表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
1/263

第一章【01】「プロローグ」

長編連載です。

ネット小説初デビューです。

楽しんでいただければ幸いです。



 壁にかかった時計が十六時を回った。

 窓から夕日が差し込み、机や本棚がオレンジ色に染められる。


 放課後の教室――ではない。学内でもない。

 ここは学外で、学区からも離れた別の場所で……。


「裕馬。薬学の本、そろそろお願い」


 呼ばれて思い出す。そうだ、頼まれごとだ。

 作業を途中保存し、開いていたノートパソコンを閉じた。


「悪い。すぐ行くよ、姉貴」


 応えて席を立つ。

 けれど部屋を出ていく前に、ふと気になって、振り返り表情を窺う。

 催促されたが、どれくらいの緊急性なのだろうか。


 と、見れば、……案の定。

 姉貴は両肘を机に付けてスマホをいじっていた。

 くるくると指を回して、恐らく画面上ではドラゴンを相手にビー玉を動かして攻撃しているだろう。


「……ったく」

「どうしたニワトリよ」

「ニワトリじゃねぇ」

「真っ赤な髪してなにを言うか、このエセ不良め」


 ようやくこちらを向く。

 眼鏡の向こうに重そうなまぶたと気だるげな瞳。

 整っていた髪もくしゃりと掻いて、スーツもジャケットのボタンが全部外れて、おまけに大きな欠伸まで。

 完全に自宅モードだ。


 姉貴は視線だけこちらに向けながらも、スマホに指を走らせ続ける。

 ピコピコと重なり高くなっていく音は、確かコンボを繋げた効果音だったはずだが。

 相変わらずよくやるよ。


「で、なに? 立ち止まってどうしたのよ」

「いや、確認。姉貴の本って地下の私室にあるんだよな。どうやって行くんだっけ?」

「やれやれ記憶力のない弟だ。前に連れて行ったばかりでしょうに」

「一回だけな」


 それもつい最近ってわけじゃない。確か三か月くらい前だ。

 姉貴は面倒くさそうに大きく欠伸をして、それから言った。


「部屋出て右曲がって階段降りて、大広間行って、奥のエレベーターで地下二階。降りたら真っ直ぐ進んで突き当りを左ね。オッケ?」

「全然分からん」

「じゃあとりあえず地下二階ってことで」


 エレベーター降りたら案内板あるから、二〇一号室。

 部屋番号忘れて迷ったところで、それほど広い階でもない。

 ドアにも「乙女」と書いてあるから、余裕でしょう、と。


「まあそれなら」


 行けなくはない、か。

 それに聞いていて少しずつ思い出してきた。


 ……同時に嫌なことも頭を過ぎる。

 思い違いであってほしいが。


「……薬学の本、あの部屋から見つけ出すのか」

「ほら、行った行った」

「わーったよ。とりあえず行ってくる」

「眉間にしわ寄せすぎ。この弟恐いわー」

「せめて顔見て言えや」


 またスマホに集中しやがって。


「見なくたって分かるわよ。どうせいつもの仏頂面でしょ」


 じゃ、いってらっしゃい。

 簡単に見送られ、言われるまま渋々部屋を出た。


 面倒くさいと思いながらも、不思議と足は軽快に駆け出す。

 まるでなにかに背中を押されているような、そんな感覚だった。




 ◇     ◇     ◇




 廊下を進んで、立ち並ぶ背高い本棚の間を抜け、その先の大広間へ。


 大広間は吹き抜け構造になっており、一階から五階までドーナツ型の廊下が縦に連なる。

 背の高い手すりを握り天井を見上げれば、大きなシャンデリアが暖色系の光で館内を照らしていた。


 息を呑む。我ながら子どものようだが、この広大な空間を気に入っている。

 自分を取り巻く大勢の人々が動き、交差し合う凝縮された世界。その一部で居られることが誇らしい。

 とはいえ、見惚れているわけにもいかない。階段を降りて、閉館際の慌ただしい人混みを潜っていく。


 と、丁度エレベーターに辿り着いた時、ふと、見知った顔とすれ違った。

 アッドだ。


「オウ、片桐弟ォ! そんな恐ェ顔して、急いデどこ行くんダヨ。もう閉館ダゼ」


 気さくに右手を上げて、チロリと()()()を見せる。()()()()()()()を細めて、随分ご機嫌な様子だ。

 立ち止まり、よく見てみれば、いつもよりスーツが黒い。

 胸元にも()()()とは対照的な、真っ赤なネクタイが目立っている。


「ようアッド、スーツ新調したか?」

「オウヨ。流石は弟ォ、違いガ判る男ダゼ。今晩一杯どうヨ!」

「いつも言ってるだろ。お前の世界じゃ飲酒できる歳だが、うちじゃ十六は法律的に駄目だ」

「カーッ。相変わらズ人間様は弱いナ。オレたちの種族ジャ、子どもノ頃からノ嗜みヨ。こッチでいうジュースみてェなもンサ」


 言って、挑発的にチロチロと舌を揺らす。

 悔しいが、こればっかりはどうしようもない。お酒は大人になってからだ。

 なんて当たり前のことを言うと、決まって笑われるが。


「ツレないゼ。そんな真ッ赤ナ髪した不良ガ、法律だのルールだノ、細けェゾ」

「うっせートカゲ野郎」

「トカゲじャネー、リザードだッツノ!」


 その辺りこだわりが強いらしい。

 それはアッド個人としてなのか、リザードマンという()()としてなのか。

 改めて詳しく聞きたいところだが、別の機会にしよう。また晩飯に誘ってくれる筈だ。


「悪い。頼まれごとされてんだ、行くわ」

「オイオイ弟ォ。コイツは白黒付けなきャいけネェ議題ダゼ」

「姉貴の用事なんだ」

「オウマジかヨ! ソウいうのハ先に言エ!」

「安心しろ。アッドに止められたって言っとく」


 言い残し、丁度来たエレベーターに飛び込む。

 後ろでギャアギャア続けているみたいだが、知らんぷりだ。


 そうしていると、乗り合わせた職員が笑った。

 全長百八十センチ越えの、巨体な赤いスライムの従業員だ。


つるつるしたグミのような見た目からは分からないが、確か結構高齢のお方だった筈。

 当たりのようで、スライムさんは「ふぉふぉふぉ」と口にした。


「ふー。若いモンは元気で良いのう」

「お騒がせしてすんません。あ、地下二階でお願いします」

「あれま。残念じゃが、上に向かっておるよ」


 なんてこった。




 ◇     ◇     ◇




 とかなんとか紆余曲折。

 ようやく地下二階に辿り着く。


 ……もっとも多少待たせたところで、姉貴は気にせずスマホで遊んでいるだろうが。

 とはいえ急ぐに越したことはないと、足を進める。不安だった経路も思い出してきた。

 廊下を突き当りをまで行って左へ。並ぶ幾つもの扉の中に、「乙女」とプラカードの下がった二〇一号室を発見する。

 ここが姉貴の私室だ。


 別名書庫。

 何故そう呼ばれているかは、開ければ明らかだ。


 しかし、


「……なんだ?」


 到着した今、湧き上がってきたのは安堵感でも達成感でもない。

 まさか虚しくなったりもしていない。


 疑念だ。


「どう、して」


 どうして俺はここに居るんだろうなどと、そんな風に考えてしまう。


 どうしてだって? そんなの当たり前の事実確認だ。

 ――決まっている、姉貴に仕事を頼まれたからだ。

 どうしてアッドに絡まれて尚、それを蔑ろにしてまでここを目指したのだろう。

 ――決まっている、出来るだけ手早く済ませた方がいいだろうからだ。

 どうしてエレベーターを間違えて、すぐに戻ってこられたのだろう。

 ――それはまあ、スライムさんがすぐに教えてくれたからだ。


 じゃあ、この疑問は?


 まるで誰かに背中を押されたように、手を引かれたように感じる。

 全ての理由を強引に作られ導かれたような、納得出来ないモヤモヤがある。


「っ」


 それらの疑念を払拭する間もなく、身体は動き出しドアノブへと手を伸ばす。

 指先が触れて手のひらが包み込み、ガチャリと迷いなく右へ回す。

 一連の動作を承認し、軽々と開かれる扉の向こうへ。


 息を呑む。

 けれど、


「――――」


 そこにあるのは、前に来た時と変わらない姉貴の私室だった。


 本の山にまみれた書庫。

 乱雑な平積みは優に天井まで届く程で、崩れて重なり合うぐちゃぐちゃの本で足の踏み場もない。

 部屋の角すら見えないどころか、前に進むには本を崩し掻き分けるしかない。

 あまりに密集された書籍の乱雑空間。


「この中から目的の本を探せと?」


 薬学だったか。

 特にタイトルの指定はなかった筈だが、それでもだ。……一苦労なんてレベルじゃ済まないぞ。


 それが姉貴の私室。

 部屋として終わっている、ロマンもスペクタクルもなにもないごちゃごちゃなゴミ箱。


 と、不意に。

 どういうわけか、そんなところに、




 突如、女の子が現れた。




「は?」


 思わず視界を広げ、出来うる限りの情報を収集し真偽を疑う。


 果たして、これは現実か?

 積み上げられた本たちの上、天井との間にある僅かな空間。

 そこに少女が現れたのだ。


「なん、で」


 空間の裂け目だとか眩しい稲光だとか、そんなものは一切なかった。

 ただポンと、むしろそれが当たり前みたいに、気付けば彼女がそこに浮かんでいた。


 しかもこれがまた特徴的な格好だ。

 黒いとんがり帽子に、黒いワンピースとマント。

 いわゆる魔女のような、ハロウィンとかで見かけるコテコテの衣装。


 小さな体躯で、長い髪が左右に揺らめいて。

 整った顔立ちはやや幼く、中学生か下手をすれば小学生。十代前半に見える。


 そして、閉じていたまぶたが開かれた。

 深く赤い、――宝石のように綺麗な瞳。


「――――……」


 ゆらりと、彼女の視線は天井を見上げ。

 それから次に、周囲のなにかを映し入れようとして。




 ――彼女は、そのまま本の山へと落ちて。

 ……沈んでいってしまった。




「マジか」


 言葉を失い、見送る。

 ――って、いやいや駄目だろ!


「マジかよ!」


 大慌てで目の前の本を掻き分けていく。

 大きな本から小さな本、図鑑、解説書、伝記、医学書、絵本。

 入り乱れる情報が、圧倒的な重さと物量を持って行く手を阻む。

 おまけに少女が向こうで暴れているのか、押し寄せてくる波に何度も転び、飲まれて戻される。

 まるで流れるプールだ。


「ふざけんなクソ!」


 それでもと身体を推し進める。必死で掻き分ける。


 どうしてこんなにも懸命に?

 わからない。考える暇もない。


「おい! しっかりしろ!」


 ようやく掻き分けた本の向こうに、少女の姿が見えた。

 しかしそれも束の間、すぐに被さる波に隠れてしまう。


 それでも見つけた。そこに居る。

 だから手を伸ばす。ただ彼女に届けと、それだけで。


 遂に指先が彼女に触れた時、俺はその細い腕を強く握りしめた。


「大丈夫か!」


 そのままつかんだ少女の腕を引っ張る。

 なにやら声を上げているが、痛みを訴えているのかもしれない。

 構わず引く。今はとにかく、彼女を本の中から助け出さないと。


 引いて引いて、なんとかドアのところまで戻って。汗水流して、手足は擦り傷だらけで。

 それでようやく、本の山から這い出ることに成功する。




 そこで、気付いた。

 ――やってしまった、と。




 彼女を引っ張り出すためにつかんでいたそれは、腕ではなく、()だったのだ。




 振り返ると、崩れた本の上に寝そべる少女。

 顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる彼女は、必死にワンピースの裾をつかみ、足の付け根を隠そうとしている。


 だが、こう、強引にいったもんだから。

 ……色々と破れていたり、めくれあがっていたりで。

 その、……つまり。


「あー。えっと、その、……大丈夫か?」

「■■■! ■■■■■■っ!」


 聞き取れない言語だった。

 ただ、理不尽を叫んでいることは理解できた。




 それが彼女との出会い。

 生まれて始めて立ち会った、異世界転移だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ