君が攻撃を受ける時、常に刃の中心を狙っていただろう。そうやって守りながらダメージを蓄積させることで、折ってやろうという算段だったな。大成功だ」


 ああ、その通りだ。

 だけど。


「露骨すぎたな。この経験を次に活かして欲しいところだが、残念ながら次は無い」


 全部分かった上でここまで誘い込まれた。それで相手の狙い通り剣を圧し折って、良い気になって隙を見せて。

 ……大間抜けの大馬鹿野郎だ。結局は最後まで手のひらの上だったのかよ。

 畜生が。


「では、死ね」


 駄目だ。背中の回復が間に合わない。

 今度は腕も足も動くのに、身体を起こすだけの力が入らない。


 いよいよ終わりだと、死を悟る。




 だけど。

 声が、聞こえた。




「どうも。愚弟のお勉強になりました、っと」




 そして、メシリと鈍い音が響き――。


「貴サマ――ガ!?」


 狩り取られる筈の刃は、力無く地面に突き立てられ。

 遅れて甲冑が、重々しく音を鳴らして倒れ伏せた。


 なんとも呆気ない幕切れ。

 なにより情けない。


「……あね、ぎ?」

「無理して呼ばなくても大丈夫、近くに居てやるわよ」


 それはなんともお優しいことで。


「ま、貸し一つってことで覚えときなさい」

「お手柔らがに、だのむよ」


 ともあれ、どうにか命は繋げたらしい。




 ◇     ◇     ◇




 起き上がる頃には、姉貴はいつものようにスマホをいじっていた。

 近くには二人の騎士や折れた剣が横たわる中、実に落ち着いている。

 未だサリュの方がどうなっているのかも分からないってのに。


「流石は姉貴だよ」

「お。回復したね。大丈夫そうかい」

「とりあえずな。ってか、なにしてんだ」

「ここ微妙に電波来てるみたいだからさー」


 ライトに眼鏡を照らされ、完全に集中している。その姿勢は、背後から爆音が鳴り響こうとも変わらない。

 よくやるよ、まったく。


「派手にやってるね、サリュっち」

「だったらもう少しそれっぽい反応をだな」


 それとサリュっちってなんだ。

 安直すぎるだろ。


「裕馬の方こそ落ち着きなさいな。私らがどうこう出来るような状況じゃないっての」

「そうなんだろうけどさ、緊張感ってあるだろ」


 そんな俺たちなど脇目も触れず。森の中ではどっかんばっきんと、千差万別選り取り見取りの光が瞬いている。

 ……確かに姉貴の言う通り、俺たちにはまるで手が出せない状況か。




 など話している内に、近くで巻き起こる爆発。

 遅れて小さな影が木々の向こうから現れた。


 少女は、余裕綽々といった様子で。

 こちらを確認し、にこりと笑ってみせた。


「ユーマ、終わったのね。オトメも、見てるだけって言ってたのに手を貸したのかしら」


 その余裕を裏付けるように、サリュの身体には傷一つ見当たらない。

 あの騎士を相手にあんなに滅茶苦茶やっておいて無傷なのか。


 対して、木々を斬り伏せ現れた騎士は。

 男は衣服やマントが黒ずみ千切れ、その表情にも怒りと焦りがにじんでいた。

 力の差は歴然だ。


 信じられない。あれ程の聖剣を操る騎士に圧倒的すぎる。

 これがサリュ。異世界から来た魔法使いか。


「この僕が、小娘風情に劣るとは。レオンハート家の名折れだ」

「大層立派なお家なのかしら。けれど残念ながら、あなたではわたしに勝てないわ」


 宣言し、サリュが男へと右手をかざす。

 光を帯びた掌から、禍々しい炎が現れ揺らめく。


 だが。


「そういうわけで、降参していただけないかしら」


 続く一撃は放たれない。サリュは真っ直ぐに騎士を見据えたまま動かない。

 表情には変わらず笑顔が張り付いているが、手元で炎を遊ばせているだけだ。


 なにより、降参しろと。

 それはつまり。


「なんだ? なんだなんだ、なんだと言うんだ!」


 男が剣を下ろして絶叫し、笑った。


「まさか魔力切れか? これ以上は戦えぬと? 違うだろう、断じて違う」

「ええ、どうあがいても決着よ。続けてもむだって言ってあげてるの、わからないかしら」

「強がるなよ。貴様、トドメを躊躇っているな?」

「あら、チャンスを与えているとは思って貰えないかしら?」

「チャンスだと? ハハッ、この僕にチャンスを与えているのか。降参しろと、逃げろと! 屈辱だ、屈辱を超えて傑作だ!」


 男が剣を握る手に、最早力は見られない。彼は空を仰いで笑うのだった。

 その瞳は怒りに満ち、けれども微かな潤みを帯びて。


「ハハ、ハハハハ。あー、笑ったよ。笑わせてくれるよまったく。はは」


 ひとしきり嘲笑を終えて、やがて騎士は力なく立ち尽くした。


「ヴァン・レオンハート君。大人しく手を引きたまえ」


 意外にも、呆然とする彼を止めたのは姉貴だ。

 お終いにしようと、サリュと男の間に割って入る。


 それでようやく、サリュも魔法を解き手を下ろした。


「勝敗は決したよ。誰が見ても明らかだろう」

「はは、参ったな。貴女も来ていたなんて、カタギリオトメさん。みっともない姿を晒した」

「それ以前に、君は私の弟を殺そうとしたわけだが?」

「君は聡明だ。止むを得ないと納得してくれるだろうと思ってね」


 姉貴が大きく息を吐き、再びスマホを持ち上げた。

 また遊び始めるのかと思ったが、今度はなにかを調べているようだ。指が画面を上から下へとスクロールさせている。


「見つけた。異世界法第八十二条。異世界転移者の移住登録後、二十四時間以内に転移者の問題が認められる、または縁者を失うなどの異常があった場合、転移者の移住登録を取り消し改めて審査する。君が狙ったのはコレだな」

「おっしゃる通りだ。まったく、アヴァロン側に書類を申請していれば、こちらで簡単に弾けたというのに」

「こちらもそれを考えた上での百鬼夜行経由だよ。複数の窓口、複数の管理体制。今回はそちらにとって裏目に出たね」


 百鬼夜行によって登録された書類は日本国のものとして処理される。だからアヴァロン国側で書類の審査をすることは出来ない。

 姉貴はそこを突き、今夜俺に書類を任せたってことか。俺が登録を進めるには隠れ家に行くしかないから。


 しかし登録情報事態はアヴァロン国との間で共有されているらしい。

 それを確認し、ヴァン・レオンハートが動いたというわけだ。


「図書館での騒ぎは聞いていたから、まさか居住申請など出すまいと思っていたんだけどね。君たち妖怪の考えることは分からないな」

「こちらも君のような上級騎士が動くのは予想外だったよ」

「僕はもっと大勢で対応して然るべきと進言したんだがね。残念ながら上としては、これを機に彼女の国と繋がりを作りたいらしい」


 やがて男は剣を鞘に納めた。

 そのまま倒れた甲冑の騎士たちを軽々と掴み持ち上げる。


 そして最後にサリュを睨んで。


「ヴァルハラの魔女。僕は君たちヴァルハラ国の転移を歓迎しない」


 そう言い残し、彼は忽然と姿を消した。


「ヴァルハラの、魔女」


 サリュが再度呟き、視線を落とす。

 姉貴もまた大きく肩を落とし、今度こそスマホをポケットにしまった。


「よし、今晩はこれまで。帰って寝るぞー」


 姉貴の号令に背中を押され、歩き出す。




 やっぱりまだ事態は終わってない。

 むしろこれからだ。きっと、これから更に苛烈になっていく。


 漠然とした不安は拭えない。

 それでも今は呑み込み、帰路へとついた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ