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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第四章・前編「鬼餓島攻略戦」
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第四章【02】「残り火」


 十月初週。

 纏わり付いていた残暑も過ぎ去り、本格的に涼しくなってきたこの頃。日中でも天気が悪ければ上着に袖を通し、早朝日暮れは寒さに身を縮こませる程だ。

 そんな冷風強く吹き荒れる、午後二十時を回った闇夜の中。場所は件の事件跡地、大半の建物施設が壊滅的なまでに破壊された、東地区にて。

 遠く隣街の明かりに頬を照らされながら、私はビルからビルへと飛び移っていた。


 声を上げ、先導する彼女ら二人を後追いしながら。


「――真白、サリーユさん! 待ちなさい!」


 建物の屋上階を駆け抜けて、すぐさま端から端へと辿り着き、跳躍。見下ろせば、薄明るく人通りのない道路は遠い。地上七、八階とはいえど、落ちればひとたまりもないだろう。

 そんな上空を軽々と、私はビルから向かいのビルへ足を届かせる。


 恐くはない。

 元より肩代わりの神具で、幾つもの痛みや死を乗り越えてきた。なにより文字通り、この身は軽くなっている。加えて落ちたところで既に死に体、繋がってさえいれば、すぐに立ち上がることが出来るだろう。

 ああ、だけど、それ以上に。


「待ちなさい――よッ!」


 恐いというなら、あの二人を放っておく方が、よっぽど恐ろしい。

 そしてその嫌な予測は、まんまと的中することとなった。


 間もなくして、目前。

 二つ向こうに在った小さなビルが、大きな火の手と破片を散らした。


「――っ!?」


 一方は、魔法使いの手で引き起こされた爆発によって。上階が粉々に飛び散り、激しく炎上した焔が周囲を紅く照らし出した。

 黒衣と大きな帽子を纏った少女は、赤く輝きを灯した右手を振るい、自由自在に破壊の焔を振り撒く。

 

 もう一方は、夜闇に色濃く表れた、巨大な右腕の影によって。側面から叩き込まれた打突が、燃え盛る上階を諸共に砕き、建物を大きく傾げさせた。

 巨影を落とすその骨腕は、小さな身体の背面から。持ち主を遥かに上回る物量を以って、対象を力尽くに打ち砕く。


 半壊、どころではない。

 たった二人の少女の手によって、ビルは完全に倒壊した。


「ああっ、もう!」


 手前のビルの淵に立ち、その光景を見下ろす。

 最悪だ。

 今回の相手はただの偵察部隊、いわゆる情報屋の情報提供を主にしているだけで、直接的な干渉や被害は出さないタイプなのに。精々逃げ隠れるのが得意なだけの、非戦闘要員の筈なのに。

 これじゃあどっちが悪者――とまではいかなくとも、どっちが加害者なのか分からない。

 追い詰め捕縛を命令されていた標的たちが、崩落の中で悲鳴を上げて沈んでいく。数は三人。不幸にも聞き及んでいた情報の通り、どうやら彼らには抵抗するだけの術も力も備わっていないようだ。


 けれどそんな彼らを、彼女らは更に、あまりにも強引な手段を以て救い上げる。


「――重力制御を!」


 片や続けて魔法の力を発現させ、瓦礫たちを浮遊しその場に止まらせて。


「――死んで諸共に隠蔽とか、そう上手くはいかないよねっ!」


 片や薄汚れた骨手で阻むもの全てを振り払い、標的を掴み取り握り締めてみせた。


「……対象の捕縛に、成功」


 では目的は達成されたのか?

 いいえ、それは断じて違う。

 私たちはこの街の、私たちの平穏の為に、暗躍する彼らを標的とした。これより起き得るなんらかの脅威の可能性に対して、先手を打って未然に防いだんだ。

 なのにこれじゃあ、目的と手段がごちゃごちゃだ。どころか、飛散するビルの破片たちが、周囲に細かな破壊を振り撒いてしまって。

 復興へ着手していた筈の施設群は、またしても、決して小さくはない傷跡を残されてしまった。


「……なんてこと」


 頭を抱え、大きく肩を落とす。

 真白は勿論だけれど、私にとっては彼女の方が問題だ。

 サリーユ・アークスフィア。未だに第一級ではありながら、特級に等しい戦力として周知されている魔法使い。

 彼女の大きすぎる力が過剰に振るわれると、どうしようもなく必要以上の破壊が引き起こされてしまう。

 その上、厄介なのは、


「――――」


 浮遊し崩壊したビルを見下ろす、冷たい横顔。対象が真白の骨手に捕まれて尚、かざした右手に薄らと光を灯し続けている。


「投降して。そして知っていることを、洗いざらい話して。でないと――」


 呑み込まれた言葉は、考えるまでもなく明らかだ。

 もしも彼らが抵抗を続ければ、彼女は恐らく――。


「……サリーユさん」


 そんな容赦のない彼女の手綱を、現状、誰も握れてはいなかった。






 そうして今晩も、私たちは片桐乙女に叱責を浴びせられる。


「……まったく。また盛大にやらかしてくれたものだね」


 東地区での任務を終えて、報告の為に南地区外れの喫茶店『隠れ家』へ。

 後処理や捕らえた連中の引き渡しなどを終えて、店に入る頃には日付を跨いでいた筈だ。それから入店間もなくカウンターに呼び出されて、サリュを除いた私たち姉妹は、今先程の件について絞られている。

 テーブルを挟んで向こう側、白黒のバーテン衣装に着飾った、我らが現参謀様に。


「たったの三人、頭数は同じ。しかも大した反撃の手段も持ち合わせていない非戦闘員を相手に、ビルを倒壊させる程の攻撃が必要だったのかね?」


 私には分からないと、乙女さんは大きく息をこぼした。

 時折顔を合わせていた際の、図書館で働くスーツ姿とは違う。白のカッターに黒のベストを重ねた給仕の様相は、ここへ通わされるようになって目にする機会が増えた。髪も後ろで一つに束ねて、しっかりとした年上の女を思わせる。

 とはいえカウンターに隠れてよくスマホを触っているから、決して真面目に働いているという訳でもないのだろうけれど。

 今この瞬間でさえも、そんな不真面目な態度を見え隠れさせながら。


「言っているだろう。目的を違えてはいけない、と」


 けれど言葉は、鋭く図星を突く。

 響く重い嘆息へ、返す言葉もないと押し黙る。

けれど反して、並んで右の長椅子に腰かけていた真白は、ビルを倒壊させた張本人にも関わらず、更に大きな声を響かせた。


「でもでもっ、物凄く逃げ足が速かったんですよっ! なにしろトカゲとコウモリ染みた転移者たちと、一反木綿の妖怪ですっ! コソコソヒラヒラすばしっこくて、あのまま追いかけていたら全員捕縛は無理でした!」


「そのまま追いかけていたら、だろう。それをもっと上手に、被害を出さない方向で考えて欲しかったんだがね。街を守る為の任務で街を壊してどうする」


「大きな平和の為に少数の犠牲は止むなし、ですよっ!」


「真白」


 思わず手が出て、右手の甲で頭を小突いた。

 今のは私に刺さる。それでもって、この子は絶対にわざと含みを持たせている。正真正銘、無自覚を装った嫌味だ。その証拠に、ペロリと小さく舌を出して。

 まったく可愛くない。笑えない冗談は本当にやめてほしいのだけれど。


 などと言っていると、カツカツと足音を鳴らして、店の奥から現れた影。赤白の装束を身に纏った、狐耳と大きな尻尾が特徴的な人型の妖怪。

 この店のマスターにして大妖怪九尾の狐、九里七尾さんだ。

 九里さんは店を見渡してから一息吐き、それから私たちと視線を合わせた。


「嫌サねぇ。お客が居ないせいで、静かな声でもバックルームまで丸聞こえ。言っても、神守妹の声は繁盛してても響くんだけど、サ」


 言われて、私も後ろへ振り向く。

 いつもなら多くの関係者が集い、大騒ぎだと聞いている夜も更けた時刻。にも関わらず、私たち以外の利用客はたったの五人で、九里さんの登場にも軽く頭を下げる程度だった。

 幸か不幸か、私はまだ、その話に聞く大盛り上がりの光景には立ち合えていない。私が通い始めたここ数日は、毎晩がこんな物寂しい調子だ。

 それも当然――なにしろあの事件の被害者のほとんどは、ここへ通っていた百鬼夜行の面々なのだから。


「まったく、アタシが寂しいのは嫌いだって知りながら、親不孝な子分共サね。アイツら全員、復帰した祝いには沢山呑んで沢山使って貰わないとね」


「最初の一杯くらいは奢ってあげなさいよ、七尾」


「そのくらいは当然サ。――って、乙女アンタ、またそんな如何にもな衣装で店に立って。ウチは着物エプロンな可愛らしい喫茶店だって言ってるじゃないサね」


「じゃあ働かない。帰るよ」


「それは困るって! まさかアタシに働けっての?」


「いや、七尾のお店なんだからそれが当然でしょうに。……まー双子の夜任務が落ち着いたら回す予定だし、それまでは手伝ってあげるわよ」


 なんて、乙女さんと九里さんは軽口に言い合う。サラッと私たちの今後が提示されてしまったが、生憎文句が言える立場でもない。真白に至っては、「またここで働かせて貰えるの?」と若干嬉しげだ。……多分、来週には八ツ茶屋が再開されて仕事が戻って来るのを失念している。

 と、今はそれが本題じゃない。

 それから九里さんは今一度、並ぶ私たちを眺めて言った。


「それで? 双子は今日も元気そうでなによりだけど、サリュの姿はないサね?」


「……はい」


 そう、任務を終えてこの場に来たのは、私と真白だけ。

 本人の言葉を信じるのであれば、彼女は疲れて帰っている筈だ。

 未だに修理の途中にある図書館の、その地下にある自室に。


「普段の様子はどうサね? 任務に関しては随分派手に、攻撃的になっているって聞いてるけど」


「……そうですね。今日も妹と二人合わせてやり過ぎで、それ以外は、……様子って言われると、普段と変わらないように思います――けど」


「けど?」


 様子事態は恐らく、普段と変わらない。

 よく笑い、よく話し、好奇心旺盛。任務の最中であっても時折、興味を惹かれたものについて聞かれることがある。

 私の聞いていた彼女の人間像と、大きな差異は感じられない。

「……」

 任務時の、あの冷たい表情を除けば。

 

 けれど、それはあくまで、――私に見える様子だけだ。


「集合時間のギリギリになったり、任務が終わったらすぐに帰ったり、――極力自分を見せない様にしているようには、感じます」


「……そう、か。今晩の会合についても伝えてあるな」


 代わって応える乙女さんへ、頷く。


「はい。この後隠れ家に行くって話も、遠慮すると」


「……目に見える変化はない。が、見えないところではどうなっているやら、か」


 思案するように、口元へ右手を寄せる仕草。

 表向きに元気そうなら大丈夫じゃないか――なんて話には、ならない。

 なにしろ事件の直後だ。物理的にも精神的にも、受ける影響が少ない筈がない。

 加えて、


 彼女の恋人とされている相手は、――片桐裕馬はあの日以来、行方をくらませているのだから。



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