第一章【10】「思い上がり」
騎士の動きは迅速だった。
すぐさま体制を立て直し、一足。瞬時にサリュとの距離をゼロへ肉薄する。
振り下ろされた金色の大剣。圧倒的な破壊力を誇るその一斬を、――彼女は。
「雷よ!」
一喝し、合わせてふわりと右手を振るう。
それだけで大振りの剣撃が、迸る光に阻まれ、弾き返された。
まさに一瞬にも等しい光の攻防。サリュは続けざま、再度右手を振るった。
「雷、貫け!」
掛け声に合わせ、サリュの後方から雷撃が走る。空間から放たれた魔法は四撃、高速で迫る雷閃の連打。
しかし対する男もまた、それらを大剣で打ち落とした。
「フ――!」
一、二、三、四連。全ての攻撃が斬り伏せ、弾かれ、魔法は霧散し消滅する。
先刻俺やアッドが必死で躱していたものを、顔色一つ変えずに事も無さげだ。
そうして男は剣を構え直す。
自身の魔法を防がれながら、けれどもサリュは笑っていた。
「やるじゃない。図書館で払いのけた甲冑の三人とは大違いね」
「彼らは君への脅威判定を誤ったに過ぎない。君の実力を知っていれば、そう簡単には倒れなかっただろうさ」
「油断も実力の内ではなくて?」
「挑発のつもりか? 仲間を軽んじる発言は控えて貰いたい」
「それは失礼。けれどこちらも許せないわ。どうしてわたしではなく、フィ……フィアンセを狙ったのかしら」
ボンッと顔を真っ赤にして宣言。
だから恥ずかしいなら付け加えなくてもと……。
「貴様と戦う手間を考えれば、縁者を始末した方が早いと踏んでね」
「ふーん。よく分からないけれど、とにかく、わたしと戦うことから逃げたのね」
「労力の無駄はしたくないと言ったつもりだったが。つくづく鼻に着く物言いだ」
安心したまえ。そう続け、男はパチンと指を鳴らし。
それを合図に、新たな二人の甲冑を着込んだ騎士が後ろから現れた。
双方大剣を携えた、大柄の騎士。抜き身の大刃は聖剣に輝きは劣るも、淡い光を纏わせている。
「カタギリユウマ一人ならと控えさせていたがね。そう挑戦的な物言いをしなくとも、ボクは君に集中してやろうじゃないか」
「嫌な男。紳士的なのは容姿だけかしら」
言って、サリュがちらりとこちらに視線を送る。
俺は問題無く、両腕共に元通りだ。その上から先程同様、赤黒い鬼血を被らせ硬化する。
サリュは小さく笑った。
「大丈夫そうね。戦えそうなら、お手並み拝見といこうかしら?」
「三対二だぞ」
「大丈夫よ。まかせて」
サリュの右手が光を帯びる。
騎士たちが構え、俺もまた身を低く落とした。
そして、
「光よ!」
掛け声と同時に、再びの開戦。
サリュの魔法が炸裂し、大きな火花が合図となった。
その魔法は、恐らく向こうにとって予想外のものだったのだろう。
右手から放たれた光線。それが突如散弾のごとく分裂し、それぞれが螺旋を描きながら騎士たちに迫った。
無数の蛇が、宙を這いずり回るかのような。後ろに控える俺ですら、その動きに呆気を取られ目を見張った。
だが、驚くべきは聖剣を携える騎士だ。
散弾を目視した男は、あろうことか大きく前進した。一足で炸裂した光弾へと距離を詰め、無数に分かれた光に斬りかかったのだ。
結果、分裂した光線はほとんどが根元で弾かれ、無力化されてしまう。
しかし、全てを斬り伏せることに成功したわけではない。斬撃を掻い潜った十数の光束が、二人の甲冑騎士へと迫る。
一方の騎士は躱したが、もう一方はその身体を光線に貫かれ戦闘不能に陥った。
「クッ、不覚!」
「やるじゃないの!」
互いに歯軋りするも、二対二。数としての状況は切迫した。
どちらもここで引き下がる道理はない。
「ボクが魔女を抑える! 行け!」
指示を飛ばし、向こうの二人が走り出す。聖剣を振り被る男はサリュへと、甲冑の騎士はこちらへ突進してくる。
サリュもまた魔法を構え、戦闘態勢に入るが。あの男を相手に守りながら戦うのは困難な筈だ。
だから、俺もまた走り出した。前のめりに、向かってくる騎士と戦う為に。
今の俺たちの関係では、こうしなければ伝えられない。
「行け、サリュ!」
「分かった、そっちはお願い!」
サリュの魔法が爆発するに合わせ、その姿が硝煙の中に消えていった。
そして正面から迫る騎士と接敵する。
繰り出される大刃。先程の聖剣に比べれば劣るが、磨かれた白刃は平然と人間の肉を断つだろう。
それでも鬼血なら、今度こそ。
固く握り締め、こちらも右拳を衝突させた。
結果は――。
「ム」
騎士がくぐもった声を上げる。それもその筈。
騎士の大剣は、俺の拳に止められた。
「よし!」
拳に微かなヒビが入る。だが亀裂の奥に覗くのは未だに赤黒い硬化した皮膚だ。
再度振り下ろされる刃へも、もう一度右拳で打ち合わせる。続く横薙ぎ、斜め、斬り下ろしをも凌ぎ切り。
五度目の斬撃を弾いてようやく、割れた拳から血が噴き出した。
すぐに左手へ切り替え、攻撃を弾く。一つ目二つ目、三つ目を弾く頃には、右手の傷も無事回復している。
右腕、左腕。完全に防ぐには至らずとも、交互に弾くことは出来る!
これなら、いける!
「っし、やってやろうじゃねぇか!」
「…………」
宣言するも、騎士の無言は変わらない。どれだけこちらが攻撃を防ごうと、冷静に、冷淡に斬撃を叩き込んでくる。
だけじゃない。時折大きく踏み込み、より一層強い斬撃を叩き込まれる時がある。それを弾くと、全快の状態から一気に砕かれ流血が現れるのだ。
今一度、左の拳を砕かれた。
「ッ」
まずいと認識した傍から、もう一撃。力強い剣撃を弾き右手も欠けてしまう。
だが強い一撃の反面隙が大きくなっており、引き下がって回復を図ればいい。
距離を開く。
が、直後にすぐさま迫られた。
「フ!」
離した距離を一足でゼロに。
だけど繰り出される騎士の攻撃は、先程までと同じ軽い連撃だ。全快までいかなくとも回復しながら凌ぐことが出来る。決定打にはなりえない。
なのに、こいつは。
「くそっ!」
剣撃を弾き引き下がる。
一旦距離を取ろうとするのだが、それもまた一足で詰められてしまう。甲冑騎士は顔を兜で隠したまま、ただ淡々と攻撃を繰り返してくるばかりだ。
軽い連撃を続け、時折重い踏み込み。それら全てを防ぎ続けることは出来ているのだが、これはどうにも。
「どうした? 息が上がって来たようだが」
「うる、せぇ!」
「やはり子ども、この程度」
直後、一撃。一際鋭く素早い刺突が、左肩を穿った。
鬼血もやすやすと貫き、あまりの衝撃に後退させられる。
だがこの勢いに合わせて下がれば、距離を稼げる。
しかし、そんな甘い考えを通してはくれない。また一足で詰められる。
左肩の再生と並行して右手で防御する。だが今まで以上の速さで繰り出される連撃に、片手では追いつくことが出来ない。
全身を打つ重い刺突。ひび割れ砕かれ出血し、痛みに思考が沸騰していく。
より雑に大振りになってしまう俺の攻撃は、決して敵には届かない。
「くそ、ガ!」
再生の終わった左腕を鬼血で包み、一気に振り下ろす。
穿たれた地面と重い地響きが威力を物語っているが、当たらなければ意味がない。
「なんでだ、なんで当たらない!」
「当然だろうに」
眉間に迫る刃。間一髪で躱すも、また連撃が襲い掛かってくる。
弾き、身に受け、回復し、防戦一方。こちらの攻撃はまったく通らない。繰り返し削られるばかりだ。
「なんで、なんでッ!」
「存外粘るようだが、果たしてどこまでついてこられるか」
「っぐ!」
「確実に殺す、それが命令だ。悪いがこのまま力尽きたところを狩り取らせて貰おう」
駄目だ。このままだとその通りにされる。
打ち合えるならいつかは返せる筈だと、そう思うは敵の策だ。
思い上がっていた。
相手はアヴァロン騎士団。異世界を管理する連中とまともにやり合える筈がないのに。
引き下がる。
追撃を弾き、詰められ、尚も後方へ飛ぶ。
「冷静な子だ。挑発は失策だったか」
言いながらも動揺は無い。
焦りも奢りも、この騎士からはなにも感じられない。
「背を向けて逃げないのも利口だ。だがここまでだな」
「ッ!?」
次の瞬間、強打。右肘を砕かれる。
合わせて素早く引き戻された刃が、慌てて突き出した左腕を斬り砕いた。
両腕共にヒビ割れ、まともに動かすことが出来ない。またしても腕の自由を奪われた。
これが攻防の果てだ。早いか遅いかの違いがあるだけ。
どの道敵う筈もなく、一方的に削られる。
「悪いが終わりだ」
宣告。
目前に大剣が振り上げられた。
足を引く。背中が木の幹に触れる。後退は不可能。
転がり込めば躱すことは可能だが、両腕がこの状態では立ち上がれない。回復するまで転がり回るなんて愚策も通らないだろう。
じゃあどうする。
まだだ、まだ終わりじゃない。
終わらせない。
「死ね」
振り下ろされる刃。
ガギンと鈍い音が響き渡り、遅れて赤い飛沫が宙に散らされる。
だけど、命に関わる程の量じゃない。
――防いだ。
両腕共に死に体でも、受け止めることが出来た。
「コイツ、歯で!」
ようやくだ。騎士が動揺の声を発する。
頬は割れて顎もバキバキに砕けているが、ギリギリ受け止めることが出来た。
「っぐ!」
騎士が剣を引こうとするが、それを噛み締め押しとどめる。
遅れて、回復した左拳で、咥えた大刃を側面から殴り付けた。
これで決着だ。
殴り付けた刃の中央がヒビ割れ、折れ砕けた。
その光景に、騎士の動きは完全に止まる。
甲冑に守られた表情を窺うことは出来ないが、見えないならもう構わない。
咥えた刃を吐き捨て、両手の拳を握りしめる。
もう万全だ。
「オ――ラッ!」
今度こそこちらの優勢。鬼血を纏い、一気に飛び掛かる。
振り被った右の拳を叩き付け、それで終わりだ。例え避けられたとしても、向こうに攻撃手段は無い。
俺の勝ちは揺るがない。
確信し、距離を詰める。
そして、結末は。
「――――残念だったな」
何故か俺は、中折れの無い大太刀を叩き付けられていた。