第四章【01】「望まぬ再起」
暗闇に落ちていく。
なにもない深い黒に包まれて、ただ冷たく硬直していく。指先から髪の先に至るまで、この身の全てが氷漬けにされていくような、そんな感覚。
凍える。
私――神守黒音は、確かに死んだと、そう実感する。
ああ。
けれど、『不幸にも』。
死に体となった指先が、それでも尚、動かせることに気付いてしまった。
冷たい皮膚に感覚は失く、この身には血の巡りも、呼吸の躍動も起こらない。死後硬直によって凍結した身体は、内までギッシリとセメントが詰まったみたいで。
だけどその最奥、芯となる骨だけが、
音を立てて、力尽くで稼働を続けさせるのだった。
――まだ、終わらせない。
――絶やせはしない。
――古の呪いを、紡ぎ続けろ、と。
そうして、最悪の寝覚めを迎える。
「――――っ」
意識が戻れば襲い来る、頭痛、喉の痛み、吐き気。横たわる身体を起こそうと身じろぎすれば、全身に裂くような痛みが走る。それでも重い右手を持ち上げて、額を覆う汗を拭えば、その発汗の量と発熱に尚更嫌気が差した。
そんな絶不調を患った寝惚け眼では、真っ白な天井も三重四重にブレ動いて、視界もまるで定まらない。思考も沸騰して、ああこんなのなにも手が付かないって、
「……は、……ァ」
こんなことなら、――死んでしまいたい。
そう思った途端に、スッと、
「――ッ、ん」
意識が、はっきりと戻された。
どうしようもない、どうすることも出来ない。だから諦めて、いっそのことって、そう考え至った、途端に。
痛みも熱も息苦しさも、なに一つとして解決していないのに、意識だけは冷静な状態に引き戻された。
自棄を起こすなとでも言うように、この身に降りかかる最悪に比例した、考えたくもないメリットが考え並べ立てられる。どころか、ここで全てを投げ出した際に引き起こされる、より最悪な結末さえも。
私の身体が、私自身に叩き付ける。
お前には、生きることしか許されない、と。
「……ああッ、クソ」
本当に、心底嫌になる。
作為的か、それとも偶発的か。
どちらにしろ、
「……最悪の、忘れ形見よ」
こんなモノを背負わされながら、あの男は生きていたのか。
この全てに苛まれながらも、死ぬことが出来たのか。
「クソっ!」
吐き捨て、私はベッドを飛び出した。
下を向いていても仕方がない。
私たち姉妹は不幸にも、次にこれを背負わされたんだから。
冷蔵庫から冷水を取り出して、口元へ運び煽り飲む。
右手の指が直にペットボトルへ触れていても、容器に在る筈の冷たさは感じない。内側はこんなにも熱に晒されているのに、僅かな冷温に気を涼めることも敵わない。
喉へ流し込まれる飲料水だって、生温くてなんの味もしない。胃に落ちることすらなく、直接喉から染み渡っていく感触がある。
きっと水分なんて取る必要もない。コレはただ、再現された継ぎ接ぎの、人間らしい生理欲求に付き合っているだけ。食事に至っては、下手な物を口にすれば体内に沈殿して腐ってしまう。
一部の機能と感覚。私が生きていると錯覚出来る程度の――いや、それすらまともに得られない、あまりに穴だらけの付け足し。動く死体を、もう少しそれっぽく化粧して、傍目には生きているように見えるかどうか。
紛い物にすら及ばない、死に体存在。
今の私たちは、そんなモノに成り果てていた。
そして、そんな私たちへも、容赦なく。
鳴り立てる着信音が、静寂の屋内に響き渡る。
「…………」
画面を確かめなくても分かる。
今夜も、片桐乙女からの呼び出しだ。
いいや。正確には、彼女を通して伝えられているだけで。
その先に待っているのは、サリーユ・アークスフィアなのだけれど。
「……分かってるわよ」
生きてなんていなくて、死んでなお虚無に落ちることすら許されない。そんな私たち――妖怪に、日の当たる世界なんて用意されていない。
いつか、終わりを与えてくれるっていうなら。
それまでの居場所を、作ってくれるというなら。
なにより、
「……借りを返す」
もう一人、幼い私に余計な道を示した、あの男に。
一矢報いるチャンスが、まだあるなら。
読了ありがとうございました!
投稿を始め、この話で丁度一年になりました!
ここまで読んで下さった皆様に激烈感謝です!
そしていよいよ第四章のスタートです!
どうぞよろしくお願いします!